『私の当たり前』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
私の当たり前
空っぽの頭をひねっても何も浮かばなかった
当たり前ってなんだろう
習慣と呼べるほどのこともない
そういうものを意識せずにフラフラ生きてきたんだな
いい加減ちゃんとした大人になりたい
子どもの頃に思っていた年相応には遥かに遠い
私の当たり前は他人とは違う当たり前。
小学生のときは校庭で遊ぶ同級生を横目に小説を書いた。
中学生のときは外で勉強をせず山に虫の観察をしに住んだ。
高校生のときには海外にいき路上のバスケットボールを自分とは違う人種の人と競い合った。
海外にいるときは人種差別も受けた。
ただ、日本に戻ったらそれ以上に
勉強ができないことを馬鹿にされた。
私は必死に勉強をして周りに追いつこうとしたが
家で勉強をしているだけでは周りとは
何かが根本の部分がズレている気がした。
私は勉強をやめた
馬鹿にされたことを馬鹿にした
社会の円に入れないことを受け入れた
社会の交換道具を捨てた
当たり前がかけ離れたのが悪かったのだろう
私の当たり前
そう聞かれても、浮かぶ事は
何も無い
それが答えのように感じた
何も無い
それでいい
大切な友達がいた。
私たちは少し変わっていた。
皆んなと同じにはできなかった。
それでも私は幸せだった。
あなたがいるから。
私は祈っている。
あなたとの関係が続く事を。
これが私の当たり前。
私の当たり前
あなたがここに来ることは私にとって最近の当たり前で楽しみとなっている
私の当たり前を話すと
友だちはちょっと顔を歪めた
あなたは持っている、と
友だちの当たり前の話を聞いた
わたしは心がちくっとした
わたしはそれを持ってない
その当たり前はわたしには贅沢なことだったから
何もかもはきりがないから
ちょっとずつ誤魔化すよ
何も気づいていないふり
鈍感なふり たくさん
それでも一緒にいたかった
ただ仲良くしたかった
持っている、と言われたものだって
偶然そばにあるにすぎないから
わたしのものなどわたしだけだ
ただのあなた、が好きだった
何を持ってなくても
何ができなくてもかまわないから
ただ仲良くしたかったんだよ
笑った顔が見たかったんだよ
「当たり前」
それは人によって大きく異なる。
当たり前にできる人もいれば、そうではない人もいる。
人は、自分が当たり前にできることは簡単だと思うらしい。
しかし、どうやらそれは簡単なのではなく、自分が得意なことらしい。
これを当たり前と捉えるか、得意と捉えるかで全然違う。
当たり前と捉えれば、人にも当たり前に求めてしまう。
「できて当然」、「なぜこんなこともできないのか」と。
得意と捉えれば、人のミスを許すことができる。
「そこはこうすればいいよ」、「そこ難しいよな」と。
当たり前と得意は似ているようでかなり異なる。
自分自身が得意と捉えることで、他の人に苛立つことも減るのではないだろうか。
また、得意と捉えれば、自分を少し誇らしく思える。
自分に優しくできるし、人にも優しくできる。自分へ厳しくすることは、必ずしも良い結果を生むとは限らない。
そんな些細な違いも大切にしていきたい。
私の当たり前
身の回りを整理すること 雑然とした 物の多い環境ではストレスを感じる 清潔 シンプル 静かな環境
感謝すること 精神的にも物理的にも支えられ 導かれ今の自分がいる
家族を愛すること 自分がこの世て生き続ける意義
「当たり前」なのに再認識しないと「忘れている」と気付く
内側をさらすのは恵まれているので、怖い。もらったぶんだけ返せてなんかいない。当たり前はちょっと乱暴なキーワードかもしれない。このくらいはね。って思い込みが塊になっている。
この頃は陽がさしたら目が覚めるようになった。っていうのはとっても大切なトピックだ。なにかが人生に入り込んでこれまでの4割くらい食べていっちゃったみたいだ。それがわたしの完成でも。
このくらいは当たり前…当たり前だよねぇ、ってできない側として生きてきたけれども、幾度となく言う側の立場にもたぶん立ってきたんだろうな。怖い。怖いな。世界があって他者が存在してたらどうしよう。クーリングオフはできませんよ。
つらい話ばかりで耳を塞ぎたくなる。手元に落ちる言葉がどれだけ優しくても。かなしい思いをする人がたくさんいるんだからあんまり当たり前に恵まれてることはばれたくないな。前向きに生きたらいいのに。っても思うけれど。
心の何処かで
"当たり前のことができても凄くない"
そう思っていませんか?
