『ひなまつり』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
ひなまつり
3月3日 ひなまつり 娘が大喜びして母親と 雛人形を飾っていた。
私は スーパーやコンビニを回って
ひなあられを買う役目を仰せつかっている
目的のひなあられを買った
ピンクの袋に 白 緑 ピンクなどの
カラフルなあられが入ったそれは
娘も大好きだ。
自宅に戻ると 娘が手足をバタバタさせて
キャキャと笑っていた
いつの間にか 居間には7段飾りの
大きな雛壇が出来上がっていた。
私は、妻にひなあられを渡すと
雛壇を見つめた
目に焼き付く赤い色が豪華さと
煌びやかさを部屋に齎してくれる。
娘は小さな手でひなあられを鷲掴み
美味しそうに食べている。
私は目を細め 娘がこれからも元気に
健やかに育ってくれますようにと
雛人形達を見つめながら
心の中で静かにこれからの事を祈った
のだった。
『ひなまつり🎎』
毎年のことだが雛人形は3/3にだして
ご飯はちらし寿司ではない。
ひなあられも食べずに
今年のひなまつりは幕を閉じた。
大好きだ
居間に飾ったひな人形
ながめ呟く
答えはないが
〈ひなまつり〉
ひなまつり
数十年前は誕生日でもないのにお祝いされるのが嬉しくて歌を歌う女の子がいた。おっきな声で楽しそうに歌っている声を聞いていると年に1回数日の役目でも幸せな気持ちになった。この子の健康と成長を祈るのが私たちの役目だ。
それなのにここ数年は出番もなくて、ずっとじめっとした屋根裏部屋の奥に押しやられている。この家が建った時からいる古参だというのにもう忘れられてしまったのだろうか。
昨年あたりから着物の端を虫に食べられてしまってところどころに穴が空いてきている。
もうここには私たちを必要としている子はいないのだろう。
そろそろこの家にもいられなくなってしまった。出番がなければ私たちはただの人形になってしまう。昨年はこの湿った屋根裏の段ボール箱が再び開かれることを願って眠りについた。
今年はどうだろうか。もう一度外の空気が吸いたい。
3月3日
声がする。視界が明るい。
小さい女の子の歌声が部屋に広がっている。
どうやらもうしばらくはこの家にとどまれそうだ。
微かな桃の花の香りとともに私たちは目を覚ました。
ひな祭りには特に興味がない。ハマったパズルゲームにカラフルな金平糖が出てくるときにふと思い出すぐらい。
子どもの頃少しの間だけ存在していた「トラム」誌に雛人形をみていっときうっとりしていたことはある。今のクリエイティブブームでまだ人形を作れてないからどうなることやら。しかし心の何処かに引かれてしまう。雛人形にはもう興味ないけど。なんやろな。
三兄弟の我が家では
ひなまつりは
なんとなく過ぎていく日
実家から7段飾りの写真が今年も届く
3月3日はひなまつり。
女の子の幸せと健やかな成長を願ってお祝いする日。
いつもは仕事を休めたれけど
今回は休めなくて少し悲しそうな顔をさせてしまった。
「ママ〜保育園で作ってきた!!」
元気に私の元へ走ってくる。
娘の持ってるものを見ると
紙コップや箱で作ったお内裏様とお雛様
「すごい上手に作れたね!」
私も小さい頃作ったなと思いながら
「これもおうちで飾ろうね。
今日はパパの帰りも早いって」
なんて
娘と手を繋ぐ帰り道。
来年は家で過ごそうね。
─────『ひなまつり』
行事ごとに見向きもしなくなったのはいつからだろうか。
1DKの狭いマンションで、一段だけ、たった二体だけの人形を並べておままごとのようなことをしていたことは、薄ぼんやりとしている幼少期の記憶の中でも鮮明に思い描くことが出来る。
クラスメイトのものより小さなそれが少し不満で、それでも行事の度、箪笥の奥から子供にとっては大きなダンボールを引っ張り出してくれる母に、形容しがたいむず痒さを抱いていた。
忙しい日々の中で、いつからか見向きもしなくなったそのダンボール。十年以上の月日が経って久方ぶりに取り出されたそれは、埃を被ってなお色褪せない存在感を放っていた。
この子にもいつか「いらない」なんて言われる日が来るのだろうか。古臭い行事と人形だと呆れられるのかもしれない。自身のことを回想してみれば、わけも分からず飾っていた当時より、大人になった今の方がこの行事を心待ちにしているように思う。かつての母も、こんな気持ちだったのだろうか。
