『花畑』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
蓮華の畑の蓮華を摘み取って花冠にしてくれた従兄。
あの頃は、私も従兄も幼く、ドロンコになって遊んでいた。
そん時に、ふとしてくれた行為。
ビックリしたけれど、嬉しかった。
#花の畑#
ソフィア
「こっちおいでよ〜!」
彼女は花畑ではしゃいでいる。
もっとこの時間続けばいいのに…。
#花畑
#30
「花畑」
まるで真っ赤に燃え盛る火の海のようだ
佇む私に
手まねく誰かを覚えている
黒い揚羽蝶がまとわりつく
私を待ちわびていたのだろうか
曼珠沙華が艶かしく咲き誇っている
私が生きた世界は
色とりどりの花が咲く素敵な世界
だけどそれを維持するのはすごく大変だった
一面に咲く花々は一瞬で力尽き
永遠なんてないことを私に教えてくれた
私の花ももう少しの命
また新しい花が咲くように
「私の生涯よ、ありがとう」
花畑にやさしく降る雨は、
はなを飾って帰っていく。
花畑にはげしく降る雨は、
命ごとうばい去っていく。
あなたはどちらだろうか。
溥儀の庭にあくびの ほ ほ と消えてから解けた午後の蛇のぬけがら
たおやかに風に揺れる
身を任せて遊ぶように
強い風でもしっかりと
根を張って生きている
それぞれに美しく咲き
それぞれに散ってゆく
あるがままでいいのだ
そのままで美しいのだ
『花畑』
20230918【花畑】読了時間 約5分
※注意※黒幻想創作短編。
「おい、何している」
相手への気遣いのない声が掛けられる。声を掛けられた相手は、柔和な顔で振り向いた。
「あぁ、中尉。ご機嫌よう」
何を、暢気に。舌打ちを押し殺して、中尉と呼ばれた青年は愛想のない声音で、自分より背が高くやや装飾めいた軍服の男を睨(ねめ)付ける。
「さっさと、自分の配置へ戻って頂けませんかね? もうすぐ、出発だ」
敬うつもりはないが、敬語は使わねばならない相手に対して、青年の語彙に統一性はない。
「敬語は必要ないと言ってるのに」
そう言って、男は柔らかく微笑む。よく手入れされた金色の髪が、秋の木漏れ日に輝く。
「ほら、見て。季節の花がとても綺麗だ。なんて花だろう。中尉は知っているかい?」
「知らねぇし、興味もない」
苦笑する男に、青年は苛立ちを覚える。こいつ、自分が今から戦争の最前線に送られると分かっているのか。
「出発が近いなら、戻らなければ」
赤い大輪を咲かせた花々を、愛おしそうに見回す。その光景を目の奥に刻み付ける様に、しっかりと瞼を閉じる。もう二度と戻ることはないと、男にはよく分かっていた。
「一服するから、先に行け。すぐ、追います」
返事を待たずに、巻煙草を咥える。
「煙草って、おいしい? 僕には、あまり健康には良くない様に思えるけど」
「早く行け、、、行って、ください」
「うん、また後でね」
優雅に外套を翻し、男は背を向けてゆったりと歩き出す。男自身も花のような香りを残して去った。
いちいち、態とらしい。青年は、今度こそ遠慮なく舌打ちした。火をつけようとして、ひしゃげている煙草に気が付く。思わず、力んだ指で曲げてしまっていた。
「くそっ」
「いつ会っても、機嫌が悪い奴だな」
煙草をしごいて直していると、あきれたと言いたげな義兄が現れた。
「もうすぐ、出発だぞ」
「わかっている。暢気な王子様を急かしていたんだよ」
あぁと、義兄は訳知り顔で頷く。
「なんだって、俺が世話係なんか」
「歳が近いからだろ。王子様は、お友達をご所望だ」
「誰がなるか、そんなもん」
やなこった、と煙を共に吐き捨てる。いつも以上に不機嫌な義弟を後目に、煙草を取り出し火を付けた。
「それで、王子様はここで何をしていたんだ?」
「お花が綺麗なんだとさ。下らん」
くっと顎で示す先に、赤い花が群生している。近く寄ると、多少乱れているものの人の手で管理されているらしいことが見て取れた。周囲の村民が、手遊びにでもしているのだろうか。
窄まった花弁が密集しているのを見て、記憶を辿る。
「確か、ダリア、だったかな」
「あんたが、花に詳しいとは微塵も知らなかった」
ひとりで得心している義兄を皮肉った。
「君の姉さんに、いつも花を贈るからね。どうだ、愛妻家だろう。もっと羨ましいがってもいいよ」
「羨ましくねぇよ」
短くなった煙草を一気に吸い尽くすと、吸い殻を剥き出しの岩に擦り付けた。
「どいつもこいつも、頭ん中はお花畑か。付き合ってられん」
聞き慣れた義弟の舌打ちに、紫煙で返す。
「案外、王子様も分かってるのかもね。自分の行く末を」
「ただの、実績稼ぎだろ。下手すりゃ死ぬっていうのに、暢気なもんだ」
「さて、それはどうかな?」
不機嫌に怪訝を加えた眉間に、いっそう皺が寄った。吸い殻を岩で擦り消すと、足元の麻袋を指差した。
「これって」
「あの、くそ王子。自分の荷物も碌に管理できねぇのか」
最早、この行軍中に義弟の機嫌が良くなることは無さそうだった。
――――――
――――――
「殿下、やっぱり戻ってあいつら殺しましょう」
「気軽に、物騒なことを言うものじゃないよ」
男の後ろには、童顔に似合わない据えた目をした青年が従っていた。荷物を取りにいちど戻ったが、耳の良い従者を引き留める方を優先した。
