『友達』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
友達
リアルじゃないけど
眩しくてくすぐったいなとは
感じる言葉
空が白む。
夜露をたっぷりつけた草花が生き生きと朝を喜ぶ。
鳥たちの囀り、身が引き締まるような凛とした空気。
そのどれもが私を嬉しくさせる。
友よ、今日も私は生きているぞ。
きっとこの空の下で君も同じ朝を迎えていることだろう。
それだけが私を癒し、救ってくれる唯一の事実なのだ。
「友達なんですよ」
2人の関係を訪ねられたら
あっさりと言葉に出来る
けれど、「親友なんですよ」とは
なかなか口に出して言えかなったりする
私が、親友だと思っていても
さてさて…相手も同じ気持ちだろうか?
なんて、ちょっとした不安が頭をよぎる
後は、何だか「親友」と言う表現を
当の本人が、すぐ隣にいたりすると
気恥ずかしくて素直に言えなかったり…
よくよく考えてみると、ホントの意味で
親友だとしたら、わざわざ「親友です」
なんて、確認事項もいらないわけだ
言わずともわかる、以心伝心みたいな
関係…けれど、最初の一歩はやはり
「友達」なんだよね…
やっぱりこれも見えない赤い糸なのかな…
フリをしてると終わってしまうものって、なーんだ。
それは英語の授業中だった。関係代名詞を選別する単調な問題をこなしていると、隣から一枚の付箋紙が視界に侵入してきた。ちらと視線を送ると、逢坂さんは真剣に問題に取り組むポーズを取っていた。あまりこういうことをするタイプだとは思っていなかったので、少し驚いた。
付箋紙を教師の目から届かないところに貼り直して、問題を考えてみる。
フリをするでまず連想したのは、出題者の彼女だった。今まさに問題を解くフリをしている。それで何かが終わるわけではないだろうから、関係はないだろうけれど。次に出てきたのは、ラブコメによくある恋人のフリをする展開だった。これについては、ここから恋がむしろ始まるのだし、そもそも関連性は低いだろう。
気がつくと関係代名詞のプリントは半分くらい終了している。
あまり良いひらめきを得られずにいると、見かねたのか隣から追加の付箋紙が来た。答えは出た? と可愛らしいうさぎ付きで書かれている。余白部分に、もう少し待って。とシャーペンで書いてから隣へ返す。自分の字と比べると、逢坂さんのそれは丸くて柔らかい印象を受けた。
プリントと同時進行ではどっちつかずでむず痒かったので、先にプリントを終わらせることにした。先行詞が人以外のときはほとんどの場合whichを使用するので有難い。問題は先行詞が人の場合だ。whoかthatを使うわけだけれど、どちらを使えばいいのかいまいちはっきりしない。
そこまで考えたところで、先行詞を見てひらめいた。一度意識を切るとやってくるのが、ひらめきの何ともツンデレなところだ。
プリントの下に隠していた付箋紙の余白に、友達。と書き足してから隣へとそれとなく渡した。キャップ付きのペン特有の間抜けな音が隣から鳴って、耳に引っかかる摩擦音が続けてした。返却(あるいは贈与)された付箋紙には、goodとエクスクラメーション三つが書かれていて、大きな丸がつけられていた。
一仕事終わった気分で一つ息をつくと、机の方にまた付箋紙が貼られた。
次はそっちの番ね。楽しみにしてる。
新たに追加された付箋紙には、丸くて柔らかい字でそう書かれていた。実はもう考えついていた。ひらめきはツンデレなのだ。
息を吹くと膨らむ英単語って、なーんだ。
問題を書いてから、彼女の机に貼り直す。思っていたより早かったのだろう、この授業中で初めて目が合った。考えてみれば彼女が何者なのかよく知らないんだなと、その瞳を見たとき、ふと思った。
本当の友達って
居ないと思っている
どうしても自分から
距離をとってしまう
馴染めない
そんな私に
めげないで
くっついて居てくれる
友達が
出来た
猫さんだった
独りぼっち同士で
くっついて
ご飯を分け合い
遊び合った
そんな猫さんが
先日から
姿を見せてくれなくなった
哀しかった
でも
どこかで
元気で居てくれる
そう信じている
#11 友達
小さな恋を安易に打ち明けてしまえば、多分、崩れてしまうから、今はなまだ恋を下敷きにして、あなたに会う。恋人になれないのなら、せめて友達として一番近くにいたいから。
きっと、そうしているうちに、この恋はなくなってしまうから、もう少し友達のまま片思いをさせて。
私とあなたはただの友達。
それ以上でもそれ以下でもなく。
友達
友達なんていらない…。と思った事があるだろうか。
私は…ある。