与えられた愛を受け継ぐように。彼女が大人になった時、この人形をささやかな思い出の品として慈しめる日が来ることを願って、そっと真新しいベビーベッドのそばに飾った。
『ひなまつり』
ひな祭りは約1000年前から始まったという。
子を思う親気持ちはいつの時代でも変わらない。
昔のひな祭りに参加してみたい。
小さい子が、よくはしゃぐ祭りがある
ひな祭りは春が好きな子がよくはしゃいでる
私もたまにはしゃいでるがもう子供ではないから
控えめのはしゃぎだ
ひなあられをいくつか買って
家に帰ったら、「ひなあられちょーだい」と
言ってひなあられをあげるとニコニコと嬉しそうな顔をしている
小さい頃の私とよく似ている
ひな祭りを楽しんで良かったと思った
ひなまつりとは三月三日に女の子の幸せと健やかな成長を祈る行事の一つである。
学校でもお雛様を作った。
学校から帰るとお母さんとお父さん、おばあちゃんがひなまつりの準備をしていた。
私はお雛様を見て、酷く驚いた。
だって、お雛様にヒビが入っているのだから。
私は疑問に思ってお母さんに思わず訊ねた。
「お母さん。何でこのお雛様にはヒビがあるの?」
「じゃあ、瑠鈴はひなまつりの起源...始まりは知ってるかしら?」
「ううん。知らない。」
「そっか。ひなまつりの始まりはね、昔の中国でやってた厄災…悪いものをあっち行けー!ってお祈りする行事があったの。
だから、私たちはそれを真似してひなまつりが始まったのよ。
日本では人形(ひとがた)は身代わりになってくれるって考えられていたから、女の子の悪いものをお雛様に移しちゃうの。」
でも、それだったら…
「お母さん。お雛様は痛くないの?」
「痛いと思うわ。だけどね、お雛様は私たちよりずっと大人だから瑠鈴や瑠鈴の友達の為に耐えてくれてるのよ。」
「じゃあ私、お母さん達みたいな人になる!
それでお雛様を治してあげるの!」
「…そっか。私たちも応援してるわ。でも、辛いなら逃げても良いからね。」
このときの母の言葉は今でも僕の胸に刻んでいる。
「…あら?瑠鈴ちゃん。誰かお友達でも来てたの?」
「…ううん。誰も、来てないよ。おばあちゃん。」
『ひなまつり』三月四日
loto.
《解説》
最後の「僕」は誤字では無いです。
七歳までは女の子として生活する。というものがあってですね。
自分が知っている例であれば、鬼滅の産屋敷家みたいな感じです。
七歳だった瑠鈴が生まれて直ぐに亡くなってしまった両親と逢えるのがお盆とひなまつりだけ。
お盆は死者の魂が現世に戻ってくるとされているから、勿論逢えるのですが、ひなまつりやこれからは端午の節句で我が子の成長を祈りたいという想いで降り来れればなと思って書きました。
※これは読みたい方だけ読んで下さい。
何で瑠鈴の両親が生まれて直ぐに亡くなったかというと、両親が祓魔師だったからです。
ちなみに家系とかでは無いです。
此処まで読んで下さって有難う御座います。
*ホラーと言うほどでもないもの注意
あかりをつけましょぼんぼりに〜
幼い子供の声が聞こえる
あぁ、今日は3月3日か
ぼんやりと霞がかった意識の中
そんな風に思った
幼い子供の歌声はまだ続いていた
意識が次第に浮上してきて
同時にサッと血の気が引く
私は1人で部屋で寝ているはずで
もちろん幼い子供などいるはずもない
バクバクと心臓はうるさいのに
身体は動かすことができない
きょぉ〜おはたのしぃ〜い
妙に間延びした歌が聞こえる
ひなまつり〜
ねちゃっとした口腔音と温い吐息の様な空気が
私の耳に触れた
ひなまつり…
恒例のワカメちゃん家のひなまつり
私も健やかに育ちました
『ひなまつり』
ひなまつり、小さい頃は自分にもあった。
だが、今の歳になってしまうとひなまつりなんてものは
無関係になってしまっている。
Twitterにて、
ひなまつりというアニメがあると知った。
いずれ見てみようと思う。
僕はあまり好まない絵柄だった。
でも、知り合いが思ったものだ。
ネット仲間だからって関係ない。
僕の拠り所はネットにしかないのだから。
ひなまつりは3月3日に行われる行事
雛人形を飾ったり、チラシ寿司、ひなあられを食べる
子供の頃は雛人形を飾って写真を取ったりしていた
ひな祭り
女の子を祝う日
お寿司が沢山並んでる
サーモン、マグロに、エビに、ウナギ?
