『モンシロチョウ』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
『モンシロチョウ』
弟と二人ゲームをしていたら小腹が空いて、コンビニでホットスナックを買った帰り道。
「ねぇ、これなんだっけ」
弟の人差し指が示す先には、小さなトゲトゲした芋虫がいる。
「ええー、なんだろ。アゲハチョウ……はもっと大きいか。モンシロチョウとかかな。ググれば」
「え、無理。画面ででかい写真で見るのは無理。あと写真出たら画面触れない」
「お前苦手なのか平気なのかわかんねぇな」
本物眼の前にしても平然としてる割に、そんなことを言う弟は、検索する俺のスマホ画面を覗き込んで「うぇー」とか呻いている。
「やっぱモンシロチョウっぽい」
「そっかー。こんなとこに居ると鳥にくわれちまうぞ、葉っぱの方いきなー」
落ち葉と枯れ枝を器用に使って芋虫を草むらに戻す弟。やっぱりお前の苦手の基準わかんないわ、俺。
「いいことしたわ」
「わかんねぇぞ、『あっちの草むらに行きたかったのに戻された!』って思ってるかもよ」
「あー、やめろよそういう事言うの!」
お前も肩パンやめろ。痛い。
「モンシロチョウが飛んでると春だなって思うよな」
「そうだな。実際春に飛んでんのかわかんねぇけど」
チューリップとちょうちょの組み合わせは春だと刷り込まれている気がする。
「なー、明日花見行こうぜ」
「桜はもう散ってるだろ」
「花ならなんでもいいじゃん。兄貴、桜が咲いてる時帰ってこねぇんだもんなぁ」
学生のお前と違って社会人のお兄様に春休みはないんだよ。
「なんだ、寂しかったんか?」
「そーーじゃねぇけどぉーーーーー」
完全に口調が拗ねている。道理で帰省してからこっち、妙に絡んでくるはずである。
「じゃー、親父に車借りるかー。お前、どこ行くか調べとけよ」
「わかった!」
弟の尻に盛大に振られる犬の尻尾の幻覚が見える。うい奴め。
花畑には、モンシロチョウは飛んでいるだろうか。
そんなことを考えながら、俺達はのんびり家路を辿るのだった。
2023.05.11
白く、ふわふわしたものがフロンドガラス越しに見える
どこから来たんだろう。どこで羽化したんだろう。
蝶は苦手だ。
ひらひらと飛び回るさまがどうにも落ち着かない。
飛ぶ姿も鳥のような力強さもないし、あのうすく平たい羽もなんだか気の毒に映る。
あんなにうすいから子どもの腕力でも簡単にちぎれてしまうのだ。肉のあるものはああは壊れない。
私にはあの生きものは儚く悲しく見える。
【モンシロチョウ】
昔、息子が小学生の頃のこと。
もらったキャベツに青虫が付いていて、息子とそれを育ててみようかということになりました。
青虫の行動範囲は狭いと思い込み虫かごにも入れずキャベツ数枚と青虫をザルに入れて置いたら青虫が行方不明に(笑)
よく探したらザルの裏側でサナギになっていました。毎日眺めているとサナギの色が少しずつ変わっていき、モンシロチョウの羽の黒い紋が透けて見てるようになりました。
ある朝サナギは空になっていて蝶はどこに?とあちこち見ていたら明るい窓のそばでシワシワの羽を伸ばしているようでした。
同じようなことが何度かありましたが羽化の瞬間を息子に見せることはできませんでした。
少しでも子どもの教育に、という親バカ母親のもくろみは見事に外れたというオチでした。
#2
『モンシロチョウ』
「何してんの?」
ベランダに作られた、小さな家庭菜園。
そこにしゃがみ込んで何かをしている同居人の後ろ姿に向かって、サッシに手をかけ身を乗り出すように声をかけた。
「あー。大量殺戮?」
こちらを振り返ることもなく淡々とした口調で発せられる場違いな言葉に、はぁ?と困惑の声を上げながら裸足のままベランダへと降りる。
