『小さな命』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
死にたくないと叫びながら
道端に蔓延る蟻を踏み
誰かが育てた花だって平気でむしれる
小さな命
みんな平等にあって、平等ではない。
『小さな命』
命に小さいも大きいもないと思う。
死後の世界があるならば、
人間は等しく裁かれる筈なんだ。
産まれてすぐに亡くなった赤子を除いてな。
生きている限り何かの命を奪わずにはいられない。
大抵の場合それは自分の命を守るために必要なことだ。
健康のためには肉や魚を食べた方が良いし、
自分の身を襲う恐れのある害獣は排除した方が良い。
虫だって害をなすなら排除した方が良い。
まぁ、僕たちは害をなさない虫だって排除するけど。
命を奪うという罪を犯したことのない人間なんて、
この世には居ないと思う。
直接的ではないとしても、間接的には犯してる。
だってそれが生きるってことだから。
生きることは罪なんだよ。
というのはまぁ、
命を奪うことは罪だと感じている僕の考えでしかない。
僕は魚も肉も大好きだし、虫は大嫌い。
だから死後は確実に罪に問われます。
あな恐ろしや。
【小さな命】
扉を開けたら小さな命であふれてる
ちょうちょや、木だとか、竹、
近くに生えてる雑草だって
みんな生き方は違うけれど、
呼吸の仕方は違うけれど
今を必死に生きている。
ある人は、
人が特別なのは、
物事を考えられるからだと言ったらしい
でも私は思う
本当に動物たちは何も考えていないの?
動物たちは動物たちなりに考えてるのかもしれない
植物だって今を必死に生き抜いて、
少し休憩したりもしているかもしれない
何気ない日常の背景になるけれど
それでも必死に生きている
わたしはそんな小さな命たちが
とても、愛おしいと思う
小さな命
10代の頃、私は妊娠した
彼は私と結婚するつもりで付き合っていたんだと思う
妊娠が分かった時、
彼は迷わず産んで欲しい
結婚して欲しいと言った
私にはそんな考えが全くなかった
彼は少し年上で十分に稼ぎもあった
結婚はするつもりは全くないとすぐ言い切れたけど、
子どもに関してはすぐに答えが出せなかった
私の父親は異常な程厳しい人だった
正確に言うと厳しいと言うよりは、自分の所有物(私)が思い通りにならないと胸糞悪くなり暴力を振るって従わせると言う頭のオカシイ奴だ
人がいようが引きずり回して、殴る蹴るなんて当たり前で父親にとってはなんてない事だった
母親に冗談ぽく
デキ婚したらどうする?と聞いたら、
真顔であんたもお腹の子も間違えなく(父親に)殺されるだろうね
と一言だけ言った
結婚前に娘が妊娠するなんて、父親にとっては恥をかかされるのと同等である
私の気持ちより何より我が家での決定権は父親にしかない
あの頃の父親なら、平気で人を殺しかねなかったと思う
それくらい異常な人だった
私は結局産まない選択をした
彼は最後まで土下座してまで産んで欲しいと言ったけど、私は父親を思うと産む選択は絶対にできなかった
私が絶対に産まないと決めてからは、彼もしぶしぶ承諾した
私は外泊なんてできないから、闇医者で堕胎手術をする事にした
彼は良い病院で入院もして欲しいと言ったけど、外泊なんて許される家じゃなかった
妊娠さえ阻止できれば、一生産めない身体になっても仕方ない
どんな方法でも良いから、父親にバレる前に手術しなければ…
それしか頭になかった
私は自分で自分の子どもを殺した
私は自他ともに認める大の子ども好きだ
産まない選択は今までした選択の中で一番辛く、したくなかった選択だった
手術後、あんなに大声をあげて人前(彼)で泣いて罵ったのは後にも先にもない
彼は私との結婚を望んでいたから、子どもができれば私の考えも変わると思っていたんだと思う
だから、ゴムをつけずに妊娠するような事もした
私は怒り狂ったし、もう絶対にあなたとはできないと言う事も言った
絶対にしないと約束するも、約束は破られ私はすぐに妊娠した
若かったとは言え私にも責任はある
その後彼とはすぐに別れた
それから数年は私が産んだ赤ちゃんをあやしていたら首がもげたり、私が産んだ赤ちゃんが死んで呆然とする夢をずっと見続けた
私は自分で自分の子を殺したんだから、恨まれるのも憎まれるのも当たり前だと今でも思ってる
ずっと夢に出て来てくれてもいいとも思ってる
