『自転車に乗って』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
「今回は、自転車に乗って『どこへ行くか』『行く過程でどうなったか』が話題になるカンジ?」
自転車に乗って、スーパーに行けば日常ネタ、
職場に行けば職場ネタ、学校なら学園系も可能。
目的地に行く過程で恋するあの子とすれ違えば恋愛に発展するかもしれないし、
ナラズモノな道交法違反車とすれ違えば、交通安全を主題に掲げるハナシも書けるかもしれない。
何を書こう。 某所在住物書きはため息を吐いた。
「それこそ『自転車に乗っている人』の割合を考えれば、地方と都会の自転車利用台数云々も……」
そういえば、あの野郎どうしてっかな。
物書きはネットで「自転車で日本縦断!」の記事を見つけ、ひとつ、記憶を掘り起こした。
自転車ではなかったが、初夏にひとり見かけた。
バイクに乗って北を目指した若き青年に、某バニラ味メイトと一番安値のスタンドの名前を渡したが、彼は旅の中で何と何と何を得たのだろう。
――――――
「……朝がさむい」
「否定はしない。最低気温、20℃未満らしい」
「なぜだ。8月だぞ。8月なのに、朝が、さむい。毛布があたたかい」
「宇曽野」
「なんだ」
「ようこそ北国へ」
「はやくその茶よこせ」
コロナ禍突入直前。2019年のお盆のおはなし、まさかまさかの第2弾。
雪国の田舎出身という藤森の里帰りに、「雪国の夏を見てみたい」と、都会育ちの親友宇曽野が、無理矢理くっついてゆきました。
1日目はひたすら田園を駆け回り、青空の広さを見渡し、沈む夕日と夜空を2ヶ月分くらい見つめて、夕冷えからの肌寒い夜に無条件撤退しました。
「さむい」
「さっき聞いた」
「茶がうまい。あたたかい」
「そりゃどうも」
そんなこんなで藤森の実家に宿泊中の宇曽野です。
東京のそれより5〜8℃低い、朝の寒さにたまらず起きて、毛布をよこせの救助要請。
東京と、最高気温の差は縮まっても、最低気温はさすが雪国。熱帯夜よりは良いでしょと、東京の春4月頃の数字をぶつけてきます。
宇曽野は後悔しました。北国に向かう前、藤森は「朝晩肌寒いから上着を一枚持て」と言いました。
んなアホな。宇曽野が持参した着替えは半袖ばかり。
『地元民の忠告は聞きましょう』
宇曽野がこの旅行で得た、一番の教訓でした。
そんな宇曽野、2日目に何をしたかと言いますと、
「……20年ぶりに乗った」
「にじゅうねん?!」
自転車に乗って、手作りサンドイッチと冷茶積んで、ガッツリ虫除けスプレー振って、チリンチリン。
都立滝山自然公園よりちょっとだけ小さい、草花キノコの豊かな最寄りの公園へピクニック。
「冗談だろう藤森、20年自転車に乗ってない?!」
「車社会だからなぁ」
一家に一台どころか、一人一台も過言ではない藤森の故郷です。外に人の往来はほぼ無く、道路を行き交うのは自動車ばかり。
徒歩の人混みを気にせず自転車に乗れる。東京では考えられない状況です。
チリンチリン、チリンチリン。安全かつ快適に自転車に乗って、ふたりは完全貸し切り状態の、静かで涼しい公園に到着しました。
「公園が貸し切り!?」
「宇曽野。お前今日は随分驚いてばかりだな」
「何故だ、何故誰もいない?!公園だぞ!」
「公園より隣の隣の隣あたりの地区の、大型ショッピングセンター派なのさ。ゲーセンもあるし、ファストフードもカフェも揃っているから」
「それで貸し切りか?」
「それで貸し切りだ」
散策して、追いかけっこして、水辺でちょっと休んで、生えてるキノコの食える食えないを議論して。
池を見渡す広場を貸し切り、サンドイッチをぱくり。
『東京の価値観が地方にも無条件に当てはまると思ってはいけない』
宇曽野がこの旅行で得た、もうひとつの教訓でした。
自転車に乗って(初の試練)
だだっ広い公園の一角で。
自転車の練習をする!と駄々を捏ねられ渋々来てみたものの、こいつらなら案外早く乗れるんじゃね?という俺の予想は見事に裏切られ、ミッションは完全に難航の兆しを示していた。
“そう簡単には問屋が降ろさない”
―――どうやら神様からの初試練を、双子どもは同時に与えられたらしい。
「なかなか上手くいかねーなあ」
ハンドル操作とペダルの踏み込みがアンバランスで、二人は何度も自転車から転げ落ちてしまう。