コンクリートの冷えた感触は、数歩の内に日向へ出て温いものに変わっていた。
自分も隣へとしゃがみこんで、大量殺戮とやらを覗き込む。どうやら霧吹きを手に、その中身を葉に吹きかけているようだった。
しゅっしゅっ、という霧吹きの音が響く。
「何が死んでんの?」
ん、と指差された葉の先には水滴に覆われた小さな青虫が丸くなっていて、痙攣をおこしたように震え、もがいていた。
よく見れば既に土の上には既に動かなくなった青虫が何匹も転がっていて、なるほど大量じゃん、と納得する。
「こいつら、蝶になるんだよ」
「ふーん」
虫に興味はない。植物にも興味が無いから、この葉が何なのかも分からない。
「白くてね、かわいいんだ」
「ふーん」
小さな青虫がぽとりと落ちて動かなくなるのを、じっと見ている同居人の横顔から、なぜか目が離せなかった。
君に渡すはずだった
綺麗な白い花びらのお花
渡せないまま
花びらが落ちてく
まるでモンシロチョウが旅立つように
(モンシロチョウ)
常春の虫籠と紋白蝶
もんしろ?と聞かれて漣のように笑い声が広がる。
「ええ、知っているわ」
「よくよく知っているわ」
「だけど誰も顧みないわ」
誰があんな、平凡な蝶を選ぶかしら。
「せめてヒメウスバ」
「せめてエゾシロ」
キアゲハが笑う。目立たなくちゃ。
「アカマダラ」
「コムラサキ」
艶やかな色合いの鱗粉を落としながら笑う。
「ツバメシジミ」
「ジョウザンシジミ」
慎ましさや愛嬌も足りないと嘲笑すら散見する。
「平凡で、鈍感で、長閑で、愚かで」
「目立たなくて、色気もなくて、駆け引きも出来なくて」
煌びやかな薄物を着た女たちが声を潜める。
呑気にくぅくぅ眠る至って普通で至って平凡なモンシロ。
「こんなにも無垢な生き物が、カマキリに喰われるだなんて春が何度巡ってもあり得ないわ」
ミヤマカラスアゲハが口元を引き締めて瑠璃色の髪を纏め上げる。
「精々パッとしないミツバチみたいな奴と呑気にお天道様の下をひらひらうろうろすればいいのよ」
「そうよ、生意気よ」
ベニシジミが小さな体躯に色気を乗せる。
「この虫籠にモンシロなんて必要ないわ。さっさと子供でもこさえて地面に這うのがお似合いよ」
カマキリがやってくる。蝶々はその大きな翅でモンシロを隠してしまう。カマキリがやってくる。蝶々はぼりぼりとカマキリたちに食われてしまう。カマキリが満腹になるまで何度でも、何度でも、この常春の虫籠の中で窮屈に飛べない翅を広げて。
「モンシロ?あぁそんな子も居たわね。でも飛んでいったわ、平々凡々などこにでも居る子だもの」
鱗粉を落としながら翅を広げたり閉じたりしながら点滅するように笑う。毒のように蝕む香の煙の中で、嫋やかに上品に蝶は笑う。カマキリに食われる度に都度羽化しては春を迎える。彼女たちに夢中なカマキリたちはすぐモンシロを忘れ、春以外を生きるだろうモンシロを虫籠の住民たちはすぐ忘れた。春に囚われた美しく華やかな蝶、モンシロチョウは生きて、番を作り、子を成して。そうして老いて死んだらしい。
「モンシロチョウ?そんな子、居ないわよ」
2023/05/11
モンシロチョウ
僕の幸せな情景の隣には、いつも君が居た。
真っ白な春を告げる君。
「あ、チョウチョだ!」
僕はいつも君を見つけると嬉しくなる。
お花に留まるかな?
どこへ行くんだろう?
また来てくれるかな?
そんな想いを全部攫うようにして、君は空へと消えてしまった。
君を風景として見るようになった時、僕の心は寒い寒い冬のように凍ってしまう。
「まだ、春が来る。大丈夫、大丈夫。」
僕は「大丈夫の魔法」を唱えながら、君が見えなくなった空を見上げる。
もう少しで雨が降り始める。
虹がたくさん出て、夏が来る。
季節が巡っても、君のこと忘れないよ。
また、春に遊びに来て?