人付き合いは得意な方だと思って生きてきた。そんな私が、人間関係リセット症候群かと悩むほど、人と関わりたく無くなった。
ただ、ただ疲れてしまった。
理由は沢山あるが、秘めておきたい。
だから、今は付き合いがある人が片手に満たない程だ。
でも居心地は良くなった。
自分を分かって貰いたいなんて、傲慢なのかもしれない。
だから、もう分かって貰わなくていい。
丁度良い距離で、付き合っていける友達が1番楽だ。
小学生の頃から知っていて、中学高校まで一緒だった女友達を大切に思っている。
もう少し歳を重ねたら、又友達が増えるだろうか。
未来に期待もしつつ、今の友達で充分だと思える私がいる。
究極、一人でも生きていけるように準備を整えている。
これも一つの終活なのかも…。
少し気が早いかな…?と晩秋に想う。
友の知る僕は僕ではない友は
承知で友でいてくれるのか
同級生らのグループLINEは未読のまま
懐旧トークにいだく違和感
#友達
久しぶりに思い出して戻ってきちゃった
このアプリを知って2年が経ってた
たった2年だけどいっぱい色んなことがあったよ
友達が出来たり、学校に少しづつだけど通えるようになったり、病気が良くなってきたり、いっぱいいい事あった
2年前は家にひきこもって死ぬ事ばかり考えて、これからどう生きるかなんて考えてなかった。どうせ中学卒業までには死ぬんだから考える必要なんて無いと思ってた
でも今は色んな人が支えてくれてる。もう独りじゃない。
まだまだ生きるのやだし不安なことはクソほどあるけど励まし合ったり、慰め合ったりしてなんとか今日を生き抜いていこうって思いました
幸せにはなれなくとも
前見て生きれるぐらいにはなってやりますよ!!!
大好きな親友。
お互い誕生日でもないのにプレゼント。
特に親友から私宛のプレゼントが多いけど
それは親友の感謝の気持ちだったり、愛情、気遣い。
いつも私が1人抱え込んでピリピリしてて我慢、頑張りすぎてるからの少しは手を抜くなり甘えるなりしなよ。
その言葉が何よりも嬉しくて:;(∩´﹏`∩);:
でも少し心が疲れてたんだ。親友がいなかったら
私もっと心疲れてお父さんと同じことしてたよ。
ありがとう。
私も親友が大好きだから笑顔が見たいからプレゼントを贈る(*´꒳`*)゚*.・♡
けどなんで私の男は私がいつもプレゼントするばかりで
私いつもプレゼントがないだろうか私はATMか?
もう男なんて……
特に君はクリスマス、来年誕生日プレゼントなしでもいいか?と考える。
愛の言葉よりも大事なもの。愛情表現の贈りも
君はいつ気づくかな?
友達
大学に入って私は初めて友達ができた。
高校まではそれなりに連む同級生はいたが、友達かと言われると微妙だった。
友達の基準はなんだかわからないし、
明文化しているわけではない。
だが、大学に入ってから確実に私は友達ができたという感覚があった。
こう言うのは個人の感覚に任されるものだが、
安心感が違う、というのが一番大きい。
それはその友人自身の器量の大きさもあるが、
それとはまた別に、忙しくて特に連絡しないときであってもひとつの連絡で直ぐに元の関係に戻り、私がおかしなことを言ってもそれを話せる。また、私も、友人がしばらく連絡がなくともいつでもそのタイミングを待てるし、どんな話でも受け入れられる確信がある。
この謎の確信と自信はほぼフィーリングのようなものではないかと思う。実際私と友人は、マンモス大学で苗字が隣で意気投合、その後も健康診断で後ろに並び偶然出会ったと思えば同じ語学クラスという奇跡の連続だった。なんとなく放課後浅草行く?と声をかけてみたら、あまりにも生い立ちが似ていて生き別れの姉妹?と疑うほどだった。
話が戻るが、この安心感は、誰でも出せるものではない。友人に限らず、人間関係を築く一つの要素としてかなり重要だと認識させられた。
昨今では、幼馴染効果が凄まじく、
生まれた地域や共に育った人間との関わりが最重要かのように語られる節があるが、私は真っ向から否定派である。
正直、地元なるものは親が決めた地域でしかない。それよりも、自我を持ち、自分が考えて決めた場所で、出会い、価値観を共有した相手の方がよっぽど深い関係になる。友達の価値基準を年月に置くのは、もっと人生の後半でもよいのではと予測している。
まぁ、たまたま私の人生はそう感じただけで、
幼馴染に奇跡的な出会いをした人もいるかもしれないけど。
この「友達」ひとつとってもさまざまな価値観と論争があり、中でもステレオタイプのようなものは影響力が強く頭を抱える。何事においても、自分はどうであるかが大切なのだと気付かされる。
友達
痛み止めだけど持つべきものは!
