『物憂げな空』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
誰にでも、秘密にしたいことがある。
私は、読書が好きだ。同級生に話すと、
嘘つけと言われるにちがいない。髪を染めて
制服を着崩していることを考えたら当然だろう。普段、それを隠すために学校では本を読まないようにしている。しかし、天気の悪い日には無性に自分の世界に入りたくなる。
だから、今日も放課後に人目を気にして図書室に足を向ける。
「物憂げな空」
「物憂げな空」
物憂げな空、君もそんな気分になる時があるんだね
鈍色の雲は光が地上を射すのを阻み、人々を少し憂鬱な気持ちにさせる。
そんなハッキリとしない天気の事を文学的に言えばきっと、物憂げな空とでも表すのだろう。
確かに曇天は、快晴よりも人を晴れやかな気持ちにはしないのかもしれない。
でも、快晴ばかりが生き物を幸せをするかと言われると、それは違う。
快晴は生き物にエネルギーを与えてくれるような天気だが、それも長く続けば、日照りを起こす。
地上から限界まで水分を奪い、時には殺人的な暑さを生み出し、刺すような光の眩しさで肌を焼く。
天気はバランスでできている。雨が多く降り注げば、地上は水を受け止めきれずに洪水を起こすし、長く晴れの日が続けば先程言ったような不利益を産む。
そういったバランスを保つ時に、間に挟まり上手い具合に調律を取っているのが、人の気分を晴れやかにするとも言えない曇天だったりする。
――物事は何事も、バランスを保つ事が重要になっていくのかもしれない。
そんな事を、考えた。
――――曇天の意味
お題【物憂げな空】
降るのか降らないのか
曖昧な曇天
長雨の終わりが
見えない雨天
「泣かせるつもりじゃなかったんだよ…ちくしょー」
"晴れ"に恋焦がれて
泣きたくても泣けない気分も、空も、
「いつもそんな感じ…」
#物憂げな空
物憂げな空
見上げて
ぽつりと
雨粒が
顔に落ちる
そんな空
物憂げな空
——今から遠足の予定だったのに。雨で中止になっちゃった〜行きたかったよぉ〜!!
——今、雨降ってよ。恥ずかしいじゃん。こんなところで泣いてたら。雨のせいって言えないじゃん。
——今日で最後なのに。晴れの日にしかできないことを今日、やりたかったのに。
""あぁ、あれが物憂げな空なんだ""
俺は空を見上げた。
それは雲に覆われた広い空だった。
「やっぱ引きこもってた方が良かったな」
空き缶をゴミ箱に投げ込み、そう呟いた。
せっかく外に出たというのに、真っ黒な空は、それを祝福してはくれなかった。
歩くと、それを見計らった様に、雨がポツポツと降り始めた。この季節だと、雨が服に当たって冷たいし、なんとなくジメジメする。
「最悪だな.........」
持ってきていた鞄を探るも、折り畳み傘は見当たらない。おまけに防げる物も何もない。
仕方なく鞄を頭に乗せるも、辞めだ。ため息を吐きながら、重い足取りで家へ帰る。
(金輪際絶対に外に出る事はないだろうな
いや、出てたまるか)
普通の小雨が物憂げな空に変わる時、俺はそう固く決心した。
꒰ঌ物憂げな空໒꒱
物憂げってなんだろう?
意味がわからなかったから
調べてみた
「何となく気がふさぐような」
落ち込んでるってことかな?
空も落ち込んだりすることあるんだね
私は空が大好き
辛い時悲しい時
見上げたらいつも空が
私を慰めてくれる…
ような気がした
空を見ていたら
いいことも悪いことも
忘れてしまう
懐かしくて切ない気持ちになる
前世の私も空が好きだったのかな?
物憂げな空…
気が進まないならそれでいい
無理にしなくてもいいんだ
空だって同じだよ
なんとなくでもいいんだよ
私もなんとなくやることが多い方!
