『また会いましょう』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
また会いましょう
クラスの女の子たちと話すのも嫌いじゃない。
だけど、はしゃいだ空気にいるよりも、ひとりでひっそりお昼を食べたい時もある。
最近学校の園芸ハウスのそばにあるベンチがいつも空いてることに気が付いた。
お昼も空いてるに違いない、心を弾ませてぽかぽかとした陽気を浴びながら足を進める。
よかった、誰も座ってない。
緑の気配が強くなる。後ろからハウスに面するベンチに近付いて、正面に回ろうとして私は思わず声を漏らした。
「…えっ。」
猫のようなリラックス感を出して、ジャージ姿の生徒が寝ていた。
脚はベンチの反対側からはみ出してハイテクスニーカーが地面に着地している。
「……、」
先客なら仕方がない、そう後退りすると生徒の顔に置かれていた腕が上がって私を振り返った。
「あっ、ご、ごめんなさい。」
「…、んん…?いや…こっちこそ…どーぞ、座って。」
女の子だった。声の柔らかさに少し驚いていると彼女が起き上がり、焦茶に見えた髪が陽に当たってきらきらとキャラメルみたいに煌めいた。
「…いいの?」
彼女が同じ一年生かも分からなかったけど、何となく彼女に敬語を使うのは違うような気が既にして、そっと尋ねた。
「うん、座りたかったんでしょ。」
彼女は私の視線なんて気にしない様子でのんびりあくびをしてベンチの片側を空けた。
私はなんだが胸の辺りが高揚する感覚に気が付かないふりをしながらスカートが折れないようにベンチに腰を下ろす。
「…何年何組…ですか?」
「あぁ、一年四組だよ。」
「なんだ、よかった…私は一組。…なんていうの?なまえ。」
クラスでは自己紹介がある。座席表とか見て相手の名前を確認したりするけど、今は目の前の突然出会った本人しか確認する術がない。なんだか不思議だった。
「…ルイ。柊木類。」
「ルイ、かっこいい名前。私は花咲志織。」
「しおり。可憐だね。」
「ふふ、可憐って…初めて言われたかも。」
「うん。しっくり来る。髪が綺麗だし。」
「…そう?」
私は自分の黒髪に触れた。髪は丁寧に手入れしてる。彼女にとっての第一印象がこの髪なら、ケアをしてきた自分が報われたような気がした。
「しおり、お弁当食べにきたんでしょ。」
「あ…そう。ルイは?」
「あ〜…パンが売り切れちゃって。」
「じゃあお弁当分けてあげる。」
「え…いいの?」
「うん、お腹空くでしょ。おやつもあるし。」
「…ありがとう。」
私は二個あるおかずはひとつルイに分け与えた。箸を貸そうとするとルイは口を開けて答えて、私はその伏せられた睫毛にまた胸の奥が高揚するのを自覚しながら彼女の口におかずを運んだ。
「…んまい。」
「よかった。私が作ってるの。」
「え。すご。」
ルイは表情豊かな方ではなさそうだけど、とても素直に言葉を紡ぐ。
ふたりでお弁当を食べ終えると昼休憩の終わりが近づくのを知らせるチャイムが校舎から聞こえてきた。
「…戻るかぁ。」
「うん。」
校舎に戻り、一組の教室が先にやってきた。
「じゃあまた。」
「うん、またね。」
手を振って別れる。教室に入ればまた日常の空気が流れている。だけど私の胸の中はまだ柔らかく高揚感に満ちていた。
ルイも私も次の話はしなかったけど、私はまたあのベンチに行くし、ルイもまたあのベンチで寝ているに違いない。
ベランダに転がっている死体のものまねをした
まねしてみたが、あまりにも痛くてやめた
「また会いましょう」なんて、なんて虫がいいんだろう
落ち着いたら色んな話をしようって
言ってくれたのに
叶わない夢
→短編・貴方ならどうする?