「頭の中がお花畑なのは、あいつらの方だ」
従者の言葉に、ふっと笑みが零れる。それでも良い、今はまだ。
「僕はね、本当に花畑を作ろうと思っているよ」
「そんなに、花が好きでしたっけ?」
「好きになったよ、ついさっきね」
王位継承順位などというものに従う気は無かった。彼らは王位継承権を持った者を、死地に送って一人消したつもりだろう。巧妙に隠しているつもりなのか、あからさまなのか判断に迷うところだった。
「あの赤い花を植えよう。きっと、鮮やかに咲くだろう」
栄養は、多い方が良い。例えば、血肉が豊富で強欲に塗れた、獣に似たものが。
「荷物は、良かったのですか?」
「あとで、中尉が持ってきてくれるよ」
「俺は、あの人キライです」
「思いの外、お前と相性が良いかもしれないよ」
「絶対に、有り得ません」
従者は、あぁ気色悪いと己の腕を擦った。似た者同士と言ったら、どうなるか。
「友達が欲しいのは、本当だしね。仲良くなれたら良いんだけど」
「無理でしょう、向こうもそう思っているはずです」
「それは、残念だね」
まぁそれなら仕方ない。ただ、決め付けるのはもう少し先にしておこう。友人になるかならないか、その時が来たら改めて聞けば良い。
行軍開始の合図が、空高く鳴り響く。
この数ヶ月後、第四王子の消息は歴史書から一度消えた。
二年後、彼の名は「叛逆」の言葉と共に再び歴史書に現れる。
「裏切りの、花を」END
Thank U 4 reading!
笑った顔、怒った顔、拗ねた顔。
悲しい顔、遠くを見つめる横顔。
いろんな表情をみせるきみは、色とりどりに眩しく咲く。
ひだまりのように。
曇り空のように。
どんな時もぼくを惹き付けて。
そのたびにぼくは、大切の意味を知るんだ。
「花畑」
「私、あの子みたいになりたいの。」
床一面に広がる花弁の絨毯に身をうずめ、小鳥のさえずりのような声で、貴方は囁く。
「どうしてさ。」
そう問えば、
「だって、あの子はお花なの。
いつもキラキラ、皆を笑顔にする。
でもね、私知ってる。
お花はずっと咲いてはいられない。
種を残して、枯れなきゃならない。
そうすれば、もうあの色の鮮やかさは戻ってこないの。
それだけ聴くと、一見哀しく思うでしょ。
でもね、ちがうの。
彼女は地の奥底に、深い深い根を持っていた。
地上からは見えないところに、
しっかり、びっしり、はっきり。
みずみずしい茎と葉と、艶やかな蕾を持ち上げた根は、誰の目にも見えなかった。
美しい花など根がなければ咲いてすら居ないのに、
誰も感謝をしなかった。
努力と忍耐を、隠し通して朽ち果てた。
ああ、なんて美しいの、って思わず声を上げたくなる。そんな生き様。」
そう応えた貴方は笑顔だった。花開くような可憐な笑み、だが、彩やかな頬には雫が伝っていた。
降らされた一滴の雨は花びらを濡らし、木漏れ日から注ぐ日の光を反射して煌めく。
夕暮れに虹を見た様な気分だった。
貴方がごろん、と寝返りをひとつ。
返事をするように花々がゆらり揺れる。
心地よい小春日和の風が肌を撫ぜる。
花の蜜の甘さが鼻をくすぐる。
そよ風に運ばれてきたのは、旅する綿毛に、陽だまりのぬくもり、そして、小さな小さな、貴方の声。
君と並んで
コスモスの花畑を眺めた
遠い日
風にそよぐ花々に
心奪われ
夢中でシャッターを切る
君の姿を
こっそりと撮った写真に
その時の
満ち足りた幸せが
写っている
叶うことなら
もう一度
コスモスの花畑で
君と
あの笑顔の時間を
# 花畑 (280)
絨毯のように敷き詰められた彩鮮やかなの花達。
今日も今日とて受粉のお手伝い。「美味しい蜜を今日もありがとう。」そういって、モンシロチョウの私は今日もお手伝いの御礼に蜜を貰う。助け合いって素晴らしい。もともとは一輪しか咲いていなかった花が種を飛ばして、こんなにも沢山の綺麗な花を咲かせ、こんなにも美味しい甘い蜜を分けてくれる。願わくばこの平和がずっと続きますように。
幸せの結末を
信じて
求めて
さながら
映画の主人公
でも
嘘なんかじゃなかった
遊びなんかじゃなかった
誰かが傷ついたって
仕方ないのよ
運命の人なの
誰にも引き裂けないの
プレゼントありがとう
一生大事にするわ
今度はどこに行こう
二人ならどこへでも
今日は
貴方の好きなもの
作って待ってるわ
早く帰ってね
貴方の夢を見たの
嬉しくて嬉しくて
目覚めてからも
幸せだった
どうしたの
最近うわの空
何でも言って
力になるから
昨日は寒かった
忙しいのね
私は大丈夫
仕方ないもの
ねぇ
いつになったら別れて
私の元へ来てくれるの
いつになったら
一緒になってくれるの
バレてしまったの
仕方ないじゃないの
二人でどこか遠くへ
二人なら大丈夫
そうでしょう
どうして連絡くれないの
日曜日は何してたの
ずっと待ってたのよ
ずっと待ってるのに
同じ季節が
何度も訪れては過ぎ
頭の中のお花畑は
いつしかセピア色
どうして
どうしてよ
言ったじゃない
誓ったじゃない
愛してるって
お前だけだって
一緒になろうって
二人で暮らそうって
一生離さないって
一つだけ
お願いがあるの
生まれ変わったら
また
私を探して
「花畑」
花畑