みんなも誰かに言われたからで
動かなくていい
自分の意思でやった方が
人生楽しいよ
私は今日も空を見たよ
今日のテーマみたいに物憂げな空だった
どんな空だって大好き
気持ちが晴れた
いつもありがとう
今日は終わり
また明日
物憂げな空
『ぽつぽつと降りだした雨
わたしのこころを写したような空…』
そんな感じだろうか
どんな天気でも
つらい日は空を見上げてみよう
晴天の空で こころが晴れるかもしれない
月を見つけて こころが落ち着くかもしれない
曇り空が 一緒に泣き出してくれるかもしれない
つらい日こそ空を見上げよう
うつ向いた足元では 何も見つけられない
見上げれば
こころを写した空が包んでくれるかもしれない
恥の多い人生を送ってきました。
なんて、書き出してはみたものの。私はかの文豪のように文才豊かではないから、思いつくままに話してみよう。
幼稚園の頃から、みんなに合わせるのが苦手だった。だから、いつも1人浮いていて、先生にも嫌われていた。
小学校に上がってから、恩師に出会った。
私の人生を変えてくれた人。誰よりも特別で、大切な
人。どうしようもない私を受け止めて、私の居場所は確かにここにあると、教えてくれた。
中学生になってから、私は生きるのが上手くなった。ような気がしていた。自分の世界と周りの世界を完全に分けて、自分を使い分けていた。そうやって自分を守った気でいた。そんな私を、父も母も疎んでいた。
こうしてみると、何と恥の多い人生だことか。
お前ほど不器用で、自己中心的で、情けなく、長けている箇所がない人間はいない。だから、これからは慎ましやかに、せめて人様に迷惑をかけず生きて行かねばならない。清く正しく生きるなど、貴様には到底できやしないが、せめてそれくらいはしなければ。
そう言われ続け、最初は反発する気持ちもあったものの、心のどこかでは納得していた。
なるほど、私の生きづらさは、私という人間が原因なのだ。
その日私は、私を殺すことに決めた。
「物憂げな空」
「詩人」
「ちげー。か……ハハオヤが」
珍しい話題に隣で空を見上げているあいつの横顔を見る。こちらに気づかず今にも雨が降りそうな暗くて重い雲を見上げてる。
「こーゆー日、機嫌わりーから、なんでだろーと思ってしょーがっこうの時『なんでだ』って聞いたことある。そしたら先生が言ってた。雨が降りそうになると人によっては気持ちがしょげるって。それで『物憂げな空』って言ってた。たしか、たぶん」
「へー…」
ぽつんと最初に落ちた雨は頭のてっぺんに。
雨宿りを言い訳にカラオケ行けるから嫌いじゃないよって誘ったら、あいつも笑った。
2024/02/25 物憂げな空
物憂げな空
どんよりとした重い雲が空を覆い、しとしと雨が地面を濡らしていた。
「せっかくの休日なのに……」ぽつりと呟きつつ溜め息を吐いて、新しく買った傘を広げる。ふと視線を上げると内側に淡い水色が広がっていた。そこで、この色合いに一目惚れしてしてこの傘を買ったのを思い出す。
少しだけ気分が和み、私の足取りはさっきよりも軽くなっていた。
日々家
【212,お題:物憂げな空】
意味もなく落ち込む時ってあると思う
落ち込むっていう言葉すらあっているのか曖昧だけど
そういう時は空を見る
今の自分と同じような、物憂げな空
空が元気付けてくれる、何てことはないけれど
一人じゃない、一緒に落ち込んでくれている気がして
少しだけ気が楽になる
なんとなく
こんなふうな
そんなかんじで
人の心持ちは
自然と生きている
「物憂げな空」
今日の空は、なんともいえない天気
晴れとも、曇りともいえない妙な空
なんだか、ため息をつきたくなるのだが、ため息をつくこともなんだか違う気がする。
かと言って、空を見て外で遊んで楽しむのも違う気がするし、落ち込むのも違う。
まぁ、気分が上がらないのは確かである。
しかし、下がりきってるわけでもない。
微妙な感じ。
まぁ、眩しいほどの太陽が照っている日とか、
バケツをひっくり返したような雨とか、
人が飛ばされてしまいそうなほどの台風とか、
足が埋まってしまうほどまで降り積もる雪とか、
そんな極端に気分が上下する天気ばかりじゃないってことかな。
こんな中途半端な天気も、たまにはある。最悪な天気の時もあるし、最高な天気もある。
そんなふうに、未来は誰にもわからない。
今日は空から、そんなことを学んだ。
人っていうのは、どんなものからも学びを得られるものだ。
こんな天気も、悪くない。
曖昧な言葉を使う人。私は彼等のことを、日本語が不得意なんだと馬鹿にしていた。