歩いていたら、目の前に賞状が降ってきた。
「また会いま賞」
上手く言えてない感がハンパない。恐ろしく語感も字面も悪い。
達筆なところも、これまた妙に気に障る。
「類稀なる資質を貴方に見いだしました。よってここに表彰いたします。」
個人の感想で表彰状を作んな。しかも文面と再会を賞する意味も繋がらん。
そのまま通り過ぎようと思ったが、ふとある考えが浮かび、奇妙な賞状を道の端へと移動させた。
「すみませーん。それ、なぜ移動させようと思われましたか?」
数歩先でマイクを手にした男性とカメラに取り囲まれる。
「街角ドッキリの撮影中で、変な賞状にどう対処するかって企画なんです」
よくそんな企画が通ったなぁ、とは言えない。笑顔を顔を貼り付けて俺は言った。
「あ、そうなんですかぁ。移動させた理由は……――」
放送は1ヶ月後だと言う。俺の答えはその時にでも聞いてください。
また会いましょう。
テーマ; また会いましょう
小学校6年生の頃から何か止めどなく思うようになり、その年齢時点での考えを日付と共にノートに書き残すようになった。
ふと考えることがあり、見返してみたらそれなりにおもしろいことを書いていたため、小学生が考え事をするとどうなるか、気になる人は読んでいっていただければ…。
たぶん、公開したと当時の自分に知られれば、ボコスカ叩かれてキレられると思う。
題は『自然と人間』とのことだ。
どうぞ。(長いよ。心してかかれ。)
理科の勉強をしながら思った。
病気がある理由は、神様が人間をほかの動物と同じように、バランスをとろうとしたからではないか。しかし、人間は、だんだん知恵を得て、病気をなおせるようになった。そのため、人間が、病気によって死ぬことはなくなった。
長生きできるようになった人間は、自然をはかいしながらしんぽしていった。そのため、人間は、人間のあやまちで死ぬことになるだろう。
人間は、自然があるから、生きているということをわすれてはならない。
そこらへんにはえている草を、ばかにしてはならない。木は、まだたくさんあるとはおもってはならない。植物があるからこそ動物も人間も生きていけるのだ。自然のおかげで、水はきれいで、のむことができるのだ。
自然のおかげで酸素があり、息をすることができるのだ。
自然のおかげで、食べ物があるのだ。私たち人間が食べている動物も、植物を食べているのだ。
人間は、自然があるのは、ふつうだと思っている人が多い。私はちがうという人も、つい、考えてしまうものだ。これからさき、自然があるとはかぎらない。だからこそ、今から、自然をふやさなければならない。ところが問題は、一度自然としての機のうをなくしたところは、そうかんたんにはもとにもどらないということだ。このまま自然がへっていくと、とりかえしのつかないことになってしまうのだ。これからは、全世界の人々が、このことを考えなければならない。そして、じっこうすることがたいせつだ。
こんな言葉がある。
『一将功なりて万骨枯る』
意味は、功名を立てた者のかげには、そのためにぎせいとなった人が多くいるものだということだ。
人は、しんぽするため、いろいろなものをつくる。
だが、そのうらには、数多くの森林がぎせいとなった。だが、こんな言葉もある。
『雨だれ、石を穿つ』
微力なものでも、根気よく努力すればやがては成功するということだ。
一度、自然としての機のうをなくしたところをもどすのは、大変だ。しかし、すこしずつでもしていけばいつかは、もどるときがくるだろう。だから、人間は、自分たちがやったことは、自分たちのてでなおす義務があるのだ。
権利があるものには、義務がある。しかし、その義務を、ほおっておけば、あとは、悪いことばかりつづくものだ。人はいそいで、活動しはじめなければ、あとにのこるものは苦労だけだ。
『地球にいるからには、ひとりひとりがじかくをもつことが大切』
だそうだ。
ひらがなが多くて書くのが疲れた…。
この頃の私はまだマイルドだが、その後「人類は害でしかないから1人残らず滅亡すべき」という発想に飛躍していく。協和という考えはなくなってしまったようだ。
そんな私が病気になり、人の苦しみに目を向けるようになったのも、神様がバランスを取ろうとしたのかもしれない。
テーマは「また会いましょう」だったかな?
