『君の奏でる音楽』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
歌声が聞こえる。静かで優しく、それでいて物悲しい旋律。
その声に聞き覚えがあった。大切な名付け子の、声。
普段の愛し子の紡ぐ歌とは異なるそれに、不思議に思い地に降りた。
歌が止む。
夜空に煌々と輝く麦刈星のような金の瞳がことり、と瞬く。瞳に此《これ》を移して、愛し子は花が綻ぶように笑った。
「東風《こち》。どうしたの?」
「歌が聞こえたからな」
駆け寄る愛し子にそう告げれば、不思議そうに首を傾げ。
「私、歌ってた?」
「歌ッてた。知らない歌」
どうやら知らぬ内に口遊んでいたらしい旋律を真似れば、記憶を辿るかのようについ、と金が空を見上げ揺らめいた。
「覚えてないけれど、たぶん誰かの歌かな。過去に生きていた人達の、祈りの歌」
「銀花。あまり視るな」
抱き留めて、眼を塞ぐ。
愛し子の意思に因らず過去を見せる眼は、徒に心身を摩耗させる。視ぬようにと言葉を重ねるも、もはや意味をなしてはいない。
「大丈夫だよ。東風」
心配ないと微笑む愛し子は、滔々と流れる涙に気づく事はない。細い頸に絡みつく指の痕が見えはしない。
壊れていく。掬った手の中の砂が零れ落ちるように、静かにゆっくりと。
いずれ訪れるであろう別れに、密かに唇を噛み締めた。
人の血が混ざらなければ、視た過去に引き摺られ壊れていく事はないだろうに。だが人の血が混じるからこそ、愛し子は煌めく星の如く此を強く惹きつける。小さな手で只管に此を求めて、笑い泣いた初めて出会った時から変わらずに。
「どうしたの?」
「何でもない」
優しく髪を撫ぜれば擦り寄る温もりに、伝わる柔らかでありながらも確かな鼓動に、ただ愛しさを感じ眼を伏せた。
大切で愛しい名付け子。鬼と人を両親に持つ妖混じり。
妖として永久に在る事も出来ず、けれど人として刹那を生きる事も許されぬ、哀しい娘。
「東風。大好き」
好意を告げる澄んだ声。何よりも大切でありながらも、それに応える事が出来ない。
愛し子からの思慕は、妖には重すぎる。受け入れ認めてしまえば、この先の結末を見届け、訪れる別離を受け入れる事に耐えられない。
それを弱く愚かな事だと自嘲し。応える代わりに、愛し子を抱き上げ空を舞う。
「銀花、歌ッて。此のために」
「いいよ」
紡がれる旋律。どこまでも優しく、愛おしく。此のためだけの歌。
歌声に聴き入りながら、もしもを夢想する。
愛し子を壊す眼を抉れば。傷つかぬよう、好きな花で満たした鳥籠に入れて閉じてしまえば。
これ以上壊れる事もなく、傷つく事もなく。それこそ永久に、此を想い歌ってくれるだろうか。
馬鹿馬鹿しい、と一蹴する。
それで満たされるのは此だけだ。親である鬼の夫婦も、愛し子もそんな事望みはしないだろうに。
ふるり、と頭を振り。微かな困惑を瞳に浮かべた愛し子に、何もないと笑いかけ。
響く歌声を供に、暮れる空を駆け抜けた。
20240813 『君の奏でる音楽』
君の奏でる音楽
「…献杯をしたいので、白いカクテルを」
ふらりと入って来たその人に、マスターは「ホワイトリリー」を出した。アブサンの風味がきいた、私の好きなカクテルだ。
「…とても美味しいですね」
その人の声は低くて柔らかで、弦楽器を思わせた。
その後も彼は時々現れ、タリスカーのロックを呑み、最後にホワイトリリーを頼んだ。
今日も彼はタリスカーを呑んでいる。そう言えば彼が初めて来た時に自分も呑んでたな、と思いつつ、同じものを頼んだ。