そんな双子の片割れのリアキャリアを俺が持ち、もう片方は―――
「そんな、最初から上手くいかないよ。こういうのは根気、やる気が大事!」
俺の意中の、彼女が持つ。
………もう説明する気も失せるが、察しの通り双子どもが俺のスマホから彼女を極秘で誘い出していた。
毎度毎度お前らはどうしてそうなんだ!とこっ酷く叱りつけたが、天然な彼女は穏やかに、いいのいいのと俺を宥め双子に付き添ってくれるのだから人間ができている。
もう何度惚れ直したかわからない彼女に、俺はどんどん夢中になっていくものの―――生来のチキンさが邪魔をして、なかなか想いを伝えられずに今に至っていた。
「にいにーーー、また転んだ!」
「転びすぎてあざできてる!」
痛い、痛いと騒ぐ双子どもに俺は喧しいと声を荒げる。
「自転車の道は一日にして成らず!練習あるのみ!」
「「にいにのオニー!!」」
けっ、何が鬼だ。何とでも言え、日頃の世話の恨み今ここで晴らしてくれる。
―――ぎゃーすか喚く二人を、それでも温かく見守る彼女の優しい眼差しに、いかんせん俺まで心が浄化されてしまいそうになる。
「みて、にいにの顔。鼻の下のばしてる」
「かっこいいとこ見せたいからってえらそーにして」
「がんばろ。ちきんに負けたくない。ぜったい乗ってやる」
「うん。がんばろ」
お互い顔を見合わせ、二人が力強く頷く。
………仕方ねえ。ここは満を持して、伝家の宝刀の出番か?
俺はちっと舌を打つと、
「乗れたらアイス、特別に!一人ふたつ!」
「ふたつ!?」
途端に目の色を変える双子に、所詮は食いもんにつられるお子様よと俺はひとり鼻を鳴らす。
そんなやり取りを隣で見て笑う彼女の笑顔に癒されながら、いつ彼女をデートに誘おうか、と。
双子どもの奮闘する姿を眺めつつ、俺はそのタイミングをそわそわと窺っていた。
END.
回る 回る 回る
ペダルのリズムに合わせてタイヤが回る
驚くほどに速い だけど誰にも追いつけない
大人の心配をよそに 僕はとても楽しかった
回る 回る 回る
力任せに漕ぎ続ける
当たり前が当然のように回る日常
並んで走る放課後の喧騒
回っているのはタイヤだけではない
笑っているのは僕だけかもしれない
回る 回る 回る
痛みを忘れらずに 傷みを見ないふりをして
つまらないとうそぶく自分に とても失望が隠せそうにはない
錆びきったチェーンを横目に いつものようにサドルにまたがる
行き遅れてしまったか それとも生き急いではいないのか
つまらないとうそぶく自分に それでもどこかで期待している
あの日の喜びを追い求めるように ペダルを回す
回る 回る 回る
こいつに乗ってどこに行こう こいつに乗ってどこに行こう
本日は、息子と日本科学未来館へ行く…
予想よりも行きやすそうです。
・自転車に乗って
思い出話。
小学生の頃、近所の悪ガキに連れられ全く知らない道を自転車で走った事がある。
親と普段通らない道、しかも自宅からかなり遠くまで走っていったので内心バレたら怒られるんじゃないかとヒヤヒヤしながら道中を走ってた気がする。
最終的にはやや大きめの公園に着いて夕方までそこで遊んでいたのをうっすらと覚えている。
"いつかもう一度来てみよう"
そう思っていたがどうやってあんな所まで行ったのか分からず、結局後にも先にもあの道を走ったのはこの1回きりとなってしまった。
大人になった今でもあの道への行き方や公園の名前は分からずにいるし、気づいたら連れて行ってくれた子の顔や名前さえも思い出せなくなってしまった。
もし子供の頃に戻れるならもう一度あの住宅街と見知らぬ公園を悪ガキと一緒に走り回ってみたいものだ。
……でも出来ることなら車で走りたい。
と、大人の私がワガママを言ってるのはここだけの話。
高校のときの移動手段といえば自転車だった
学校に行くにも部活の練習に行くにも
ときには上り坂もあるし
下り坂の心地よい風も今は懐かしい
今では乗ることは少なくなってしまったが
漕ぎ出すペダルは僕らの心の中で動き続けている
ひまわりの花束を
買って自転車の後ろにくくりつけて走った
君に会う
君に会う
僕は心臓をバクバクさせながら
家の前に自転車を止めて
ピンポンを押す
少しして
出てきた君に
背中に隠したひまわりの花束を
見せた
君は笑顔になって
ありがとう!
