『ジャングルジム』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
街中の散歩道に
公園がある
暖かい日の日中は
親子が滑り台で遊んでいる
いつも
『ジャングルジム』は
それにジッと耐えている
そもそもどうやって
遊べばよいのか、
何が楽しいのか、
誰も教わったことがない遊具だ
そこに小学生が2人
自分達の居場所のように
ジムの上に上がっていき
おしゃべりをし始めた
天才!それでいい
よかったーー
まー
〜
そして夜が明けて、明日がやってきた。
けれども明日は訪れた途端に今日に変わってしまった。
次の日もまた次の日も明日は来なかった。
私は永遠に今日に閉じ込められて、そこから一歩も動けなかった。
〜
そして今日も私はここにいる。
明日になったら何をしようか?なんて架空の明日を夢想しながら。
詩(お題)
『ジャングルジム』
ジャングルジム
そこはまさに野生の森だった
弱き子供は
撤退するしかなかった
ジャングルジム
それはまさに人生の予言だった
ゆずるばかりで
逃げ続ける情けない俺だ
ジャングルジム
ジャングルジム
せめてそこのてっぺん登って
月じゃなく
太陽をつかんでみたい
「登ってみろよ!ノロマ!!」
「お前なんかにこっち来れるかよ!ははは!!」
ジャングルジム。それは力あるものが上へと進み、力の無いものは下の方にいるしかない。上に行けば行くほど落ちた時の危険は上がる。ただそれでも皆、上を目指す。だが、なかには他者の影響を使って上がる者もいる。ジャングルジムの上を眺める私は幼いながら社会とはこのようなものなのかもしれないと思っていた。
月日が流れ、自分はごく普通のありふれたサラリーマンとなった。会社も社会もジャングルジムと同じだ。しかし、違うところもある。それは全て実力であり、結果のみが答えにしかならないということだ。力なく登ったように見える人にも他者を味方につけるという別の力があり、登ったものが何らかの影響で落ちたのなら、その時見た高さが過去関係なく結果として見られる。未だヒラで結果を出せてない自分はジャングルジムの競走にも参加出来ていない。登るということは踏み台にされる危険性もあるということを孕んでいる。
仕事に、人間関係に疲れた私は夜の公園でジャングルジムに登った。さすがに子供がいる時間に大の大人が占有するのは気が引けた。上から見た景色は子供の頃よりもちっぽけに見え、ビルが建ったからか狭苦しく感じた。それでも心のどこかで何かから解放されるかのような安心感を感じた。今この瞬間子供だったのなら、ジャングルジムの頂上という抗いがたい魅力の虜になっていたことだろう。
ジャングルジム
何もかも、上手く行かなくて、
全部、嫌になっちゃった時は、
庭の片隅にある、
大きな木に登るんだ。
大人になって、木登りなんて、
誰もやらないから。
此処はボクだけの、
秘密の場所。
公園で遊ぶ子供達が、
ジャングルジムに登る様に、
ボクは、慣れた身の熟しで、
木に登っていく。
高い木の上から見ると、
嫌になった事なんか、
ちっぽけに思えて。
少しだけ元気になれるから。
そして、ボクの足元には。
突然姿を消したボクを、
心配そうに探してる…アイツの姿。
一番早く、ジャングルジムの
一番上迄登った子供の様な、
不思議な優越感に浸って。
ボクは、木の上から、
ボクを探す、アイツを眺めて、
こっそり微笑むんだ。
「ジャングルジム」
ここだった思い出の場所は
私「ねぇ!いつもここに居るの?」
君「うん、僕一人だから」
私「ひとりじゃないよ!私がいる!」
君「え?遊んでくれるの?でも、僕男なのに可愛い
から気持ち悪いでしょ?」
私「気持ち悪くなんかないよ!可愛いのっていい
じゃん!素敵!実は私もさ、女なのにかっこい
い格好するなよって言われてるんだぁ」
こんな会話から友達になり君と私はいつも一緒にここの公園のジャングルジムでお話をしながら遊んでいた。
気ずけば、私は可愛い君に友情では無く愛情を抱くようになっていた。
この気持ちを君に伝えたらもう友達じゃ居られなくなるのかな?私はずっと言えず時はすぎ私と君は高校生になっていた。小学生の頃から君といるけどやっぱり君は可愛い男の子で私の好きな人だ。