マスターが誰かと喋っている。お酒を呑むための空間は、たとえ呑まなくてもみんなが少しずつ心地よくなれる、そんな場所であってほしいものだが、ここはまさにそういう店だ。
「ええ、よくいらしてますよ。初めてお作りしたカクテルも、あの方が昔僕の先輩に作ってもらったから、とリクエストされて覚えたものでして」
何だか話のネタにされているらしい。
「え、これを弾いてらっしゃるんですか⁈ いえ僕は単にこの曲が好きで、クラシックに詳しい訳じゃなくて…そうでしたか」
流れているのはバッハの『無伴奏ソナタ』。ヴァイオリンの音色が何とも美しい。ただ私は、BGMくらいに控えめな彼の声の方により興味を持っている。何と言うか、聞こえるとほっとする声なのだ。
ほぼ空のグラスをくるりと回すと、覚えずカラン、といい音がした。
「最後に何か飲みます?」
「じゃあラヴィアンローズを」薔薇色の人生。柘榴と桜桃と檸檬、人生はそんな味で満ちている。
「…同じものをお願いできますか」低くて柔らかな声がそう言った。
彼には若くして亡くなったいとこがいる。ヴァイオリン奏者だった。
あの日が命日だったんです。店に入った時、彼の演奏が流れていた。そして、カクテルが美味しかった。
ちょうど曲が終わった時に、貴方のグラスの氷がカラン、って言ったんです。
綺麗な音だな、と、思いました。それに、あなたはいつも楽しそうに話す。まるで音楽みたいに。
彼は本当にいい声をしていて、ラヴィアンローズは今日も甘くて酸っぱかった。
最近私たちは待ち合わせをせずにその店に行く。そしてどちらともなく、隣に座る。
彼の声は、私の一番好きな音楽だ。
君の奏でる音楽は
虹色で丸くて軽く跳ねて
ピアノから離れたその音の粒たちが
ホール中に広がって聴衆を優しく包み込む
あぁまるで春の陽だまりのような
『ふたりコンサート』
静かな空間に、ピアノの音が聞こえた。それは、一音だけ。たったそれだけだった。
「葵、準備できてる?」
「ん〜…一応は。」
葵は私の幼なじみだ。いつもは整っている黒髪に寝癖がつき、目元は少し腫れているようだった。
「何だか眠たそうだね。もしかして、緊張であまり寝れなかった?」
「……うん。そうなんだ。」
「そうだよね。コンサートだもんね!たくさん練習してたし、緊張しちゃうよね。ほーら、肩の力抜いて!あ、見て!今日は葵の好きなプリンを買ってきたんだ!一緒に食べよ?」
「うん、ありがとう。」
「はい、スプーン!」
「ありがとう。」
葵のために買ってきたプリンは、朝日に照らされて、キラキラと光っていた。
「ん〜!やっぱりこれ美味しいね!」
「う、うん」
「葵、あとでドレスも着ないとね!髪も整えて、メイクもしてあげる!大丈夫!こういうのは私に任せてくれればいいから!あ、そういえば、パンも買ってきたんだよね!ん〜どれがいいかなぁ――」
「ねぇ、晴香。あの約束覚えてる?」
「……うん。もちろん覚えてるよ。今日のコンサートが終わったら、私は……。私ね、葵に出会えてほんと良かった!葵の手も葵の髪も葵の声も、葵のピアノも。全部、ぜーんぶ、大好きなんだ!」
私は少し照れながらそう言った。
「晴香。私も……。」
葵は今にも泣き出しそうだった。私はその顔に手を伸ばそうとした。けれど、
「晴香、もう、行かないとね。」
そう言って、葵は悲しそうな顔で席を立った。
コンサート会場はとても小さく、大きなグランドピアノがより一層それを際立てた。葵の演奏するところがよく見えそうな真ん中の席に座り、彼女が出てくるのを静かに待った。