と花束を受け取り
笑った
嬉しい!
僕らは手を繋いで
少し散歩して
またね
と互いに手を振った
花が似合う君に
会えて嬉しい日になった
また君に
会いに行くから
「自転車に乗って」
地球は止まることなく回っている。
私は止まることなく進んでいる。
私は地球。
【#75】
「蛍を見に行こう」
父に誘われ兄と行く
滅多に子供と関わらない父
蛍に誘われうきうきな自分
父も兄も自転車で
私はというと…
父の自転車の荷台で
あの恐怖体験は忘れない 笑
古い自転車の荷物置き
振り落とされまいと
必死に荷台を握りしめる
おしりは痛い
段差で左右にずれていく
小さな子でも死の恐怖ぐらい分かる
記憶の蛍は最初に見た数匹だけ
あんなに早く終わって欲しい蛍探しは
後にも先にもあの時だけ
自転車に乗って坂を下る。
生温い風が頬を勢い良く撫で、前髪がバサバサと乱れる。
汗が背中や首を伝うが、それすら愛しい。
一つ、大きな赤い屋根の家が見えてくる。その奥には海が、自由が広がっていた。
潮騒と海の匂いを全身に感じながら、自転車を止める。
その家に入る前に、庭の柵に身を乗り出して息を思い切り吸った。
少し酸っぱい、夏の香り。
晴れ渡る青空を少し見つめてから、柵を降りて家の玄関に向かう。
赤い屋根と青い空がよく映える。やはりこの季節は、世界全体が格別だ。見慣れたものでも初めて見るものでも、どんな景色も美しい。
ガチャリと鍵を回す。少し錆のついた、古風な鍵。年代物ではなく、こういうデザインだ。
扉を開く。優しい木の香りがする。
風がそよいで、木が揺れた。
【hilly hilly】
胸がヒリヒリと痛むようなときは
川沿いのありふれた平坦を舐めるように
浮かぶ鳥と自転車で並走するんです。
自転車に乗って
歩くよりも早く
ゆっくり
風を受けて走る
道は続く
行き止まりはない
必ずどこかに通じている
ゴールなんてない
この旅に目的はない
移り変わる景色を
眺めながら通りすぎてゆく
この旅は長いから
休み休み
迷ったら引き返す
そんなこんなも旅のスパイス
この自転車は僕の体だ
僕が乗ることで魂が入る
命を受けて動きはじめる
旅が終わるとき
自転車を降りる
それまでは
自転車に乗って
君みたいな
僕みたいな
仲間を探す
歩くよりも早く
自転車に乗って
ウロウロと
あてもない冒険へ
あの雲へと続く坂道を全速力で越えたら
きっと空だって飛べる
旅を続ける
幼い心は
いつだってあの日のまま
自転車に乗って
登り坂を全速力で走っている
久しぶりに自転車に乗って駄菓子屋でも行こうかな。
その後は坂下って神社にでも行こうかな。
「きゅうり馬にナス牛…」
死んだ人はきゅうりの馬に乗って帰ってきて、ナスの牛でまた行っちゃうんだって。
ぼくはその隣にロードバイクのミニチュアを置いた。
だってこれってちょっとダサいよ。
それに祐介おじさんならこれが一番早いはず。
アンダルシアの光を浴びて、ピタピタスーツで白い歯を見せてるおじさんの遺影。
帰ってくるのはこれでいいとして、戻る時には何にするかな。
行きは早くて帰りがゆっくりならやっぱりナス牛か。
帰りには自転車は隠しておこう。
「ね、おじさん。」
「自転車に乗って」
【天才の考えてることは違う】
僕が作る作品の中で『小林花奏』というキャラクターが出てくる。そのキャラは僕の友達の性格をモチーフに作り上げてきた。その友達について今日は語ろうと思う。
僕の作品内では花奏は女性だが、僕の友人は男性である。合理的で頭がよく、百万人の中で選ばれた天才だ(事実)。彼とは中学2年生からの付き合いである。ただ、僕が話しかけて仲良くなったに過ぎない。まぁ、そんなことはどうでもいい。同じ高校に入ったものの、彼は5年制の看護科に入った。そいつのクラスをみてみると、予想通り男子一人。周りの女子と話すらしいが話すだけ。別に友だちになろうとはしない。そんな彼に対して僕は心配する気持ちがある。彼は一人でさまざまなことをする。僕らは無意識に彼の術中にハマっていたのかもしれない。
