『お金より大事なもの』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
いつもしびれをきらしてひとりで走り出す。君はいつも遅い?考えてることが違うだけだよ。見えてるものも見たいものも違う。君に合わせていた私。ほんとうはもっといつでも、突然に飛んでゆきたいのに。今、気づいた。君に出会ってから知る幸せはそれまでと全く違うもので新鮮だったけれど、私は思う。わたしの追いかけてきたキラキラしたうつくしいものたちは、手に入らない。私はそれを拒否する。おどる。踊りながら、手を振る。
私は物欲がない
お金がなくてもご機嫌で生きてるタイプ
私にとってお金より大事なものは明確にある
【家族、友人、健康、環境】
でも
お金がいらないわけではない
お金より大事なものを
守るために必要なのがお金
それは目的のための手段であって
「お金が大事だから手放さない」
なんてことがあると何の意味も持たせられない
ものの本質を知って生きていきたい
『お金より大事なもの』
「やってしまった……」
「いや、自業自得だろ」
間髪入れず隣の友人に呆れられた。正直なところ否定はできない。なんたって、競馬で今の有り金全てスッてしまったのだ。
「まさかこんなに競馬が楽しいとは……」
「お前、もうギャンブルに関わる場所には一切行くな。破産する未来が容易に見える」
「身に染みたよ……」
本当にこんなつもりではなかったのだ。今持っているお金には、日々の生活費だけでなく、今月の光熱費を払うための金も入っていた。別に銀行に蓄えがないわけではないからもう一度おろしてくればいい話ではあるのだが、その蓄えもたくさんあるわけではないからできればお金を次におろすのは来月にしておきたかった。こればかりは後悔しかない。
因みに友人は俺が無理矢理ここに連れてきたというのもあったので、友人の賭け分も俺が出していた。友人は折角だからと千円分賭け、僅かだが勝っていた。俺は見事に負けたのに。友人はちゃっかりその金を懐に入れていた。
「で、最初はそんなに賭けるつもりもなかったくせに、どうして競馬に来たいなんて言い始めたんだ」
渋々競馬場の出口に向かいながら、友人は俺に訊ねてきた。それは競馬場に行くぞと言われたときに気になるものではないのか?まあいいが。俺はつっこむことなく答えた。
「馬が駆ける様を直接見てみたかったんだ」
「確かにお前の動物好きは知ってるけどさぁ。別にそれならここじゃなくたってよかったろ」
「いや、ここがよかったんだ」
「だからなんでだよ」
「馬たちがいろいろな感情を持って走る様子を見たかったんだよ。日本じゃそもそも野生の馬なんて碌に見れやしないし、動物園だと本気で走っている様は滅多に見られない。手っ取り早く本気で、感情を持って馬たちが走る様子を見られるのが毛羽場だと思ったんだ」
「言いたいことはわからんでもないが、そんなに馬たちが感情を出してるか?皆必死に走ってたろ」
「いや、よく見ると馬はかなり個性的だ。例えば今日五着だった馬。最初はやる気がなかったが、途中でやる気を出したからそこまで這い上がれたんだ。まあ、最初からやる気があればもっといい順位を取れていたかもしれないが」
「そうだったのか?てっきり騎手にはやされて速度を上げたもんだと思っていた」
「いや、あれは確実にやる気の問題だった」
「へぇ、そういわれたら少し面白いな」
「だろ?馬たちは決して旗手たちの命令だけで走っているわけじゃないんだ。彼らの意思で走っているんだ」
「ふぅん。それなら、そんな彼らに敬意を示したという意味でもお金を払ったのはよかったんじゃないか?」
「⁉」
神からの啓示を受けた気分だった。確かにそうだ。世の中には推しには貢ぐ、という考え方もあるのだ。今回の場合は、俺が競馬の馬たちに敬意を示して、彼らに対して貢いだ、と考えれば、今日のスッた金も、必要なものに感じてきた。