もうとっくにコンサートは始まっているのに、葵はなかなか出てこなかった。10分ほど経った頃、黒いドレスを身にまとった彼女が、少し俯きながらゆっくりと登場した。ピアノの前まで歩みを進めた後、しばらくの間、私の顔をじっと見つめる彼女に私は、大きく頷きながら微笑んだ。
彼女は深いお辞儀をして、何も言わずにピアノの前に座った。ピアノに手を置き、じっと手元を見つめる彼女を私は、また静かに待った。突然、ピアノの音が響いた。それは、たった一音だけだった。
低いその音が静かに消えた時、彼女は声を上げて泣き出した。大粒の涙を流す彼女をじっと見つめた。葵なら大丈夫、必ず自分の力で最後まで演奏することが出来る。そう信じて、震える肩に手を伸ばしたい気持ちを堪えていた。
葵はしばらく泣いたあと、今度は力強い顔で前を向き鍵盤に手を置いた。いよいよ始まる。呼吸をするのも忘れて彼女を見つめた。
低いピアノの音がゆっくりと紡がれる。どこか悲しいような、重苦しい音だった。私が葵のコンサート来たのは初めてだ。身体の弱い私は、ほとんどの時間、病院を出ることが出来なかった。次第にピアノの音が大きくなる。美しく、何かを語り掛けているかような、そんな音色だった。
オレンジ色の光が葵とピアノを照らす。時が止まったのかと思うほど、穏やかな優しい空気が流れた。
葵と出会った日のことや、葵が私に美味しいからとよくプリンを買ってきてくれたことを思い出した。彼女はもう泣かなかった。涙を堪えながらも、一生懸命に弾く姿は、とても力強かった。
また、低い音に戻った。その音が、もうすぐ演奏が終わることを伝えていた。徐々に大きく煌びやかな音に変わり、その音は、彼女の美しい未来を想像させると同時に、私たちの別れも知らせていた。
音が小さくなり、約8分間にも及ぶ演奏は終わりを告げる。葵が立ち上がり私の方を向いた。葵はにこやかな顔をしていた。深いお辞儀をして、舞台袖に歩みを進める。わたしは
「葵!!」
そう叫んだ。けれどその声は、葵には届かなかった。
これで最後なのだと寂しかったけれど、最後に、彼女の演奏を聴くことが出来て本当に嬉しかった。
「葵、ありがとう。大好きだよ―――」
会場にはもう誰も居なかった。大きなグランドピアノが静かに佇み、誰かに弾かれるのを今か今かと待っていた。
𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄
テーマ『君の奏でる音楽』
ピアノの音を聞くと昔のことを思い出す。
親の都合で田舎に引っ越した
車の通りは少なく
隣のに2、3件の家を除けば周りには田んぼしかない
コンビニに行くまでに車で20分もかかる
自転車で10分程のところに小さな商店街らしきものがある
そんな田舎だとやることなんて大してない
学校のない日は、家でゴロゴロとする日々を送っていた
ある時窓を開けていると、隣の家からピアノの音がした
拙い音色、間違えたのか少し前からまた始まる曲
聞いた事のない曲だが、そよ風と一緒に僕の部屋に入ってくる
何も無い日常を心地よく彩ってくれた
誰が弾いているのか気にはなったが調べようとしなかった
誰が弾いているのか分かったら、何か変わってしまうと思った
ある日のこと、お使いからの帰り道
しばらく前より上手くなったピアノの音が聞こえた
隣の家の窓が空いていて、ふと見てしまったのだ
黒い髪の少女がピアノを弾いていた。
曲が終わり視線に気がついたのだろうか
彼女と目が合った
その時の僕は何を思ったのか逃げるようにその場を後にした
「また、あの日のこと?家に帰ったらあの日の曲を弾こうか?」
隣にいる女性かそう言って笑った
『君の奏でる音楽』