彼が中1の頃、陽キャでたくさんの人と交流していたらしい。学力は普通ぐらいで、どこにでもいる普通の生徒のように見えた。中2の頃、彼は激変した。陰キャの天才に急変化したのだ。そして、学力を一気に上げたらしい。それを中3まで続けた。
この話を聞いたとき、『すごい』としか思わなかった。相変わらず、僕は馬鹿だ。この話の後に彼はこう答えた。
「中1は自分を守る駒作り。中2、中3は手に入らなかった駒を調達するための急変化。そんでもって、俺に攻撃してきたものを徹底的に潰す。」
「怖い話だ。頭の良い人間はこういうのをやるのか」と思わずにはいられなかった。具体的に説明しよう。中2までに手に入らなかった駒というのは、学年トップ、リーダー的存在、良い奴と悪い奴を区別できる攻撃的な人物。この4つだったらしい。そして実力を隠していた理由が、2つある。1つが周りから注目されること。性格の変化と共に成績急上昇。これを聞きつけた学年トップの成績を誇る人間が関わってくるという。実際、そうだった。そして、学年トップとリーダー的存在は仲が良かった。それにより、この2人は彼について知る、面識を持つこととなった。つまり、強力な駒を2つ同時にゲット。3年生になっては、良い奴と悪い奴を区別できる攻撃的な人物と同じクラスになり、彼はよく話しかけ駒として動かせるまでにはなった。
3年生のとある日、グループ活動の最中、彼の班の男が彼の将来の夢を大声でさけんだ。
男「え?まじで?ーーー(彼の名前)看護師めざしてんの?すげぇ」
一瞬にして彼の将来の夢が暴露された。しかし、これは彼の作戦だったという。男子で看護師を目指している人なんてあまり見かけないだろう。多様性という時代だからといって、まだ男子にとっては人気があまりない。ここからがよくある話だ。昭和生まれのような人間がいる。「男子が看護師?ダッサ。」と固定概念にとらわれた人間。実際、そのような人間はいる。そして、彼にもそのような言葉をかけた奴がクラスに数人はいた。しかし、一ヶ月経てばこのように言ってくる者は出てこなくなった。周りの人間の記憶から薄れていったというのも多少あるかと思われたが、そうではなかった。彼に対して、罵声を浴びせた者は、彼の駒によって処理されていたのだ。いわゆる無意識の洗脳。彼が動かしたわけではない。彼の駒が自分の意思で行動したものだった。彼はこれを計画的に実行していたのであろう。あまりにも賢すぎる。
自分の身を守るための駒作り。これが何を意味していたのかわかるだろうか。僕は未だにわかっていない。
end
初めて自転車に乗って
偉大なことを成し遂げた気がした
初めて電車に乗って
改札を出られるか心配でたまらなかった
初めて飛行機に乗って
緊張しすぎて気持ち悪くなった
これからどんな初めてに乗って
どんな気持ちを味わうんだろう
自転車に乗った高校生と思しき少年少女が俺を追い越して行く。弾けるような若さ、煌めく汗、その全てが清々しい。俺も昔はああだったのかな? 流石にあそこまで爽やかじゃなかった気がするが。
俺もかつては自転車通学だった身。学校だけじゃなく、色んなところに行ったもんだ。あの頃は自転車に乗っていれば行けないところなんてない! ぐらいの感覚だったのに、それが今では……。
なんてことない坂道でさえ自転車を押して歩き、平坦な道をちょっと走っただけで息切れ。爽やかさの欠片もない汚い汗をダラダラとかき、Tシャツはすぐに汗で色が変わってしまう始末。時の流れは残酷だ。
また、他の学生が俺の自転車を追い越して行く。君が乗っているのは本当に自転車か? 俺のと比べてずいぶんスピードが出るじゃねえか。俺の自転車が遅いのは決して俺が衰えたからじゃない。自転車の差だ!
