『いつまでも捨てられないもの』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
いつまでも捨てられないもの
感情。
「良い名前だね」
そう言われる度、私は作り笑いで微笑んだ。
大層な意味合いを込めた、しかし私の世代にしては古臭い名前。
名前は親から一番に渡される贈り物だと言う。そうだと言うなら、私のこれは、親からの重すぎる期待を形にしたものに相違なかった。
何度か改名要項を見るとも無しに調べたことがある。珍しすぎるわけでも日常生活に不便があるわけでもない「これ」は変えることへの労苦と天秤にかけられ、そしてすこんと飛んでいってしまった。ついでに言うのなら、私はそれほどこれが嫌いではなかった。
そう、綴りや響きだけを客観的に見るのなら、決してけなすほど悪くは無いのだ。点数でいうのなら10点満点中7点くらい。
⋯⋯本当に捨てたいのは。変えたいものは。
その思いすら、幼い頃のほんの少しの優しい記憶に阻まれてしまって。どうしようもない自分に、また曖昧に微笑んだ。
いつまでも捨てられないもの
特にないね
いま捨てる必要があるものは
要らなくなったら捨ててしまいがち
人でも物でも
なくならないものはある
ほとんどのものは
なくなってもなんとかなる
いままでもそうだったと思う
捨てれずに残してあるもの
それにはこれからがある
捨てれるときがきたら手放せる
手放してしまったから捨てれたのかもね
ゴミとして捨てたいけど
面倒で放置されてる物なら
それなりにあるんだけど
捨てるのにも色々と面倒で困る
気楽に捨てられない確実に要らないもの
いつまでも捨てられないもの
必要性が高いもの
セットでまとめて買ったもの
集めたもの、集まったもの
これから整理するもの
使い切っていないもの
単品でいつまでも捨てられないというものはなかなか無い。ある程度分類がある。(未処理というのもひとつの分類。)
書きものとか着にくい服とかこまごましたものが増えてきて、捨てなきゃなという分類に入っているのもある。
置き場所を固定していて、要るからと取っておいているものはいくつも思い当たる。
捨てなくちゃいけないけれど、捨てられないっていうのは、ゴミ袋に入れる前段階のそういったこまごましたものかもしれない。
いつまでも捨てられないもの
私が小学校一年生のクリスマスに、妹はリカちゃん人形を、私はオルゴールをサンタさんにお願いした。
小さなクリスマスツリーを飾り、家族で苺のケーキを食べた。
外で微かな音がしたため雨戸を開けると、そこには綺麗な包装紙に包まれたプレゼントが二つ。
あの頃は本当にサンタが来たと思って、物凄く興奮したのを覚えている。 包み紙を綺麗に取って箱を開けると、淡い黄色の蓋のところにクマが付いてるオルゴールが入っていた。箱から出して、底のネジを回し蓋を開けると、ゆっくりと音が鳴り始まる。
曲はトロイメライ。
嬉しくて嬉しくて何回も聞いた。
あれから60年が過ぎた。
結婚して家を出た時も、バツイチになって家に戻ってきた時も、引っ越しをした時も、いつも大切に持って行った。
オルゴールの色も剥げ、クマの飾りも欠けてしまった。中のオルゴールも少し錆、音もなんだか弱くなったような気がする。
それでも、いつまでも捨てられない。
今は両親も亡くなり、そのオルゴールは両親の仏壇の横にある。
幼い頃はサンタからのプレゼントだと思っていたけど、このオルゴールは両親からの贈り物である。
これからもずっと側に置いて、時々、トロイメライの音楽を聴きながら優しい両親を思い出す。
🎵🎶♪♫
・可愛いくてつい切り取ったペットボトルのラベル
・何枚も連写してある写真
・「ノート貸してくれてありがとう」の付箋
・SNSでの見栄
実家を出た時、18年分の荷物を冬物の服を入れるケース一つ分だけ残して、他はあげるか捨てるかして来た。