きっと、待ってるからさ。
【モンシロチョウ】
ふと「昔に戻りたい」と思うことがある。
今では考えつかないようなことを言ったり、書いたり、描いたり、考えたりしてきた頃に。
でも、“成長”というものは止められない。
勝手に自然と進んでいく。そして、いつか大人になる。
まだ幼い頃は、親が食事を用意してくれたのだろうし、ゲームをしたり、友人としょうもないことを話すのも、気にしないくらい自由に使える時間があったのだろう。
でも、大人になったら、働かないといけない。
税金を払わないといけない。食費も光熱費も電気代も。
いわゆる“自立”をしていかないといけなくなる。
そうしないと生きてはいけない。
外に出ると、よくヒラヒラと飛び舞うモンシロチョウを見かける。自由奔放で悩みの一つもなさそうに見える。
でも、モンシロチョウは既に成虫、つまり『大人』だ。
大人になったら、飛ばないといけない。
自ら花を探しだして、蜜を吸わなければならない。
いわゆる“自立”をしていかないといけなくなる。
そうしないと生きてはいけない。
まだ幼虫の頃は、のんきにキャベツの葉をムシャムシャと食べられるくらい落ち着ける時間があったのかもしれない。(または、そんなことなかったのかもしれない)
ふと私は思うのだ。モンシロチョウも「昔に戻りたい」と思うことがあるのだろうか、と。
あの日のことは今でも鮮明に覚えているわ。
私がちょうど2回目の"おはよう"をした日。
ちょうど今日と同じような、暖かくて、透明なせっかちさんも、珍しく、楽しそうに泳いでいた日。
緑のまぁるいベッドも、
赤や黄や紫のドレスを着たあの子たちも、
金ぴかのまぁるいあの子を囲んで楽しそうに踊っていたの。
そのときにはじめて気づいたの。
私と同じ、白くてふわふわのあの子たちが金ぴかのあの子の周りで踊っていたのよ。
前の"おはよう"の時にもきっとあそこにいたのね。
でも、前の"おはよう"の時には緑の美味しいベッドに夢中で私は気がつかなかったのよ。
そういえばその時の私は緑色のお洋服を着ていたかしら。
しばらくご飯に夢中になって…
少ししたらとっても眠くなってきて…
思い出せないけどしばらく"おやすみなさい"をしていたのね。
それから2回目の"おはよう"をしたの。
2回目の"おはよう"は白いドレスだったから、同じ白のふわふわのあの子に会いにいくことにしたの。
透明なせっかちさんの背中に乗せてもらってしばらく浮かんでいたわ。
その間金ぴかのあの子はあっちへ行ったりこっちへ行ったりいなくなったり大忙し。
あの子がいないとみんな真っ黒になって悲しんでしまうから人気者なのね。きっと。
そして、どのくらいたったかしら。
白いあの子がだんだん暗い色になってきて、涙を流し始めたの。
私、吃驚してきいたわ。
「何か悲しいことでもあるの?」って。
だって世界はこんなに素敵なのに、悲しいなんて不思議じゃあない?
でも、あの子は答えずに泣き続けたの。
たっくさん流した涙が私のドレスに溢れて…
透明なあの子を急がせて…
気が付いたときにはここにいたわ。
茶色の景色に緑のカーテン。
1回目の"おはよう"の頃の景色とおんなじ。
でも今は違うわ。
遠くの方に見えるあの子。白いふわふわのあの子。
よかった。
今はいつもみたいに楽しそうに笑っているのね。
やっぱり、あの子は楽しそうにしているのが一番素敵だわ。
−少し眠くなってきちゃった…
あの子に会いにいけなかったのは残念だけど、
次の"おはよう"で会いにいけばいいわね…
私の次のドレスは何色かしら…?