いちめんの
コスモス
私の大好きな花 色が好き 風に揺れる様が好き
今でも鮮明に覚えてる 風景
圧倒されるほどの 様々なピンクのコスモス畑に
まだ3歳だった息子の笑顔
あれから 早15年も経つんだ…
また一緒に行きたいな
ちょうどコスモスが咲く今の時期
また みんなでね
10歳の時、リハビリとは別に理学療法室に通っていた。
そこは水彩や油彩、木彫りや機織りに革細工、他にもただただビー玉を箸で掴んで移すだけの道具などがぎっしりと、でも整然と配置された、病院の中とは思えない部屋だった。
そこは楽しげではあるけれども、身も心も健康な人が集まる場所とは全く違う、静かで独特な雰囲気の空間だった。
担当の美人の先生に許可さえ貰えば、時間内は好きなことをして構わなかった。
廊下の突き当たりにあってエレベーターからは遠いので、目が見えて歩ける人のほとんどは、非常階段からその部屋に出入りしていた。
非常階段は真っ白で、歩くとポテポテ変な足音がした。
踊り場の明かり取りの大きな窓からは、看護学生の寮が二つ並んでるのが見えた。
今でも似たような建物が二つ並んでいるのを見ると、理学療法室の匂いを思い出す。
年末が近い冬のある日、私は小さな革の小銭入れを作ることにした。
壁際に造られたカウンター式の机には、工場で右腕を大怪我したトミナガさん、松葉杖でリーゼントのお兄さん、そして私の三人が並んで座り、革に下絵を描いていた。
トミナガさん「sakuちゃんは何して遊ぶのが好きなん?」
静かな部屋に、雷みたいなトミナガさんの地声が響きわたる。
私「マンガ読んだり、ピアノ弾いたり、 お花摘んだりかな…」
お兄さん「えーかわいい!どこでお花摘んでんの?」
私「家の近くに一つだけ畑があるの。春になったら菜の花が咲いて全部黄色になるの」
兄「そりゃいいね!治ったらお兄ちゃんとそこ行こー」
ト「sakuちゃん変な人に付いてったらダメよ。おっちゃんも一緒に行ったげるからな」
兄「片腕の大男が一緒にお花摘みなんて余計怪しっすよ、アハハ!」
…とか何とか、作業をしながら三人でいろんな話をダラダラ喋って楽しかった。
そんな日々が続いていた。
そのうち手術が決まり、何となく一緒に使い始めようと思ってた小銭入れの完成は、私だけが遅れることになった。
手術中急な出血が起こってしまい、保存血が合わない私は、母からの輸血では量が足りず、学校に行っていた兄を父が呼びに行って輸血してもらい、何とか事なきを得た。
それまでに10回以上も手術を重ねて、麻酔が効きにくくなっていた私は、兄の血を待つ間に足された強い麻酔のため、意識がちゃんと戻るのに数日かかった。
やっと目が覚めた時、開口一番母にこう言ったそうだ。
「お花畑で遊んだよ。踊ってた。いい匂いアカサタナハマラヤワ…」
知らせに駆けつけた看護師さんはうろたえる母に「心配しなくて大丈夫。強い麻酔のせいだから、否定せずハイハイって聞いてあげて」と言ったそう。
その後水を取りに外へ出た母は、廊下でトミナガさんとお兄さんに会ったので、今やっと意識が戻りましたと話したという。
手術の後、なかなか目が覚めないと聞いて心配した二人は、遠い整形外科の病棟から、毎日様子を見に来てくれたそうだ。
「あの子、お花畑で踊ってたんですって。」と母が言うと、お兄さんが「花畑ですか!」と叫ぶようにして、その場にしゃがみ込んでしまったそうだ。
廊下にいると邪魔になるので、とりあえず談話室に連れて行くことになった。
後のトミナガさんの話によると、その途中いろんな女の人が集まってきて、みんなでお兄さんの話を聞いてあげたらしかった。
「いや〜あん時の談話室はちょっとしたハーレムでしたよ!」
ニヤニヤ笑いながら話すトミナガさんの声を思い出す。
私はいつもニコニコ笑ってたリーゼントのお兄さんが泣いてる姿なんて、全く想像もつかなかった。
「「あんな小さい子が何十回も手術だなんてひどいよ。俺みたいなのが代わりに受ければいいんだ。それさえできないなんて何のために生きてんだ」って言って泣いてたの。」
談話室から戻ってきた隣の子のママさんが言うと、
「見た目は恐いけど、純粋で優しい子なのね。よく見たらものすごいハンサムよね。」
カーテン越しに母がそんなことを言っていたのを私はウトウトしながら聞いていた。
後になって知ったのだが、彼は舞台で踊るダンサーだったそうだ。
やっと仕事が軌道に乗り始めた矢先、足に大怪我を負ってしまい、再起を掛けたが難しく、結局は父親が迎えに来て東京のアパートを引き払ったということだった。
桜が咲き始めた頃、お兄さんが退院することになった。
漁師のお父さんと二人で病室に挨拶に来てくれた。
看護師さんや患者さんたち、とりわけ女の人がたくさん集まって来て名残りを惜しんでいた。
みんな口々に、立派な後継ぎができて良かったですね、偉いわがんばって人生はこれからよ的なことを言って励ましていた。
お兄さんもスッキリしたような顔で笑っていた。リーゼントはサラサラの髪になっていた。松葉杖はもう無くなっていたけど、足は引きずったままだった。
私は話しかけたかったけど、どうにも恥ずかしくて黙ってた。
あれ夢だったのかな。
ホントにお兄さんと遊んだよね?