「お前、めっちゃいいこと言うな」
「とはいえど、今後ギャンブル系の場所に行くのはよしたほうがいいのは確かだけども」
「もともと俺は馬たちの感情を持って走る様を見に来たんだ。彼らの感情の一端を見せてもらえていると考えれば、お金なんて比べ物にならないくらい大事なものだったな」
「聞いてないなコイツ」
なんとなく満足してしまった。もう今やスッてしまったお金など、頭の端にすら存在しなかった。
「……だから、この場合は節度を保つという意味でも金も大事だろ!!」
隣で友人が何か言っているようだが、有頂天だった俺は馬の耳に念仏であった。
『お金よりも大事なもの』
それは。。。
愛とか
家族とか
友人とか
時間とか
でも やっぱお金がないと生きていけない
だから 働かないとね
でも 愛も家族も友人も時間も大事。
だから 生きるために奮闘する
奮闘するから
愛も家族も友人も時間も大切だと実感する
お金より大切だと感じるとき
その時こそ
生きてることの喜びが
実感できるんじゃないかな
大事なものは
自分の心の状態。。。
今ある命
命が今あるから
生きてききたい
黒猫はな
題 : お金より大事なもの
友達とか恋人とか、そういったものがお金よりも価値があると言う人が多い。でも、そういった考えはお金があることを前提としているのでは無いだろうか。
お金がなければ身だしなみを整えられない。清潔感がなければ友達は出来ないし、食べることにも困る。
「将来こういう仕事に就きたいな」などと夢を見たところで、お金がなければその夢のための進路へ進めない。
『したいことはないがとりあえず大学へ行く』
そういう友達を何人も見た、羨ましかった。
世の中結局お金なんだなと思った。
「お金より大事なもの」…
むかし道ばたで砂にまみれて捨てられた1ドル札を
ほんとうは良くないが可哀想だからと拾って
おうちで洗って蘇生させたことがある
これがほんとの資金洗浄!がはは、はぁ…
よぼよぼの靴下やパンツと一緒に並んで
洗濯ばさみに挟まれてぶら下がる紙幣の光景
そのなんだか気の抜けた感に癒やされてしまい
今でも行き場のない1ドル札くんと暮らしている
彼は米ドル/円の為替レートよりも遥かに大事です
お金より大事なもの
やはりそれは
命であろう
慣れ親しんだ
人々の死は
悲しみでしかなく
残されたものは
乗り越える力が必要だ
命とは
儚いものなのだ
どんな大金を積まれたって
私の記憶と思い出を
売ることはできないな。
「お金より大事なもの」
いろんな感情を教えてくれて
いろんな知識を与えてくれて
一緒に遊んでくれた「友達」を
もう遊ばないからといって捨てるには
絶対に後悔しない と
かなりの覚悟と決意がいる
思い出を棄てるわけではないと分かっていても
一度 僅かなお金に替えて
後悔してしまったから尚更に
段ボールの中の本たちも
本棚に並んだパッケージたちも
だいじなお金で手に入れた
だいじな大事な「友達」たち
お金より大事なもの(お題)
『お金より大事なもの』
お金より大事なものはたくさんあるけれど、
お金で買えないものはほとんどない。
お金より大事なものはたくさんある。
それらを守るためにお金は必要だ。
お金よりも大事なもの。
それは人それぞれ違う。
愛とか恋とか命とか信頼とか。
時間だとか希望だとか。
やっぱりお金が1番とか。
私は決めれないな。
欲張りだと思うけど全部人生の中で必要だもの。
人生の中のちょっとしたスパイスみたいなものよ。
【お金よりも大事なものは】
マネジメントされたテレビ番組
菩薩様のように微笑む老婆
『お見合いだったのだけど、
そのひとの真っ黒に汚れた爪を見てね、
働き者だと思ったの』
はて、
私は、これから迎えに来る男の
どこが好きなのだろう
かわいいっていってくれるところ?
何でも買ってくれるところ?
真っ赤なFerrari?
テレビの老婆はなおも声を上げて笑う
『そうねぇ!