罰は受けるべきだと思うから
今だに産んでいたら◯歳だなと考える
私には子どもを産む権利なんてないと今でも思う
私は妊娠もして堕胎手術もしてるから、若い子にゴムつけろとか言う権利はないかも知れない
でも私みたいな思いはして欲しくないと思う
身体を傷つけて欲しくないと思う
防げる苦しみは防いで欲しいと思う
私は何十年過ぎても小さな命を奪った事、我が子を殺したと言う罪が消える事がない
忘れてしまいたいことがある。
私は、自分のなかに芽生えた小さな命を絶やしてしまったことがある。
受動的に、ではなく、能動的に。
その生命は、私ひとりで創り出したものではなかったが、終わらせる時は私だけだった。
正確に言えば、医師の手は借りたし、その子の父親は、終わらせるのに必要な費用を口座に入れてくれた。しかし、病院の手配も自分で行い、術後はタクシーも使わず歩いて家に帰った。
今まで生きてきて、自分の「在るべき姿」に1番背いた瞬間だった。
なんでも話してきた家族にこのことだけは言えなかった。この先も言うつもりはない。
それほどまでに大きな出来事なのに、自分の人生に起こったことだとは思えない。自分はなんて無責任で、いい加減な人間なんだろう。
その生命は苦しみを感じたのか。
生まれることができなかったのを悔やんだか。
私を、憎んだか。
そういったことを考えることすらエゴかもしれない。
まともに向き合うと、壊れてしまいそうになるから、この出来事は「他人事」というフォルダに格納されてきるらしい。一種のバグである。
そして、平気な顔で、「はやく子ども欲しいし、あったかい家庭を作りたいな」などと、宣うのであった。
1.小さな命
お腹に小さな命が宿った。
小さくて可愛い命。
愛おしい命。
やがて大きな命になるだろう。
〖小さな命〗
というお題なんですが
小さな命って何だろう
もちろん聞いたことあるし何となく分かるけど
正確には?命に大きいも小さいもあるのか
たとえば虫は体が小さいし何も考えてないし
寿命も短いし小さな命だと思う 殺しても平気
検索してみたら 恵まれない小さな子供達
捨てられた子犬等の小動物
その小さな命を守りたいという
“小さな命”という表現が違和感を感じるが
善意の活動に難癖つける嫌な奴みたいだ
理詰めで考えず 感じ取ればいい詩なのに
考えがまとまらない
今日は書くのを止めようと思った
という事の経過を書いてみた
“書く習慣“なので
小さな命
って大体
その大きさで決めて
使ってる言葉な気が
命って
幾つあるんだろうね
無機質なものだって
命あるものとして
崇めたり
可愛がったりもする
ボディガードがつくような
世界の主要人物達が
手ぶら&パンツ一丁で
無人島に送り込まれたら
彼らのヒエラルキーは
どう形作られるだろう
誰が威張り出すだろう
体力ある人かな
頭のいい人かな
最後に残るのは
どんな人かな
皆仲良くなんて
多分
・・・ねぇ
って
そんな事ばっか
考えてる私は
吹けば飛ぶよな
小さなオバハン
「小さな命」
大地のエネルギー
人との付き合いが疲れたわたしが辿り着いたものが、自然の力、大地のエネルギーだ。
「小さな命」
この小さな体の中にはどれほどの
希望と絶望
が詰まっているのだろうか
これからの長い人生を乗り切るパワーは
どこにあるのだろうか
沢山の喜怒哀楽を経験する【器】は
どれほど大きいのだろうか
そう思うとちっとも「小さな命」ではない
むしろ今が1番大きいのかもしれない
小さな命
昔々の話だけれど
小さな命が誕生したの
良かったのか
悪かったのか
わからないまま
何十年と時が過ぎて
やっとのことで
生きててよかったと
思えるような
素敵な人と出逢いましたとさ
誕生日おめでとう 私
生きててよかった
あの人と出逢えて
よかったね
愛する人に出逢えて
幸せだね
#小さな命
宇宙規模でみたら地球は小さく
その中で生きる人間は更に小さく
世界人口80億人超
その中で普通の人間の私など
霞んで見えるか見えないか…
そんな小さな命でも
不器用に毎日一生懸命生きている
いろんな尊い命を頂きながら生きている
だから
恥ずかしくない行き方をしなきゃいけない
全ての命の重さを
決して軽んじる事なきよう
大切に丁寧に生きていく…
つまずいたり間違ったり
でこぼこ人生でも
良い生き様だったと思えるよう
しっかり生きていこう
今のあなたは大丈夫?
怠けてませんか?