君の歌声も、君が騒ぐ声も、君が遊ぶ時に立てる音も、すべてが君の奏でる音楽、って思えたらいいんだけどな。
風が吹いて、馴れ親しんだメロディーが運ばれて来る。
ライブでの十八番。インディーズの頃から歌い続けている私の定番曲だ。
顔を上げれば、待ち合わせの公園。
ベンチに座って私を待つ君を見付けた。
ヘッドホンを着けて、リズムに合わせて肩を揺らす。
鼻歌どころか、うっかり小声で歌っちゃってること、君は気付いているのだろうか。
学生の時から演技はピカイチで、今や注目株の俳優となった君だけど、相変わらず歌はちょっと苦手みたい。
私が歌うのとはちょっと違う。調子外れの歌声に、通りかかる人たちがこっそりと笑って過ぎて行く。
ちゃんと変装はしてきているからばれてはいないようだけど。皆さん、そこのちょっと陽気な音痴さんは、今期ドラマで活躍している若手俳優ですよ。
誰も気付いていないのと、本人も気にせずノリノリで口ずさみ続けているのが可笑しくて、私まで思わず笑ってしまった。
高校の頃から、変わらない。
何と言われようと応援し続けてくれた、君が好きだ。
その思いを書いた曲なんだけど、今も君は気付いていないみたい。
ファン一号だと豪語している癖に、肝心なところで節穴なんだから。
そんなところも含めて好きだけど。
「お。お疲れ! 待ってたよ」
彼の歌をもう少し聴いていたかったけれど、残念ながら向こうもこっちに気が付いたみたい。
私も変装しているのに、迷わず見付けてくれるとは流石です。
いつも君は遠慮するけれど、今日こそ、ご飯の後カラオケにでも誘おうか。
君の歌も聴きたいし、鈍感な君へその歌を、特等席で歌ってみせるとしよう。
(2024/08/12 title:049 君の奏でる音楽)
大好きなピアノを辞めた。
僕がどれだけ上手く弾いても、誰も認めてくれない。辛くって苦しくて。
「それって本当に好きだったの?」
当たり前だろ。じゃなきゃこんなに僕は苦しんでいない。
「逃げているだけじゃない?」
うるさい。お前に僕の何が分かるんだ。
「分かるよ、僕は君だから。君が生み出した僕だから。僕は君の奏でる音楽が好きだ。」
負けるな僕。譜面の前を向け。
鍵盤に手を伸ばす。
2024/08/13 #君の奏でる音楽
おならって何で音がするんだろう?
音が出なきゃ何とかごまかせるのに。
我慢しない方がいいって言われても無理だっての。
音さえ出なきゃ、こんなに忌み嫌われることもないと思うの
おなら。
音質によっては体調まで想定されかねない。
濁音半濁音の憎い奴。
(君の奏でる音)
「演奏」は、文字の通り
「演じて」「奏でる」ことを指す。
同じ曲、同じ譜面でも、
人によって全く異なる音楽を奏でる。
音の流れ、強弱、その他にも色々あるが、
同じ人間とて毎回全く同じように演奏はできない。
何も考えずに譜面を追いかけているだけなら、
そのときの気分や体調で音は大きく変わるだろう。
ただし、演奏をするときは、
曲に合わせて、読み取って、考えて、
工夫して、ときには流れに身を任せながら演じる。
だから、君の奏でる音楽と
私のそれとは同じ曲でも似ているようで全く違うのだ。
チャイムがなった。
やっとだ。と軽い伸びとともに号令をして教科書を片づける。
6限の終わりを知らせるチャイムだけど、私は今から部活だ。
美術室に着いていつもの窓際の席に荷物を下ろした。