楽しみね…
"おやすみなさい"
【モンシロチョウ】
ひらひらと舞う白く美しい蝶がいた
僕はその蝶を捕まえた
けど、蝶の羽は折れて動かなくなっていた
「モンシロチョウ」
少女は、紋白蝶を舞うことになった。
主役ではない。
場面転換のほんの短い間、ヒロインが先程まで歩いていた花畑をひらひらと舞うのだ。
舞台を右に左に移りながら、小さな跳躍と回転を繰り返し、少女は舞う。
―――暗転。
一瞬で明かりが戻ると、少女は消えていた。
ただ、舞台にいるはずのない紋白蝶が、ちらちらと天に消えていった…
【モンシロチョウ】
※虫注意。とくに芋虫が苦手なかたは避けてください。
小学三年生の夏休み前、教室でモンシロチョウの幼虫を二匹飼っていた時期があった。蝶の完全変態を学べるからと、先生が近所のキャベツ農家からもらってきたのだ。透明な虫かごの中で、幼虫はキャベツの葉をもりもりと食べていた。
私は幼虫の世話係になった。誰もやりたがらなかったから、私に回ってきたのだ。私は通学路の途中にあるキャベツ農家に毎日通った。幼虫の餌になるキャベツの葉をもらうためだ。先生から話を聞いていた農家のおばさんは、「お勉強えらいねぇ、頑張ってね」と快くキャベツの葉を分けてくれた。いちばん外側の、人間は食べない部分の葉だ。その葉を半分、幼虫のためにとっておき、残り半分は自分の朝食にしていた。
通学中、もらったキャベツの葉をもしゃもしゃ頬張っていたら、それを見た男子にひどくからかわれた。以降、私のあだ名は「芋虫」になった。
二匹の幼虫はすくすくと育っていった。……と言いたいところだが、一匹は成長が遅かった。飼い始めて一週間を過ぎると、あまりキャベツの葉を食べなくなった。夏バテだろうか、と私は思った。私も梅雨時の蒸し暑さで食欲が減退していた。とはいえ、朝食代わりのキャベツと学校の給食ぐらいしか、私が食べられるものはない。食べ残しは私の体力にとって致命的だから、食欲がなくてもなんとか掻き込んでいた。一方、幼虫には毎日新鮮で大きな葉が与えられていて、ちょっと食事をサボったぐらいでは、餓え死にする心配はない。恵まれている者はいいな、私はそんな暢気な考えで、幼虫たちの成長を見守った。
一匹目が蛹化し、二匹目もそろそろというころ、幼虫の異変に気づいた。幼虫の体の色が、なんだか黒っぽい。そして、ほとんど動かない。病気になってしまったのだと思った。私みたいな皮膚の病気かもしれない。先生に報告すると「寄生虫だね」と、こともなげに言われた。
どうやら、蝶の幼虫の体に卵を産み付ける天敵の蜂がいるらしい。蜂の卵は幼虫の体内で孵化し、幼虫の体を食べて育つ。その話を聞いて、ぞわり、としたものが背筋を這った。自分の身体の中でも、なにか恐ろしいものが育っている、そんな錯覚に苛まれた。
その日はちょうど三時間目が理科だったから、先生は教卓に虫かごを置いて、モンシロチョウの生態について授業をしてくれた。モンシロチョウの幼虫がキャベツの葉を食べると、キャベツはそれを嫌がって、天敵の蜂を呼び寄せる信号を出すのだそうだ。先生はどこか嬉しそうに、小学生にはまだ難しいことまでも話してくれた。
幼虫がキャベツを食べるだけで敵を呼び寄せてしまうと知ったとき、私は衝撃を受けた。生きるために必要な行為が、内側から食われる危険と隣り合わせなのだ。……ならば、私は? 私もまた、生きるためにキャベツを食べている。そのたびに、なにか危険なものを呼び寄せていないだろうか? またぞわぞわとしたものが背筋を這いのぼった。だが、それは奇妙に心地のよい感触でもあった。自分が自分ではないものに変わっていく想像を、私は楽しんだ。
先生が虫かごからキャベツの葉を取り出し、それを端の席の子に渡して、クラス全員に回すようにと指示した。キャベツはキャーキャー投げられるようにして、私の机にも回ってきた。
キャベツの端にはいびつな形の幼虫が乗っていた。もうほとんど動かない。この子は畑にいたころから蜂に寄生されていたのだろう。私が毎日キャベツを与えて育てていたのは、モンシロチョウの幼虫ではなく、蜂の幼虫だったのだ。
次の席の子に回そうとキャベツの葉を持ち上げた、そのときだった。いびつな幼虫の身体を食い破って、小さな芋虫が這い出てきたのは。それも、一匹だけではない。何匹も、ぞろぞろと。
