『絆』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
その
絆
シンジツ?
ホンモノ?
実は
その
絆
イツワリ
ニセモノ
なのかも知れない
わたし
今まで
この絆は揺るぎないモノだって
信じてきたし
信じていた
だけど
ことごとく裏切られ
当たり前に利用され
それでも
次こそはと
その絆を
繋ぎ止め続けてきた
けれども
やっぱり
合わなくなり
そして
会わなくなっていく
これまでの人生
ずっとそうだったし
今この瞬間も
それが続いている
だけど
心の何処かで
"わたしは絆と言う輪の中で窮屈に縛られたくない"
"わたしを絆と言う括りで縛ることは誰にも出来ない"
って
孤独を求め
叫んでいる
自身も居る
楽しく一緒に過ごせることで
一緒に困難に立ち向かってくれることで
まだ「絆」があることが理解できる
「絆」があると心強いな
「 絆 」
絆
目覚めた時
君の無防備な寝顔 愛おしい
独り占めできた喜び
手にしたのは 永遠の絆
たとえばそれは、
のび太とドラえもん、
しんちゃんとシロ、
カツオと中島くんだったり、
苺と練乳とか、
こたつと蜜柑、
猫とちゅーる、
荒れた手とニベアみたいな
そんな感じなんだろうな
でも私、この言葉を
自分の口から発したことが
ほぼないな
ましてや、書いたことも
ないかもな
自分には
それを表す対象が
ないのかもしれないなあ
(絆)
#絆
―――
カーテンの隙間から漏れる陽射し
視線の先にある天井は、白よりの灰色
――瞬間、雷撃の如く襲ってきた頭痛
グッと、堪らず声が出て
重い手で頭を抑えた
何度経験しても、この痛みには慣れないと改めて思い知らされる
すると、近くから低い唸り声
何とか視線を机の向こうへ向けると、空き缶に囲まれながら眠る彼奴
...腐れ縁。
そう言ってしまえば、それまでだ
自分がこんなに痛い思いをしているのに、穏やかな顔で眠る彼奴に嫌気が湧く
まぁ、起きたら同じ様に苦しむだろうし、俺のこの痛みも自業自得なのだが
そんな事を考えていると痛みが和らいできた様で。
身体を這いずらせ、何とかキッチンへ
そしてコップを片手に蛇口を捻り、入った水を勢いよく煽った。
モヤの掛かっていた意識に、サァッと風が吹き込む
少し落ち着いて来たところで、息を吐く
そうして違うコップにもう一度水を入れ、彼奴の元へ
何度見ても、相変わらずムカつくほど穏やかな顔だ
水でも掛けてやろうか、なんて思いを振り切り、軽く肩を揺らす
「んん………あ?なんだお前か…イッッ!?」
漸く目覚めた此奴は、予想通り情けない声を出しながら目を開けた
嗚呼、俺も此奴も反省しねぇな
デジャブを感じる光景に溜息を吐きながら、俺はコップを差し出した
『絆』
貴方はみんなに優しい人でした。
笑ったときにできるえくぼと涙ボクロが魅力的な人でした。
小学生の時に出会って、中学高校時代を共にし、大学生でも一緒に飲み明かした僕らは、親友と言うには物足りない程の仲の良さでした。
これは僕の懺悔です。
小学生5年生の時に転校して、上手く馴染めなかった時に声をかけてくれたのが貴方でした。
中学の部活で怪我に苦しんだとき、リハビリを共に乗り越えてくれたのは貴方でした。
高校3年生で大学受験に精神を病んだときも、深夜に抜け出して一緒に星を見に連れ出してくれたのも貴方でした。
大学で初めてできた恋人に浮気されて振られたときに、免許取り立ての車で海に連れて行ってくれるような貴方でした。
全て、すべて、僕の全てに貴方がいました。
ずっとずっと、本当にずっと、貴方は僕の隣にいました。
本当は、本当は、本当に僕は貴方が好きでした。
叶わないと分かっていたから、隠して、握って、潰して、押し込めていたのです。
僕たちは親友でした。
でも、親友じゃ足りませんでした。
僕が愛したせいで、僕のせいで、全て僕のせいで、貴方は壊れてしまいました。
もうどこにもいない貴方。もうどこにもない絆。
深く深く、どこまでも深く繋がっていたはずの、僕たちの絆はいつしかほつれて、解けて、ちぎれてしまっていたみたいです。
この絆の糸は、赤い糸じゃなかったみたいです。
それでも、貴方の血で染まったこの糸を僕は勘違いしたいのです。
どうか、どうかどうか、許してください。
2026.03.06
56
絆
継続かな
身に付いた
忘れられない技術
真面目に漬け込み煮込むなら
2000時間のやり込み
ほとんどの資格が取れるらしいよ
使える頻度にもよるはず
麻雀は忘れてないが
将棋は、ほぼ覚えていないのです
絆ではないけど
情緒や倫理に道徳など
人間社会を繋ぐ基準だと思う
「絆」
君と僕の「絆」。
切っても切れない、かたい「絆」‼︎
誰にも邪魔されることなく、永遠に続くはず!
