『胸が高鳴る』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
『胸が高鳴る』
「あなたの書くお話が好きです」
SNSで知り合った、うんと年下の友人は、大切なことを打ち明けるみたいにその言葉を言ってくれた。
誰かにとっては取るに足らないことかもしれない。
でも、心の柔らかいところがありがとうって叫んでいた。
胸が高鳴る。
胸が高鳴る…
突然の分かれ道にも驚かず
おのれの胸の高鳴る方へ
「あっ先輩、落としましたよ」
「え、まじ?何…」
「私からのきゅん」
「それ真顔で言えるの豪胆すぎるだろ」
呆れ顔でそんなことを言ったくせに先輩は拾ってくれたお礼、と私にカフェオレを買って休憩から戻ってきた。きゅん。
"胸が高鳴る"
ー胸が高鳴るー
心拍が踊る鼓動の響き
胸に鳴り響く遥かな調べ
未知の世界へ踏み出す勇気
胸に宿る感情が高まる
何かが起こる予感が今
胸の奥に熱い炎が燃える
広がる可能性への興奮
胸が高鳴る、未知なる旅へ
想像を超える冒険の扉
胸に宿る情熱が爆発する
忘れかけていた夢の欠片
胸に蘇る、未来への希望
躍動する鼓動が示す
胸を打つ鼓動が導く未来
一歩踏み出せば見える景色
胸が高鳴る、遠く未来へ
胸が高鳴る鼓動の響き
思い描く未来への羽ばたき
一緒に歩むこの瞬間を大切に
私は藤山寛美(かんび)という役者のファンだった。
藤山寛美は、松竹新喜劇の大スター。明石家さんまも笑福亭鶴瓶も、志村けんも仰ぎ見るような存在だった。
1990年5月、彼は肝硬変で60歳の若さで急死してしまう。
私はその年の2月だったか、京都南座で藤山寛美、直美の親子共演を観ているのだ。
あまりの突然の死に、涙が止まらなかった。
寛美が亡くなった翌年、私はお盆休みを南紀新宮で過ごしたが、最終日は何だか飽きて(南紀はすでに3回目だったので)、東京に帰る前に京都に寄って過ごそうと思い立った。
どうしてその寺に行きついたものか、全くの偶然だった。
京都は良く行く所だから、今さら観光と云うよりも、ただブラブラして雰囲気を楽しみたかっただけなのだ。
だから、何処をどう歩いたかも覚えていない。でたらめに歩いていたら寺の前に通りがかり立て看板が出ていて、
「お盆特別講演 藤山寛美と私 講師 藤山直美」と書いてあったのだ。
! ! ! ! ! ! ! !
入場料無料、講演は、今まさに始まろうとしていた。
寛美の家は京都にあったという。
こんな事が、人生には起こるのである。
(実話です)
知らないことがたくさんあるんだ
知りたいことがたくさんあるんだ
いつまでも聴いていたくなるんだ
キミの奏でる音は空気を振動して
ボクの心の中に伝わってくるんだ
この世界も悪くないそう思うんだ
『胸が高鳴る』
胸が高鳴る
今はそんな体験はしていないけど
過去は確かに胸の高鳴りを
感じていた
あの頃を思い出して…
胸が高鳴る
戻らない過去
でも…
夢見がちなあの頃
一瞬でも…夢見がちに
戻れたら
胸が高鳴り…
走り出すだろう
【胸が高鳴る】
朝、いつも同じ電車で見かける男の人がいるの
高校生の私より少しだけ年上に見えて
毎回私服だから大学生くらいかな
見かけても最初のころは何も思わなかった
ああ、いつもの人だなって思うくらい
だけどその人
いつも誰かに席を譲ってるんだ
それでね
ある時席を譲ってもらったおばあさんが
「ありがとう」って言ったら
その男の人が恥ずかしそうに笑って首を横に振ったの
なんだかその笑顔を見た瞬間
胸が高鳴った、っていうか……
それからは
その人を見かけると毎回ドキドキするようになっちゃって
あの人のこと何にも知らないのに
自分って単純で馬鹿だな、って
学校でもぼーっと考えたりしちゃってさ
また明日も会えるかな
今、この世で
私の胸を高鳴らせる唯一の人に
【胸が高鳴る】
恋、なんてもう何年もしていないけれど。
いつだって私の心臓は推しの言動に一喜一憂して。
恋から愛になるんじゃなくて
恋をふっ飛ばして愛になったんだよ。
今日も最近リリースされたアプリで
君の添い寝の声を聞いて寝る。
胸の高鳴りが凄すぎて寝るどころじゃないけどね。
思わず泣いちゃったり笑ったり。
ねぇ、私が人であれるのは君たちのお陰なんだよ。
トキメキも嬉しいも悲しいも楽しいも悲しいも
私にくれてありがとうね。
今日もきょうとて愛してるよ。
出番まであと1分。
胸が高鳴るのを抑えきれない。