そんなある日君は学校に来なくなった、私は心配して君の家に行った。
でも君のお母さんが「少しの間休むだけだから心配しなくていいわ。」と会わせてはくれなかった。
君が居ないと学校に行く意味が無いじゃないか。
会いたい。
そんなある日君のお母さんが家に来てついてきて欲しいと言われた。
着いた場所は病院だった。そこにはもう冷たくなった君と一通の手紙があった。
「𓏸𓏸へ
僕もう長くないんだって。
本当は直接言いたかったけど無理そうだから
手紙にするね。
僕は君に隠していたことがあるんだ。
実はずっとかっこいい君が好きだった。
これを言ったら君を困らせるからずっと一緒に居たかったから言えなかった。ごめん。そして
ありがとう。」
なんだ、同じ気持ちじゃんw
私は泣きながら言った。
こんなことになるなら言っとけばよかったなぁ
好きだよって。
「私がそっちに行く時君はまたジャングルジムに居るのかな?」
通りすがった公園でふとジャングルジムが目に入った。
懐かしいな。
ジャングルジムを見ると、あの日を思い出す。
あれは夏の日のこと。
セミがやけにうるさかったことを覚えている。
幼なじみの男の子とジャングルジムで遊んでいた。
私が手を滑らせて落ちそうになったとき、その子が助けてくれたんだ。
遠い遠い、夏の日の思い出。
淡い初恋の想い出。
あの子はあれから引っ越してしまって
告白もできずそのまま。
元気にしてるかな?
別の人のヒーローになっているのかな?
私にとってのヒーローは、今でも君、ただ1人だけなのに。
『ジャングルジム』
㊾ジャングルジム
はじめは下をくぐるので
精一杯だった
1段1段登れるようになって
てっぺんまでいけた時の
あの風景を忘れない
きっと
ジャングルジム
「おい、早く登ってこいよ。お前が絶対好きな眺めだぜ」
そう言って、ジャングルジムに登るのが怖かった私に手を差し出してくれた小学生の時の君。
「ほら、掴まれよ」
久しぶりに彼と来た公園。私はあの日からジャングルジムに登るなんて怖くないのに、君と同じ景色を、君の温もりを、君のかっこよさを独り占めするために今日も怖がるふりをする。
ねえ、気付いて?
昔、住んでいたマンションにはそれなりに大きい共用の庭みたいなものがあって、そこにふたつのジャングルジムがあった。ひとつは滑り台がついてて、もうひとつはアーチ状になってた。
当時は身体能力も低く、周りの子達がヒョイ、ヒョイとジャングルジムの隙間をくぐりぬけて遊んでいるのを見ると自分もそこで遊んでいるような感覚になって好きだった。
今でもジャングルジムで遊ぶ子供たちを見ると、こちらもジャングルジムで遊んでいるような気分になる。とても、懐かしく感じて、切なく感じる。
大きかったジャングルジム
大人になった今でも少しだけ大きく感じる。
友達と遊んだ記憶もタイムカプセルを近くで埋めた記憶も
今となれば眩しくて美しい記憶だったな 。
ジャングルジム。
私は、頑張っても二段が精一杯だった。秋の空きっと高くてどこまで高くてキレイだろうな。
限界なんか決めたらダメですよね~。
今日は、蒼さんのゲーム配信を見た。蒼さんの家族と楽しそうにおしゃべりされていた。
とりま『こんにちは🎵』と、挨拶をしたの。キレイな女性の声だった✨️🎵
お子さんのことをお話しされてはりました。蒼さん、イクメンなんた……。リスナーさんから、聞いて知っていたけど、なんとなく…🥺
お父さんだから、こんな私にも親切にして下さっていたんだね✨️(_ _;)
蒼さんのお仕事大変ですよね~。蒼さんは、私にとっては近所の歌の上手いヾ(。>﹏<。)ノ゙✧*。お兄さんで、時には先生のような口調が好きです🎵
おちこぼれのジャングルは、てっぺんまで登れないね。そんな私なの。
蒼さんは、ポジティブ✨️で、私は、後ろ向きだヨ(笑)叱って下さい(。>﹏<。)
何時もみたいに、エンムのマネで『あんずさんは、愚かだなぁ~💜』と、言って下さいネ(。>﹏<。)
そしたら、私は幸せです……。そして、蒼さんの柑橘系のお声で頑張れ〰️🎵✨️と、叫んで下さい🎵
