『もしも未来を見れるなら』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
もし、未来が生きづらすぎる世界で
私にとって悲しすぎる
苦しすぎる未来なら
きっと僕/私は
ここで生涯を終えるでしょう
【もし未来が見れるなら】
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私にとっては生きづらいせかいだなあ、
「はあ疲れた」
"何もしてないだろ''
「生きてるだけで疲れる」
"なんでそんな事言うの''
「人間なんだから息をしてるだけで体力は使うよ」
キレられました。
素直に言えばこうなるし
言わなければ言っていいんだよって言われるし
【都合の悪さ】
未来視とか千里眼とか昔の僕は憧れた。
今はもう憧れないのか?と聞かれたら嘘になるけれど、そこまでこの世界は物騒じゃないだからこそ、あまり必要に感じない。
ただ学校に通って、本を読んでゲームして寝る。この日常が僕でいつもだ。だからこそこの日常が続くと信じてる僕は未来視とか必要ない。
たしかにロマンは感じるさ、僕だって現役高校生だし心に厨二病を飼ってるタイプの人間だ。だが、能力を持ったところで何になる?強さ?知力?それこそファンタジーだろうし、いらないものだろう。
未来なんて見えないほうがいいんだ。
目の前の絶望知っていながら救えない苦しみも。
信頼してたのに裏切られると知っていても…
確定した未来の景色なんて本来見えないままで良いんだよ…
ハハッ…君たちが未来を見えるようになったらどうするかい?
楽しむかい?喜ぶかい?それとも、僕と同じように…
絶望するかい?
[もしも未来を見れるなら]
覗いた未来にまだ私が生きているとしたら、私のいない場所だけを覗いてみたい。そして、世の中がどんな風に進化しているのかを知りたい。自然は残っているのか、人間は優しいか、AIに支配されてはいないか…そんな事を見てみたい。
私がどうなっているのかという事は、見たいようだけど見たくない。未来が望む姿であろうがなかろうが、ネタバレ後の人生なんてつまらないし、人生の岐路らしき場面に立たされたとしても結末が分かってしまえば悩む価値もなさそうだ。
覗いた未来にまだ私が生きているとしたら、私のいない場所だけを覗いてみたい。
もしも未来を見れるなら
もしも未来を見れるなら、私は貴方の未来を見たい。
貴方がどんな風になっているのか。
幸せにしているのか。
隣にいるのは誰なのか。
私かな?
違う人かな?
できれは私がいいな。
貴方を幸せにするのは私がいい。
私は、貴方がいれば幸せだから。
貴方は?
もしも未来を見れるなら、どんな未来が見てみたい?
了
未来は見たくない。見なくたって、最後は絶対に死ぬと、(誰もが)分かっているのだから。
『ワンピース』では、冥王レイリーと初めて会った時、ウソップが「じゃあ、ワンピースの事も知ってるんじゃ」なんて質問をしようとして、ルフィに激怒された。
先が分かってしまった冒険は、もう冒険ではなくなるからだ。
ゴヤの絵に『我が子を食らうサトゥルヌス』というのがある。
これはギリシャ神話で「貴方は子に殺されるだろう」なんて予言を信じて、次々に子を食べてしまう姿を描いているのである。おぞましい。
神話にはこのパターンがあって、結局は父と息子が殺し合いする羽目になってしまうのだが、
そもそも、そんな予言さえ聞かなければ悲劇は起きなかったかも知れないのだ。
『アルスラーン戦記』では、これの少し違うパターンだったが、やはり予言を信じたばかりに、名君の誉れ高いはずの王が愚行を選んでしまう。
未来なんて知っても、あまり得はないような気がする。
私自身は、パラレルワールドな世界観を持っているので、今、もしも未来を見てしまったとしても、
その後の生き方次第で未来は変わるだろうと予想してしまう、と思う。
だから、未来を見てもあまり思い悩まない筈だ。
仮に素晴らしい、栄光の未来を見たとしても、絶対にそうなるなんて保証は何処にもない。気が緩んでダメになるパターンもあるだろうし。(物語の鉄則だろう)
60歳も近いから、その辺はむしろリアルだ。暴飲暴食とまで行かなくとも、美味いものばかり食べ続けるだけで、肥り、体調は崩れるのではなだろうか?
本当の未来が見えてしまった時、
その人の人生はもう、そこで終わってしまっているのかも知れない。
『万華鏡』
時間に色をつけていく 極彩色 メロウとイエロウが同居する 一秒先と何万光年 指でつなげて 取り混ぜる じっとそれを見ていたい 両親に肩を叩かれたことも忘れて もうそこに誰もいないことも知らないで
未来のわたしは
きっと
今とは
全然違うことで
悩んでいると思う。
今日のわたしの
この悩みなんて
今は
とても大きく
重要に感じても
未来からすれば
そんなことあった?
