『カラフル』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
雨上がり東の空に7色に彩られた虹が掛かった
この瞬間を閉じ込めたいと、スマホを取り出す
ホームセンターの花売り場はいつ行ってもたくさん並んでいて楽しい そして今は大小のカラフルな花々でいっぱい… 初夏からの花は色が濃くて元気がでる! ミツバチも喜んでる! ハーブ系も素敵だな… さあどれにしよう…
ポポヤ
私にとっての赤は
あなたにとっては、私にとっての赤と
全く同じものなのでしょうか
私にとっての青を
あなたは赤と小さいときから呼んでいるおかげで
私たちは何も気づかず
同じものを赤と呼んでいるだけで
またこれは逆の場合でも
私にとっての赤はあなたにとっての青であって
もし私たちの視界を
俯瞰で両方とも
本当に正しい、目、のようなもので
見てみたとしたら
なんてカラフルに見えるのでしょうか
『カラフル』
「書く習慣っていうアプリやってる人おいで!!!!」
というオプチャの管理人です。
最近全然できてなかったです…すみません
ちょくちょくかけたらいいなと思っております。
自分のためにね。
譬えば貴方の肌の色はこうですから、貴方にはこれが似合いませんよ等と宣われるとしましょう。
そんなことを言われましても、と眉を下げつつ、はぁそうですかと応えます。
意地の悪い人間は顔を見ればわかります。
此奴のはなしを聞く必要は無いなと、第一印象で判断できます。
色のせいでしょうか。
私には生来、好きな色のはなしがわからずいました。
色など光の問題です。
そこに好き嫌いを見出せるほど、私の感性は鋭くなかったのです。
青とか赤とか緑とか、無難な声でやり過ごして、本当に好きな色って何かしらと思いましても、やはりわからないのです。
好きな色の画用紙を選んでください、という言葉がいまも鮮明です。
色とりどりの画用紙が、壁に貼り付けられていきます。
私は紫を選びました。
カラフルな壁になりました。それ以下でもそれ以上でもないでしょうに、みんなで手を叩きました。
色彩は実に奥が深い、それゆえに好きも嫌いもわからないのです。
ただ、あのカラフルな平面が、私の夢に出てくるのです。
『カラフル』
推しの服はいつもカラフルで、柄が楽しくて、見てて楽しい。インスタやXで見るたび「派手!」と思うけどそこに込められた意味を知ると嬉しくなる。
服も合わせて推しにはいつも元気を貰うから、いつまでも元気でカラフルな服を着てて下さい。
END
「カラフル」
川の記憶を歩くものたち
春の終わり、まだ朝の冷たさがわずかに残る舗道を、二羽のカモがゆっくりと歩いていた。水の匂いをまとった羽は、都会の乾いた空気の中でどこか場違いにも見える。それでも彼らは迷う様子もなく、確かな足取りで進んでいた。
このあたりには、細く短い川が流れている。かつてはもっと広く、もっと深く、空を映していたという話を、近くに住む老人がしていた。今では護岸に囲まれ、流れも穏やかすぎるほど穏やかだが、それでも水は絶えず、どこかへ向かっている。
二羽はその川から上がってきたばかりだった。片方が立ち止まり、首を伸ばして周囲を見渡す。もう一羽は少し遅れて歩みを止め、その背中に寄り添うように並んだ。言葉はなくとも、互いの存在を確かめるような静かな間がそこにあった。
車の音が遠くで響く。人の気配もある。だが二羽は慌てない。ここが危険でないことを、すでに知っているかのようだった。あるいは、危険であっても歩くしかないと、知っているのかもしれない。
ふと、風が吹いた。川の方から湿った空気が流れ込み、アスファルトの匂いをやわらかく包む。その瞬間、二羽の体がわずかに揺れ、同時にまた歩き出した。
彼らはどこへ向かっているのだろうか。餌場か、それとも休める場所か。あるいはただ、流れに導かれるままに歩いているだけなのかもしれない。
しかしその姿には、不思議な確かさがあった。失われた川の記憶を、身体のどこかに刻み込まれているかのように、彼らは迷わない。
やがて二羽は舗道の端へとたどり着き、小さな段差を越えて再び水の方へと向かっていった。コンクリートに囲まれたその流れは、昔の面影をほとんど残してはいない。それでも、水は水として、彼らを迎え入れる。
その後ろ姿は、どこか懐かしい風景の断片のようだった。人が忘れてしまったものを、ただ静かに運び続ける存在。
二羽のカモは、今日もまた、川の記憶を歩いている。
色から色々と、感じとる!