そわそわして何度も腕時計をチェックする。
何度も推敲を重ねたカンペも念入りに確認。
それでもやっぱり手足の震えは止まらず、胸はより一層高鳴るばかりだ。
前の出番の人の声が聞こえなくなった。
いよいよ僕の出番だ。
未知の世界に足を踏み出す。
自然と手足の震えが止まり、表情のこわばりがとけた。
さっきまであんなに震えていたのに私は別人のようになった。何かが憑依している。ああ、気持ちいい。
この快感は何事にも変えがたい。
もう一度味わいたい。
あと何分
あと何秒
この胸の高鳴りと
同じ速さで
秒針が進めばいいのに
君に逢う時の
胸の高鳴りは
いつも
何年経っても
毎回同じように
心に華やぎと
微笑みを
もたらしてくれた
その胸の高鳴りが
いまでは
ひとつの
優しい想い出となって
こんなふうに
懐かしむ日が来るなんて…
# 胸が高鳴る
初めは、君のことただの陰気なやつだと思ってた、
だけど話すと面白くて
君と過ごす時間はいつもあっという間で、
最近君を見ると、
君のシャンプーの匂いを嗅ぐと、
君への想いで胸が高鳴る
君からのLINEをいつも待ってる、
人は待ち望んでいたものが訪れるときに、胸が高鳴る。胸が高鳴るのは、その体験が自分にとって初めてのものだったり、珍しいものだったりするからで、ある意味「非現実」を味わうのを私達が期待するからである。人間は何より刺激を求める生き物だ。
しかし一度それが日常化してしまうと、私たちはその状態に慣れ、胸が高鳴るどころか、些細なことにもがっかりするようになってしまう。それは強欲という以前の問題で、とても不愉快なことである。あの胸がいい意味で締め付けられるような感覚は本当に堪らない。
一瞬一瞬が最後だと思うようにして、その「思いがけない日常」に日々胸を高鳴らせたいものだ。
『何も始まらないのに』
不意に触れた手
耳が熱くなるの感じて
私バカみたい
#胸が高鳴る
初めて足を踏み入れる世界
一歩踏み出そうか
やはり、ここに留まろうか
それとも初めに戻ってリセットするか…
静かに脈打つ胸の鼓動
これも 胸の高まり なのだろうか
フィル
あの人を見ると、胸が高鳴るの。
彼女は頬に手を添え、にこやかに微笑んだ。
結局のところ、それは恋じゃなくて病気のはじまりを告げる鐘、動悸であったワケだけれど。
彼女は一瞬の熱に浮かされて、少しでも幸せだったのだろうか。
恋愛脳の彼女だから、どこかで違いは悟っていたと思う。
それでも気づかないふりをしたくて、「胸が高鳴る」なんて普段は言わないような言葉を吐いたのかな。
植物状態になった今も、胸の高鳴りは覚えてくれるといいな。
ひっそりと薄暗い病室で、彼女の胸に手を当てる。
どくん、どくん、どくん。
まだ、動いてるみたいだ。
「よかった」
どうせなら、心臓を取り替えっこできたら良いのにね。
僕の心臓をあげるよ、と口をついて出そうなくらい、太陽みたいに笑う君を見たいんだ。
ああ、僕じゃない誰かに向ける君の笑顔でさえ、もう恋しくなっている。
〜胸が高鳴る〜
その笑顔が
その声が
その指が
…
好きだった。
胸が高鳴る
ねぇ、ホントは気づいてるんでしょ?
私のこと考えてる時、ワクワクしてるよね
胸の高鳴りは無視できないもの
平凡な人生はつまらないから 険しい道でも
こっちにおいで
胸が高鳴る
春風は 吸い込まれた 空気の 中で
弾けた サイダー みたいに
心に トルマリンの ように 染み込んで
心の 中を 純粋に 変えていく
君が 新学期に 買った
香水の 匂いに 僕は まだ なれなくて
もう少し 君の センスが わかるまで
時間が かかりそう
踏切の 遮断器が 音もなく 聞こえるのは
どことなく 胸が高鳴る 心臓の 音に
かき消されて いるようだ
サイレンスの中で 静かに 桜の 花が
僕たちの 見えないところで 咲いている
雨が 降るまで
その 新しい 命を 輝かせてる みたいに
純情は 春の 季節が 過ぎる頃には
着慣れた シャツみたいになって
慣れてくれば 少しだけ 形が 崩れて しまうけど
それでも きっと 君の 丁寧に 結った
長い フィッシュボーンの リボンと
胸元に キュッと しばられた ネクタイが
まだ 綺麗な 形を している
このまま 夏が くる前に
トルマリンの ような 柔らかな
呼吸に 透過しやすい 季節を 迎える 前に
君と 二人で 坂道を 走り出しては
自転車道を 朝方の 太陽を 追い越して
見えない 未来に キスを そっと しよう