目が覚めると柔らかい草の上に横たわっていた。とんでもなく晴れている。わ、日焼けしちゃう!と頭だけ起こすと、胸の上に麦わら帽子が乗っていた。なのですぐそれで顔を覆った。
視界を遮ると、今まで気づかなかった音が急に聞こえて来た。
水の音。サラサラ。
再び頭を上げて周りを見回した。
あった。頭の先30センチくらいの草の間に小さな水の流れ、澄んだ水が流れているのが見えた。
一瞬、服が濡れる?と思ったけど、濡れないって何となく分かって、また寝転んで帽子を顔に乗せた。
麦わら帽子の繊維の間から見える青い空。頭上を流れる水の音。体は柔らかい草の上。全てに降り注ぐ陽の光。全身を優しく包んでは去り、また吹いて包んでくれる温かい風。
ふと遠くから列車の音が聞こえてくる。ガタンゴトン。
起き上がって周りを見回す。
空だ。眩しくて思わず目を細める。
飛行機?いややっぱり列車だ。
はるか空中に繋がった客車が見える。中に人が乗っているのも見える。
一人の男の人がこちらを向いた。
あの有名な歌手にそっくりだ。
ワインレッドの。にっこり笑ってる。とても優しく楽しそう。白い手?手袋?が見えた。こちらに向かって小さく手を振ってる。
私はすぐに帽子を持った手で大きく振り返す。
おーい!ありがとう!ありがとう!そんな言葉が勝手に溢れてくる。
これはずいぶん昔に見た、忘れられない夢の光景、だと思ってた。
それ以来似たような風景を見るたび、ふと思い出すたび、あの人が歌う姿を目に耳にするたびに、
あれ?何か忘れてる、何だったっけ?って感じてた。
やっと思い出した。
私はそれを見なかったんだ。
ただ何となく、見なかっただけだった。夢みたいだし。夢で見ただけだし。んなワケないし。
でも思い出した。ハッキリと思い出した。胸に手を当てて。
あの愛でぎっしり充たされた世界は常にここに存在してた。ずっとここにあったんだった。
そのことを今やっと思い出した。
12/14/2023, 5:57:25 AM