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20230918【花畑】読了時間 約5分

※注意※黒幻想創作短編。



 「おい、何している」

 相手への気遣いのない声が掛けられる。声を掛けられた相手は、柔和な顔で振り向いた。

 「あぁ、中尉。ご機嫌よう」

 何を、暢気に。舌打ちを押し殺して、中尉と呼ばれた青年は愛想のない声音で、自分より背が高くやや装飾めいた軍服の男を睨(ねめ)付ける。

 「さっさと、自分の配置へ戻って頂けませんかね? もうすぐ、出発だ」

 敬うつもりはないが、敬語は使わねばならない相手に対して、青年の語彙に統一性はない。

 「敬語は必要ないと言ってるのに」

 そう言って、男は柔らかく微笑む。よく手入れされた金色の髪が、秋の木漏れ日に輝く。

 「ほら、見て。季節の花がとても綺麗だ。なんて花だろう。中尉は知っているかい?」
 「知らねぇし、興味もない」

 苦笑する男に、青年は苛立ちを覚える。こいつ、自分が今から戦争の最前線に送られると分かっているのか。

 「出発が近いなら、戻らなければ」

 赤い大輪を咲かせた花々を、愛おしそうに見回す。その光景を目の奥に刻み付ける様に、しっかりと瞼を閉じる。もう二度と戻ることはないと、男にはよく分かっていた。

 「一服するから、先に行け。すぐ、追います」

 返事を待たずに、巻煙草を咥える。

 「煙草って、おいしい? 僕には、あまり健康には良くない様に思えるけど」
 「早く行け、、、行って、ください」
 「うん、また後でね」

 優雅に外套を翻し、男は背を向けてゆったりと歩き出す。男自身も花のような香りを残して去った。

 いちいち、態とらしい。青年は、今度こそ遠慮なく舌打ちした。火をつけようとして、ひしゃげている煙草に気が付く。思わず、力んだ指で曲げてしまっていた。

 「くそっ」
 「いつ会っても、機嫌が悪い奴だな」

 煙草をしごいて直していると、あきれたと言いたげな義兄が現れた。

 「もうすぐ、出発だぞ」
 「わかっている。暢気な王子様を急かしていたんだよ」

 あぁと、義兄は訳知り顔で頷く。

 「なんだって、俺が世話係なんか」
 「歳が近いからだろ。王子様は、お友達をご所望だ」
 「誰がなるか、そんなもん」

 やなこった、と煙を共に吐き捨てる。いつも以上に不機嫌な義弟を後目に、煙草を取り出し火を付けた。

 「それで、王子様はここで何をしていたんだ?」
 「お花が綺麗なんだとさ。下らん」

 くっと顎で示す先に、赤い花が群生している。近く寄ると、多少乱れているものの人の手で管理されているらしいことが見て取れた。周囲の村民が、手遊びにでもしているのだろうか。

 窄まった花弁が密集しているのを見て、記憶を辿る。

 「確か、ダリア、だったかな」
 「あんたが、花に詳しいとは微塵も知らなかった」

 ひとりで得心している義兄を皮肉った。

 「君の姉さんに、いつも花を贈るからね。どうだ、愛妻家だろう。もっと羨ましいがってもいいよ」
 「羨ましくねぇよ」

 短くなった煙草を一気に吸い尽くすと、吸い殻を剥き出しの岩に擦り付けた。

 「どいつもこいつも、頭ん中はお花畑か。付き合ってられん」

 聞き慣れた義弟の舌打ちに、紫煙で返す。

 「案外、王子様も分かってるのかもね。自分の行く末を」
 「ただの、実績稼ぎだろ。下手すりゃ死ぬっていうのに、暢気なもんだ」
 「さて、それはどうかな?」

 不機嫌に怪訝を加えた眉間に、いっそう皺が寄った。吸い殻を岩で擦り消すと、足元の麻袋を指差した。

 「これって」
 「あの、くそ王子。自分の荷物も碌に管理できねぇのか」

 最早、この行軍中に義弟の機嫌が良くなることは無さそうだった。


――――――
――――――


 「殿下、やっぱり戻ってあいつら殺しましょう」
 「気軽に、物騒なことを言うものじゃないよ」

 男の後ろには、童顔に似合わない据えた目をした青年が従っていた。荷物を取りにいちど戻ったが、耳の良い従者を引き留める方を優先した。

 「頭の中がお花畑なのは、あいつらの方だ」

 従者の言葉に、ふっと笑みが零れる。それでも良い、今はまだ。

 「僕はね、本当に花畑を作ろうと思っているよ」
 「そんなに、花が好きでしたっけ?」
 「好きになったよ、ついさっきね」

 王位継承順位などというものに従う気は無かった。彼らは王位継承権を持った者を、死地に送って一人消したつもりだろう。巧妙に隠しているつもりなのか、あからさまなのか判断に迷うところだった。

 「あの赤い花を植えよう。きっと、鮮やかに咲くだろう」

 栄養は、多い方が良い。例えば、血肉が豊富で強欲に塗れた、獣に似たものが。

 「荷物は、良かったのですか?」
 「あとで、中尉が持ってきてくれるよ」
 「俺は、あの人キライです」
 「思いの外、お前と相性が良いかもしれないよ」
 「絶対に、有り得ません」

 従者は、あぁ気色悪いと己の腕を擦った。似た者同士と言ったら、どうなるか。

 「友達が欲しいのは、本当だしね。仲良くなれたら良いんだけど」
 「無理でしょう、向こうもそう思っているはずです」
 「それは、残念だね」

 まぁそれなら仕方ない。ただ、決め付けるのはもう少し先にしておこう。友人になるかならないか、その時が来たら改めて聞けば良い。

 行軍開始の合図が、空高く鳴り響く。


 この数ヶ月後、第四王子の消息は歴史書から一度消えた。

 二年後、彼の名は「叛逆」の言葉と共に再び歴史書に現れる。



「裏切りの、花を」END

Thank U 4 reading!

9/17/2023, 9:18:17 PM