私は断捨離が得意だけど、きっとどこへ行くのにも連れて行くもの、どこに行っても捨てられないものが私の人生の大切なものなのだと思う。
このもの(形があるにせよ無いにせよ)に溢れている世界で、それと出会えたことと、大切に手元に残しているということは、それと出会えずにいたことよりも遥かに幸せで、尊い。
だってその気になれば、いつでも置いていけるもの。
-いつまでも捨てられないもの-
私の実話を話します。私は人を心から愛したことがありません。だから、私が結婚して子供が出来たら、家族を愛することなんて出来ないと思っていました。子供のために睡眠時間を削って、ミルクをあげ、トイレの世話をする。夜型人間の私にそんなこと出来るわけがないと決めつけていました。でも、私は動物が好きで、売れ残っていたシマリスが可哀想で飼うことにしたのです。まだ幼いシマリスでした。名前は中原中也からとって“中也”にしました。シマリスは昼間活動して、夜には寝る動物だったので、私は驚きました。ハムスターと同じ感覚で、夜型の動物だと思っていたのだから。中也はすぐに私に懐きました。好物はナッツとミルク。餌をあげると、いつもナッツから食べ始めました。私が起き上がると、ミルクの時間だと覚えたのか、ゲージの中から朝、私の様子を伺っているのが分かりました。小さい頭でそれを覚えられることに関心しました。いつの間にか夜型人間の私が、朝早起きをし、ミルクをあげ、糞の片付けをしていることに気がつきました。ミルクは、粉ミルクをお湯に溶かして、中也用の小さな注射器に入れます。それを持ってゲージを開けると、私の手に飛び乗ってきます。そして私の手の上でミルクを一生懸命飲むのです。私はこの時間が一番好きでした。活発な中也が唯一私の手に長く留まっていたのですから。中也は私の姿が見えると、すぐに駆け寄ってきてゲージにしがみつきます。その姿が愛おしくて、私もこんな風に誰かを愛することが出来るのではないかと思ったのです。私の中に、いつの間にか母性が芽生えていたのです。
そんな毎日が続くと思っていました。しかし、中也は亡くなりました。私が隣の県に研修に行っている時でした。研修が終わり、駅のホームで電車を待っていると、家族から電話があり、その悲報を受けたのです。私は死を決意しました。電車が来たタイミングで飛び降りるのもいいかもしれない。でもまだ中也の死体は見れていない。どんなに悲惨な死体だったとしても、私は見なければならない。そう思ったのです。死ぬのは家にしよう。そう考えました。電車に乗り、友人と別れて新幹線に乗りました。一人になった途端、涙が溢れてきました。止めようと思っても止められない。私は新幹線の中で泣き続けました。
家に着くと、中也は眠っているように死んでいました。も浮かれ果てたと思っていた涙は、再び溢れ出てきました。今までで一番泣きました。泣いたら冷静になったのでしょう。私は中也のためにも生きないといけないと思いました。その日は眠れず、朝起きたら中也のミルクを作っていました。この習慣はきっと暫く抜けないのでしょう。中也との思い出が詰まった家にはいれず、一人暮らしをすることにしました。そうして荷物を整理し、アパートでの生活に必要なものを段ボールに入れました。そして、捨てようとしても捨てられなかった中也のミルクを飲む時に使っていた注射器を持っていくことにしました。私でもきっと誰かを愛することが出来る。そう教えてくれた中也のためにも、中也がいないこの世界で生きていきたいと思います。長くなってしまいましたが、最後まで読んで頂きありがとうございます。
『いつまでも捨てられないもの』
いつまでも捨てられない物
エアリズム。色落ちしてる。
ビンテージ!!
いつまでも捨てられないもの
ポケットの中で潰れてるタバコの吸殻
6歳のときにもらったあのCD.
モーツァルトの曲が入ってる。
ピアノの先生がくれたあのCD.