だって起きたら菜の花の匂いしたもの。
お兄さん、踊ってた。
ものすごく上手だったよ。
大人の人が踊るとこ、初めて間近で見た。
お日様が照らす中、手も足も真っ直ぐ伸びて信じられないくらい体が軽くて柔らかくて、まるで水が流れてるみたいだった。
すっごく綺麗だった。
小銭入れ作ってる時とは全然違う人だった。
sakuちゃん早く起きなよ、俺と約束したじゃん。起きて一緒にここで遊ぶんだろ?ねえ早く目を覚ましなよ!
って、身体の言葉で一生懸命伝えてたよね。
私、ちゃんと分かったよ。
あの時恥ずかしいだなんて思ってないで、言えばよかった。
ずいぶん時間経ったけど、今からでも伝えよう。伝えなくては。
お兄さん、あの時祈ってくれてありがとう。私、元気に暮らしてるよ。
目を覚まして、いつかあの菜の花畑で遊ぼうね!
エノテラを贈ろう。
君によく似た、優しい花を。
野辺に咲き誇る、楚々としたその花を。
君に贈ろう、たくさんのエノテラを。
私の真心を、君に。
テーマ「花畑」
私は花畑が好きだった。あたり一面に咲いている花が綺麗だから。風が吹くと揺れる花たちが可愛いから。その風に乗ってくる花の匂いも。
でも、あなたは一輪の花が好きだと言った。自分のために咲いた花が特別に思えて、儚げで…
それから私は一輪の花が好きになった。
これはあなたのせい。花屋で見かける一輪の花を見るたびにあなたを思い出す。
あなたは花畑をわざわざ観にいかないだろうけど
どこかで花畑を見た時私のこと思い出してくれたらいいなと思う。
『花畑』
涼宮葉乃 Suzumiya Hano
霧島空雅 Kirishima Kuga
世界一大好きな人と結婚する。
それって、本当に夢みたいで、本当に素敵なこと。
いつか、、、私にもそんな王子様が現れるって、信じてる!!
ゴンッ
「いたっ!」
「あーごめんごめん、まーた変な夢物語語ってる馬鹿がいるから」
思わず手が動いたわ、なんてふざけたことを言いながら、私の頭に下ろした拳をどかす憎たらしい奴。
「空雅には別に理解してもらわなくていいもん」
「理解したくてもできねーよ」
この空雅っていう奴とは、なぜか中学3年間同じクラスで、なぜか同じ高校に合格して、なぜかまた高一のクラスが一緒っていう、、。
いわゆる神様のいたずら、意地悪。
ただなんとなく、唯一同じ高校に進学した同中メンバーで気軽に話す仲だから、今もたまに話すっていう、、、それだけ。
「だいたい結婚なんかに夢見てる奴って、結婚できずに終わるか失敗して離婚だろ」
でなかったらこんな失礼な奴、、、関わらないよね。
「あーもううるさい!いいもん!絶対素敵な運命の人見つけて幸せになって空雅見返してやるから!」
これが私たちの日常。
「はぁ......あいつまじ馬鹿」
こうやってほぼ毎回呟かれてることは、私は知らない。
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「葉乃って、なんでそんなに結婚したいの?」
「今って、結婚願望ある人減ってるじゃん?」
お昼の時間。仲良くなったいつめんの結衣ちゃんと莉央ちゃんに問いかけられた。
「んー、なんでって、、、」
結婚っていうものに憧れたのは、私の母の妹の結婚式が始まりだった。
ガーデンウェディングで、純白のドレスに包まれ、幸せそうな顔で微笑むのを見て、私もこんなふうになりたいって思った。
それから、街でいろんなカップルやご夫婦、子供連れの方々を見る度に、憧れの気持ちが膨らんでいったんだ。
世界で一番愛し愛される存在がいたら、どんなに幸せなんだろうって、、。
「お前ってほんと夢見てるよな」
聞きなれた皮肉が聞こえた。
「結婚なんて縛られるだけじゃん?だからみんな結婚願望なくなってくんだし。だいいち、人間の気持ちなんて変わりやすいもん本気で信じられるのとかまじで馬鹿だなおまえ」
今まで、沢山言われてきた。
そんな夢くだらない。現実で起こるわけない。それ本気?