生まれ変わったらまた、一緒になってあげてもいいねぇ。
またきっと、苦労ばかりだわね!』
嗚呼、なんだ。
この老婆も私も
所詮はその人に愛される自分が好きなのだ。
細塵で最大の
老婆になっても愛してもらえるかという違いはあるが
それはその時考えればいい
私はいつもどおり鏡に妖艶に微笑んで、自分に言う
「いってきます」
[愛という戦略的侵略戦争]
【お金より大事なもの】
お金より大事なものは何か、と訊かれてあなたは何と答えるのだろう。
「え?かっちゃん。」
尋ねれば、即答する自分の呼び名。
「これって、無人島に行くなら何を持って行く?みたいな質問?」
訊き返したいと書いてある表情に、苦笑いして首を横に振る。
「お金で買えないものがたくさんあって、決められなくて。で、訊きたかっただけ。」
あなたの事はもちろん大切だけれど、お金で買えないものは他にもたくさんある。
「でも、カズくんの答え聴いて、同じだなって思った。」
人との縁、思い出、命、存在、愛情、心。
自分の周りは、大切なもので溢れている。
「えへへ、お揃い、嬉しいなぁ。」
照れ笑いのあなたが愛おしくて、そっと抱き締めた。
「お金より大事な、『物』なのか『者』なのか、なんなら自然保護の観点から『藻の』もアリか」
やっぱり平仮名のお題は便利よな。漢字変換でどうとでもいじれるから。某所在住物書きは「もの」の予測変換を辿りつつ、何をどう書くか思考していた。
「喪の」では少々センシティブであろう。
「Mono」はギリシア語由来の接尾辞で「ひとつの、唯一の」といった意味を持つらしい。
「『お金より大事』って、今の時代、だいたい金額で数値化できちまうもんなぁ……」
たとえば人の命だって、乗用車と競走馬輸送車とか、精密機器輸送車とか。自然の原風景だって「そこに風力発電所建てた方が金になる」とかさ。なんかな。
物書きは首筋をガリガリ。天井を見上げる。
――――――
前々回の「絆」から続く図書館のおはなしも、ようやくそろそろ、ひと区切り。
昔々のおはなしです。都内某所、某図書館、年号がまだ平成だった頃のおはなしです。
都会と田舎の違いに揉まれて擦れて、人間嫌いと寂しがり屋と少しの不信&怖がりを併発してしまった雪国出身者が、非常勤として流れ着きまして、
かわいそうに、「脳科学」に関して付け焼き刃的に物知りな正職員に、目をつけられてしまいました。
雪の人が附子山、正職員が付烏月、ツウキです。
すべての人間が敵に見えるのは、誰が怖い人で、悪い人で、危ない人か、見分け方を知らないからだ。
附子山よ、純粋で無垢で初々しい雪の人よ、図書館で人の頭を、心を、脳科学を学ぶのだ!
良いヒマつぶしを得た付烏月は、ニヨロルンとイタズラな悪い笑顔で、附子山にアレコレ吹き込みます。
「絆」の線引きを担うオキシトシンに、
「月夜」の読書で覚えた頭のブレーキ、前頭前野。
真面目で根は優しい附子山、図書館で人の心を学び続けました。ここまでが前回のおはなしです。
で、今回です。だいたい2ヶ月3ヶ月後です。
勉強熱心な附子山だから、もう怖い人間と悪い人間と距離離すべき人間の特徴を理解しただろうと、
ニヨロルン、付烏月はバチクソに悪い笑顔で、新着図書にフィルムを貼る作業中の附子山のところへ、
「ブシヤマさ〜ん、ゴキゲンいかがん」
「フィルムコート貼りの作業中です。すいませんが話は後でお願いします」
行ってみたは良いものの、附子山、人間嫌いも少しの不信も、全然、ちっとも治っていません!