でも1番美味しかったのは
なんだかんだお母さんのお吸い物だった
「デカっ、安っ」
出てきまたちらし寿司のネタの大きさに驚いた。ネタが丼から飛び出ている。マグロだけで何貫分あるんだろう。これで1200円。東京なら2500円はするのではないか。
毎年、ひなまつりのお祝いでおじいちゃんが食べさせてくれる。小学生の時は半分も食べられなかった。高校生になって初めて完食した時にはおじいちゃんとおばあちゃんが、本当に喜んでくれた。
「大人になったね」
なんて言ってくれて。
今日は部活後でお腹が空いていたので、軽く食べられた。完食と同時におばあちゃんがハマチとエビをわたしの丼に入れてくれた。
大学に入ったらバイトをして、敬老の日におばあちゃんとおじいちゃんにちらし寿司を奢ってあげよう。
ひなまつり
昔はよくお雛様出してもらってたなぁ
いつからか家族が不仲になって
怖くなって、またあの頃に戻りたいな
お雛様は昔怖いと思ってたけど同時に
可愛くて素敵だなって思ったな
あぁ昔に戻りたいのに戻れない
幸せは当たり前じゃない
祝えるものは祝える時に
年が明けてから二ヶ月経った。
三月は忙しい。仕事が年度末を迎えるため、色々な場面で締め作業が必要となってくる。それは師走の名前に相応しい十二月にも言えることだが。三月は半期に一度の人事異動がプラスされる。引き継ぎやら取引先にご挨拶やら、やることが多すぎる。仕事が終わらなくて残業するのは必然だった。
今日は残業したのにも関わらず八時に退社することができた。春を迎えたにも関わらず、夜道は冷たい風が吹いて体が震えた。早く帰って温まりたい。足早に歩いていると、ポケットの中のスマホが震えた。画面を確認したら、彼女からだった。
我残業故未帰宅
誠遺憾也
漢字のみの表記だが、意味がわかったときに笑いが込み上げてきた。
彼女はその日のテンションに合わせてメッセージの文体を変えてくる。今日は侍言葉の気分らしい。おそらく不本意な残業になってしまったんだろうな。笑いを堪えなきゃいけないのが悔しくて仕方ない。
ちょうど信号待ちになったので、返信を打つ。
お疲れ様でござりまするお代官様
某は任務を全うし本丸へ帰還する所存でござりまする
道中万屋へ立ち寄り食糧を調達いたしまする
侍言葉なんてわからない。時代劇や大河ドラマは専門外だ。何となくそれっぽい言葉を並べてメッセージを送信した。
信号が青になり、横断歩道を渡る。最寄り駅前のスーパーは夜遅くても営業してるから、そこに立ち寄って出来合いのものを買っていこう。
歩くスピードを落とさず足を運んでいると、またスマホが震えた。人にぶつからないように避けながら、チラリと見ると、
かたじけない
「ブフッ」
今度は我慢できなかった。
*
帰宅後、シンクに置きっぱなしだった今朝の洗い物を片付けて、洗濯物を畳んでいるときに彼女が帰ってきた。
「ただいまー!」
声だけでもわかるくらいには、上機嫌である。
「おかえり。すぐご飯食べる?」
「食べたい! 今日お昼行けなかったからお腹空いた!」
「わかった、温めるよ」
「ありがとう、愛してる!」
そう言い残して、彼女は寝室の方へ消えていった。俺は彼女の言葉にギョッとしてしまった。普段はこんなノリノリで愛の言葉を言うタイプではない。何か相当の嬉しい出来事があったのか、それともあまりの疲れでテンションが振り切れてしまったのか。
考えても埒があかない。部屋着に着替えただろう彼女が、鼻歌を歌いながら洗面所に入っていった。俺は洗濯物を後でソファの隅に寄せて、キッチンに入った。
