『この場所で』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
いつかまた、この場所で。
あなたと会える日が来たら。
春めく景色の中、はしゃぐ君を見て、笑える日が来たら。
どうかその時は_____
私の名前を、また呼んでくれますか。
この場所で
この場所で私はスタートするんだと決めて、どれほど時が経っただろうか。
未だスタートなどできずに縮こまっている私。
さぁ、いつスタートするのだろうか、
この場所で大切な想い出ばかりが溢れてゆく。
まだ私は始まっていないのに。
いつかは捨てないと、始まれないのだろうか、
そんな悲しいこと、したくないなぁ、
そんな、不安なことしたくないなぁ、
じゃぁ、その想い出達を私の中の棚に、大切に飾っておこうかな、
そしたら、ふと思い出して、泣いたり笑ったりするのかな。
この私の中にある場所で、これから先もきっと輝いている、
汚さないように大切にしながら、愛しながら、そうできるようにもっと成長しなきゃね。
この場所での想い出を。
家族に会うことも、逃げることも、夢を見ることさえ叶わない。ただ生き、遊ばれ、散っていく。ひとり、またひとり。金と色が交差する、欲に塗れた、この場所で。
この場所で
人生において必ず目標がなくてはダメですか?
頑張るときはちゃんと頑張るけど、あまり無理はせず、ただただ心穏やかに日々を過ごせればそれでいい…なんて思ってはいけませんか?
向上心がないとか、人間としての成長や、魂の成長がないなんて言われてしまうかもしれないけれど、
今の私はこの場所でそうありたいと思ってしまうんです
この場所で幸せというものを知った。
幸せが何であるかは、一つの諦めを要する。
それは、必要ないものを知ることだ。
知って捨てる。
それから、必要なものさえ、必ず失ってしまうことの諦め。
人は得ることよりも、失うことで大切さを知る。
悲しみの果てに見つけた、幸福より。
この場所で、何があったのか?
車と人が通り過ぎる喧騒の道
そのガードレールに手向けられた
花。一瞥していつものように通り過ぎ
日常を生きる自分。
もし自分なら、家族なら、
どう生きていけるだろう。
今日も何処かでけたたましく緊急車両
の音。
当人でなければ、日常茶飯事…
と思っている。
『この場所で』
遠くへ行ったあの人は、いつでも私を見守ってくれている気がする。そう思うと、私はどんなに高い壁が目の前に現れても乗り越えられる気持ちになる。
私は今もあなたが好きだったこの場所で生きています。
生きていきます。
______やまとゆう
この場所で
この場所、入るべからず
この場所、近寄るべからず
この場所で、人は死ぬることを望む
この場所、見るべからず
覚えている
あの日、開け放たれたベランダから見た景色を、風に膨らむカーテンを
落ち行く貴女の姿を
落ちた後、洗濯籠には干し切れていない洗濯物がまだ入っていたことを
この場所で俺は貴女と同じ景色を見ている
一人暮らしをするようになって、初めて貴女の気持ちが分かった
ベランダから見る街の景色はとても汚かった
今になって貴女を許せる気がする
あの日、綺麗な姿でこんなに汚い場所に落ちていった貴女
逃げたつもりで、逃げた先で見世物になった
開け放たれたベランダの前で座り込む子供は、身勝手な怒りを持っていたけど、捨てられたと、役目を放棄して逃げたと思ったけど
今でも持っている あの日の新聞の切り抜きを
『母親 ベランダから飛び降りか』
この場所で生きていく先行き不安しかないけれどそれでもだましだまし生きていく多少の楽しいことがそこにあると信じて面白いことを探して。たぶん楽しもうとすれば楽しいものがあるのかもしれないから。これから先の未来は自分にとって辛いことばかりだろうと何処かで諦めが囁いているけれど。どこかのスピリチュアルなサイトで人は生まれる前にすべての運命を決めてやってくると書いてあった、あなたが選ばなかった道は他の誰かが選ぶのだそうだ。じゃあ自分よりつらそうな人はきっと変わってくれたのだろう、ありがたいことだ。楽しそうな人は自分が変わってあげたのだろう、やるじゃん自分。そんな多少の欺瞞と現実逃避で自己否定をそっと心の中で慰めて。ずいぶんハードモードを選んだんだろう。仕方がないさ。どのみちあの世に持っていけるのものなんてなんにもないんだから。
この場所で出会ったのを覚えていますか?
丘の上にある桜の木。桜が咲きほこる季節、あなたと出会った。
そして、そこで死にゆく彼女は桜のように綺麗だ。
そして僕は、警察に捕まったのだ。
この場所で出会ったのを覚えていますか?