唇は緊張の真一文字。視線を逸らすのは心理的不快感のあらわれ、遮断行為のひとつです。
人の見分け方、頭の覗き方を覚えても、まだ「人間は敵か、『まだ』敵ではないか」と考える。
予想外の展開に、付烏月の目が輝きました。
「俺が嫌い?仕事が怖い?給料安いのが不満?」
附子山の瞳をバチクソ熱心に観察しながら、物知り付烏月、考え得るすべてを列挙しました。
「作業中だと、言っているでしょう」
淡々。附子山は付烏月の話に知らんぷりでしたが、
「お客さんが苦手?地味な作業が、面倒……?」
付烏月の列挙が「お客さん」の札を切った途端、
附子山はまぶたを下げて視線を落とし、
札が過ぎ去ると、ようやく視線を元に戻しました。
ほほーん。そゆことね。
付烏月の悪い笑顔が、もっと悪くなりました。
「クレーマー対応が嫌。違う」
「あの、なにを、」
「特定の変な客に絡まれ、てるワケでもない」
「付烏月さん?」
「自分のストレス……そう。都会に揉まれて心に傷がいっぱいなのに、その状態で不特定多数と」
「ちがう!」
「あのね、附子山さん」
ぽふん。肩に右手を置いて、悪い笑顔のまま、付烏月がニヨロルン。言いました。
「過剰なストレスってね、ホントに、頭に悪いの」
附子山は付烏月から目が離せません。緊張とストレスで、カッチコッチに固まったままです。
「コルチゾールだよ。ストレスホルモンの一種。それの分泌に、海馬がブレーキをかけてるんだけど、ストレスが酷過ぎると、海馬が傷ついちゃうの。
コルチゾールは神経細胞を活発にさせ過ぎて過労死させちゃう。心が体を殺しちゃうんだよ。
ストレスで傷ついた脳はね、今の医療技術じゃ、どうにもならない。脳は、お金より大事なものなの」
あのね。附子山さん。
付烏月は附子山に視線を合わせました。
附子山は相変わらず、緊張に唇が真一文字。あらゆる人間を嫌って、疑って、恐れていましたが、
それでも、初めて目を合わせた日に比べれば、付烏月に絆を、少しくらいは感じてそうな気がしないでもありませんでした。
お金より大事なものは命チピチピチャパチャパルビルビラバラバパチコミルビルビブーブーブー
私のお金より大事なものは友達や家族です
お金はなんでも手に入ると思っている方もいます
ですが家族や友達の愛情はお金では買えません。
テーマ:犬の鳴き声
ワンワンワン
遠くで犬が鳴いている
ワンワンワン
だんだん近くで聞こえてくる
ワンワンワンワンワンワン
僕は振り返り周りをキョロキョロ
でも、そこには犬はいない
鳴き声だけが聴こえる
ワンワンワンワンワンワン
足元で犬の鳴き声がした
僕は足元に目を向けた
そこには犬ではなく妹がいた
ワンワンワンワンワンワン
どうやら妹が犬の真似をしていたみたいだ
それにしても良く似ている
ワンワンワンワンワンワン
きっと
外で真似をしていたらみんな勘違いするだろう
今日もまたどこかで鳴き声に振り返る
#ポエム
『お金より大事なもの』
通学中の交通事故で息子は亡くなった。突然のことにうろたえて通夜と葬式のときの記憶があまりない。
示談の場で、亡くなった息子は慰謝料分の価値なのですかと加害者側の弁護士に問いかけてみたが苦笑いが返ってくるばかり。私では埒が明かないと判断されたのか、夫が代わりに対応して事後処理は終わってしまった。通帳に記載されるであろう息子の価値はたったの一行。私の空虚を何も埋めてくれない。
葬式から数ヶ月が過ぎると仏壇に手を合わせに来てくれる人たちもずいぶんと減ったが、ある日に見知らぬ女性が線香をあげさせてほしいと家を訪ねてきた。その人は遺影となった息子の写真を長く見つめると、やがてほろほろと泣きだした。慌ててハンカチを差し出して落ち着くまで傍にいてやる。息子の同級生だったという彼女は息子に対して想いを秘めていたようだった。息子のために泣いてくれる人の存在が嬉しくて泣けてしまう。私の空虚はそのとき確かに満たされていった。
苦しくて苦しくて
もう嫌だ
そんなふうに思う時があるかもしれない
でも
希望を自ら捨てないで
いつか必ず見つかるから
命や希望
それはお金より大事なものだから