何があっても、どこにいても、変わらぬこの「絆」‼︎
2人だけの「愛」の絆である!
絆の意味を改めて調べますと、
『人と人との断つことのできない強い結びつきや連帯感を意味…』とあります。
SNSの世界でも、そういう絆があると信じています。
それで救われる人もいるのだから。
【絆】
【絆】
みんなの想いを一つにとか。
みんなで一致団結とか。
無理無理、マジキツイって
って。
思ってた。
けど 、大きな揺れが起きた日。
その大切さを私は知った。
129番 ハンデ見とんで
無責任真っ逆様 未確認見っけたわ
アクセス浅草 奥様あくせく
プーケットに行っとーけ
やいやい言うよ 愛ゆえ買い食い
奈良の義父アラフィフ 皿拭き自負
年貢の納め時 天狗とオカメ好き
添えもんサーモン 粉もんホルモン
餅すっぱ レタス長持ち 小町キムチ
モツ煮込み 街にとけこみ 好みチョイ飲み
これからカラクリ カタパルト
なると金時 威張ると金的
ハンデ見とんで モヒート濃いーぞ
スイスいそいそ 味噌足そカヌレ
蚊取り借りポトリ このままパクり
顔をよく擦る ウォークスルー
おカッコよい 堪忍袋の緒が綺麗
才能 一切NO 仮の覇道を駆けろヨロ
目に見えないからこそ
信じられるものがある
疑いようのないくらい
圧倒的に強い絆が
………絆
あなたとの赤い糸
あなたと私を繋ぐ糸
たとえ何があろうとも
私は絆を信じてる
目に見えるようにしたら気持ち悪いし、その人じゃなくてその人との物を大事にしちゃいそう。
【絆】
『絆』
『明日引っ越すんだっけか、真?』
『ああ、そうだ。寂しくなるな』
そう、俺は親友と話す。幼稚園から仲良くなった男の親友兼幼馴染。
俺は明日引っ越す事になった。しょうがないと思いつつも悲しい気持ちがある。
そりゃそうだ、ずっと隣にいた親友と離れるのだから。
『絶対に会いに行くから待ってろよ?』
『その前に俺がまたこっち来て会うさ。』
『それも良いなww。楽しみにしてるぞ』
『おう。』
そんな事を言い合い、俺は帰路についた。
『絶対にまた帰ってくる。絶対だ。』
そう独り言をこぼし、荷物をまとめなきゃ行けないことを思い出してため息もこぼした。
君は詩の天才
言葉の魔術師だね
スマホ1ページ分の言葉だけで
俺の人生に色をつける
無限の可能性を見せてくれる
残念ながら
あなたとは夫婦の絆は切れたけど…
どうか この子の父親でいてあげて
#絆
絆
小金井に伯母が住んでいた。
母の姉で顔も体格も双子のようにそっくりの伯母にだけは、ひどい人見知りだった私も最初から懐いていた。
初めて1人で伯母の家に泊まりに行ったのは小6の時だった。
いつも美味しいご飯を大量に食べさせてくれ、どんな時も面白い話をしてみんなを笑わせていた。
「いい?何事も深刻になっちゃダメよ!軽く、軽〜く行くの!分かった?…分かってない顔してるわねえ」
しょっ中そんなことを言われていた。
伯母が亡くなったのは、私が娘を産んですぐの頃だった。
長い入院生活を送っていたが、最後は家で過ごしたいと自宅に戻っていたので、私は電車を乗り継いで伯母の家に向かった。
久しぶりに会う伯母は半分くらいにやせ細り、黒かった髪は全て真っ白、ほとんど別人のようになっていた。
いとこに聞いて覚悟はしていたものの、記憶も曖昧になっていた伯母は、突然目の前に現れた赤ちゃん連れの女性が誰なのかも全く分からない様子に、私は少し混乱してしまった。
いとこたちは夕飯に誘ってくれたが丁重に断り、私は早々に帰ることにした。
「おばちゃん、また来るからね。早く元気になってね」
玄関から居間を覗きながら私はそう声を掛けた。
その時伯母が顔をパッと上げ、私の顔を見て言った。
「ハイハイ私、今から洗濯するから見送らないから。気をつけて帰りなさい!また来るのよ、〇〇ちゃん」