みんな 違ってみんな良い!
カラフル
溢れるほどの色で彩られたこの世界に、新たな色を付け足そう。
「カラフル」
鮮やかだったあの頃は
引き算も答えも知らなかった
カラフル
ゴールデンウィーク初日
ホームセンターの店先は
街の花畑と化す
すきまなく並べられた花苗
カラフルな
自然の色
同じ黄色い花でも
種類が違うと
全く違うと感じるのは
なぜなんだろう
見つめていると
色はさまざまに分かれる
今日はささやかに買おう
帰って植え込む作業が
待っている
目の前に広がるモノクロの世界。
この世界は、すごく塗りがいがありそうだ。
パレットに絵の具を出し、絵筆で絵の具を付け、世界に色を塗っていく。
だんだんと私色に染まっていく世界を見て、胸が高まる。
でも、一つ気をつけないといけない。
世界が色を気に入らなければ、世界ごと消えてしまう。
今までも私が塗った色が気に入られず、世界は消えていった。
さて、今回はどうかな?
色鮮やかでカラフルになった私色の世界。
だが、少しずつ色が溶けていき、世界は消えていってしまった。
どうやら、この世界も私が塗った色が気に入らなかったようだ。
絵の具セットを鞄に入れ、旅立つ準備をする。
私の色を気に入ってくれる世界はあるのだろうか?
何度か色を変えようと考えたが、やっぱり私は今の色がいい。
諦めず、次も私色に塗っていこう。
鞄の紐をギュッと握り締め、次の世界へと向かった。
『カラフル』
カラフルって…その言葉だけで、弾けるような、まさに色とりどりっていう感じがあってワクワクするなあ。
私実は、絵を描くのが大好きだ。そして特に好きなのが、色塗り。色というもの自体、とても好きというか…絵に色を乗せていくとき、生命が宿っていくような感じがすごくして、とても良い… (色を乗せるっていう表現も、なんだかいいな…)
そういえば…つい最近、虹が出ていた。それを見て、バリバリの文系のくせに「わあ光の屈折!!」とか思う自分がいて、えっ?と自分自身に驚いたが…素直にとても綺麗で心惹かれる。…虹を嫌悪する人ってあまりいないように思うけれど、何故だろう。日常生活…自然の中で、あれほど綺麗に多様な色が集まっていることは、あまりないからだろうか。けれど何故みんながみんな、綺麗だと思うのかな。
それにしても、色というのは全体で見ると、いいイメージをもたれていることが多いような気がする。それが色ごとに分かれると、この色は好き、この色はまあまあ…などが生まれてきているように見える。しかしその、色に対する好き嫌いもどこかこう、色自体というよりは「この色を持つものの共通点」からきているような気が…しなくもないな。いうなれば、「もののイメージ→色のイメージ」といったところだろうか。
それでいて、自分が絵を描いたり、デザインしたりするのが好きな以上、「色のイメージ→もののイメージ」に繋げることはとても多い。けれどそれはなんとなく後付のような気もする。例えば…(私は知識がないので憶測でしかないが)赤信号と青信号のもつ意味合いが最初から逆であったなら…止まれの標識が青ばかりだったら……私達の、青色と赤色の認識は逆転していたのかな…?などと考えてみたり。あとは、元々は別に好きでもなかったけれど、推しのカラーがこれだから好きになった…だとか。色の持つイメージというのは、意外と簡単に変わってしまうのかもしれない。
あと面白いのは、人のイメージに色があること!
〇〇さんは桃色っぽいイメージだよね、みたいなことができるのが、すごいと思う。それが共通認識として伝わるのも。
そういえば、色に関してよく考えていたことがある。
これは言葉で表すのが難しいのだが…
例えば私が今見ている青色は、友だちにとっては赤色かもしれない…というもの。
おそらく科学的にはありえないのだろうけれど、もし本当にそうであったとしても気がつける自信がないな、と思ったのだ。実際、人によって見える色の範囲は多少違うらしいが(四色型色覚、と言われるような人もいるくらいだし)他人の見ている世界なんてわからないもの。
しかし、たぶん見えている色は同じだろうけれど……人がそれぞれに見ている世界は、知らず知らずのうちに全く違ったものになっているのではないかなと思う。同じ景色を見ても感じ方が違うように、視点や感性などなど…はみんな全然違う。共通認識というものはあれど、色に対するイメージだって人それぞれだ。
最近は、「人それぞれ」であることを許容するような雰囲気が一般化しているから、私はとても良いと思う。
物理的にも内面的にも、カラフルって楽しいものだから。
私は、みんなの、みんな自身の色を見つめていたい。
……いや、もうすでに私はこの場所で、みんなの色を目の当たりにしていたのかもしれないな。
文章という形で!