あのね、あれが無いといけない時があるんだけど、
物凄く呼吸が苦しい時とか、不調の波が治まらなくてずっとひどい時。
最初は良かったけど、だんだんと、聴いているうちに、
あれは不調の時の音楽だからって、身構えてしまうようになって。
もっと強く病を意識してしまったり、死を意識してしまう。
だから、あまり好きじゃなかった。
だけど、やっぱり不調の時にはあのCDだって頭に植え付けられてしまったから、
やっぱり聴いてしまうよね。
そうしてまた、ひどい時が不定期で来ると、必死にそのCDを探すの。
あれが無いと、たぶん駄目だって、被害妄想してしまう。
それくらい洗脳に近い信頼がある。
最近、また体調がひどくなった時。
やっぱりあのCDを探し始めたよ、必死になって。
わざわざ古いラジカセを持ってきて、あれ?流れない!なんて騒ぎながら、
吐きそうなくせに、必死になって埃をとって、処置をほどこして。
やっと流れたときにはさっきまで感じもしなかった吐き気が戻ってくる。
なんだよ、と思いながらまた不調に戻ってベッドに倒れ込む。
まったく良くなる気配もないし、やっぱり強く病を意識してしまうし、
死を意識してしまうし、不調の時の音楽だって思ってしまう。
でも、やっぱり消そうと動くけどどこか安心していて。
結局、しんどい時には、今までにしんどかったときのことを思い出して
しまうけど結果安心するあのCDを聴いてホッとしているんだ。
これこそ、年季の良さかもしれないね。苦味も甘味も経験したその先に、
本当の家族みたいなあったかさがある。
そんなCDがあるんだよ。
珍しく素直に綴ってみたんだ、リアルをね。
#いつまでも捨てられないもの
ずっと捨てられないものなんて
どうせつまらないものだろう…
ちょっとのこだわりだったり
ちょっとの意地やプライドだったり…
傍から見たら
どうでもいいじゃんってものだろう…
あるんだなぁ〜
どうしても捨てられん
どうでもいいやつが…
昔、突然の遠距離きっかけで
大好きなまま別れた人の写真…
何度も始末するきっかけはあったのに
何故か手離せない…
今では
もうこのままずっと持ってようって…笑
大好きなままって言っても
結果
終わった時点で
ついて行くほど“好きじゃなかった”
ってことなんだろうけどね〜
なんか捨てられない!
他の終わったそれらのものは
瞬殺即処分できたのに
この人は謎だ!
顔が好きすぎて“推し”的なアレ?
チラ見すると
「やっぱカッコええなぁ〜٩(♡ε♡ )۶」
なんてね〜
永遠のアイドル様www
そういう
どうでもいいものを
大切に持ったまま終わっていく…
それが不完全な人間の証なのかもね~
ホントつまんねぇ~なぁ〜
┐(´д`)┌ヤレヤレ…
🌈黒猫のつぶやき🌈
こういうの捨てられるのって
終活の一番最後だな~
心の中で分かっていても、簡単には捨てられないものはあると思う。
プライドや、執着とか。
それを捨てたいのに、今までの自分を否定するような気がして腑に落ちない。
【お題:いつまでも捨てられないもの】
いつまでも捨てられないものがあるおかげで私の部屋は汚い( *˙ω˙*)و グッ!
かつて、純白だった色は黄みがかり、艷やかだった光沢は失われた。
色鮮やかだった刺繍は、色褪せて不鮮明になった。
でも、これは最愛の妻から、初めての贈り物だった。
遠き故郷の私の母に逢うために、彼女自ら赴き、初めて教わった刺繍だった。
時を重ねた繊細で美しい刺繍を施されたハンカチは、真新しいものとも違う良さがあった。
そのハンカチには、華やかさは無い。ただ、洗練された品の良さが在った。
もう使うことは難しいが、今でもクローゼットで大切に保管している。
名札
六年生の時の名札。
ピンクくて、白色で名前がかいてある。
そんな名札――
私は忘れっぽい。
物や匂い、音。
そのようなきっかけがないとなかなか思い出せない。
だから思い出すきっかけとしてなかなか捨てられない。
今でもまだ机の上に飾ってある。
いつまでも捨てられないもの
いつまでも捨てられないもの
大切な人たちからもらったもの、
記憶、
思い出、
それらを忘れないために、
または、大事にするために。
捨てられないものがある。
例えば、初めていった動物園の入園チケット。
例えば、一緒に買ったキーホルダー。
例えば、初めてもらったラムネのビー玉。
何気ない、人から見ればゴミと言われるだろう。
しかし、そのもの自体の価値よりも、
それに込められた想いや、お思い出。
それらが一番大事なのではないのか?