「げ、気持ち悪い!」
後ろの席の子が騒ぎ出し、好奇心の強い男子が覗き込んですぐさまダッシュで逃げ、芋虫が見える距離にいた女子は硬直して泣き出し、教室は騒然となった。
「芋虫が芋虫生んでら!」
「芋虫が芋虫見てら!」
騒ぐクラスメイトを尻目に、私は目の前で繰り広げられるその光景にかじりついていた。
幼虫から出てきた小さな芋虫たちは糸を吐き、自分のための繭を作っていく。瀕死の幼虫もそれを助けるように糸を吐き、芋虫たちの繭を固めていく。ふしぎだった。自分を食い荒らしたものを、なぜ守ろうとしているのだろう。もしかして、寄生された幼虫は心までも芋虫と同じものになっているのだろうか。全身にぞわぞわと逆立つものを感じつつ、私は虫たちの様子から目を離せなかった。
※ ※ ※
「どうしたの」
ぼんやり歩いていたら、姉さんが顔を覗き込んできた。
「ちょっと昔のことを思い出して」
昔といっても、まだ三年前のことだけど。
「こんなに綺麗な場所で? 昔のことなんて、あなたにとってはろくな思い出じゃなさそうなのに」
姉さんが悲しそうに笑う。
「そうでもないよ」
私は曖昧に微笑みを返す。
三つ年上の姉さんは、いつも私に優しい。
私たちは叔母に連れられて、近郊の菜の花畑へピクニックに来ていた。あちこちでモンシロチョウがひらひらと舞っている。そのせいだ、私の中がざわついているのは。
花畑の隙間を縫う細い道の先で、明るい叔母が手を振っている。
「お昼を食べよう、って言ってるみたい。行きましょ」
姉さんの白い手が、アトピーで黒ずんだ私の手を強く引く。
二人の白いワンピースが、花畑の中でひらひらと美しく舞った。
※ ※ ※
虫かごの蛹は美しいモンシロチョウになって、教室の窓から飛び立っていった。しぼんだ幼虫の死骸にくっついている蜂の繭は、虫かごにそのまま残された。数日後にふと虫かごを見ると蜂がうじゃうじゃ湧いていたので、私は虫かごを外に持ち出し、こっそりと逃がした。
私はまだ幼虫がいると偽って、農家のおばさんからキャベツの葉をもらっていた。痩せているうえにほぼ毎日同じ服を着ていた私に、おばさんはなにかを察していたのだろう。キャベツの内側の柔らかい葉をくれるようになった。私はありがたくそれを貪った。私の嘘は、夏休みに入るまで続いた。
学校と給食のない夏休み中は地獄だった。家では母と姉さんだけが家族で、私の存在はないものとして扱われていた。私はほとんどの日を図書館で過ごした。おかげで、たくさん本を読むことができた。昆虫図鑑でモンシロチョウのことを調べ、モンシロチョウが好むアブラナ科の葉が、他の虫にとっては毒だということを知った。それがきっかけで、毒に興味を持つようになった。
しかし、いくら本を読んだところで、腹は膨れない。図書館に行く途中の商店街でパンの耳の袋詰めを売っているときは、十円でそれを買って、公園で食べた。当然、お小遣いなんてもらってないから、お金の出所は、自販機の下の百円玉だ。
農家のおばさんにこっそり誘われて、昼食をいただくこともあった。おばさんはときどきシャワーを使わせてくれ、服の洗濯までしてくれることもあった。夜には姉さんが、母の目を盗んで食べ物を分けてくれた。
母が私を無視するようになっても、姉さんは相変わらず私に優しかった。それは彼女がずっと恵まれていたからだ。彼女は図書館に行かずとも、好きな本を買ってもらえた。お小遣いはいくらでももらえた。私が食べたことのないおやつを母からもらって、おいしそうに食べていることもあった。私は姉さんと自分の境遇を引き比べずにはいられなかった。なにももらえない自分が哀れでならなかった。姉さんもまた、母から見捨てられた私を哀れんでいた。私は図書館通いのおかげで、惨めや憎悪という言葉がどういうときに使われるものかを、よく知っていた。
以前は姉さんと同じように母に愛されていた記憶がある。母の態度が変わったのは、私がアトピーを発症した小学校一年生からだ。母は姉さんを美しいもの、私を醜いものと見做すようになった。きっと、母が本当に愛していたものは、自分の美しい顔立ちと、それを継ぐ子供だけなのだろう。
※ ※ ※
私は「毒芋虫」だの「キモい」だのの罵声に耐えながら、給食のためにその後も学校に通い続けた。机や教科書を汚されるのはどうでもよかったが、給食に悪戯されたときは本気で怒り、相手の女子の関節を折って、失神させた。