程度でしかない。
未来を見て
このモヤモヤは
多分
解決しない。
じゃあ
今日のわたしが
いっぱい悩んで
時にほっといて
試行錯誤して
やり過ごしていく
しかないんだろうな。
未来を見る
より
今と向き合って
いけたらいいな。
#もしも未来を見れるなら
もしも未来を見れるなら
灰色の空。灰色の街。灰色の世界。
今日も視界は灰色に染まっている。わたしはやっと手に入れた今日の分のパンを持って、岩陰に戻ってきた。
「起きてる?」
人が二人入ればいっぱいになってしまう小さな隙間に、少年が寝ている。身体は痩せ細り、生気は薄い。かくいうわたしも似たものだ。わたしが傍に座ると、目を開けて起き上がった。
「おはよう。はい、ご飯」
「……パンじゃん」
細かい。
少年は灰色のパンを受け取ると、一口齧った。それを尻目に、わたしも自分の分を食べ始める。
世界が灰色に染まってから、既に一年が経った。もともと搾取と嘘に塗れてあんまり好きな世界じゃなかったけれど、それでも今よりはずっとマシだったらしい。だからわたしと彼は灰色になった世界を元に戻すために、こうして旅をしている。ろくに食べ物もない中。
少年は小さなパンを食べ終わると、わたしをじっと見つめ、唇に手を伸ばしてきた。
「……何」
「パン屑ついてる。勿体ない」
指先のパン屑をぺろっとなめ取る。
「……ありがと」
「今日は、どこまで行く?西?東?」
少年の問いに、わたしは少し考えた。どこまで行きたいんだろう、わたしは。思考の末に、ぽつっと零した。
「……未来を、見たい」
こんな右も左も灰色の、絶望だらけの世界じゃなくて。
どうしてそんなことを言ったのか、わたしにもよく分からないけれど。
「俺も」
少年は笑って頷いた。だから、今日のところはそれでいいと思った。
お題『もしも未来を見れるなら』
「ねぇ、もしも未来が見えたらどうする?」
小学校の時、幼馴染からそんなことを唐突に聞かれたことを思い出す。その頃の俺は適当に「大金持ちになる」とか答えたっけ。
あれから二十年が経ち、今の俺は金持ちからは程遠い場所にいる。家賃四万円のせまい古いアパートで暮らし、専門学校を卒業してもやりたいことがなかった俺は、そのままコンビニでアルバイトをしている。
決まったことだけをこなす平和な日々に最近、イレギュラーなことが起きているようだ。
俺は最近、数分先の未来が見えるようになった。理由は分からない。ある日突然見えるようになったのだ。
最初は、となりの部屋に住んでるカップルが喧嘩して彼女の方が出ていく映像だった。それが起きたからといって、俺の人生に関わりはないから心底どうでもよかった。
それから客がコンビニで買ったコーラを開けたら炭酸が吹き出して流れるとか、客がコンビニから出た後、雨に振られるとか、俺に関わりがない奴等の未来が見えるようになった。だから、見えても放置してきた。
ある日、夜勤へ向かう途中、横断歩道の前で俺は子供がトラックにはねられる未来を見てしまった。
俺は足を止める。
(もしも未来が見えたらどうする?)