"当たり前"のことができる貴方は凄いのです
貴方はもっと喜んで良いのです
貴方はもっと褒められて良いのです
"当たり前のこと"なんて
簡単にできることではないのですから
『私の当たり前』
_少しお題とはズレていますがお許しを
他人が嫌いというわけではないが、基本的に一人が好きだった。たとえば誰かに疎まれたとして、離れていくなら無視して追わず、悪意を向けるなら同じものを相手に返す。そうやって一人で折り合いをつけ始末をつけ生きてきた。だから自分という他人の、しかも過去のことをまるで我がごとのように泣いて抱きしめてくるこの人に困惑しきりである。不毛だからもうやめろ、などと水を差しても聞きやしない。この人は今までずっとこうして生きてきたのだろう。そういう人なのだ。本当に泣き止まなくて若干引いているが、温もりは正直悪いものではなかった。体の境目が溶けて、感情を直接流されている気さえする。もらい泣きなんて柄でもないのに。心の中でぼやきながら、何も言わずにその胸に顔を埋めた。
(題:私の当たり前)
「ごめん!今日出席コード送ってくれない?」
大学に入学して、2ヶ月ほど経った時、時折、友達がそんなLINEをしてくるようになった。
分かりやすいように、A子とでも言おうか。
「えっ……?」
A子だけじゃなくて、この時期になるとたくさんいたクラスメイトの3分の1ほどが授業をサボるようになっていたかもしれない。
授業に出席するのが当たり前だった私には、違和感しかなかった。
体調不良など、仕方ない理由ならわかるけど、みんな本来講義のある時間に、ごはんや遊びに行っているストーリーを載せている。
サボるのも自由だから別にいいと思うけど、わざわざ授業に来てる人に出席のコードを聞いたり、こっそり出席カードを書かせたりするのはなんだか嫌だ。
嫌だったのに、A子との関係が壊れるのが怖くて、私は渋々出席コードを送るようにしていた。
他にも、A子に対して違和感というのだろうか、なんだか合わないなと思うことがあった。
自分の使った椅子をしまわない。
貸したウェットティッシュを飛び出したまま返してくる。
何かしてもらってもお礼を言わない。
まだ教授が話をしているのに教科書を片付け始める。
など、小さなことだったけれど、自分の当たり前とA子の当たり前が違うように感じていた。
それから何ヶ月か経った頃。
A子もう1人の友達B子と一緒に、共通の友達C子の誕生日を祝うことになった。
A子とB子の企画で、サプライズパーティをしよう。
そんな話になっていた。
でもそこで、違和感が大きくなっていったんだ。
3人でお祝いするって話だったはずなのに、なぜかA子とB子の2人で決めた内容を私に共有されていた。
日取りもケーキも2人で決めていて、最初は私もなんでもないふりをして
「色々考えてくれてありがとう!」
「それは素敵だね!」
「任せきりになっちゃって申し訳ない……」
と返していた。
「私なら、ちゃんとみんなで話し合えるようにするのにな」
なんて思いながらも、2人だけで取ってる授業もあるし、最近会えてないから仕方ない。
そう思い込むようにしていた。
しかし、パーティー当日、我慢の限界が来てしまった。
急遽、パーティー前に買い物に行くと言われて、2人が車で迎えに来た。
行き先は100円均一。
「プレゼントをラッピングするやつが欲しいんだ!」
とA子が言った。
「この袋は?」
「えー、それじゃちょっと小さいんじゃない?」
「こっちの方がいいかな!」
「あとあれも買わなきゃだよね!」
話に全くついていけなかった。
3人で割り勘してプレゼントを贈るはずだったのに、どうしても私になんの話もなくプレゼントを買ってしまったのだろう。
私だって、C子が大切だから何かしてあげたかったのに。
どうして2人だけで全て決めてしまったのだろう。
場の雰囲気を壊したくなくて。
1番ダメなのは主役のC子が悲しむことだと思って。
買い物の時も、パーティーの時も、悔しい気持ちも悲しい気持ちも押し殺して笑顔を作った。
悪気はなかったのかもしれない。
自分で気づいていないだけで、私が何か2人に嫌なことをしてしまっていたのかもしれない。
なんにせよ、私にとっての当たり前と、2人にとっての当たり前が違ったんだと思う。
それから私は、だんだん2人と距離を置くようになった。
それから数日が経った頃。
グループを離れた私に、C子が
「実は2人に違和感を感じていた。私もグループを抜ける」
と打ち明けてきた。
その時C子から聞いた2人の知らなかった一面が恐ろしくて、「そんなことをする子だったんだ」
と少しトラウマになりかけた。
あれからしばらく経ったけれど、C子とは今も仲良しだ。
「みんなと仲良くしなさい」と、小さい頃は再三言われて来たけれど、当たり前が一致する人と一緒に過ごすのは、やはり心地がいいと思う。
お題『私の当たり前』
#今日のお題#私の当たり前
#ありさ小説
私の当たり前ってなんだろう。私はいつも誰かに合わせている。その人の顔色をうかがうことが多い。
私の当たり前になっていること、それは謝ること。
幼い頃父親から教育虐待を受けてそれからごめんなさい、が増えた。元彼にお前と付き合っててもまじめで
つまんねぇんだけど。別れよ。ってLINEが来た時
涙が出た。人に甘えることも苦手な私。この人と
相槌を合わせないと嫌われる、ごめんなさい!ごめんなさい!!とかつて、父親に虐待されて泣きわめいてる私の姿が頭によぎる。本当の私は死んだ。というか
私が勝手に殺してるの、本来の私を。意味なんてない。でもこんな私がいつか死んだ時本当に
あの子がいてくれてよかったって言って貰えるように、今の私にはなにもない。何も考えたくない。
ただ、泣いていたい
小説、、書く気にもなれないや。
家があって、インフラが整っている。
旦那と娘が家に帰ってきてくれる。
めちゃくちゃお金があるわけではないけれど
それなりに今日食べたいものを食べられて
欲しいものを買うことができる
当たり前だと思っていたけど
無くなることを考えると苦しくなる
この当たり前がずっと当たり前でいて欲しいと
願っている
【私の当たり前】
朝起きて、身支度を整えたりご飯を食べたり、ニュースを見てから家を出る。
いつもの道を歩いて、いつもの電車に乗って、いつもの場所へと向かう。笑顔で挨拶。
与えられた事をこなして、言われた通りにやって。たまに怒られて。
定時で帰れないのは当たり前。
スーパーによる体力がないのは当たり前。
真っ暗な部屋に「ただいま」と言うのも当たり前。
1人でご飯を食べるのも当たり前。
このくらい当たり前にできるでしょう?
