『モンシロチョウ』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
「蝶の標本って自分でやると思うと可哀想で無理~と思うんだけどぼくのなつやすみでは昆虫採集嬉々としてやっちゃうんだよね」
「そうかそうか、つまり君はそんなやつなんだな」
「エ、エーミール…!」
"モンシロチョウ"
白いヒラヒラした奴。
葉っぱに止まっている時が狙い目だ。
気づかれないように、近くまで忍び寄って。
スキをついて飛びかかる!!
得意の右フックを華麗に躱した白い奴は、小馬鹿にしたように俺の周りをヒラヒラし出す。
くそっ、おちょくりやがって!
飛んで跳ねて転げまわって、疲れ果てて戦意喪失した俺の眼前を勝ち誇るようにヒラヒラしてから、奴は何処かへと飛んでいってしまった。
……今日はこの辺でカンベンしといてやるっ。
テーマ「モンシロチョウ」
『モンシロチョウ』
花畑に寝転んで空を見上げる。
雲ひとつない、とめどなく青さが広がる空だ。
旅の途中で寄ることにしたこの花畑は、旅人しか寄り付かないため、ほとんど手が入らずに自然のままの姿が保たれている。
青と赤が目立つが、所々黄色の花も咲いている。
ふと私の鼻に、モンシロチョウが掠った。鼻腔を擽る植物性の匂いがした。
蝶の行く末を見届けていると、後ろから声が聞こえる。
「エルフさん、そろそろ発ちますよ。」
消えたって何も解決しないとかさ
そうじゃないんだよ
この苦しみから自分を救いたいんだよ
自分の尊厳が奪われるような傷つけられるような
この現状と必死に戦った結果だよ
他に方法があるとかさ
正直難しいよ消えることを考えてしまうくらい追い込まれている状態では新たな道にも進めないから
精神状態が安定しなくて苦しい
大丈夫な状態の自分を知っているから
大丈夫じゃない状態の自分が情けなくて仕方がない
自分が壊れていく気がする
私を追い込んだ人たちの顔が浮かんで苦しいな
こんな気持ちは早く手放したいのに
体調を崩すと辛かった出来事があふれてくる
変わりたいのに変わらないもの
変わりたくないのに変わっていくもの
忘れたいのに忘れられないこと
忘れたくないのに忘れていくこと
思い通りになんかならないことを知る
モンシロチョウ
『君は天使のようだね』そう言われた。
隣には白い羽のあるモンシロチョウ。
あぁ、
私のことじゃないんだね。
モンシロチョウ
私、ちょうちょについてなにも知らない
種類も知らない
区別もつかない
ただ、モチーフとして好きなだけ🦋
【モンシロチョウ】
もう今は気にもとめない
昔の友だち
小学校の校庭の端で、キャベツが育てられていた。たまたま休み時間キャベツを覗いてみると、葉の中や裏にモンシロチョウの幼虫が2、3匹くっついて葉をムシャムシャたべていた。なんだか可愛いかったので、よく見に行った。
しばらくして、あたたかい日に校庭の花壇の周りをモンシロチョウがひらひらとんでいるのをたまたま見かけて、ちょっぴり嬉しい気持ちになった。
『モンシロチョウ』
祖母が亡くなった。哀しみの中お葬式やなにやらでバタバタとした数週間が過ぎ、一旦は元の生活に戻るも、そこから家族1人が居なくなった事を改めて実感した時、更なる哀しみが押し寄せた。
おばあちゃん子だった私は、いつまでも気持ちが沈んだままだった。そんな私をある日、祖父は散歩に連れ出した。
歩きながら祖父が言う。「人は亡くなるとその魂は色んなものに姿を変えて大切な人達の側に居るそうだ。時には風になり、時には雲になり、鳥や蝶や虫になる」すると何処からかモンシロチョウが飛んで来た。2人の間をひらひらと舞った蝶は、最後に私の右肩に降りた。「ほら、ばあさんが心配して見に来たぞ」私は蝶が飛び立たないように静かに動きを止めた。
ちいさいころなかまだった
いまはみてない
どうしたってみえない
それでもこころのなかに
趣味のカフェ巡り
おとぎ話に出てくるような小さくて、庭があるお店をみつけた
外観に一目惚れしてこことか直ぐに決めた
店内に入ると庭がよく見えるテラス席にとおされた
ケーキセットを注文して来るまでの間
緑がいっぱいに広がる中色んな色をした花が姿をみせていた
その景色に見とれていたら、モンシロチョウが花から、花に止まっては花の蜜を吸ってはまたほかの花へ、飛んでいて、思わず写真を撮った
最後の1文字を書き終えたあと、
今日で何度目だろうか、お昼に撮った写真を眺めていた
お題[モンシロチョウ]
No.99
「モンシロチョウ」
白い翅がひらひらと。目の前を2匹横切っていく。
人間には同じ色でも彼らには異なって見えるみたい。
「モンシロチョウ」
あ、あれ可愛い!
ちゃんとお世話できる?
うん!私ちゃんとお世話する!
じゃあお家で飼おうか
………
【#69】
モンシロチョウ 創作じゃない!!