母が学校に呼び出され、その日は私が失神するまで蹴られた。家からも完全に閉め出された。翌日の早朝に姉さんがこっそりベランダの鍵を開けてくれなかったら、私はのたれ死んでいたかもしれない。
関節失神事件以降、私に馬鹿なちょっかいをかけてくる子はいなくなり、私は孤独な学校生活を満喫した。私の悩みは、母の理不尽なネグレクトだけになった。
その母も、半年前に急死した。死因は私だけが知っている。私と姉さんは、外国に住む叔父夫婦に引き取られた。叔父と叔母はおおらかな人たちで、私たち姉妹に分け隔てなく接してくれる。私はやっと息がつけたような心地だった。叔父がいい医者を捜してくれたおかげで、私のアトピーもだんだん治まりつつあった。
花畑の道の先で、外国人の叔母が早口でなにか言っている。お昼にハムとレタスのサンドウィッチを用意したが、いくつ食べられるか、と聞かれているようだ。姉さんが元気よく「ウィ」と答えている。
「お昼はサンドウィッチ、ですって。叔母さんの言葉、だんだん分かるようになってきたわ」
姉さんが私を振り返る。
モンシロチョウがひらひらと私たちの間を横切る。
「わからないことがあったら、なんでも聞いて。私、頑張って翻訳するから」
妹が自分よりも哀れで劣った存在だと信じて疑わない姉さんの笑顔は、まっすぐで美しい。いびつに育った私とは違う。
「ありがとう、姉さん」
私は再び、曖昧な微笑みを返した。
この身に巣くうものは、いずれ私を食い破って出てくるだろう。
私はきっと、姉さんの天敵になる。
モンシロチョウ
小学生の頃は
自然豊かな場所でのびのびと暮らしていた。
当然
虫もそれなりに多かった。
網で捕まえたトンボ
手で無理に掴んだバッタ
全部が全部捕まえられたわけじゃないけど
印象に残ってるのは
友達と
帽子で捕まえようとしてたモンシロチョウ。
真っ白でひらひらと風に舞って
帽子を使って捕まえようとした。
帽子の縁に当たって
地面に叩き付けられた。
でもすぐにひらひらと舞っていった。
呆然としていて
追いかけることはしなかった。
ただ
必死に羽ばたいて
必死に逃げる様が
目に焼き付いて
離れない。
題.モンシロチョウ
君の失くした羽衣に見紛うほど、
その蝶は美しかった。
モンシロチョウ
子供の頃は
毎日のようにそばにいたのに
大人になって
都会に出て
忙しい忙しいと言って
モンシロチョウと聞いても
一瞬何のことか
わからない自分がいる
12時の鐘が僕を殴り付けるように響いた
さぁ、お家に帰ろうか
そう思って辺りを見回しても
一緒に来たはずの彼女がいない
何処へ行ってしまったのだろうか
そういえば…僕は何をしているのだろか…
そして…此処はどこなのか…
分からない
無意識に耳を塞いでいた
知りたくもない
聞きたくもない
見たくもない
もうやめてくれと
心と体が酷く拒絶している
腕に何かが張り付いたような感覚
なんだ…白い蝶…?
これは…モンシロチョウ…?
何かを訴えかけるような
目で蝶は僕の傍を離れない
"運命を受け入れて"
頭の中にそんなメッセージが浮かぶ
これは蝶からなのか
それとも僕の潜在意識に
存在するものなのか
目を開けたらそこに
瞬きさえしない彼女の笑顔が
張り付いていた
そして時刻は12:01を指していた
蝶って不思議な存在だ。
虫って見た目グロテスクだし嫌いな人も多いのに、蝶だったら好きな人が多い。
無害だし見事な見た目とかがあるのかな。意外と足見たらおんなじなんだけどな。
ふわふわとしたモンシロチョウが、タンポポの花の周りを舞っている。
今日も平和で穏やかな日だ。
日向のやわらかな風
原っぱに寝そべっていた
たんぽぽの黄色
モンシロチョウが二匹ひらひら
シロツメグサの青々しい匂い 地面のあたたかな匂い
幼稚園に入るか入らないかのころの記憶
家の近くでひとり、せかいをみていた
いちじくの木にはカミキリムシ 池にはウシガエル
もうどこにもない大切な場所
(モンシロチョウ)
モンシロチョウはモンシロチョウで
モンキチョウはモンキチョウで
アゲハチョウはアゲハチョウで
ただ、それだけ
チラチラと飛び交う、夏のあぜ道
振り返ったり、振り返られたり
いつしか
見つめ合えたらいいね