当時の自分に会ってきたという話でした。
《追記》
「この書き出しって…」と思い調べたら当たっていた。夏目漱石の「草枕」だ。
たぶん草枕に刺激されて書くようになったんだな。笑
駅前から少し離れた細い路地にその喫茶店はある。5段ほどの階段を降りると、『おひとり様に限ります』という貼り紙が入り口にある。扉を開けると芳しいコーヒーの香りとほのかな木の香りが出迎えてくれる。ブックカフェと言うのだろうか。入り口横と奥に大きな本棚があり、席と席の間の仕切りも背の低い本棚になっている。
席はゆったりとしたソファやかちっとした椅子、ハンモックなど自分の好みで選べる。他の人が視界に入らないような座席の向きになっている。
大小の観葉植物が配置されており、森の中で過ごしているような錯覚に陥る。
入り口で飲み物を注文し、窓際のお気に入りのソファを見つけ腰を下ろす。店主が淹れるコーヒーの音や他の客がカップをソーサーに戻す音などが聞こえる位の静かな空間だ。皆思い思いに一人の時間を過ごしている。
私はかばんから読みかけの本を取り出す。残り数十ページ、あと少しが電車で読み切れなかった。家に帰るまでの時間がもどかしくてこの喫茶店に来てしまった。本の世界に入り込み読了。ソファのサイドテーブルに注文したコーヒーが置かれている。店主がそっとおいてくれてのだろう。少し冷めたコーヒーを飲む。
本のカバーを外し、カバーの内側を見る。前に読んだ人の感想やお薦めの本などが書いてある。
本棚の本は店主が集めたものと、店の客が置いていった本が納められている。『持出禁止』と書かれていない本以外は自由に持って良いことになっている。
誰がはじめたか知らないが本のカバーの内側に感想を書きあう事が通例になっていた。
私も隙間を見つけて感想を書く。
『本編では語られなかった登場人物の生い立ちや生き様が描かれていて、一気に読んでしまいました。常に冷静な先生の若かりし頃の情熱的な有り様が新鮮であり、人間味を感じ、もっと好きになりました』
他の人の感想も読んでみる。前に読んだ本にもあった文字だ。見ず知らずの読友。先ほど書いた感想の後ろに一言付け足した。
『また会いましょう』
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お題:また会いましょう
テーマまた会いましょう
君と毎日かわす言葉
また会いましょう
私の1日は君の何日?
君とは時間の速度が違うから
君にとって私は何日後かの私?
だけど変わらずに私達は
また会いましょう
また会いましょう
君はそう言って僕の答えも聞かず去っていった。
ドラマのような冬や春の別れの季節の
ようなものでもなく。
ただ、ただ暑い夏の日だった
僕達はただの知り合い、それこそ同じ時間
同じ場所でたまにすれ違う通行人でしかなかった
でもあの日から嘘のように君とは会わなくなった
あの言葉は嘘だったんだろうか…
あの時、いやあの何回かのすれ違いの中で
「友達になりませんか?」
その一言で僕の中の感情に名前がつけられたかも
しれないのに。
また会いましょう
社交辞令か本心か見分けるのが難しい。
先月に母を亡くしてから生きている今を大切に
生きる事を誓った。
自分が生きている間に数えきれない人たちと出会うのは
間違いない。
一期一会、大切に生きる。
始めから、この心は嘘だったのかもしれない。昨日までのことを小さな額縁に納められた写真に見るような、アナウンスと共に閉じ行くドアに映るその目を知って、そう思えてしまった。その写真からも引き剥がされるように、音を立て、列車は動き始める。雲から染み出す青空に緑が広がるばかりで何も無い故郷を無感情に流し映す窓に、今までの景色が蘇る。ぽたりと、雫が足下に落ちる。思い出とともに飛び去っていく事無く、静かに、縋るように滴り落ちていた。
せっかく、向こうへ行けるというのに
何度もその言葉が木魂し、波紋を広げた。しかし、その裏を返して、またと、垂れ落ちる。
もう一度、貴方に会いたかった。
1年振りの再会をするにあたりこの1年の出来事をまとめる。1.身体の状況…
まいにち、会える人
たまに、会える人
会いたい時に、あえる人
いつも会えると、思っていた人
またねと、約束した人
しき折々、どこかで会えた人
よかったねと、言われたく会いたい人
うれしいときも、悲しい時も会いたい人
そんな、親子でありたい
また会いましょう
上級階級っぽい言葉だ。いや、普通の人でも使うのか?人付き合いがほとんどない底辺だからよくわからん。
しかし完全に風邪を引いたな。ここまでがっつり風邪になったのはいつ以来だろう。あんまり風邪引くほうじゃないんだけどな。
風邪引いてから三日目くらいか。治り始めてるような少し悪化したような感じでよくわからないな。
とはいえそこまで重くないし症状も喉に軽い痛みと鼻水がよく出るくらいだから薬は必要ないだろう。
もう若くないから治りが遅いけどそろそろ治るだろ。今はとにかく寝て体力回復しないと。
もう会えないかもしれないけれど、いつかまたご縁があればお会いしたい。
そう思っていた時に、「また会いましょう。」と、 心のどこかで期待していた言葉を発してくれて、私の胸は高鳴った。
さよならなんて言わないよ。
いつかまた会えるって信じてるから。
それじゃあ、「また会いましょう」
また会いましょう
そう言われる人間になりたい
良い人と思われなくちゃ
面白い人って思われなくちゃ
楽しい人って思われなくちゃ
そんなものにがんじがらめになって、結局私はいつもつまらない嘘をついたり、うまく言葉を出せなくなったりする
素直な自分を話せばいいのにね
結局、素直な自分自身というものに自信がない私
自分を嫌いな人間に「また会いたい」なんて思う人はいないよね
また会いましょう
このお題ってちょうど1年前と同じお題になってるの??
