私の当たり前は他人とは違う当たり前。
小学生のときは校庭で遊ぶ同級生を横目に小説を書いた。
中学生のときは外で勉強をせず山に虫の観察をしに住んだ。
高校生のときには海外にいき路上のバスケットボールを自分とは違う人種の人と競い合った。
海外にいるときは人種差別も受けた。
ただ、日本に戻ったらそれ以上に
勉強ができないことを馬鹿にされた。
私は必死に勉強をして周りに追いつこうとしたが
家で勉強をしているだけでは周りとは
何かが根本の部分がズレている気がした。
私は勉強をやめた
馬鹿にされたことを馬鹿にした
社会の円に入れないことを受け入れた
社会の交換道具を捨てた
当たり前がかけ離れたのが悪かったのだろう
7/10/2024, 8:20:26 AM