今日は3月3日のひな祭りで、スーパーの惣菜売り場も関連する料理が並んでいた。女の子の成長を祝う日だからか、ちらし寿司に刺身の盛り合わせが所狭しと並んでいた。あとは彼女が好きな魚介類の入ったマカロニサラダと、ストックが切れていたインスタントのお吸い物。俺はもう少し食べたかったからお稲荷さんも買ってきた。五個も入っているから、一個くらい彼女が欲しがるかもしれない。
洗い物を増やしたくないからプラスチック容器のままテーブルに並べた。その間に彼女はとうとう歌い始めた。こちらの方まで声が聞こえてくる。『ひなまつり』の替え歌らしいが、不穏な歌詞だ。
子どもの頃にハマったモンスターゲームのキャラクター名が登場するのだが、ツッコミどころ満載だ。明かりをつけましょうってソイツ全身炎に包まれていて目つき悪いモンスターじゃねぇか。お花をあげましょうと言ってもまだ開花してないし独特な異臭がするって図鑑に載ってるモンスターだし。幽霊モンスターばかりの笛太鼓は単純に怖いだけである。どこが今日は楽しいひなまつり、だ。子どもが泣くぞ。
水の音が止まって、やがて彼女が現れた。化粧も落としたらしく、つるんとした素肌を晒していた。一緒に暮らし始めてようやく見せてくれた彼女の素顔は、隙のない化粧を施した姿よりもずっと可愛く見える。
「買ってきてくれてありがとう。どれも美味しそう」
テーブルの前にやってきた彼女から歓声が上がった。いそいそと椅子に座って、今か今かと待ち構えている。その表情は実家で飼っている柴犬のポニーを連想させた。ポニーは食いしん坊かつ歩くのが好きで、ご飯と散歩の時間には目をキラキラさせて大はしゃぎだった。ポニーは元気だろうか。
沸騰したばかりの熱湯で溶かしたお吸い物と、水の入ったコップを配膳して、テーブルを挟んだ向かい側に腰を下ろした。俺と彼女が手を合わせたのは同時だった。特に呼吸を合わせなくても「いただきます」と声がピッタリ揃う。こんな小さなことが嬉しいものだと感じたのは、彼女と暮らし始めてからだ。
真っ先にお吸い物を手にして口に含む。
「あ゛ーーーっ、美味しい!」
声を上げたのは彼女の方だ。言っておくが、飲んだ物はお吸い物である。ビールではない。喉越しを楽しむものでもないのだが、身に沁みるらしい。俺もお吸い物を一口飲んだ。いつもと変わらない、インスタントの味である。
その後も「美味しい」と繰り返しながら次々と口に含んでいく。勢いよく掻き込んでいるわけでも、早食いや大食いなわけでもない。でもいつも楽しそうに、嬉しそうにご飯を食べていた。
彼女との食事はいつも賑やかだ。スマホを構えることがない俺たちは、テーブルの上に並べられたご飯を前に箸も口も止めない。冷めないうちに食べたい、でも会話もしたいという価値観が見事に一致していた。
本当は疲れた彼女を癒せるような、美味しい料理が振る舞えればよかったのだが。
「買ってきちゃって悪いな」
「何で? 残業だったんでしょう。そういう時はお互いにお疲れ様会だからごちそうでいいんだよ」
今日はお刺身の気分でした、と続いた。
彼女は自分で作る料理以外のことをごちそうと例える。一個五十円のコロッケも、コンビニのフライドチキンも、ファストフードのハンバーガーも。俺が休みの日にパッケージの手順通り作ったインスタントラーメンですら嬉々として食べていた。さすがに喜んでいいのか分からなかった。
「俺は料理のレパートリー少ないから、あなたに振る舞えるものがないんだよな」
「手料理だけが愛情料理なわけないじゃん」
お稲荷さんに箸が伸びてくる。取りやすいように彼女の方へ容器を寄せた。
「私はね、今すごく嬉しくて幸せ感じてるんだよ」