けれどある日、彼等が曖昧な言葉を使うのは、自分の心を守るためではないかと仮説を立てた。
人は、自分の望みを叶えるために行動する。
それは、他人にとって、酷く攻撃的だったり、不愉快に感じるものだったりする。
気を使ってそれを指摘しないでいると、彼等の欲望はどんどんエスカレートして、いつの間にか彼等の被害者になっている。
私は最初、いつか彼等も気づいてくれるだろうと甘えて、何もしなかった。その行動が、彼等を加害者にする。それを棚に上げて、私たちは被害者ぶる。
あの時一言、「やめて」と言えていれば、私は彼らと友人でいられたかもしれないのに。
とはいえ、彼等も自分の欲望を否定されるのを恐れている。
だから、分からないふりをする。知らないフリをする。嘘をつく。曖昧な言葉を使って、私達を混乱させる。
彼等の行動のほとんどは、無意識で自覚がない。もしそれが自覚のある意識的な行動だとすれば、それは犯罪者と同じ思考だ。
だからこそ、彼等は自覚することを恐れる。
自分の中から湧き出る欲望が、罪深いことだなんて、誰が認められるというのだろう。
では、行動を起こす前に自覚して、意識的に欲望を抑え込むことが出来ていれば、それは幸せなのだろうか。
自分の欲しいものを我慢して、なんでもないように取り繕って、一般的に正しいものだと言われるものを愛そうとする。
その努力を明かせば、きっと嘘つきと罵られる。
それは、どれだけの孤独だろう。
人によっては、幸せになることすら罪になることがある。
あるいは、自分の関係の無いところで、
あるいは、自分自身の間違いによって、
人に許されたとして、己を許せないこともある。
だから、人は曖昧な言葉を使う。
人を混乱させて、自分を偽るため。
自分の罪なき罪から、目をそらすために。
それを暴き責め立てることこそ罪と識ったとき、
私たちは口を噤む。
けれど、黙って攻撃を受けることは、加害者を生み、被害者になることを望む行為。
その未来を回避するために、私たちは曖昧な言葉を使う。
言葉というものをなにより愛している私は、曖昧な言葉というものはとても苦手で、そのせいで沢山の人とぶつかったし、沢山傷ついて、たくさん傷つけた。
それは、私が言葉を愛した結果で、後悔はしていないけれど、それを誰かに強制することは、人の罪を暴き立てるのと同じなのだろう。
曖昧な言葉を使う人。
私は彼等のことも愛しているけれど、彼等にとって私は化け物にも等しいのかもしれない。
私に「それをやめて」と言ってくれる人は居なかったから、私の罪は、自分で気づいていくしかない。
もう、曖昧な言葉は馬鹿にしない。
その曖昧さを紐解くために、私は愛する言葉たちを使うのだ。
「物憂げな空」
物憂げな空に光が射す時
私は立ち上がり
物憂げな空に虹が掛かる時
私は歩き出す…
そうやって
少しずつ少しずつ
ここまで生きてきた…
やっと……
久しぶりに朝気持ち良く起きれた
晴れているだろうそう思いながらカーテンをシャっと・・・・・・・・・
ああ最高だ(絶望感)
そこには土砂降りの・・あ・・・・め・・ばたっ
お布団にたおれ
2度寝をしてしまったのだった ZZz( ̄  ̄)
{物憂の空}
あえて水たまりに
突っ込んでいくかのような勢いで
ひたすらに歩き つかんだ日常
その結果はまさに...
ただ繰り返している毎日
歯車だなんて まあよく言ったもんさ
仕事を増やすための仕事
其奴の評価のための仕事
だれも 責任は取っちゃくれないさ
だれも 汚れた靴紐に気づかないさ
食いしばった歯が叫ぶ
「ご機嫌取ったぜ賞与をくれよ」
物憂げな空が 嘲笑う
「ずいぶんちっぽけなことで命を削っているんだな」
全身の血が怒る
「苦しみの先に何があるんだい」
物憂げな空は 唄った
「そんなことより 目の前をみろよ
放電と充電を繰り返しちゃダメさ」
太陽が見計らったかのようにのぞく
「ニセモノの『哲学』しかない奴らに
どうか 負けないでくれ
何に命を削るべきか よく考えるんだ」
物憂げな空
6年前の3月27日に私の息子は亡くなった。
高校の山岳部に所属しており、活動中に雪崩に巻き込まれ命を落としたのだ。息子は極度の寂しがり屋である。常に、誰かと一緒にいた。だから、
夫と命日には必ず茶臼岳に登ることを決めた。
ただ、さすがに天気予報がよくないときは諦めるしかない。しかし、今まで雨だったり曇りだったことはない。きっと、あの子が私たちに会いたいのだろう。栃木県は、私たちが健康なかぎり物憂げな空になることはない。いつか、年を取り体に限界がくるまで会いに行くから今年も待っててね。