丘の上にある桜の木。桜が咲きほこる季節、あなたと出会った。
そして、そこで死にゆく彼女は桜のように綺麗だ。
そして僕は、警察に捕まったのだ。
この場所で
ツーンと変な音を鳴らした
ギコギコって変な音がした
何もかもがつまらないなぁ苺ジャム
皮、いちご、目玉、ねぇ生きてよ
速水もこみち って、名前の方はこれはひらがな表記のまま本名で、命名した彼の父親によれば「真っ直ぐな道」という意味らしい。「もこ」は真っ直ぐという意味の外国語だと言ってるらしいのだが、どこの外国語なのかが分からないとか。(wikipedia)
これが何語なのかを検証しているサイトもあって、でも該当する言語がないらしい。
しかし、語感からは「真っ向」の方がぴったりしているし、地名の「真岡」もmaokaがエリズィオンして<moːka>なので、これなんじゃないの、「みち」の方は日本語なんだし。
それに不明な外国語+日本語の「道」で全部ひらがなにするのって、おそらく子供が学校で揶揄されるのに敢えて命名したその意気込みが曖昧模糊。
この場所で、ほぼ毎日、だいたい同じ時刻に見かけるおじいさん。
本当にいつもいるから、
春はなんだか鼻をムズムズとさせているな
夏は麦わら帽子が良く似合っているな
秋は焼き芋の袋をよく抱えているな
冬はマフラーとダウンでモコモコしているな
なんて、おじいさんで季節感を味わうようにまでなっていた。
ある日の、冬。2月だった。
朝早いシフトの仕事を残業付きで終えて、あくびを噛み殺しながら、「バレンタインフェア」のポスターやらショーケースやらを通り過ぎて駅構内をフラフラと歩いて、あの場所に着いた。
その場所にいたいつものおじいさん。
…の横に、穏やかに笑う、おばあさんがいた。
おじいさんも、今まで見てきた中で一番幸せそうな顔をしている。
そうか。奥さんか。
なんだか、私まで嬉しくなって、疲れが少しだけ幸せの風に吹かれてどこかへ行った気がした。
次の日から、おじいさんを見ることは、一度も無かった。
Theme.この場所で
この場所で『間違えた愛』を知った。
『本当に求めてる愛』ではないのにずっと
この場所に愛を求めていた自分がいた。
そしてこの場所で求めている愛とは違う愛を
私は求めていることに気がついた。
いや、気づかせてもらった。
全てのことにおいて感謝をのべよう
この場所で
この場所で生きるのは難しいです。
美しい海が水底を透かして見せるそれを思い起こさせる瞳に見つめられ、言葉の意味はおざなりとなる。
はあ、と気の抜けた返事をしながら手を伸ばすと、柔らかな毛に覆われた小さな手がそっと制止するように上に重ねられた。ふっくらと丸みを持った口元が控えめに開き、同じことを繰り返す。
この場所で生きるのは難しいです。
まるで別離を匂わせる言い方だ。ここじゃない何処かのほうがマシ。もしくは、貴方がいるこの場所は居心地が悪い。彼女はすっと立ち上がり、開けっ放しの扉の奥に目をやる。部屋と玄関をつなぐ短い廊下と、その奥にある外へと続く扉。彼女は振り返り、僕を試す。
僕は重い腰をあげ、玄関へと向かう。正確には玄関に向かう途中の、廊下に置かれたキッチンの戸棚だ。柔らかな尻尾を僕の足に巻き付け、彼女は戸棚と僕を見やり大きな声で強請る。
イヤです。
ピピっと検知音が流れたあと、機械音声がそう告げる。
「イヤよイヤよも好きのうち、かね?」
おやつの袋から乾燥ホタテを取り出し、彼女の前にそっと置いた。行儀よく座り、シャクシャクと軽い音を立てて堪能するその背中をそっと撫でる。
人と猫が言葉でやり取りできるようになるのはいつになるやら。次世代猫語翻訳機の精度もたかが知れるようだ。
全ては君と出会ってから始まった。
この場所で君を見て
多分一目惚れだったんだと思う。
君が僕を連れて
色んな場所に連れ出したから
僕だけでは見に行かなかった景色も沢山見れた。
この場所で君と出会えてよかった。
今も隣に君がいてくれたなら
もっと最高だったんだけどな...。
─────『この場所で』
この場所で
君と出会った
懐かしいな
記憶が蘇る
あの時の君と今の君は
変わっていなかった
この場所はいつも私たちの
待ち合わせ場所
今日はいない
忘れちゃったのかな
この場所を……
忘れるわけない
…………はずなのに
この場所で
骨を埋める覚悟だったのに
あなたとの
思い出がありすぎて
もう居られない