どれも私の心を抉ってきたけど、耐えられた。
だって、どんなに非難されても、私はそれが憧れだし、夢だから。
そうやって胸張ってきたけど、、、、
「別に、空雅がどう思おうが関係ないし。」
なんか、刺さった。刺さって抜けない。鋭い棘が、痛い。
じんじんと痺れさせるような痛みが、心を傷つける。
お昼ご飯食べ終わってなかったけど、、
なんかしんどくて、片付けもせずに教室を出た。
結衣ちゃんの引き止める声が聞こえたけど、無視しちゃった。
だってさ、、なんだろ、なんかわかんないけど、空雅のあの言葉がグサって来たんだ。
たぶん、自分でもわかってることだったから。
人の気持ちは永遠じゃない____
周りにいたカップルがどんどん別れていくのを見た時。
ついこの前まで付き合ってた人が、すぐに新しい恋人を作った時。
疑ってしまった。人の気持ちっていうものを。
本当の気持ちって、どれなんだろうって。
もし自分を好きと言ってくれてる人が現れたとして、、その気持ちは真実なのかな?って、、
そこを突いてきた空雅の言葉は、私の心に深く刺さった。
きっと、、頭の片隅では理解してる事だったから。
それでも心で拒否して、夢に縋ってきた私。
夢は夢でしかない、って突きつけられたようで、。
「苦しい、」
この気持ちは、誰にもわかってもらえない。
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それから、どことなく空雅を避けるようになった。
またあの言葉を言われたら今度こそ、自分の夢が終わってしまう気がした。
結衣ちゃんと莉央ちゃんは気を使ってか、空雅がいる教室だったりでは、あの話は持ち出さないようにしてくれた。
それでも2人は、葉乃の夢聞くの好きだよって笑ってくれたから、私も素で話せた。
そんな日々が半年続いたある日、、
学校祭の最終日だった。
みんなが祭りの余韻を感じながら片付けを始めた頃に、クラスメイトの男子から呼び出された。
そのままついていったら、、、
「入学式で一目惚れしました!それから、同じクラスで過ごしていくにつれ、どんどん好きになりました、、。俺でよかったら付き合ってください!」
まさかまさかだった。告白なんてされたこともなかった。
予想外すぎて、テンパった。
とりあえずなにか言わなきゃ、、って思うのに、脳は上手く機能しなくて。
なんとか絞り出せたのは、少し時間ください、。っていう我ながら失礼な言葉。
姿が見えなくなって、ようやく息ができた。
「ど、どうしよ、、」
「断るだろ」
居るはずのない人の声がして振り向けば、超不機嫌を丸出しにした顔でこっちを見る空雅がいた。
「……なんで、ここに」
「んなことより、」
断るよな?って、光のない目で私を見下ろす。
「な、なんで、、空雅にそんなの決められなきゃいけないの」
「んじゃあ好きでもないのに付き合うのか?」
「好きかどうかなんて、空雅にはわかんないじゃん!!」
「んなことくらいわかるわ!」
どんだけお前のこと見てきたと思ってんだよ、、と、さっきまでの威勢を失ったように細い声で呟く空雅が、空雅らしくなくてこっちの調子が狂いそうになる。
「空雅が見てきた私って何?ただ、私の夢否定してきただけのくせに!」
「それはお前がっ、、!」
「私が何!?哀れだった?可哀想な奴だなって思った?現実で彼氏の1人もできたことないくせに結婚なんか語って馬鹿だなって?言ってたよね沢山!数え切れないくらい!今更なに躊躇してんの?言えばいいじゃん!思ってること全部!」
「っ!おい、葉乃落ち着けって」
「落ち着いてる!これまで空雅に言われたこと、ちゃんとわかってる!人の気持ちなんて変わるって言いたいんでしょ?今付き合っても結婚なんてできないって、、、」
なんで、、、なんだろ、
急に止まらなくなった。きっと、怒りかな。空雅への。
だってさ、ずっと否定してくるんだもん、私の気持ち。
今まで耐えてきたんだもん、、
「空雅がどう思おうが関係ないから」
私が誰と付き合おうが、弄ばれようが、裏切られようが、、、
空雅には一切関係ないこと。
だって私たちはただのクラスメイト。
それ以上でもそれ以下でもない。
私を見て呆然と立ち尽くしている空雅を睨みつけてから、背を向けて歩き出す。
もう空雅に干渉されるのは御免だっていう意志を込めて。
なのに、、
「……っ!? 空雅はなして!」
「いやだ、離したくない」
「後ろから抱きついてくるとかほんとに信じらんない!」
抵抗しても、男の力には敵わない。
何一つ状況を打開できないまま、ただただ抵抗する時間。
「葉乃が好き」
耳元で、あと少しで聞こえなくなりそうだった声を拾い、思考が停止する。
「え、、いま、」
「葉乃が好きって言った」
今度はしっかりと、、
いつもの空雅のよく通る声で。
「いや、意味わかんない」
「ずっと、、中学の頃から好き。 気づいたら好きだった」
聞いてもない情報が、どんどん耳から流れ込む。
「葉乃が、他の奴と楽しそうに話すのに嫉妬した、、葉乃の夢を聞くのがしんどかった。いつか、、俺以外の誰かの隣で、夢を叶えるんじゃないかって思ったら、、気が狂いそうだった、。」
「あんな酷いことばっか言ってごめん、、全部嘘だから、」なんて、らしくないことばっか言う空雅に戸惑いが隠せない。
あの空雅が、、私を好き、?有り得ないよね、?