その問いに俺は気恥ずかしくて本音とは違うことを言ったんだ。となりのクラスの幼馴染は、当時いじめられててそのまま不登校になってしまった。しばらくして、遠くに引っ越したあとどうなってるか知らない。
俺は優しくてバカなあいつが好きで、本当は守りたかった。でも、いじめてる奴がカリスマ性があって家が金持ちで頭もよくて、逆らったら俺がいじめのターゲットになりそうだったから目をそらしたんだ。
あいつは、俺に助けて欲しかったんだ。
横断歩道に子供の姿が見える。それから、猛スピードでつっこんでくるトラックも見えてきた。俺は、その場から走って子供に手を伸ばす。
あいつが俺の前からいなくなって、目標もなく生きてきたんだ。最期くらい、誰かを守って死ぬくらいは許されるだろう。
俺のこの未来予知能力は、誰かを守るためにもたらされた能力だと子供の上に覆いかぶさり、トラックが発する眩しい光に照らされながら気付いた。
未来が見えるようになる手術が開発されたらしい。視覚的になのか、イメージとして見られるようになるのかは定かでは無いが。世間はもう、将来のことを考える憂いから人間は解放されるのだと浮き足立っている。
「へえ、なるほど。そいつはなかなか興味深い話だ」
男はクルクルとペンを指先で弄びながら言った。言葉とは裏腹に、実に無関心な風に。私は少しムッとなり、少し意地の悪いことを聞いてみることにした。半分は意趣返しのつもりだったが、もう半分は純粋な興味からくるものだった。何せ、私は件の手術を考案したメンバーの一人だからである。
「では、人間は未来の次に何を求めるようになると思う?」
「未来を知らなくて済むようになる手術」
もしも未来を見れるなら
子供の頃に、誕生日会をしたことがある。家に友達を招いて食事したりテレビゲームをしたり。7,8人だったと思う。
誕生日なので、みんなプレゼントを用意してきてくれた。当時はミニ四駆というものが流行っていたので、種類は違ったが、3人がミニ四駆だった。
僕は嫌な顔ひとつせずに、用意していた笑顔とありがとうを返した。
用意していた、というのは、実は3人のうちのひとりに、事前に中身を知らされていたからだ。
僕同様に、彼らも初めての誕生日会のプレゼントだった。何を贈ればいいか話合ったらしい。ただ、話し合ったところで結局は田舎の子供だ。アイデアのバリエーションは乏しい。実際、ミニ四駆の他は、全てプラモデルだった。
知らせてくれた彼は、おそらく気を遣ったのだろう。僕が同じプレゼントを見て、残念がる顔をみんなに見せないようにと。
彼の気遣いに応えねばならないし、プレゼントは似たようなものばっかりだったし。誕生日会は疲れるな、と思い、以降は家族だけで過ごすようになった。
もしもプレゼント箱の中身がいつもわかってしまったら、もう絶望しかない。どう反応しようかそれを考えるだけで頭痛がする。
それに物が欲しいわけじゃない。大人になると、贈ってくれたという事実が1番大事に思える。
本当にそう思う。
改めて考えると、結婚して子供も大きくなった今、見たい未来なんてそうはないことに気付いた。
とゆーか、無理に見に行かんでも、そのうちやってくるのを待てる。
強いて挙げるとすれば、自分がもういなくなったずっと先の未来だろうか。
文明が驚くほど発展して車が空を飛んでいたり、反対に核戦争が起きてフォールアウトのような世界が広がっていたり。
いずれにせよ、インパクトのある光景が見られるような気がする。
…あ、いや、嘘だった。
少し先の未来に行って、見たいものがあった。
自分が持っている銘柄の株価がどうなっているか。
…いや、嘘だった。
どの株が値上がりしているかを知れば、それで儲けることが出来る。
バック・トゥ・ザ・フューチャーのビフ並みの悪巧み。
知らない方が良かったって未来もあるだろう。
案外自分が早死にしてるとか、大切な存在を失くしてるとか。
その時まで知らないままでいたい。
例えば10年後でも、もう飼い猫はいなくなっているかもしれない。
それだけでなく、家族の誰かが欠けていたら?
そこまでの10年間を、冷静に過ごせる自信がない。
未来なんて見れなくていい、どうせこの先向かっていくから。
過去なんて戻れなくていい、どうせ一度は通った道だから。
悪巧みを除けば、そんなところか。
人間はきっと、今を生きるので精一杯。
そこに過去や未来の情報が入ってきたら、オーバーフローしそうな気がする。
マーティーはよく頑張った。
最近、VRゲームが楽しくて日々やっているんだが、いつの日かこの機器にタイムリープ機能を付けて、これを装着したら過去や未来が垣間見えるみたいな時代が来るかもしれないな。
そしたら、これを作った企業はかなり儲かるに違いない。
今から、その会社の株を大量に買い込んでおけば…。
いつか来る未来のために、やっぱり今を頑張らないとね。
未来の私を見たら、今の私は失望するかもしれない。
「何してるの、こんははずじゃないでしょ」
「情けないね、やりたいことできてないじゃん」
「馬鹿みたい」
このまま行くとそう言われる気がする。
そう分かってるのに変えられない。
今が人生の分岐点だ。
どうしたいのか、一枚の紙に希望を書いたり面談でどう話すか、親にやりたいことを打ち明けるかでこれからの私の人生は大きく変わる。
正直、未来を考えるのは怖い。
幸せなのか、不幸なのか、後悔してるのか、満足してるのか、分からない。
私はこれから楽な道に逃げるのか、それとも勇気を出してちゃんと夢を追うのか。
分からない。
だから私が未来を見れるとしたら、いろんな未来をみたい。
こんな仕事に就いた私。
あんな仕事に就いた私。
全てのパターンを見て決めたい。
まぁそんな都合のいいことがあるわけないけどね。
自分の未来は自分しか変えられないのも分かってるし。
あぁ、人生嫌なことも考えないと行けないだなんて、酷いな。
でもそんなもんか
”もしも未来を見れるなら“
もしも未来を見れるなら
僕は誰の未来が見たいかな?
