絆
小金井に伯母が住んでいた。
母の姉で顔も体格も双子のようにそっくりの伯母にだけは、ひどい人見知りだった私も最初から懐いていた。
初めて1人で伯母の家に泊まりに行ったのは小6の時だった。
いつも美味しいご飯を大量に食べさせてくれ、どんな時も面白い話をしてみんなを笑わせていた。
「いい?何事も深刻になっちゃダメよ!軽く、軽〜く行くの!分かった?…分かってない顔してるわねえ」
しょっ中そんなことを言われていた。
伯母が亡くなったのは、私が娘を産んですぐの頃だった。
長い入院生活を送っていたが、最後は家で過ごしたいと自宅に戻っていたので、私は電車を乗り継いで伯母の家に向かった。
久しぶりに会う伯母は半分くらいにやせ細り、黒かった髪は全て真っ白、ほとんど別人のようになっていた。
いとこに聞いて覚悟はしていたものの、記憶も曖昧になっていた伯母は、突然目の前に現れた赤ちゃん連れの女性が誰なのかも全く分からない様子に、私は少し混乱してしまった。
いとこたちは夕飯に誘ってくれたが丁重に断り、私は早々に帰ることにした。
「おばちゃん、また来るからね。早く元気になってね」
玄関から居間を覗きながら私はそう声を掛けた。
その時伯母が顔をパッと上げ、私の顔を見て言った。
「ハイハイ私、今から洗濯するから見送らないから。気をつけて帰りなさい!また来るのよ、〇〇ちゃん」
小6の時から聞き慣れた帰り際のセリフだった。懐かしい元気ないつもの声だった。
「…あ、うん。また来る。」
やっと一言だけ言うと、私は家を後にした。いとこたちも泣いていた。
それが伯母とのお別れになった。
帰りの電車の中で思い出す。
そうだ、伯母はいつだって見送ってくれなかった。忙しいからって。
妹である母は今でも毎回、姿が見えなくなるまで手を振って見送ってくれる。いつまでもいつまでも。
私も毎回必死で涙をこらえる。
ほとんど同じ顔と形の2人なのに、全然違うものだなあと小6の頃も思ったっけ。
今なら分かる。伯母は知ってたんだ。
私が見送られるのが何よりしんどかったこと。敢えて見送らなかった伯母。そして誰よりも別れを寂しがっていた伯母。
洗濯機にシーツをぶっ込みながら
「いい?何事も深刻になっちゃダメ。軽く、軽〜く行くの!分かった?…全然分かってない顔してるわねえ」
そう言ってニッと笑う伯母の姿が浮かんだ。
おばちゃんありがと。深刻になんてならずに軽く、軽〜くだよね。
分かってるって。
またね。またいつかね。
3/7/2024, 10:17:57 AM