ふと、外を見てみたら陸上部が活動していた。美術室からは外の藤棚に出入り出来るようになっていてちょうど私たちは活動していると窓から陸上部が隣に見える。その中には私の気になっている人もいる。私が窓側の席に座っているのも、ここが1番窓に近いからだ。自然とその彼に目を移すと藤棚の下で休んでいた。今日も話せなかったな、なんて思いつつ眺めてたら友達が来た。いつも部室で絵を描いていてもつまらないからと言ってスケッチブックと鉛筆を片手に一緒に部室を出た。外に出るとクラスメイトが部活をしていた。様々なところから声が聞こえてくる。テニスコート、武道場、音楽室…
目を閉じていても情景が浮かんでくる。
音楽室からはコンクールに向けて練習をしている楽器の音色が飛び交っていた。校舎に響いて外まで聞こえる。そんな音色と一緒に私は、藤棚の方に向日葵が咲いていたから描きに行こう。と伝えて彼がいる藤棚へ向かった。彼を見に行きたいからなんて言えない。
少し歩くと声が聞こえてきた。陸上部とは距離をとって向日葵の前に座り、スケッチをした。
そろそろ戻ろう。私たちは立ち上がり、部室へと歩き始めた。帰り際に横目で彼を探した。するとすぐに目が合った。びっくりして逸らした。もう一度見てみると彼は友達と楽しそうに話していた。
部室に戻り、また窓越しに彼を見た。隣の向日葵にも負けないくらい眩しい笑顔で頑張っていた。
明日は話せますように。
明日はどんな放課後を奏でてくれるのかな。
貴方だけでは完成しないその旋律
二人で一緒に完成させましょう。
『君の奏でる音楽』
君の奏でる音楽
私の奏でる音楽
いつまでも二人で
奏でていたかった
君は今どこにいるの?
私の奏でる音楽
君に届いていますか
『君の奏でる音楽』
君の奏でる音楽は、なんだか心地よくて。
私に勇気と希望を、夢を与えてくれた。。
本当にありがとう、
・君の奏でる音楽
優しく撫でると柔らかい音色。
軽く叩くと跳ねるような音色。
爪で弾くと小気味いい音色。
道具を使うと激しい音色。
締めると高くなっていく音色。
色んな音を奏でてくれる、素直で手のかかる私の可愛いパートナー。
どんなに汚れても綺麗に拭いてあげる。
どんなにボロボロになっても直してあげる。
あなたの全てを愛してあげる。
だから、私が飽きるまで大事に使わせてね。
『君の奏でる音楽』
高校生の頃、男子校の文化祭に行って
ベースを弾く姿に一目惚れした
全く知らなかった、外国のベーシストの
弾き方を真似していると聞いて
そのバンドのCDを聴いた
映像を探して見た
その恋は叶わず
彼の名前も忘れてしまったけれど
あの頃聴いていた音楽たちを耳にすると
もうどこかに置いてきたはずの
高校生らしい切ない感情が
胸のどこかにしまわれているのを感じる
【君の奏でる音楽】
「あぁ。この音色をもっと、みんなに聞かせてあげたい。」
"この君の奏でる音楽を。"
拍手の波の中、鈴森はスポットライトを浴びて頭を下げている。次の曲が鈴森の人生でタクトを振る最後の曲だと思うとやはり感慨深いものだな。と感じる。
腕を振り上げ、しばしの静寂を楽しみ、腕を振り下ろすと同時に素晴らしい音色が空間を包み込む。
腕を左右に振り、それに合わせてホールに音色が広がっている。
しかし、何かがおかしい。何か違和感を感じる。鈴森はタクトを振りながら、オーケストラに視線を向ける。
(あぁ、こいつが俺の音楽を汚している元凶か。)
視線の先はチェロ奏者の太田。太田の椅子が定位置から少しずれていた。太田はチェロを構える時に足を他の人より開く癖を持っていた。その癖が、音の反響をずらして鈴森の完璧な音楽を汚していた。
演奏は終了し、拍手喝采を受ける中、不完全なまま幕を降ろす事になった鈴森は、壇上を降りた後、自分の控室に太田を呼び出した。
