『お金より大事なもの』
通学中の交通事故で息子は亡くなった。突然のことにうろたえて通夜と葬式のときの記憶があまりない。
示談の場で、亡くなった息子は慰謝料分の価値なのですかと加害者側の弁護士に問いかけてみたが苦笑いが返ってくるばかり。私では埒が明かないと判断されたのか、夫が代わりに対応して事後処理は終わってしまった。通帳に記載されるであろう息子の価値はたったの一行。私の空虚を何も埋めてくれない。
葬式から数ヶ月が過ぎると仏壇に手を合わせに来てくれる人たちもずいぶんと減ったが、ある日に見知らぬ女性が線香をあげさせてほしいと家を訪ねてきた。その人は遺影となった息子の写真を長く見つめると、やがてほろほろと泣きだした。慌ててハンカチを差し出して落ち着くまで傍にいてやる。息子の同級生だったという彼女は息子に対して想いを秘めていたようだった。息子のために泣いてくれる人の存在が嬉しくて泣けてしまう。私の空虚はそのとき確かに満たされていった。
3/9/2024, 5:29:45 AM