私の夢醒めます、多分。
でも、これからもファンでいます🎵(;_;)
時々の関西弁も大好きです💛✨️🎵
なんか、疲れたから、お母さんが聴いているカンさんの『まゆみ🎵』という歌を聴いた。
なんとなく、凹んでいる私に寄り添ってくれたんだ。爽やかで、優しく、慰めてくれたんだよ。
このぐちゃぐちゃした気持ちを受け入れてくれたの。イイなぁ〰️✨️(;_;)ジーン💧
終わり
ジャングルジム
頭も身体も硬くなった大人は
通り抜けられないし
頭も身体も重くなった大人は
てっぺんまで登れない。
夢をあきらめた大人には
ジャングルジムは登れない。
ジャングルジムなんて名ばかりの鉄の塊。
しかしながら、あの小さな樹海は今も私達を、牢のように待ち続けるのだ。
小学校に入学した時、大きなジャングルジムを見上げた。
空に届きそうなくらい大きくて、登ったらどこまで行けるのだろうとわくわくしていた。
でも1年生は登っちゃいけなくて、登れるようになったのは小学校3年生の頃だった。
ずっとずっと思いを馳せていたジャングルジム
一段一段にしっかりと足をかけて、その山に登った。
ふと次の棒がないことに気づいて慌てた。
しっかりと両脇の棒を掴んで、方向転換して棒に腰掛けてみた。
大きな白雲、澄んだ青空、眩しい新緑
視界いっぱいに広がる自然に目を奪われた。
ねぇ、5歳の私
あの頃憧れたジャングルジムは、こんなにも壮大な景色を教えてくれるんだよ
暖かな風が、私の成長を祝福してくれた気がした。
私は子供の頃、ジャングルジムが大好きだった。
一方、他の遊具はあんまり好きではなかった。
鉄棒も雲梯も登り棒も、好奇心を掻き立てることはなかった。
腕や足を思いっきり使う遊具の中で、
何故かジャングルジムだけ楽しかったのである。
それは、遊び方の多彩さが大きかった気がする。
外側から山登りのように遊ぶも良し、
内側から洞窟探検のようにくぐり抜けるも良し。
一番下の層に入口みたいな穴があって、
中が迷路になっていたり。
鬼ごっこや隠れんぼでは、
ジャングルジムの中で待機することで
時間稼ぎの罠に見立てたり。
他の遊具ではこんなにバリエーションは無い。
近年は、老朽化や事故の危険性から
その姿をめっきり減らしたと思う。
だが、ジャングルジムからもらったあのワクワクは
いくつになっても消えることは無い。
公園内を見渡せる筒抜けの檻のてっぺんで
日が暮れて星空が幕を上げるのを眺めた。
呼ぶ声はまだ聞こえてこない
もういいよと宛名もなく呟く
探して欲しいと願いを込めて
鬼なんて居ないと知りながら
夜空を睨み上げて、もう一度
「もう、いいよ…」
諦観を混ぜた情けない声は
濁世へと飽和し跡形もない
少しの苛立ちに任せて蹴り脱いだ靴は
追い討ちをかけるように、嬉々として
明日も君だけは雨だろうと告げていた。
ー ジャングルジム ー
ジャングルジムから飛んでみたって、
ちょっと膝を擦りむくだけ。
てっぺんに立ってみたって、
不安感だけ募る、
実際大したことのない高さ。
ジャングルジムの上に立って喜んでも、
この年じゃ白い目向けられるだけ。
昔は無邪気に登って遊んでたのに、
成長したら閉じ込められたみたい。
ジャングルジム
父母と離れて暮らしたころの
小学校の校庭の
隅っこにたつジャン グルジムに
うす紅色の花びらが
二ひら三ひら 降りかかる
一人で登るシャングルジムの
勝ち気な少女の残像は
誰にも見せない涙顔
楽しいことがいっぱいの
懐しいこといっぱいの
小学校の友達の
誰も知らない少女の涙
何十年ぶりかに集まって
思い出語る同級生と
今日は母校の閉校式
息子をつれて普段訪れない公園に来た
息子は保育園の先生と時々来るらしく
ジャングルジムがお気に入りらしい
駆けだす息子の行く先に
ジャングルジムがあった
久々に見ると小さく感じた
大人には狭い格子の中に
息子は難なく入っていき
少し苦戦しながら登っていく
パパも入って、という息子に
パパは入れないよ、と応える
息子はひとりで挑戦を続ける
もう遊べるようになった息子と
もう遊べなくなった自分に
微笑ましさと寂しさを感じる
いつの間に大きくなったんだろう
〜ジャングルジム〜#8