KAORU

Open App

「遠山さん、こんにちは」
「あ、西門さん。こんにちは、偶然ね。バイト?」
 姉が、ドアにカギを掛けながら隣のアパートの部屋から出てきた男に気軽に声をかけた。
 パーカーを羽織った、長身の男。少し猫背。さいもん?
「うんーーあの、」
 そっちは、と男が俺を目でうかがう。俺は一応会釈した。
 姉の隣人だから。
「マサムネ、あたしの弟なの。田舎から今日出てきたんだ」
「ああ……高校生?」
「はい。姉がお世話になってます」
 さいもんと呼ばれた男は目を細めた。
「しっかりしてるね」
「そうでもないよ」
「姉よりはしっかりしてるはずです」
「ちょっと、マサムネ」
 俺たちは軽口をききながら、どちらからともなく並んで歩き出す。
 外階段を姉とさいもんと呼ばれた男は並んで降りた。カンカンカン、と足音が響く。
「ほら、この前大きな地震があったでしょう。停電したとき、隣のひとが助けてくれて助かったって。あの時の、西門さん」
 俺は思い出した。ああ……あの時の。男はいやそんな、と謙遜して見せる。西門って珍しいですね。そう? 俺の出身地には結構ある苗字だけど。俺たちは初対面同士、当たり障りのないやりとりをした。
 姉は気安く話し続ける。大分気ごころを許してるようだ。
「マサムネは受験生なの。こっちの大学を受けるから、うちに泊まることになったの」
「へえ……そうなんだ」
 俺は違和感を覚えた。男ーー西門って人の声音が変わったような気がした。
「泊まるんだ。仲、いいんだね。お姉さんと」
 肩越しに俺を見るでもなく、話してくる。
「まあ、普通です」
「じゃあ、あたしたち買い出し、こっちだから」
 階段を降りたところで、姉が手を上げた。俺たちは二手に分かれた。
「あの人大学生?」
「みたいね。バイトばっかりで単位危ないって言ってる」
「ふうん」
「友達だよ、結構頼りにしてる。あの地震以来」
 姉は言った。
 俺は何気なく後ろを見た。ーーと、西門って人がおなじ所に立って、じっとまだこちらを見ているのが見えた。
 ……なんだろう。俺は姉の隣を歩きながら思う。
 さっき、俺と姉が部屋から出た同じタイミングで、隣から出てきたな。
 まるで、ドアが開いて現れるのを待っていたかのようだったーー

 なんだか、心がざわついた。

#友達
「柔らかい光3」

10/25/2024, 4:47:43 PM