僕の未来?怖くて無理かも
やっぱり君の未来を
少しだけ覗き見してみたい
近い未来じゃなくて
ちょっと遠くの未来が良いな
今はまだ“結婚してほしい”とは
言えてないけど
もう少しだけ待っててね
急いで準備するからね
君を幸せにする為の準備
もしも未来を見れるなら
ちょっと覗き見させてね
君が笑顔でいられているか?
僕は君を幸せにしているか?
確認するから
そして
大切な君を守れる男になる為に
今のうちにちゃんと
起動修正するからね
もしも未来を見れるなら
未来が見えるなら、最後の時をどんなふうに迎えているか見てみたいと。
ひとりぼっち?
家族に囲まれて?
あれをしておけばよかった、なんでしたい事をしないで生きて来たんだと後悔してる?
精一杯生きて来たと満足している?
どんな自分で最後の時を迎えていようと、それが自分の人生なんだと全てを受け入れ満足した自分であってほしい。
高次元存在から教わったこと 7
【日本人の役割】
地球人の中で、日本人の役割は愛を伝える役割を
持っているそうだ。
日本語自体、高次元存在からみて
愛にあふれて美しい言語のようだ。
確かに、日本語は世界でも稀な50音から
構成されている。
学者によっては53音あるとかの発表も
聞いたことがあるが・・・。
英語の26音とは比較にならないほど
多くの表現ができるのも日本語の特徴だと
言える。
日本語にはあらゆる愛が含まれているようだ。
自然を愛でる愛、人びとを愛でる愛、動物を
愛でる愛、あらゆる形の愛が言葉自体に
込められているという。
そのため多くの日本人が、英語や外国の言葉を話せ
ないことに大変大きな意味があるようだ。
また、私たちはこの日本という国の美しさと愛を守り、
愛を伝承させるために、多くの人たちが日本語しか
話せないという状況があるそうだ。
英語が話せないということに、とても大切な
意味があることを心にとめてくださいと高次元存在
からのご指導をいただいたことがある。
そして、日本人が持っている「全てを包み込む愛」を
世界に伝える役目が私たちにあるそうだ。
日本人の私たちが、「地球が愛で満たされるように」
「地球が愛に基づいた星になるように」と
祈られることで、地球が本当に愛に基づいた星に
なるという。
皆様、日本人として日本語を使える自体、
自信を持っていこう。そして、地球への祈りを
する時間を少しでも、作って見られたら
どうであろうか。
それが、地球を皆様の愛により、地球を救う
きっかけにもなりうるのだから。
もしも未来を見れるなら
私は未来を見たいと思ったことがない。自分の未来なんて不確定だからこそ生きていこうと思えるし、成し遂げたい夢も成功願望もないので未来の自分が大成していようがいまいが興味がない。そもそも未来の自分は今の自分にとっては他人だ。他人の人生を覗いて自分と同一視することを危懼する気持ちのほうが強い。
それでももし、目の前に天使か悪魔が現れて、未来を見せてやると言われたらどうだろう。もしも本当に未来を見れるなら、やはり見たくなるものなのだろうか。
仮に天使が現れたら、私は自分の死に様を見せてもらうかもしれない。若くして逝くのか、天寿を全うするのか。穏やかな死か、藻掻くような死か。ゴールの見えないマラソンのような苦しみは、死に様を知れば軽減されるだろうか。
しかし仮に悪魔が現れたら、私は死に様を見たいとは言わないと思う。悪い未来を見せられそうで怖いから。代わりに明日の天気とか、あるいは何百億年後の宇宙とか、そういう自分に無害な未来を覗き見て、とっとと悪魔が立ち去ってくれるのを待つだろう。
こうして考えてみても、ゴールを見たい気持ちはあれど、自分の歩む道には興味がないらしい。もしも未来を見れるなら生きる価値が失われてしまう。それが私の人生観なのだ。
もしも未来がみれるなら
録画機能もお願いします。
最近、忘れっぽいんです。
もしも未来が見れるなら
私はどんな女性になっているのでしょうか
彼に見合う女になっているでしょうか
彼はどんな女性と付き合っているのでしょうか
私だったらいいな なんて考える日々。
「もしも未来が見えるなら」
僕がもし未来なんて見てるなら
どんな僕が待っているのだろう
色んな想像が頭によぎる
未来なんてその時その時の
感情であっさり変わってしまうもの
今が幸せと思える人
今が辛いと思う人
見てみたい気持ちはある
けど僕は見なくても未来に進んでいる
初めから知ってるレールを走るより
僕のままに決めた道を歩いてきいたい
後悔も必ずある
失敗も必ずある
この世の中全てが上手くいってる人なんて
誰ひとり居ない
だから楽しい
だから
未来がとても輝いてる