「これから、今まで最低なこと言ってきた分頑張るから、、俺のことも少しは考えて」
隣の花壇で花が揺れる。まるで、おとぎ話に誘うように。
ゆらゆら揺れる花々が、夢の続きを紡いでくれる気がした。
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「新郎 霧島空雅さん。
あなたは新婦 葉乃さんを妻とし、病める時も健やかなる時も、悲しみの時も喜びの時も、貧しい時も富める時も、これを愛し、これを助け、これを慰め、これを敬い、その命ある限り心を尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います」
「新婦 霧島葉乃さん。
あなたは新郎 空雅さんを夫とし、病める時も健やかなる時も、悲しみの時も喜びの時も、貧しい時も富める時も、これを愛し、これを助け、これを慰め、これを敬い、その命ある限り心を尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います」
「では誓いのキスを」
これまでの私へ
やっと、夢が叶ったよ。
世界で一番だいすきな人と結婚するよ。
中学の私にこのことを伝えたらきっと驚くよね?
この人が、私の運命の人だよって___
「なにわらってんの」
「んー空雅と結婚するなんて予想もしなかった頃の私に話しかけた」
「なんだそれ」
「だって、あの空雅だもん」
「俺以外がここに立つの許さないからな」
あの頃と同じ、意地悪そうな自信ありげな顔をした空雅が近づいてくる。
目を閉じてそれを受け入れれば、少し緊張気味な感覚。
そして、割れんばかりの拍手が私たちを包み込んだ。
「愛してる」
「一生?」
「もちろん。葉乃の夢を叶えるのが俺の幸せだから」
足元の草が揺れた。
周りに咲く花々も揺れた。
暖かな風に身を委ね、甘い香りをふりまくそれに、
私たちは新たな未来を誓った。
花自体にはそれほど興味がないのだが、それでも花畑へ行くと壮観で素晴らしく感じる。
様々な花があるのだなと一つ一つずつ花をのぞいてみては、変わった形であればつい撮りたくなる。
もちろん、それと比較するためにも定番の形であろう花にも撮ることを忘れない。
花畑が魅惑的なのだ。普段は花屋にもよそ見もしないのに、人々は見事な花畑に引き寄せられてゆく。
今まで行ったことのある花畑というと、向日葵はもちろん、秋桜、菜の花、彼岸花も美しく惹かれる。
そういえば、花畑とは言わないけれど-それに近いものでいえば、桜の花見。
なるほど、日本人は桜のある頃から花見を、花を愛でるのが好きなのだろう。
人生には色々とあるけれど、ふと足を止めて、しばし美しく咲く花に心を寄せては癒しを求める。
まだ自分にも花を愛でる余裕がほんの少しでもあったなら。まだ、もう少し、頑張れそうだと思える。
花畑には、人々を癒やし、幸せを与えてくれるのだ。
[タイトル:花畑にパンジーが咲く]
[お題:花畑]
アンティーク調の揺り椅子が緩慢な速度で揺れている。
その様を僕は玄関から眺めている。犬走蓮花の一軒家は広いけれど、代わりにたった一部屋しかないので、玄関から全てが見渡せた。
ベッド代わりのLOGOSのハンモック。キッチン代わりのパナソニック製IHクッキングヒーター。風呂とトイレはそのものが別々の扉の奥にあるけれど、たいていはこの一部屋に収まっている。
しかし、肝心の犬走の姿が見えない。揺り椅子はひとりでに、主人の帰りを待つ犬の尻尾のように振れている。
どうやら、たった今、彼女は椅子から降りてどこかへ行ってしまったらしい。
戸を叩いて扉を開くまでの間に、どこかに逃げてしまったのか。もしくは、ただの偶然か。今にも止まりそうな揺り椅子の速度は絶妙で、とてもその判断はつきそうにない。
「犬走さーん!」
僕の声が部屋に虚しく響く。目で見てわかったことが、耳で聞いてより深くわかっただけだ。犬走はここにいない。
しかし、焦る事はない。彼女のいる場所は、二つに一つだ。すなわち、この部屋か、あるいは裏庭の花畑か。
「犬走さん」
少し声を低くして言うと、犬走はビクッと肩を震わせた。背中越しでも、その動揺が容易に見て取れる。彼女は一平方メートルを隙間なく埋める、黄色いバンジーの花畑の隣にしゃがんでいた。格好はオーバーサイズの白いニットセーターに、紺のジーパン、そしてそれらに似合わないサンダルを履いている。彼女の藍色のペディキュアが、春先の少し肌寒い空気に抱かれている。
彼女は恐る恐るといった様子で、こちらに振り向くと、バツの悪そうな苦笑いを浮かべた。
「き、北川、さん・・・・・・」
僕は、はいそうですよ、犬走さん、と義務的な返事をした。僕が北川誠太郎である事はどちらも分かっているが、互いの立場をはっきりさせるために、改めて苗字で呼び合う。
「どのくらい進みましたか?」
「・・・・・・、じ、じゅう、かな?」
犬走は、目を逸らしたまま、両の手のひらを広げて『十』を作る。
「・・・・・・十ページですか?」
「・・・・・・十文字、で、すぅ・・・・・・」