って言われないくらい自立していて
私が知らない私のことを知っていて
待ち合わせは遅れない
返信は怖いほど遅いけど
何回も数をこなす人
天才というよりもできない痛みまで理解した秀才みたいなもの
何もないところでコケてはいたけど
酷いことされても取り乱す価値もないというように冷めた目でみてた
正しいことをする間は私もヒーローを敵に回す自信がある
友達とは
長い間築き上げてきても秒で崩れるとても脆いものである。
知り合い・クラスメイトと友達の違いってなんなんだろう?って友達かクラスメイトの中間くらいの人と最近話してたんだけど、
その基準ってなんなんでしょうね?
テーマ・友達
またもや長期間書けてなかった…
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このアプリにとっては「友達」という単語は
たまたま今日だけテーマになったに過ぎないけど、
私にとって友達という物は一生のテーマである。
そのため、今回はいつもより内容が
辛気臭くなってしまうのをお許し願いたい。
これはあくまで主観で、恐らくは私自身にも色々問題があるのだろうとは思うのだが、ぶっちゃけ最近の人達が口にする「友達」という人間関係は、私から見ると薄氷のように流動的で壊れやすくなった様に思う。
SNSやネットなどで人と関われるツールが増えたのとは裏腹に、友人という物が使い潰しては消えていく消耗品みたいになってしまった様に感じるのだ。
自分と合わない事があればろくな擦り合わせもせずにすぐ離れ、代わりになる関係がどこでも幾らでも見つかるようなこの現代で、唯一無二でずっとお互いを信頼して一生関われると確信出来る友人を作れた人が、現在どれだけいるのだろうかと思ってしまう。
もちろんそんな中でも無二の友人を見つけられる人はいるのだろうとは思うが、私のようにそこまで人間関係を器用にやれない人間にとっては、常に今友人だと思ってる相手に他のもっといい友人が出来て、いつか切り捨てられる危険と隣り合わせになってしまった様に感じる時がある。
だがこれは単に私が陰キャであるが故のただの主観なので、きっと他の大多数の人間は普通に良い友人関係を築けていると思いたい。
友達
貴方にとって、私は
今も…友達でしょうか?
私は、ずっと貴方のことを
友達だと思っていました。
幼い頃は、一緒に遊び、学び、
大人になっても、
悩みを分かち合い、
共に過ごしてきました。
そんな中で。
私は貴方を、只の友達だと
思えなくなっていました。
ですが、この気持ちを、
貴方に隠しているのです。
もし、この恋心を
貴方に伝えてしまったら、
きっともう、
貴方とは、友達では、
居られないでしょうから。
だから、私は。
この想いを、心の奥に隠して、
幼い頃と変わらず、
貴方の友達として、
微笑みかけるのです。
貴方にとって、私は
今も…友達でしょうか?
貴女と友達になりたいと思ったことなど、ありません。
そんな関係では浅すぎる。もっともっと深く、離れがたく、分かちがたく、俺は貴女と繋がっていたいのです。
この話は、今自分の中で1番仲良くしてくれてる友達の話。
その友達と出会ったのは約2年と少し前の話。
初めて自分の障害と似た障害を持った方たちが集まる施設に行った。最初は人見知りしたし、障害を持った人たちに対して自分の中で偏見があったから仲良くするのにすごく時間がかかった。月に1回午前だけの別室通所から始まり、少しずつ時間を伸ばしての通所で慣れて来た時に、職員から言われてお昼ご飯を作ることに。恐る恐る調理室に入り、初めて職員以外の利用者と接触していつもより人見知り激しめに調理作業を手伝っていた。そこに来たとある利用者の方に言われた一言。
「何をそこまでビクビクしてるかわからないけど、
ここの人は誰も悪い人はいないよ。
逆にそこまで警戒心強めな人初めてだわ。」
そう言われて、自分がどれだけ怖い顔で作業してたか改めてわかったけど、警戒心は解けなかった。その時までは。
次の通所の日。施設に着いて入ると、この前少し強めの言葉を言った利用者と会って、その利用者はたった一言笑顔で
「おはよう」
自分はその人に少し警戒心を解いた。
理由はわからない。でもなんとなく、この人は悪い人じゃないって心の中で思えたからかそこから施設の他の人達と仲良くなるのは早かった。
たった一言二言で態度を変えてしまう自分に今では少し馬鹿らしく感じるが、前提と偏見があっての警戒心であったため仕方ないと思いたい。
