saku

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3/7/2024, 10:17:57 AM


小金井に伯母が住んでいた。
母の姉で顔も体格も双子のようにそっくりの伯母にだけは、ひどい人見知りだった私も最初から懐いていた。

初めて1人で伯母の家に泊まりに行ったのは小6の時だった。
いつも美味しいご飯を大量に食べさせてくれ、どんな時も面白い話をしてみんなを笑わせていた。
「いい?何事も深刻になっちゃダメよ!軽く、軽〜く行くの!分かった?…分かってない顔してるわねえ」
しょっ中そんなことを言われていた。

伯母が亡くなったのは、私が娘を産んですぐの頃だった。
長い入院生活を送っていたが、最後は家で過ごしたいと自宅に戻っていたので、私は電車を乗り継いで伯母の家に向かった。

久しぶりに会う伯母は半分くらいにやせ細り、黒かった髪は全て真っ白、ほとんど別人のようになっていた。
いとこに聞いて覚悟はしていたものの、記憶も曖昧になっていた伯母は、突然目の前に現れた赤ちゃん連れの女性が誰なのかも全く分からない様子に、私は少し混乱してしまった。
いとこたちは夕飯に誘ってくれたが丁重に断り、私は早々に帰ることにした。
「おばちゃん、また来るからね。早く元気になってね」
玄関から居間を覗きながら私はそう声を掛けた。
その時伯母が顔をパッと上げ、私の顔を見て言った。
「ハイハイ私、今から洗濯するから見送らないから。気をつけて帰りなさい!また来るのよ、〇〇ちゃん」
小6の時から聞き慣れた帰り際のセリフだった。懐かしい元気ないつもの声だった。
「…あ、うん。また来る。」
やっと一言だけ言うと、私は家を後にした。いとこたちも泣いていた。
それが伯母とのお別れになった。

帰りの電車の中で思い出す。
そうだ、伯母はいつだって見送ってくれなかった。忙しいからって。
妹である母は今でも毎回、姿が見えなくなるまで手を振って見送ってくれる。いつまでもいつまでも。
私も毎回必死で涙をこらえる。
ほとんど同じ顔と形の2人なのに、全然違うものだなあと小6の頃も思ったっけ。

今なら分かる。伯母は知ってたんだ。
私が見送られるのが何よりしんどかったこと。敢えて見送らなかった伯母。そして誰よりも別れを寂しがっていた伯母。
洗濯機にシーツをぶっ込みながら
「いい?何事も深刻になっちゃダメ。軽く、軽〜く行くの!分かった?…全然分かってない顔してるわねえ」
そう言ってニッと笑う伯母の姿が浮かんだ。

おばちゃんありがと。深刻になんてならずに軽く、軽〜くだよね。
分かってるって。
またね。またいつかね。

3/2/2024, 4:35:22 AM

欲望
ほんとの欲望
ほんとに望むこと。
それは制限してることを全部やめたら自然に出てくるって。
でも自分が何を制限してるのかさえ、よく分からない。
暑い寒い痒い眠い痛い、体力、性別、住所、年齢、時間、お金、寂しさ心細さ不安心配…
これオールクリアしたら?
仮にリセットできるとしたら?
そうなったらまず
何が自然に出てくるんだろう?
そんなことは起きない!って
かたく信じてるから、よく分からないままにしてるんだな。
ここに体が生まれて存在してるからには、リセットは決定事項なのに。

あ、それならこの「彷徨いぐせ」をやめたい!「分かんないを続けるキャラ」をやめたい!
これが今の私の素直な欲望。



2/9/2024, 11:09:36 AM


たくさんの人
みんな話してる
声に出したり出さなかったり
誰かと、または自分と
話してる

ホームの周りは
様々な色や形や重さの言葉たちで
あふれてる

と、そこへ電車が来た
大量の乾いた風と共に
黒くてつやつやの車体が
滑るように入ってきた
特別列車だ!

その風に煽られて
漂っていた言葉たちが舞い上がる
線路からホームへ
足元から電光掲示板へ
屋根から空へ向かって
一斉に舞い上がる

言葉たちは上空の風に乗って
さらに高く飛んでいく
それはまるで
花びらみたい
色とりどりの花びらたちが
夜の空に消えて行く
さよなら

黒い電車は行ってしまった。
ホームは人でいっぱいだ
駅を行き交う人たち
たくさんの言葉
たくさんの花束








2/7/2024, 3:03:27 PM

もっと頑張らなくちゃ。
もっと元気出して、とにかく体を動かしてさ。
どうすれば前を向けるか考えよう。
誰にも頼れないんだし。
もっと大変な人、いっぱいいるし。

(へえ!野球が好きなんだ。いいじゃん)
(写真撮るよ)
(無理はしないこと)
(深呼吸して、リラックス)
(マグカップ、ドーナツ、ハンドクリーム、野球の雑誌、ホットカーペット、くつ下)

そう、くつ下。
駅前通りの店で見かけた水色のくつ下。3足980円。

どこにも書けない、って思ってた。
思いつくのもダメ!…って思ってた。
()の中。

今、もう書いちゃった。
大丈夫。そんなん全部叶えて、
とっとと先へいこう。
本当に望む先へ。

12/14/2023, 5:57:25 AM

目が覚めると柔らかい草の上に横たわっていた。とんでもなく晴れている。わ、日焼けしちゃう!と頭だけ起こすと、胸の上に麦わら帽子が乗っていた。なのですぐそれで顔を覆った。
視界を遮ると、今まで気づかなかった音が急に聞こえて来た。
水の音。サラサラ。
再び頭を上げて周りを見回した。
あった。頭の先30センチくらいの草の間に小さな水の流れ、澄んだ水が流れているのが見えた。
一瞬、服が濡れる?と思ったけど、濡れないって何となく分かって、また寝転んで帽子を顔に乗せた。

麦わら帽子の繊維の間から見える青い空。頭上を流れる水の音。体は柔らかい草の上。全てに降り注ぐ陽の光。全身を優しく包んでは去り、また吹いて包んでくれる温かい風。

ふと遠くから列車の音が聞こえてくる。ガタンゴトン。
起き上がって周りを見回す。
空だ。眩しくて思わず目を細める。
飛行機?いややっぱり列車だ。
はるか空中に繋がった客車が見える。中に人が乗っているのも見える。
一人の男の人がこちらを向いた。
あの有名な歌手にそっくりだ。
ワインレッドの。にっこり笑ってる。とても優しく楽しそう。白い手?手袋?が見えた。こちらに向かって小さく手を振ってる。
私はすぐに帽子を持った手で大きく振り返す。
おーい!ありがとう!ありがとう!そんな言葉が勝手に溢れてくる。

これはずいぶん昔に見た、忘れられない夢の光景、だと思ってた。
それ以来似たような風景を見るたび、ふと思い出すたび、あの人が歌う姿を目に耳にするたびに、
あれ?何か忘れてる、何だったっけ?って感じてた。

やっと思い出した。
私はそれを見なかったんだ。
ただ何となく、見なかっただけだった。夢みたいだし。夢で見ただけだし。んなワケないし。
でも思い出した。ハッキリと思い出した。胸に手を当てて。

あの愛でぎっしり充たされた世界は常にここに存在してた。ずっとここにあったんだった。
そのことを今やっと思い出した。

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