消え入るようなか細い声。すると、犬走はプイッと顔を背け、花畑から溢れた花壇用の土を弄り出した。そして、何やら人に聞かせない程度の声量で、ぶつぶつと何事かを呟いている。
あの日はパンジーを強風から守っていたからだ。次の日は暑すぎてノーパソがダメになる寸前だったから。さらに次の日は朝の星座占いが下から三番目だったから。などなど、小説家とは思えない子供じみた言い訳を述べている。
およそ二分ほど、その様子を無言で見守っていると、遂に観念したのか、彼女は急に立ち上がって頭を下げた。
「すみません! まだ全然出来てません!」
四十五度の素晴らしく美しいお辞儀である。これが小説新人賞を満票で勝ち取り、授賞式で涙ながらに下げた頭と全く同じであると思うと、なんともいえない気分になる。
「・・・・・・とりあえず、十文字を見せて下さい」
僕がなんとかその言葉を絞り出すと、彼女はパッと頭を上げた。その顔には、良かった、許された! と書いている。残念ながら、その期待には応えられない。たとえその十ページが文学史に残る名文であろうとも、担当編集者として、締切を守らないのを当たり前と思わせてはいけない。この社会をまるで知らない小説家と、社会を繋ぐのが僕の役目なのだから。
『花畑にパンジーが咲く』
ノートパソコンに立ち上げられたWordアプリには、その十文字がひっそりと添えられていた。
作業机に座る犬走の横で、それを認めると、極めて穏やかな表情で目を閉じる。
なるほど、と思う。なるほど。
そして、深く息を吸って、静かに吐く。何か言おうとしたが、中々言葉にならない。ここまで長く続く絶句は初めての経験だ。
「あの、頑張ります。頑張るので、頑張ります」
おまけに書いた張本人が、こんな慰めをしてくる。今から頑張れるなら、もっと前から頑張ってほしかった。
「・・・・・・頑張ってください。とりあえず、今日は今から缶詰めです。後一週間で十万字に達していなかったら、プロットなしで編集者会議も通さないなんて横暴はもう二度とできないですからね」
犬走はあからさまに怪訝な表情をして、サッとパソコンに向き直った。一文字ひらがなを入れては、一文字消してを繰り返している。
「少し、外の空気を吸ってくる」
僕が居ては集中できないだろう。
玄関から裏庭に出て、パンジーの花畑が見える場所に行く。家の壁にもたれると、電子タバコを取り出して水蒸気をふかす。
タバコ休憩、というものがどれだけの会社に残っているのかわからないが、これをしたくなる気持ちはよくわかる。仕事のストレスは、仕事のうちに打ち消してしまいたい。
少し感情がなだらかになった。すると、不思議なもので、ずっと視界入っていたはずのパンジーが目に止まる。そこから、先ほどの十文字が思い出され、そして頑張っている犬走の姿が浮かび上がる。
頑張っている。犬走はいつだって頑張っている。でもそれだけでは生きていけなよな、と思いながら、僕は水蒸気を口と鼻から吹き出した。
犬走蓮花は直情的な作家だ。自分の目と肌で感じた、現代の現在を、パワフルなワードセンスでフィクションに落とし込む。それも、プロットと呼ばれる小説の骨組みを作らずに、感情の揺れ動くまま、一気に一つの作品を書き上げる。その代わりに、何も思いつかなければ、文字通り一文字も書けない。無理に絞り出して十文字が限度である。
そして、並の小説家と負けず劣らずの変人奇人っぷり、さらには締切を守らず、加えて世間知らずときた。やがて多くの出版社が、その才能を惜しみつつ、彼女に別れを告げた。小説において、一作限りの天才も少なくはない。そういった、後にコアなファンによって密かに語られる『消えた天才小説家』の地位に甘んじるのだろう、と多くが思った。
実際、二作目は泣かず飛ばずだった。華々しくデビューした、衝撃的な一作目から、時間が経っていたのもあったのだろう。犬走に新人賞を与えた出版社も、二作目のこの結果を見て手を引いた。そこから数年ほど、彼女は完全に消息を絶った。
そして、ある日突然、三作目が発表される。それが犬走の運命を、そして僕の運命を変えた。
『久しぶり誠太郎。私のこと覚えてる?」
ある日、僕の元にやってきた電話の主に、全く心当たりはなかった。深夜三時に電話を掛けてくる非常識な友人はいなかったし、残念ながら、寂しくて声を聞きたくなった、なんて言ってくれる恋人もいなかった。
『どちら様でしょうか』
少しもイラつきを隠さずに言った。しかし向こうにはこちらの感情は一切伝わっておらず、粛々と会話が続く。
『犬走蓮花です。小学校以来だけど、覚えるよね』
名前を聞いて、記憶の奥底から怪物がフラフラと立ち上がる。十数年もの歳月を超えて、思い起こす彼女の声は、電話の主よりもずっと甲高かった。けれど、深夜三時にアポなしで電話をするという、この常識知らずが、彼女が犬走蓮花だという確信を与えた。
『あ、あぁっ、久しぶり! どうしたの、こんな、こんな時間に』
この時ばかりは本当に驚いた。犬走蓮花は僕の憧れだったからだ。
恋や好きでは無く、憧れ。彼女が新人賞を取る以前から、つまり小学生の頃から、彼女は自身の非凡をこれでもかと全身で表現していた。