モンシロチョウってイラストで見たらフワフワしてる感じで可愛く見えるけど、実際見たらそうでも無くて、イラストの世界に戻りたい(?)って思う。蝶々が好きな方には申し訳ないけど、あんまり好きじゃない。蝶々の事ちゃんと知らないし、そうなれば良さも勿論知らない。知ろうとしてないのも事実。私、トラウマまでは全然いかないけど、ちょっとした出来事があってそれから好きじゃ無い。その出来事って言うのをお話したいんですが、注意点!!蝶々がお好きな方は不快に思う可能性大。蝶々が嫌いになったと言う出来事はめっちゃ自分のせいで蝶々は全然悪くないし、めっちゃ被害者側です(蝶々が)。めっちゃ申し訳ないと思って居ます。
小3くらいの時の夏か秋、蝶々を捕まえたくなって夕方に父と二人で散歩。その時に見つけた黄色い蝶々を素手で捕獲。めっちゃ鱗粉側付いた。鱗粉もそうだし、捕まえた時にパタパタして苦しそうにしてた光景が目に残ってて無理になった。
って言う出来事。父のせいにするんじゃ無いけど、何故止めなかった?写真撮ってるの!めっちゃ苦い思い出(?)
どの種類の蝶々でも、見かけた時この話を毎回思い出してあの時の蝶々に心の中で謝ってます……ごめんなさい
モンシロチョウと関係ない話をしちゃったけど、調べてみたら寿命って1週間?らしい、知らない。
マジの情報か分からないけど、儚っ!!!って思った。
【モンシロチョウ】
私が街中をカトレアを持って歩いていた時にモンシロチョウがカトレアに止まり、そのあと私の手に移った。
私に蜜はないはずなのにと思ったが、気付いた。
このモンシロチョウはあの日あの神社で自分がもう死んでいるという事を私に告げて消えたあの人で、あの人は心も身も綺麗な人だったから神様がきっと綺麗なモンシロチョウにしてくれたんだ。
でもあの人が人間のままであろうがモンシロチョウになろうが私には何も出来ないことが明確でしかない。
卵を産ませろなんて言われても私はやらないよ、あの人は自由に飛んでいて欲しいから。それが私の思うあの人にとっての幸せなの。
「今度はちゃんと幸せになってね」と願いながらあの人の生まれ変わりであろうモンシロチョウを空に放した。
ねえカトレアはちゃんと枯れるまで育てるから安心してね。あとまた幽霊になって出てこないでね、私はちゃんと元気にやっているから。
私の前世はモンシロチョウだ。信じられないだろうが、物心ついた頃からそうだという記憶がある。
菜の花畑を飛んでいたら人間に網で捕まえられて、プラスチックのかごで保管されていた。短い寿命だったが、その少年は私のとこをとても大切にしてくれていた。毎朝かごを覗き込んでは「おはよう、げんき?」と聞いてくる太陽のような笑顔をよく覚えている。
そんな私も人間としてこの世に生まれ落ちて早19年、気付けば大学生になっていた。前世を覚えている子供、なんてのは時々テレビで特集されていたりするが、この歳になっても覚えているというのは珍しいんだろうか。まあ言っても信じてもらえないだろうからそもそも他人に言うことは今となっては少ない。
……ただ、あの時の少年がこの世にいるのなら、死ぬまでに1度会ってみたい。そんなことを思いながらぼんやり道を歩いていたら、小さな段差につまづいて転んでしまった。
「大丈夫ですか?」
ふと上から声が聞こえた。どこかで聞いたことがある声だ。見上げると、私を心配そうに覗く男性の姿があった。
どこかで見たことがある。間違いない、あの時の少年だ。
「ありがとうございます。……あの、もしかして───」
モンシロチョウって寿命が短いんだって。だいたい2週間くらいらしい。2週間しか、生きてられないんだって。
でも私、たくさんモンシロチョウを見る気がする。どの時期にもいるし、公園に行けば会える時があるから。見つけられたら嬉しいし、白い羽で飛んでいくのを見ると、なんだか応援したくなるの。
モンシロチョウは、その生きた2週間で何を学んで、何を残して亡くなるんだろう。人生が2週間で終わってしまうのは、あまりにも短すぎない?何も知らない状態で生まれて、ようやく1つ得られたくらいの時期で亡くなるんだから。一生懸命生きても意味ないじゃないかって、私なら思っちゃうな。
あとは、嬉しい感情も、悲しい感情も、知らないまま亡くなる可能性だってあるよね。それはちょっと寂しいよ。そういう感情を学んで、活かして、前に進む。私にとっての人生ってそういうものだから。蝶に感情があるのかさえも知らないけど、もし感情がないなら寂しく思う。
もう1つ気になること。いきなり飛べる状態で生まれはしないよね?だんだんと羽が生えてきて、飛ぶ練習を何回もして、ようやく飛べるようになる。そんな過程だと思うんだけど。その過程を私たち人間はなかなか見れないじゃん?それでモンシロチョウについて話したら、モンシロチョウを知ってるふりみたいに聞こえてきそう。嫌だな。