呼び出された太田は、賞賛されると思っていたのだが、鈴森の表情を見て困惑した。
「どうかされたんですか?」と太田は声をかけるが鈴森は反応をしない。
「太田くん。そこに座りなさい。」
素直に従う太田に鈴森は太田を動けないように縄で縛る。太田は突然の行動に反応が出来ず、「え、え、」と声を出すだけで動けずにいた。
すると鈴森は
「この脚はいらないな」と縛られた太田の脚をタクトケースで思い切り殴った。
声ともならない声を上げ、太田は悶絶する。
何度も何度もタクトケースを振り上げた。
鈴森は悲鳴を聞きながら高揚していた。
振り上げるたびに、太田は悶絶し、次第に声が大きくなっていく。
「なんで。わからない。ごめんなさい。」
そんな言葉を漏らしながら、悲鳴をあげる。
次第に声も反応も薄くなっていく太田。
あぁ。この音色をもっと、みんなに聞かせてあげたい。
この君の奏でる音楽を。
鈴森は、最後の一振りをするために右手を振り上げた。
『君の奏でる音』
あなたの奏でる音は私に世界を見せてくれる
残酷なだけじゃないこの世界を
だけどあなたにとって私は何者でもない
だからあなたはどこへでも飛び去ってしまう
私を置いて
あなたの音が無ければ世界の美しさに気づけない
だからどうか私を置いていかないで
【お題:君の奏でる音楽 20240812】
トクン、トクン、トクン
規則正しい鼓動
すぅ、すぅ、すぅ
静かな部屋に響く寝息
ふぴーっ、ふぴーっ、ふぴーっ
寝息とともに奏でられる高い鼻息
トクントクンすぅふぴーっ
トクンふぴーっすぅトクン
すぅふぴーっトクントクン
君の奏でる音楽が
僕を幸せにしてくれる
トクン、トクン、トクン
すぅ、すぅ、すぅ
ふぴーっ、ふぴーっ、ふぴーっ
君の奏でる音楽が
僕を誰よりも癒してくれる
「ねぇ、鼻の詰まり取ってあげてって言ったよね?」
「え、だって起こしたら可哀想じゃん。こんなに気持ちよさそうに寝てるのに」
「それはわかるけど」
「でしょう?もう、天使みたいに可愛い」
「はいはい、わかりましたわかりました」
「僕たちの娘は世界一可愛いんだ。絶対、嫁にはやらない」
「一生独身でいて欲しいの?」
「そ、そういう訳じゃ⋯⋯」
「孫も目に入れても痛くないくらいに可愛いって言うよ?」
「くっ⋯⋯」
「私は、この子が幸せになれるなら、応援するけどなぁ」
「い⋯⋯」
「い?」
「いじわる⋯⋯」
「ぷっ、ふふふっ、はははっ」
「な、何笑ってるんだよ!」
「あ、起きちゃった」
「えっ?」
ふあぁぁん、ふあぁぁん
「あー、ごめんごめん、大きな声出してゴメンね」
「娘ちゃんには優しいねぇ」
「えっ?」
「オムツだよ。あー、おしり拭き寝室だわ。取ってくるね」
「あ、ありがとう」
トントントントン
ぐつぐつぐつぐつ
カチャカチャカチャ
ジュージュージュージュー
いつも僕たちの食事を準備してくれる君
ぱたぱたぱた
コツコツコツ
きゅっきゅっきゅつ
ジャージャージャー
いつも僕たちの身の周りの世話をしてくれる君
君の奏でる音楽も僕を幸せにしてくれる
「ふぴーっ」
「ねえ、綿棒って何処だっけ?」
「テレビの横の棚、上から二段目にあるよ」
「ありがとう!⋯⋯もう1つ」
「なにー?」
「愛してるよー!」
「⋯⋯私もーっ!」
娘も君も、僕の大切な家族だよ。
━━━━━━━━━
(´-ι_-`) 短めに。
君の奏でる音楽
トクントクントクン
眠る君の胸に耳を寄せると
規則正しく聞こえてくる。
君が生まれてからずっと
最後の息を吸う瞬間まで、
途切れることはない。
君が奏でる音楽。
君だけの音だ。