一言でいえば、破天荒、だ。生徒の誰よりも校長先生と仲良くなり、気に入らないクラスメイトとは殴り合い、イジメには断固として屈しなかった。少なくとも、僕にはイジメに見えていたが、果たして犬走にその気があったかどうか。彼女にしてみれば、ただの一対複数人の喧嘩だったのかもしれない。
こうした、彼女の自分を貫き通すその在り方に、僕は憧れていた。決してそうなることは出来なかったが、僕の起源には確かにそれがある。
そんな小学校時代が終わり、僕は犬走とは別の中学に通うことになる。進学先が真面目な校風であったことも相まって、あまり犬走の噂を聞くことは無かった。しかし、その数年後には小説新人賞受賞という形で、彼女の破天荒の続きを見せつけられることになる。
それから犬走の二作目執筆期間中に、僕は大学生を卒業して出版社に入社する。いつの間にか出されていた二作目が、古本屋の端に置かれていくうちに、僕は編集者の仕事をすることになった。
『うん、えと、私が小説を書いてることは知ってるよね?』
犬走の声は少し不安げだ。
『勿論、僕の界隈で、知らない人はいないと思うけど』
『そう、界隈。誠太郎の界隈のことで、ちょっと頼み事があるの』
犬走は、どこからか僕が出版社に入社した情報を掴んでいた。そのコネを利用したい、という。
『私の三作目を、誠太郎の出版社から出して欲しいの。今の私じゃ、自費だとほとんど見てもらえないから』
今に思えば、この時、聞こえてきた衣擦れの音は、きっと頭を下げた時の音だ。姿勢のいい、四十五度。あの四十五度のおかげで、彼女は小学校の校長に随分と気に入られていた。
僕はどうするべきか、しばらく考えて、彼女の顔を思い出してから、言った。
『・・・・・・ウチは持ち込みやってないから』
『・・・・・・』
電話口で黙りこくる犬走に、ただ、と続ける。
『掛け合うだけ、掛け合ってみる。勿論、中身を確認して、だけど。とりあえず、原稿を僕の方に送って欲しい。それを読んで判断する』
『・・・・・・分かった』
この言葉は、どんな感情を元にして吐かれたのか。少なくとも、僕には『嬉しさ』ではないように思えた。
この時、僕に送られて来た三作目は、悪くなかった。一作目ほどのパワーはなかったが、現代をシニカルに礼賛した歪さは、癖になる読後感があった。それは、この原稿を受け取ってくれた先輩編集者も同じだったようで、間も無く発刊が決まる。犬走の、第二と言っていい小説家人生が始まり、僕にとっては第一の担当編集人生が始まる。
僕は、二十分ほど経って、そろそろ部屋に戻って様子をみようという気になった。ただし、彼女の様子を見るのは、慎重に、が原則だ。集中が途切れやすく、さらには集中するまでに時間がかかるので、もし激励が不必要なら、音も立てずに退散すべきだ。
玄関をそっと開けて、中を覗き見る。犬走は作業机にはいなかった。彼女はノートパソコンを持って、揺り椅子に座り、穏やかに揺られている。
犬走にとって、この揺れが肝要だ。彼女は肉体と精神は深く結びついていると考えている。つまり、肉体が揺らされれば、感情も揺れ動くと思っているのだ。なんて無理筋な論理だろう、と思う。それでも、彼女はこの方法で、多くの人々を魅了した小説家だ。それが彼女の世界観だ。
その時、ふと気づく。どうして、今日初めてこの家に訪れた時に、揺り椅子が揺れていたのか。
彼女は、きっとあの揺り椅子に座って仕事をしていた。そして、感情が揺れたのだ。自分で書いた『花畑にパンジーが咲く』という一文に。そして、実際にパンジーを見ようとした。現代の現在を正確に書き起こすために、現実に咲いているパンジーの情報が欲しかったのだ。
であれば、僕はなんて無粋なことをしたのだろう。これが僕の仕事だと割り切ればそれまでだが、この小説家に対して、そんな対応は間違っている。
なぜなら、彼女は犬走蓮花なのだから。
破天荒で、常識知らず。そして人を動かす力があり、僕の憧れ。
真剣にノートパソコンと向き合う彼女の表情は、どんな地上の花よりも美しく見えた。
僕は静かに扉を閉じて、もう一度パンジーの花畑の前に来た。
『花畑にパンジーが咲く。
黄色のモザイクが風に揺らぐ。
春の鳳蝶が、パンジーを選んでいる。
好きにすればいい。
君の好きにすればいい。
どれを選んでも、きっと正しい』
あ、そうか、と僕は気づく。電子タバコの水蒸気を吸い込んで、消えた現代のストレスの隙間で思考する。
僕の憧れが、犬走を特別にしている。
犬走は僕の憧れであるために、頑張っている。
どうしてそう思えたのか。僕は先ほど犬走がしゃがんでいたところに行って、腰を落とす。溢れている花壇の土を拾い上げて中に戻し、少し引き抜かれたパンジーを植え直した。
あの犬走蓮花に、たった一平方メートルでもパンジーが育てられるものか。
これが証拠だ。犬走はパンジーの話を書くためにパンジーを植えた。現実を映す彼女が、現実を自ら作り上げた。この捏造が、僕が急かしたことで生まれたのでなければ、もはや僕にこの仕事は向かない。
花畑にパンジーが咲く。