たくさん見かけるから、モンシロチョウというカテゴリーごと記憶に残る。1つ1つ記憶に残るわけじゃない。人間も同じ。同じような人間がたくさんいるならば、私1人のことはきっと見てもらえないだろう。見てもらうには、他の人とは違う、何かが必要なの。
私にはあるよ、あるんだよ。他の人と目の印象が違うし、考え方も結構違う。私は平凡が嫌なの。他の人と同じってのは、あんまり好きじゃない。だから、他の人とは異なっていたい。だけどね、この世ってみんな合わせたがるじゃん。流行りができたらみんなその話をする、みんな同じ格好をする。社会に出てもそう、みんなスーツを着て、パソコンと向き合いながら仕事をする。私はそういうのができない、他の人と同じようにできないんだよ。でもそうできないと省きたがるのが人間でしょ?実際私もそう、それを恐れて隠してるんだから。私もただの人間に変わりない。もっと自分らしく、自分の考え方を全面的に出していきたい。私は私として、記憶に残りたいから。
白い翅に黒い斑点があるチョウがモンシロチョウ。
畑の間をふわりふわりと舞っている姿は遠目なら愛らしい。
近くに寄られるのは——ご勘弁。
どうにも苦手なのだのだから仕方ない。
昔。
子供だった息子は、農家たる義祖父母宅周辺で様々な虫を捕まえては飼育したり育成したり、していたようだ。
……その様子を目の当たりにせず、語りのみで済ませられたのは本当に幸い、義祖父母さまさまである。
苦手であっても、息子の話についていける程度にはと、うっすらと上辺知識を追ってはみたものの——
彼ら、ムシの世界は恐ろしい。
喰うか、喰われるか。
自然界の摂理、とはいえ。
私の尺度では恐ろしさが先立つ、どうしても。
モンシロチョウの前身はいわるゆるアオムシで、農家にとっては害虫らしい。
キャベツなんか食い荒らされちゃうのですって。
けれどそのアオムシだって、生き残ってチョウになれるのはごく僅か。
時期によっては、半数以上が何たらハチというのに寄生されて蛹にもなれず絶命してしまうのだとか……。
そのハチがなぜ、アオムシを見つけられるのかというと。
アオムシがキャベツを食べて。
その唾液と、齧られた野菜のお汁の化学反応によって、そのハチは近くにアオムシがいることがわかるのですって。
……これ。
キャベツなりの、自衛手段なのだとか。
ただでは食われないぞ! という感じなのかな……。
昨今はヴィーガン、という言葉もよく聞くようになったけれど。
そりゃあ、命を犠牲にせず、健康的に生きていける生物になれたらいいなとは思うけども。
動物を食べるのは野蛮!
野菜ならOK!
……は、乱暴な考え方なのではと思ったり。
野菜だって、食べられるのは嫌だから、そういう仕組みがあるのでしょう。
悲鳴だって、あげてるらしいし。
人間には、届きもしない周波数で。
あまり深く考えてしまうと生きていけないやね。
『いただきます』と手を合わせる文化は、改めて凄いなと思う。
残酷な命の連鎖の中で生きるしかないから。
その重みを意識しつつ感謝しつつ。
蝶々が舞う、ように。
のどかに軽やかに——過ごせたら、いいな。
【モンシロチョウ】
小さい頃、家の周りには何もなかった。
今のようにショッピングモールやファーストフード、ビデオ屋、バス停すらなかった。
ゲーム機や携帯電話もなかった。
それでも退屈なんてしなかった。
毎日、友達と日が暮れるまで遊びまわっていた。
鬼ごっこ、かくれんぼ、メンコやオハジキ、みんなで走り回っているだけで楽しかった。
春には、野原でチョウチョを追いかけた。
夏には、田んぼでカエル、山でカブトムシを捕まえた。
秋には、トンボと競争をした。
冬には、水たまりの氷を割り霜を踏んで足跡を付けた。
そんなことが楽しかった。
今は、家の周りには何でもある。
春でも夏でも秋でも冬でもなんでも遊べる。
楽しい?
本当に楽しいの?
小さい頃、家の周りには何もなかった?
そうじゃない、自然がいっぱいあったのだ。
野原、田んぼ、山、川、池。
そして、昆虫、魚、鳥。
こんどの休み、モンシロチョウを見つける旅に出よう。
10年後はどこまで行けば会えるのか?
30年後は、はたして.....
おわり
ああ、起こしてしまいましたか?
すみません、櫂の音がぎいぎいと、うるさかったでしょうかねえ。
川底の石がごろごろと、どうにも邪魔で仕方がなくて。
戻りたい?それは無理な話です。
もらった1オボロス貨は一枚きり。
それともあなた、あなたも、もう一枚お持ちで?
そうでしょう。
これまで此岸に戻った者は、美しい蝶だけでした。
白い羽でひらひらと、黒い紋も鮮やかに、踊るように陽の差す先へ。
オボロス貨も羽もなく、どうして戻ることが出来ましょう。
故にあなたも、その他大勢、有象無象と変わりなく。
戻ることは叶わない。
“モンシロチョウ”