昨日(11/13)にまた彼氏に振られて、いややって引き留めて、DVの一歩手前みたいなことされてでも別れたくなくて。何時間もかけてやっと引き止まってくれた。だいすきって言ってくれた。けどまたすぐ振られるんだろうなあ。別れたほうがいいことくらいわかってる。なんで別れられないんだろう。
'また会いましょう'なんていう勇気、私にはまだまだないみたい。
また会いましょう
一度離れた相手との
再会ってなかなか叶うものではないよね…。
今つながっているからこそのナンボ!
だからまた会える人のことを
本当に大事にしたらいいんだと思う!
しかも、いい口実に聞こえる敬語感…。
なんで分析してるんだろ?
友人とはぐれた。なんてこった。僕は登山初心者だし、友人に道案内を任せていたから、地図もない。携帯も圏外だ。おかしいな、普通に繋がるって聞いていたのに。ずいぶんと外れに来てしまったのだろうか。
道はあるけれど、看板がない。迷ったら下れという知識から、下る道を選ぶけれど、すぐにまた上ってしまう。同じところをぐるぐる回っている気さえする。
上って下って、平坦な道に差し掛かる。先を見た。
「!」
誰か、いた。動きが止まり、息も止まる。踊り損ねたような格好で、僕は静止した。目を逸らせず、じっとみた。
若い女性だ。黒髪が背中まで伸びていて、白いワンピースを着ている。山の中だというのに、ナップザックと登山靴を身につけていない。それどころか、何の荷物もなく、裸足だった。
今までは、人っ子一人いなかった。だから、突如現れたその女性が、ひどく不気味に感じた。格好といい、あまりに幽霊然とし過ぎている。
幽霊然とし過ぎているから、人間なのだろう。こんな創作じみた幽霊が本当にいるわけがない。なんだか、気分が良くなってきた。
「迷ってるんです。」
自ら話しかけた。女性は、ぼんやりと笑った。
「それなら、ここを上るといいですよ。てっぺんに辿り着けます。みんな、待っていますよ。」
女性は、白い腕を斜め上に突き出した。指差す先には、長い階段があった。こんなのあったのか。気づかなかった。
「ありがとうございます。」
礼を言って、階段の一段目に足を掛ける。二段目、三段目、再び女性の声がした。
「また会いましょう。」
声の方を振り返ったが、すでに女性の姿はなかった。てっぺんへ続く別の道もあるのかな。
見上げてみると、階段はすごく長い。でも、てっぺんに辿り着きたい。なぜか頭がふわふわして、とても幸せなんだ。階段も苦じゃない。足が羽根のようで、さっきまでの痛みが嘘のようだ。
登山禁止の期間だけど、僕たちは悪くなかったんだな。だって、てっぺんでみんな、待ってるんだろ。
いつもと雰囲気を変えた髪型。今日は、なにか特別な日だ。中学生になって初めて友達の家に遊びに行く。
あーもーなんてグチグチ言いながら己の癖毛に腹を立てている。簡単だと銘打たれたヘアアレンジを試してみるも、くせ毛が邪魔をして全く上手くいかない。
「ねぇママ、上手くできてるー?!」
「知らん」
昨日から練習しとけばよかった。電車を使って遊ぶのも初めてなもので、全く不安で不安で仕方がない。昨日は服しか決めなかったし、服だってこれでいいのかずっと不安。大丈夫だよね?芋っぽくない?
「行ってきます」
「いってらっしゃーい」
妹の小学生らしい挨拶を背中に感じて、駅まで向かった。駅までなんで30分もかかるんだよ。走りたくても髪が崩れたらとか不安で走れないし…はぁ…大丈夫だよね?どうしよう、電車の進行方向間違えたらヤバい。詰む。
ガタンガタンと独特なリズムを鳴らしながら止まった電車を見て、よし、方向は間違っていないとひとつ安心した。
そして、友達の家に1番近いらしい駅まで来て、改札を抜けると友達を見つけた。
「あ、こっちこっち」
「合ってた〜!」
「急にどうしたん?」
「マジ不安やった」
………。
「今日マジ楽しかったわ」
「自分も!んじゃまたね」
「もち、ばいばーい」
帰りはちゃんと帰れるだろう。あー、楽しかった。また友達と遊ぼう。