『カラフル』
カラフルって…その言葉だけで、弾けるような、まさに色とりどりっていう感じがあってワクワクするなあ。
私実は、絵を描くのが大好きだ。そして特に好きなのが、色塗り。色というもの自体、とても好きというか…絵に色を乗せていくとき、生命が宿っていくような感じがすごくして、とても良い… (色を乗せるっていう表現も、なんだかいいな…)
そういえば…つい最近、虹が出ていた。それを見て、バリバリの文系のくせに「わあ光の屈折!!」とか思う自分がいて、えっ?と自分自身に驚いたが…素直にとても綺麗で心惹かれる。…虹を嫌悪する人ってあまりいないように思うけれど、何故だろう。日常生活…自然の中で、あれほど綺麗に多様な色が集まっていることは、あまりないからだろうか。けれど何故みんながみんな、綺麗だと思うのかな。
それにしても、色というのは全体で見ると、いいイメージをもたれていることが多いような気がする。それが色ごとに分かれると、この色は好き、この色はまあまあ…などが生まれてきているように見える。しかしその、色に対する好き嫌いもどこかこう、色自体というよりは「この色を持つものの共通点」からきているような気が…しなくもないな。いうなれば、「もののイメージ→色のイメージ」といったところだろうか。
それでいて、自分が絵を描いたり、デザインしたりするのが好きな以上、「色のイメージ→もののイメージ」に繋げることはとても多い。けれどそれはなんとなく後付のような気もする。例えば…(私は知識がないので憶測でしかないが)赤信号と青信号のもつ意味合いが最初から逆であったなら…止まれの標識が青ばかりだったら……私達の、青色と赤色の認識は逆転していたのかな…?などと考えてみたり。あとは、元々は別に好きでもなかったけれど、推しのカラーがこれだから好きになった…だとか。色の持つイメージというのは、意外と簡単に変わってしまうのかもしれない。
あと面白いのは、人のイメージに色があること!
〇〇さんは桃色っぽいイメージだよね、みたいなことができるのが、すごいと思う。それが共通認識として伝わるのも。
そういえば、色に関してよく考えていたことがある。
これは言葉で表すのが難しいのだが…
例えば私が今見ている青色は、友だちにとっては赤色かもしれない…というもの。
おそらく科学的にはありえないのだろうけれど、もし本当にそうであったとしても気がつける自信がないな、と思ったのだ。実際、人によって見える色の範囲は多少違うらしいが(四色型色覚、と言われるような人もいるくらいだし)他人の見ている世界なんてわからないもの。
しかし、たぶん見えている色は同じだろうけれど……人がそれぞれに見ている世界は、知らず知らずのうちに全く違ったものになっているのではないかなと思う。同じ景色を見ても感じ方が違うように、視点や感性などなど…はみんな全然違う。共通認識というものはあれど、色に対するイメージだって人それぞれだ。
最近は、「人それぞれ」であることを許容するような雰囲気が一般化しているから、私はとても良いと思う。
物理的にも内面的にも、カラフルって楽しいものだから。
私は、みんなの、みんな自身の色を見つめていたい。
……いや、もうすでに私はこの場所で、みんなの色を目の当たりにしていたのかもしれないな。
文章という形で!
(六)
5/1/2026, 10:37:03 PM