お稲荷さんに齧り付いて表情が柔らかくなる。でもその台詞は、単に美味しいご飯を食べているからだけではないようだ。
「サラダも買ってきてくれた」
「野菜少ないけどな」
「温かいものも用意してくれた」
「インスタントだけどな」
「今朝の洗い物、片してくれたでしょ」
「俺も朝忘れてたから」
「洗濯物もいつの間にか畳んでくれてる」
「あとでちゃんと仕舞っておくよ」
「いつもお風呂上がり、掃除してくれる」
「カビ生えたら嫌だし」
「私はね、一つひとつが嬉しいの」
他にもね、と彼女の言葉は続いた。ゴミ捨て、電球の交換、食器洗い、高いところの掃除、買い物の時車を出してくれる、飲み会で遅くなったら迎えにきてくれる、手が空いてたら美味しいご飯を作ってくれる、等々。どれも心当たりはある。ただそれは、二人で暮らしているんだから当たり前のことだ。自分でできることはやるべきだと考えている。俺がやると彼女より時間がかかるから、時短で済ませたいものは必然的に彼女の領域になってしまうけれど。まだまだ彼女の方が家事の負担が大きい。
彼女はサラダに入っているエビを箸でつまみながら言った。
「全部さ、私と二人で暮らしていることを考えてくれてるんだなって。そう思ったら嬉しくて仕方ないんだよね」
いつもありがとう。
照れたように笑っていた。その言葉に、目頭が熱くなる。俺は誤魔化すように、ちらし寿司を掻き込んだ。
いつもありがとう、なんてこっちの台詞だ。
そういえばその言葉をなかなか口に出して言えてないことに気がついた。今すぐ言えたらよかったのに、少し間が開いてしまった。完全に言うタイミングを逃してしまった。次は言おう。遅くてもホワイトデーには言おう。
あとね、と彼女はマグロの刺身を食べながら話し始めた。
「ひな祭りに託けて美味しいご飯食べたかったんだよね」
「何言ってんの。いるだろ俺の目の前に、女の子」
そう言った途端、彼女の動きが止まった。こちらを見上げて固まっている。真ん丸の目をこれでもかと見開いている。
何かまずいことを言ってしまっただろうか。咄嗟に謝ろうと口を開いたけど、彼女の顔を見て驚いた。
トマトのように真っ赤である。その赤さは耳や首にまで至る。
「やぁだー! 私なんてもう横にしか成長できないのに、女の子だなんてもぉうー!」
両頬に両手を添えて、クネクネ揺れていた。本気で照れてしまって、テンションと勢いで冗談っぽく誤魔化そうとしてるらしい。だからって口調をオバサンっぽくしなくても。俺がそういうのにすぐ笑うって分かってやっているからタチが悪い。ちょうど水を飲んでいた俺は喉に詰まらせ、咳き込んでしまった。
そんな彼女が、まぁ、可愛いんだよな。
『ひなまつり』
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読み飛ばされると思っていましたが、思った以上に励ましのハートいただきました。
寝落ちしてデータ消えてしまった私が100%悪いのですが、びっくりです、本当にありがとうございます。
おかげさまで秒で立ち直りました。
何とか記憶を掘り起こして、加筆修正しつつ書き直しました。
励ましのハートをくださった皆様の中には、多分超大作を期待されていた方もいたかと思いますが、すみません、これが精一杯です。
さすらいの駄文ではございますが、今後ともお楽しみいただけたらと思います。
どうぞ宜しくお願いします。
今日は何日か外の声で分かる
「わーい!わーい!」
と聞こえてくる
私の最後のひなまつりはいつだっけか?
20年はしてないな、うん
今日はひなあられでも食べるかなっと