何一つ根拠のない負け惜しみを心の中で叫んでいると、俺を追い抜いて行った学生がふと後ろを振り向いた。その表情から心の内は読めない。が、もし俺を鼻で笑っていたなら「明日は我が身だぞ」と言ってやりたい。そんな気分になった。
風を切ってスイスイ漕いでいく
肌を撫でる向かい風が時に心地よく時に寒い
ある日は都会の細い路地の障害物を交わして
反対にどこまでも広がる草原の中を走る
険しい崖道を慎重に通ることもあれば
分厚い雪に覆われた道を掻き分けることもある
荒波の上を渡ることだってある
未知なる生物から必死に逃げ切った後
開放感を味わいながら汗を拭う瞬間が
きっと堪らなく気持ちいいのだ
今日も変わらず自転車に乗って
どこまでも続く旅の道を走っていく
次はどんな町で誰に出会えるのだろう
『自転車に乗って』
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
※ポケモンの話です
人の人生とは果てしない自転車の旅なのかもしれない。つらい坂道だってある。走りきったってそこにあるのは死と別れ。人生、生き甲斐、人との別れ。それでも、ゴールには死しか存在しないと分かっていても人々は歩みを止めない。なぜか、それは坂の上から見た景色、下り坂のスピード、人々はそれを生き甲斐や喜びと呼び忘れず、絶やさず、紡ぐ。ゴール、死した時走りきったと、未練はないと思えるような人生にするためだ。人はそれを人生と呼ぶ。
【自転車に乗って】
僕は、その日もいつものように自転車に乗っていた。高校三年の夏休み、何の予定もなく、ただ風を感じながらどこか遠くへとペダルを漕いでいく。それが僕の日課だった。
暑さが肌にまとわりつき、セミの鳴き声が耳に残る。空は雲一つない青で、陽射しはじりじりと照りつけてくる。それでも、自転車に乗っていると、不思議と暑さは気にならない。風が汗を拭い、僕の中に何かを解き放つような感覚があった。
その日は、いつもと少し違う道を選んだ。理由はない。ただ何となく、見知らぬ道に引き寄せられたのだ。好奇心というのだろうか、少しだけ冒険してみたくなった。
田舎道を進んでいくと、やがて目の前に古びたトンネルが現れた。入り口は暗く、冷たい空気が漏れ出している。昼間なのに、トンネルの向こう側は何も見えなかった。少し怖いと思ったが、同時に引き返す気にはなれなかった。何かが僕をそこへと誘っている気がした。
トンネルの中に足を踏み入れると、周囲の音が急に消えた。自転車のタイヤが砂利を踏む音だけが、かすかに響く。まるで時間が止まったような、静寂が広がっていた。僕は無意識のうちにペダルを漕ぐスピードを緩め、慎重に進んでいった。
トンネルを抜けたとき、目の前に広がった光景に息を呑んだ。そこは見たことのない世界だった。どこか懐かしいよとうな、でも確かに現実とは異なる場所。草原が広がり、遠くには小さな村が見えた。村の上空には、ゆっくりと回る風車が見える。けれど、その風車が回る速さは、僕が知っている風の速さは違っていた。
自転車を止め、ぼう然と立ち尽くしていると、一人の少女が現れた。白いワンピースを着て、長い髪を風に揺らしている。彼女は僕に向かって微笑みながら、ゆっくりと近づいてきた。
「ここに来たのは、あなたが初めてじゃないの?」
彼女の言葉に、僕は驚いた。初めて会うはずなのに、彼女の声にはどこか懐かしさがあった。
「どうして僕がここに?」と尋ねると、彼女はただ微笑むだけだった。
「この場所は、心の中のどこかにある場所よ。あなたが忘れてしまった何かを、思い出させるために存在するの。」
彼女の言葉の意味がよくわからなかったが、不思議と納得する自分がいた。この場所も、彼女も、どこかで知っていた気がする。
「でも、時間が来たら戻らなきゃいけないのよ」と、彼女は寂しそうに言った。「また、会えるといいね。」
その瞬間、目の前の景色がぼやけ始めた。風が強く吹き、僕は自転車に乗り直してトンネルを抜けることしかできなかった。
振り返った時には、もうあの世界は消えていた。戻ってきたのは、見慣れた田舎道。ただ、心の中に残るあの少女の微笑みが、僕にあの出来事が現実だったことを教えてくれていた。
それ以来、僕は何度もあのトンネルを探したが、二度と見つけることはできなかった。あの夏の不思議な出来事は、心の奥にしまい込まれた、僕だけの秘密となった。