あっ……
なんかすみません…
||||_| ̄|○||||ガックリ…
🌈黒猫のつぶやき🌈
やる気スイッチ何処にあるんだろう〜♪
お題:小さな命
小さな命、それは脆く強く握ってしまったら、すぐ粉々になって壊れてしまう。
人間も同じ。
小さな命
命に大きさなんてあるのかな。
コツ、コツ、と階段を昇っている途中、
ふと、そう思った。
産まれたばかりの赤ちゃんを取り上げたテレビで
小さな命、と表現するのはよく見かけるけれど…。
その大きさは誰が決めたの?
その基準は何なの?
考えてみても、私には分からなかった。
多分、正解は無いのだろうな。
命は皆平等で、大きくても小さくても変わらない。
全部きっと大切で、かけがえのないものなのだろう。
でも、私の命はきっと、
全ての命の中の小さな1つだから。
あっても無くても変わらないだろう。
そう思ったら何故か楽になったので、歩みを止めてみる。
「もう、いいかな」
そう呟いて、私はぴょんと飛び降りた。
〜小さな命〜
去年の秋、朝の4時ごろ
釣りに行く準備をしていたとき
台所で、小さな命の気配を感じた。
電気を着けると足元で
一匹のネズミが
柿の入った箱によじ登ろうとしていた。
驚く私。それ以上にネズミは
突然現れた人間にビックリしたようで
猛ダッシュで逃げた…のですが………
その時のネズミの走りが衝撃的で
子供の頃に観た
『トムとジェリー』というアニメの
追いかけっこのときにする
あの、加速。そっくりだったのです。
分かりますか?
『ワーナーブラザーズ』のアニメ特有の
あの、手足はバタバタするのに
前に進むのに時間差がある
床どんだけツルツルしてるの?ってぐらい
前を進むのに手足をバタつかせる
あの、『トムジェリ走り』を
野良ネズミが見せてくれたのです。
「ジェリーのあの走りは誇張ではなかったんだ…」
いいもの見せてくれてありがとう。ネズミさん。
後でネズミホイホイを設置した。
小さな命
いつもこの表現に違和感を感じている
小さな、というのは命のどの部分を測ったのか
では大きな命とは何なのか
しかし小さな命と聞いて私が連想するのは
小動物や生き物の赤ちゃん、虫や植物だった
この命たちは私よりもよほど、
生きる力が強く漲っているはずなのに
私は彼らを、小さな命だと思っている
私は奢っているのか
彼らなしでは、命は継続されない
単に生命活動の継続だけではない
私に生きる喜びや、命の輝き、素晴らしさを教えてくれる身近な存在でもある
そして、身近に生きるからこそ、つらく、苦しい時もある
私は彼らに、何かを教え、与えられるだろうか
いや彼らは私なんかに頼らず、自分で力強く歩んでゆくのだろう
時には、手助けができるなら光栄だ
小さな命とよばれる命たちは、偉大だ
そしてまた、その偉大な命たちは、
小さな命とよばれる命を生み、育んでゆくのか
この瞬間も
小さな命。
幼くも亡くなった、戦争の話が思い出される。
私は本が好きで、読書感想文で使う本には戦争の本が多かった思い出がある。
今は特攻隊のお話が感動して、忘れられない本だ。
それだけではないだろう。
虫や、動物にも、小さな命という言葉を使うことができる。
何にしろ命って尊い。ばかにできない。
改めて自分の言動を振り返る時間となってしまった。
ありさんも、命は持っているんだ。
とく、とく、とく、とく
小さいながらでも
必死で生きている。
そんな大切な命を、
全部救える世界だったら
いいのにねぇ。
〜小さな命〜
このせかいは
たくさんの命で
できている
人間をはじめとする全ての生き物は
命がある
命があるから感情があるし
命は目に見えないからこそ
今を存分に楽しめる
有限だから価値がある
本当に戦争が始まると思ってなかった。まずは街への爆撃があって、すぐに罪のない人々の命が奪われた。ほんの数日前まで、不安を抱きながらも平和に暮らしていた人々が、ある日を境に無理やり命を奪われる。これは過去ではなく、現在進行形の出来事だ。
ニュースのコメンテーターが言っていた。「戦争は始まったらなかなか止められないと、この一年間私たちは思いしらされてきた。けれども、人が人の命を奪うという行為を、決して肯定することはできない。戦争が終わるという希望を見失わずに反対の声を発信し続けることが、今の国際社会にできることだ。」
広大な宇宙の中では、人間同士の争いも命も、ほんのちっぽけな存在なのだろう。それでも、その小さな命は唯一無二のものだ。小さな命に許された時間を、誰もが懸命に生きている。本当にちっぽけな存在だけど、同じ時代を共に生きている誰かにとっては、掛け替えのない何よりも大きな存在だ。決して他人から理不尽に踏み荒らされていいものではないのだ。