こんなのできて当たり前。
普通の人なら当たり前にできるよね。
いつも聞く言葉を思い出して、胸が苦しくなった。
その当たり前が、普通が、……私には苦しい。
見えないもの程理解されにくい。
私が持っているものは、普通の人には分からない。
当たり前にできる力が、欲しい。
普通の人の当たり前を、私も当たり前にしたい。
僕には、あたりまえがわからない。
あたりまえって
なんだろうって考えると、
余計にわからなくなる。
だから、僕にはわからない。
私の当たり前
「なにこれ?」
「なにって、ちくわきゅうりだけど」
私と彼が同棲を始めてから数週間。朝の早い彼のために、私が弁当を作ることになっている。だから今日もいつものように朝起きて、弁当を作って、出かける彼を見送る。
でも今朝、弁当の中身について聞かれたものだから少しびっくりした。普段は何も言わずに受け取ってくれるし、メジャーな具のつもりだったから。ちくわきゅうりは小さい頃からお母さんが弁当に入れてくれたから、私にとって当たり前のものだった。
聞くと彼の家では出なかったのだそう。そういうこともあるんだと思ったし、自分の中での常識が変わっていくのを感じた。
一緒に住んでからまだ短いけれど、これから当たり前を共有できて、当たり前が同じになっていくことを思うとなんだかふわふわして、この気持ちのまま後回しにしていた掃除をやってしまおうと思った。
『私の当たり前』
水を飲む
歩いて通勤
買い物へ行く
ご飯を食べる
今の私にとっての当たり前
自分でできるのが当たり前
幼いころはできなかった
老いればできないだろう
病気や怪我をすればできないだろう
今の当たり前は
とても運が良く
幸福感を感じれるものだ
『私の当たり前』
親が正しいのが当たり前だと思っていた。
その考えが変わったきっかけは小学生のころにとある友達を家に呼んだとき。男の子だけど女の子っぽい色味や格好が好きなその子とクラスのみんなはうまく馴染んでやっていたので、母もあたたかく出迎えてくれると信じていた。けれど母の視線も表情もいつもと違い、夕食のときの話題に出されたときには父も母も自分の友達に対する態度とは思えないようなことを口にして、大きなショックを受けた。
それから少し経ってクラスの先生に身近な大人が嫌いになりつつあるけれどどう接したらいいのかと訊ねたことがある。大人が誰とは言わなかったけれど察するところのあったらしい先生は少し困ったように笑った。
「人それぞれの当たり前ってやつだね」
価値感や固定概念、思い込みという言葉を使って先生が言う。身内は正しくあってほしいというのも家族ならではの当たり前のようなものだから、そうでなかったときの落差が激しいのは自然なことだと。
「その大人たちがちょっと残念てのがわかったことと、当たり前を見直す機会になったことが収穫と思えるといいね」
そうして先生は、長い付き合いになるだろうから反面教師として観察し続けるといいと教えてくれた。何をされたら、何を言われたら嫌だと思ったかを大人たちから学び、それを戒めとして自分はやらないように心がける。
「そうやって自分の当たり前をアップデートできるようになるといいかな」
先生のおかげで家族仲はちょっとだけ悪くなるに留まり、それから先にいろんな人と出会って偏見を自覚したり、それを取り払えるようになっていった。
家に呼んだあの子に母の態度が悪かったことを謝ったとき、よくあることだから気にしなくていいと笑っていたことはずっと忘れられない。あの子にとってよくあることが当たり前になっていたことはさらなるショックな出来事だった。
当たり前を見直したり、あるいは粉々に壊してもいい。そういうことを教えられる教師になれるように日々勉強の毎日を過ごしている。
私の当たり前は、あの人と話せないこと、あの人と笑い合えないこと、あの人の近くに行けないこと
だから、明日こそあの人と仲良くできるように願うのが、私の日常で、私の当たり前