針間碧

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『お金より大事なもの』

「やってしまった……」
「いや、自業自得だろ」
 間髪入れず隣の友人に呆れられた。正直なところ否定はできない。なんたって、競馬で今の有り金全てスッてしまったのだ。
「まさかこんなに競馬が楽しいとは……」
「お前、もうギャンブルに関わる場所には一切行くな。破産する未来が容易に見える」
「身に染みたよ……」
本当にこんなつもりではなかったのだ。今持っているお金には、日々の生活費だけでなく、今月の光熱費を払うための金も入っていた。別に銀行に蓄えがないわけではないからもう一度おろしてくればいい話ではあるのだが、その蓄えもたくさんあるわけではないからできればお金を次におろすのは来月にしておきたかった。こればかりは後悔しかない。
 因みに友人は俺が無理矢理ここに連れてきたというのもあったので、友人の賭け分も俺が出していた。友人は折角だからと千円分賭け、僅かだが勝っていた。俺は見事に負けたのに。友人はちゃっかりその金を懐に入れていた。
「で、最初はそんなに賭けるつもりもなかったくせに、どうして競馬に来たいなんて言い始めたんだ」
 渋々競馬場の出口に向かいながら、友人は俺に訊ねてきた。それは競馬場に行くぞと言われたときに気になるものではないのか?まあいいが。俺はつっこむことなく答えた。
「馬が駆ける様を直接見てみたかったんだ」
「確かにお前の動物好きは知ってるけどさぁ。別にそれならここじゃなくたってよかったろ」
「いや、ここがよかったんだ」
「だからなんでだよ」
「馬たちがいろいろな感情を持って走る様子を見たかったんだよ。日本じゃそもそも野生の馬なんて碌に見れやしないし、動物園だと本気で走っている様は滅多に見られない。手っ取り早く本気で、感情を持って馬たちが走る様子を見られるのが毛羽場だと思ったんだ」
「言いたいことはわからんでもないが、そんなに馬たちが感情を出してるか?皆必死に走ってたろ」
「いや、よく見ると馬はかなり個性的だ。例えば今日五着だった馬。最初はやる気がなかったが、途中でやる気を出したからそこまで這い上がれたんだ。まあ、最初からやる気があればもっといい順位を取れていたかもしれないが」
「そうだったのか?てっきり騎手にはやされて速度を上げたもんだと思っていた」
「いや、あれは確実にやる気の問題だった」
「へぇ、そういわれたら少し面白いな」
「だろ?馬たちは決して旗手たちの命令だけで走っているわけじゃないんだ。彼らの意思で走っているんだ」
「ふぅん。それなら、そんな彼らに敬意を示したという意味でもお金を払ったのはよかったんじゃないか?」
「⁉」
 神からの啓示を受けた気分だった。確かにそうだ。世の中には推しには貢ぐ、という考え方もあるのだ。今回の場合は、俺が競馬の馬たちに敬意を示して、彼らに対して貢いだ、と考えれば、今日のスッた金も、必要なものに感じてきた。
「お前、めっちゃいいこと言うな」
「とはいえど、今後ギャンブル系の場所に行くのはよしたほうがいいのは確かだけども」
「もともと俺は馬たちの感情を持って走る様を見に来たんだ。彼らの感情の一端を見せてもらえていると考えれば、お金なんて比べ物にならないくらい大事なものだったな」
「聞いてないなコイツ」
 なんとなく満足してしまった。もう今やスッてしまったお金など、頭の端にすら存在しなかった。
「……だから、この場合は節度を保つという意味でも金も大事だろ!!」
隣で友人が何か言っているようだが、有頂天だった俺は馬の耳に念仏であった。

3/9/2024, 7:30:30 AM