小6の時から聞き慣れた帰り際のセリフだった。懐かしい元気ないつもの声だった。
「…あ、うん。また来る。」
やっと一言だけ言うと、私は家を後にした。いとこたちも泣いていた。
それが伯母とのお別れになった。
帰りの電車の中で思い出す。
そうだ、伯母はいつだって見送ってくれなかった。忙しいからって。
妹である母は今でも毎回、姿が見えなくなるまで手を振って見送ってくれる。いつまでもいつまでも。
私も毎回必死で涙をこらえる。
ほとんど同じ顔と形の2人なのに、全然違うものだなあと小6の頃も思ったっけ。
今なら分かる。伯母は知ってたんだ。
私が見送られるのが何よりしんどかったこと。敢えて見送らなかった伯母。そして誰よりも別れを寂しがっていた伯母。
洗濯機にシーツをぶっ込みながら
「いい?何事も深刻になっちゃダメ。軽く、軽〜く行くの!分かった?…全然分かってない顔してるわねえ」
そう言ってニッと笑う伯母の姿が浮かんだ。
おばちゃんありがと。深刻になんてならずに軽く、軽〜くだよね。
分かってるって。
またね。またいつかね。
最後の小学校生活の年のスローガンは「絆」となった。少年漫画の主人公が掲げそうな言葉に、テンションが上がっていたのを覚えている。
でも、その一年は最悪のものになった。
絆なんて微塵も感じさせないまま、トラブルが多発した。
窓ガラスを割ったり、いじめがあったり、授業の邪魔をしたりと散々だった。幸い、私は巻き込まれることはなかったが、それでも苦痛の一年だった。学校生活すらまともに送れない人たちと、どうやって卒業式を行うのだろうと、早い時期から心配していた。小学校で終わりなら、気にしなかったのかもしれない。でも、このメンバーと同じ中学校に進学するのだと考えると、こわいのは卒業式だけじゃなかった。
私は両親に私立の中学校に進学したいと話した。だけど、お金がかかるからという理由で断られてしまった。裕福な家庭ではないのだから、仕方がないと思ってしまった。
時間は経って、三学期になり、いよいよ卒業式の練習が始まった。真面目にやっている人の方が少なくて、卒業証書を受け取るだけなのにふざける人が多かった。そのほとんどは、一年の最初に掲げた「絆」というスローガンに感動していた人たちだった。
結果、最後の予行練習まで悪ふざけは続いた。先生たちもいよいよ注意しなくなった。私は卒業式を休みたかったが、小学校最後の晴れ舞台を期待してくれている両親を裏切れなかった。ため息ばかりもれる最後の登校に悲しくなっていた。もっと楽しい気持ちで、卒業式を迎えられるものだと思っていた。友達と楽しかったねって言い合えるような時間があると思っていた。教室に着くと、真面目に練習をしてきた人ほど、お通夜のような顔をしていた。
そして、迎えた本番。今までふざけた練習しか行われなかったのが、嘘かのように順調に進んでいった。国歌や校歌を歌うときは誰も替え歌なんてせず、卒業証書を受け取るときもみんなちゃんと礼をして受け取っていた。最後の退場まで、誰もふざけなかった。
やっと行われた理想の卒業式に私は安堵して、泣いてしまった。まともな形で小学校を終えることができて良かったと、心の底から思った。
結局、最後の最後まで「絆」を感じる瞬間はなかったが、それでもふざけてばかりだった人たちを成長させるためには大切な言葉だったのかもしれないと思った。
さよならがこんなに寂しいのは
ひとつひとつ丁寧に結んできたから
大切なものは目に見えないね
キツネ、きみの言ったとおりだね
小麦畑が金色に揺れるとき
きみがあの子を思い出すように
街なかに流れる歌に
となりの人が読んでる本に
名前も知らない花に
だれかの不器用な優しさに
夕焼け色した帰り道に
通りすぎてく子どもたちの声に
大切な面影を見つけては
振り返るんだろうね
卒業してもどうか元気で
さよなら さよなら さよなら
「絆」