(六)
雨が止んで、光がさすと
景色に色が戻る。
自分の気持ちにも色が戻る
ピスタチオの殻を食べた…
やはり堅かった…
内容量は800グラム…
すべて殻から外し計量した…
殻は408グラム…
食べた殻1つを除いても…
ピスタチオとパンプキンシードを煎り
ハチミツと伯方の焼塩とからめて
香ばしく焼いてみた…
う~ん…美味し……!!(笑)
今日は初めてのテニス誘いのお出かけ…
焼塩ハニーシードが連休にもたらす事とは…?
多量の殻を前にして…
良い連休のスタートかも……(笑)
今夜は冷凍ズッキーニでラタトゥイユでも…
殻をフル(カラフル)
で食べれば800グラムを眼の前にして…
連休スタートです🍀(笑)
……
3日遅れの便りを乗せて
船は行く行くハブ港
アンコ便りは…
アンコ便りは…
あぁんあんああぁ…
片便り……
アンコ椿は恋の花 都はるみ
カラフル
森絵都さんの本を読んだことがある
上手く子供が表現されていたのを覚えている
素敵な本。
【カラフル】
一人でいると黒白の世界も君がいればあなたがいればカラフルになる
そんな綺麗事言っちゃってって思った?
でもね、部屋にずっと引きこもってると本当に世界が黒白になっていくんだよ
何も面白いと思わないし、これのどこがいいの?って思っちゃってつまらなくなっちゃう
みんなは外で楽しそうなのに自分は黒く染まってく
黒白の世界もやがて黒に染まってゆく
それなら誰かと一緒に外でてみよ?
きっと世界が変わるから
明日の色が わからないのは
どんな色も 似合うからだと思う
でも透き通る日々に 色をつけるなら
初めての色は 君の青がいい
君の青が、僕の明日を
染めることを願う
カラフルと聞いて、最初に浮かべた
大好きな作曲さんの歌
母の日用に
見ていたカーネーション
現在は
単色だけでなく
カラフル~~
凄い染色技術
虹色もあった
綺麗✨
しかし
あれこれ
迷ったあげく
まったく違う
野菜○○○になった
また来年
悩んでみよう🤭
✨743✨カラフル
カラフル
雨上がりの街角に
小さな光が跳ねる
赤は情熱 青は静けさ
黄色は笑い声の記憶
白い息が混ざり合い
誰かの夢が透けて見える
色は心の温度
触れれば 世界が少し優しくなる
灰色の朝も 黒い夜も
ほんの一滴の色で変わる
カラフルとは 生きること
悲しみも 喜びも 同じ絵の具
だから私は今日も描く
まだ見ぬ明日を 虹の筆で。
眞白あげは
「逆転スペクトル」や「逆転クオリア」と呼ばれる思考実験がある。
なんのことかというと、同じ赤いトマトを見たとして、目に入る光や脳の処理までは客観的に観測できそうですが、それを感じる意識、再現して知覚する部分においては、それぞれパーソナルな感じ方なので、同じ赤ではないかもしれないということ。あなたの「赤」と、私の「赤」は同じとは限らない。人によっては青く感じていて、それを赤と表現しているかもしれない、ということです。
誰だよ、こんなこと考えたの!
そして、ある朝のことです。
目を開けた瞬間、世界が壊れていた。
カラフルだ!
チカチカする!
天井は黒いし、赤いパジャマは青く見え、目覚まし時計は黄色い。カーテンから差す光はいつもより緑。水道の水はよくわからない色、ご飯の色に至っては!
なんとか外に出てみると、見慣れたはずのものが全く違って見える。
そして……、他の人は普通にしているようだ。俺だけか、俺だけ何かが変わってしまったのか……。
ビックリしてるだけでは始まらない。
医者に行っても上手く伝えられない。
仕事もしなくちゃならないし、色が変でもごはんは食べなくてはならない。
ただこの現象、いつのまにか慣れてしまった。
今では、みんなが赤だという色は私も赤と呼んでいるが、頭の中では青い。そしてそれを暖かい色として感じている。
あなただって、赤と言っておきながら頭ん中で何色を感じているやら。