多くのものを持って、先へ進むには重すぎるけれど。
たとえ、重荷になっても、
ハンデのようになっても、
私は、人と人のつながりを、
一緒に過ごしたっていう事実をたいせにしたい。
そいうものは、考え方は間違っているのだろうか?
いつまでも捨てられないもの
小さな猫の人形。
それだけは捨てられない。
嫁はこんなの無くても大丈夫と言うが俺にとっては命より大切なものだった。
それは、俺がまだ小学生だったとき母がガンだった。
そんな中で、俺に人形を作ってくれた。
白くて、青い目のかわいい猫の人形。
母からの最後のプレゼントだから。
いつまでも捨てられないものなんだ。
久しぶりに昔のプレイリストを聞いていると、あの時みたいに、見ているはずの景色が見えてない感覚が甦っていた。今まで触れられなかったのは他に夢中になれるものができてしまったから。
でも進む方向が分からなくなってしまった気がして、あの頃に戻りたくなったんだと思う。こうして結局自分の居場所になるものが私のありのままを受け入れさせてくれる。捨てられるわけないよ。
#いつまでも捨てられないもの
家族、親友、楽しかったあの日の思い出。
全て捨てられない、大切な大切な大切な人、思い出。
捨てようとしても捨てられない。"いつまでもずっとずーと"
いつまでも捨てられないもの
明日、この街を出ていく
引っ越しの最後の詰め込み
思い出を封じた箱
これを最後に選んだのは
これからに必要なものの
判別をするためだ
いつもなかなか捨てられない
そんな私の部屋はジャングル
ワンダーランドの終焉
メリーゴーランドを止める前に
まっさらにする最後のお祭り
なにもかもを残した部屋に
何が必要かを問いかけていく
私の部屋には写真はない
思い出の残し方は結局のところ
その時のノリで買った
いわゆる意味のないものばかり
次の朝になんでこれ買った?
本人に問いかけるレベルのもの
笑うに笑えないものまである
判別と言えば格好がつくが
ほとんどはガラクタばかりで
部屋のカオスが居心地が良かった
ゴミ屋敷の言い訳はよくわかった
寂しさの穴埋めには方法がたくさんある
何よりも物質的なものを望めば
自ずと答えはこうなるのは必然なのだ
次の道筋を決めないままに進む
何かを変えたいと思うよりも
このままではいけないという衝動
どう動くかより動かないという焦燥
見切り発車同然で渡り鳥のように
遠い旅へと出ていく気分だ
さぁ本当に大事なものはなんだ?
手当たり次第に手にとっては
違うとゴミ袋行きの快速列車は進む
気づけばなん袋もゴミと化した
思い出は捨てられる覚悟を決めている
変わり果てたワンダーランド
ここにあるのは最初の型
ただの何もないだ
ここに来た時の始まりの姿
偽っていないありのままの形だ
そこから見える風景
この窓を開けたのもここに来て以来だ
なんて良い眺めなんだ
そこに流れる風もやさしく
初めて内見した時の
ここに決めた理由を思い出す
この景色が素敵だからだ
ここでなら何かを変えることができる
そう信じて借りた部屋だった
ここに来た日ぶりに思い出せた
この感情は新たな思いを連れてきた
この景色は変えられない
辿り着いた答えの場所は
なんら変わらないここにあった
問題はただ私の気持ちひとつ
私が見たいと思って見てこなかった
ここからの景色の為に全てを捨てて
もう一度気づくことができた
ここから見えるファンタジーな世界
ここに来た本当の理由
私の再びは今ここからになる
結局、私は私を捨てられない
もう一度と誓ったこの場所と共に
嬉しい恥ずかしい心は動き出す
何もない部屋から見る世界は
あの時の感情を思い出させる
ずいぶん遠回りしてきたね
ただ振り出しに戻った人生ゲームに
進むべき方向だけはやさしかった