友人とはぐれた。なんてこった。僕は登山初心者だし、友人に道案内を任せていたから、地図もない。携帯も圏外だ。おかしいな、普通に繋がるって聞いていたのに。ずいぶんと外れに来てしまったのだろうか。
道はあるけれど、看板がない。迷ったら下れという知識から、下る道を選ぶけれど、すぐにまた上ってしまう。同じところをぐるぐる回っている気さえする。
上って下って、平坦な道に差し掛かる。先を見た。
「!」
誰か、いた。動きが止まり、息も止まる。踊り損ねたような格好で、僕は静止した。目を逸らせず、じっとみた。
若い女性だ。黒髪が背中まで伸びていて、白いワンピースを着ている。山の中だというのに、ナップザックと登山靴を身につけていない。それどころか、何の荷物もなく、裸足だった。
今までは、人っ子一人いなかった。だから、突如現れたその女性が、ひどく不気味に感じた。格好といい、あまりに幽霊然とし過ぎている。
幽霊然とし過ぎているから、人間なのだろう。こんな創作じみた幽霊が本当にいるわけがない。なんだか、気分が良くなってきた。
「迷ってるんです。」
自ら話しかけた。女性は、ぼんやりと笑った。
「それなら、ここを上るといいですよ。てっぺんに辿り着けます。みんな、待っていますよ。」
女性は、白い腕を斜め上に突き出した。指差す先には、長い階段があった。こんなのあったのか。気づかなかった。
「ありがとうございます。」
礼を言って、階段の一段目に足を掛ける。二段目、三段目、再び女性の声がした。
「また会いましょう。」
声の方を振り返ったが、すでに女性の姿はなかった。てっぺんへ続く別の道もあるのかな。
見上げてみると、階段はすごく長い。でも、てっぺんに辿り着きたい。なぜか頭がふわふわして、とても幸せなんだ。階段も苦じゃない。足が羽根のようで、さっきまでの痛みが嘘のようだ。
登山禁止の期間だけど、僕たちは悪くなかったんだな。だって、てっぺんでみんな、待ってるんだろ。
11/14/2024, 12:10:39 AM