職員とも利用者とも仲良くできて、通所頻度も増えて施設になれてきた頃に現れたその人は自分の好きな職員を独り占めするかのように、自分の初期同様別室通所から開始した。
その人こそ今自分と仲良くしてくれてる友達である。
以後hさんと表記する。
hさんは自分より少し背が低く淡い色が似合うすごく可愛い女性で、自分にはない可愛らしさやおしとやかさがある。
だが、hさんは男性恐怖症があり自分より障害が重めの方でどう接したらいいかわからないと職員から相談を受け、
なら、自分が施設通所開始当時にとある利用者から言われた一言のようなきっかけを作ろうと思ってhさんと関わり始めた。
最初は、何気ない会話から始まりhさんの推しの話だったり色んな話をした。
hさんが周りと少しずつ馴染み始めて自分が居なくても大丈夫なくらいになった頃、自分が施設の退所時期が近づいてきた。
自分が通っていた施設は2年の契約期間があり、通所開始から1年半が経った。
自分が就職活動で焦ってバタバタしていた時もhさんはゆっくりがんばれ!って応援してくれた。
そのたった一言が嬉しくて頑張れた。
いざ、就職が決まり退所の日。
自分はhさんとのお別れが寂しく、職員に確認を取り手紙を書くことにした。本来は施設の規則上連絡先の交換が禁止されていたため、手紙の内容は職員確認済みとなってしまったが手紙を渡せてお別れをした。
退所して2ヶ月後
たまたま1人で買い物してた出先でhさんと遭遇。
奇跡すぎる再会に興奮した勢いで連絡先を交換してその日は解散。よくよく、hさんに確認してみたらhさんも施設を退所してた為施設の規則は関係ないことに気づき、また遊ぶ約束をした。
それから半年経った今
自分もhさんも退所後の就職先の愚痴や悩みを話しながら、最近ではお互い貯金して来年には一緒に旅行に行こうねと話している。
「遠山さん、こんにちは」
「あ、西門さん。こんにちは、偶然ね。バイト?」
姉が、ドアにカギを掛けながら隣のアパートの部屋から出てきた男に気軽に声をかけた。
パーカーを羽織った、長身の男。少し猫背。さいもん?
「うんーーあの、」
そっちは、と男が俺を目でうかがう。俺は一応会釈した。
姉の隣人だから。
「マサムネ、あたしの弟なの。田舎から今日出てきたんだ」
「ああ……高校生?」
「はい。姉がお世話になってます」
さいもんと呼ばれた男は目を細めた。
「しっかりしてるね」
「そうでもないよ」
「姉よりはしっかりしてるはずです」
「ちょっと、マサムネ」
俺たちは軽口をききながら、どちらからともなく並んで歩き出す。
外階段を姉とさいもんと呼ばれた男は並んで降りた。カンカンカン、と足音が響く。
「ほら、この前大きな地震があったでしょう。停電したとき、隣のひとが助けてくれて助かったって。あの時の、西門さん」
俺は思い出した。ああ……あの時の。男はいやそんな、と謙遜して見せる。西門って珍しいですね。そう? 俺の出身地には結構ある苗字だけど。俺たちは初対面同士、当たり障りのないやりとりをした。
姉は気安く話し続ける。大分気ごころを許してるようだ。
「マサムネは受験生なの。こっちの大学を受けるから、うちに泊まることになったの」
「へえ……そうなんだ」
俺は違和感を覚えた。男ーー西門って人の声音が変わったような気がした。
「泊まるんだ。仲、いいんだね。お姉さんと」
肩越しに俺を見るでもなく、話してくる。
「まあ、普通です」
「じゃあ、あたしたち買い出し、こっちだから」
階段を降りたところで、姉が手を上げた。俺たちは二手に分かれた。
「あの人大学生?」
「みたいね。バイトばっかりで単位危ないって言ってる」
「ふうん」
「友達だよ、結構頼りにしてる。あの地震以来」
姉は言った。
俺は何気なく後ろを見た。ーーと、西門って人がおなじ所に立って、じっとまだこちらを見ているのが見えた。
……なんだろう。俺は姉の隣を歩きながら思う。
さっき、俺と姉が部屋から出た同じタイミングで、隣から出てきたな。
まるで、ドアが開いて現れるのを待っていたかのようだったーー
なんだか、心がざわついた。
#友達
「柔らかい光3」
見渡す限りの広大な砂漠。
その下には何があるんだろうね。
もしかしたら超古代文明の遺物とかが眠ってたりするかも、と目を輝かせながらテレビのドキュメンタリーを見ている君。
宇宙戦艦は出てこないと思うよと、あの有名なアニメ主題歌のイントロ部分を、少し音痴に口遊む君に言った。
テーマ「友達」