『ありがとう、ごめんね』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
あの頃のわたしへ
傷つけてごめん
諦めないでくれてありがとう
今のわたしは全部抱えてちゃんと生きています
『ありがとう、ごめんね』
ろくでなしで、甲斐性無し、穀潰しの親不孝息子。「親孝行したい時には親は無し」っていう川柳があるくらいなんだから、親子あるある、そーゆーもんなんだよと、開き直っていた。
そんな僕に代わって、子どもが自立し余裕のできてきた妹が老母のためにいろいろしてくれる。
ここ数年で母は目に見えて衰えたので、薄情者の僕もさすがに後ろめたくなり、最近はちょっぴり改心し妹の企画に乗っからせてもらったりしている。
だが思った。例えばどこかへ出掛けても頭や心、体が元気でないと、さほど嬉しくないのかもしれないと。
もともと母が、どちらかと言うと出不精で、花や野菜を育てたり料理をするのが好きだったせいもあるかも知れない。
孫のリクエストに応えようと、忘れかけたレシピを思い出しながら厨房に立っている時の方が、生き生きしてる気がする。
親孝行もしもする気があるのなら
心身ともに元気な内に
#ありがとう、ごめんね
「ありがとう、ごめんね」
万が一何かあった場合の為に予備の金を
ある場所に隠していた
そして今日こそがその予備の金を使う時がきた。
俺はその封筒を隠してる場所に手を入れて
封筒を取り出す
中身を見ると
あれ…?
封筒の中に一筆便箋だけが残されていた
やられた
俺のヘソクリを見つけ出して中身だけ取って封筒だけ戻しやがった
あの女…内緒で鍵を合鍵作って俺の部屋に入って探したみたいだ
「ありがとう、ごめんね」と書かれた
一筆便箋をグシャと握り潰した
何食べたい? 何でもいいよ
どこ行きたい? どこでもいいよ
本当は何でもどこでも良くないのに
わたしの意見を優先するあなた
時々困るけど
「ありがとう、ごめんね」
ありがとう、ごめんね_72
所詮、恋なんていくらでも出来る。
彼女がいたって、いなくたって
この人のことが好きなんだと思えば
好きになれる。
でも、そう考え続けるだけで
意図も簡単に誰でも好きになれてしまう。
これは悪いことだよね。
彼女が出来た。
嬉しかった。
だって、好きだったから。
ほんとうだよ。
貴方のこと、好きだ
と思ったから。
だって、優しくて
笑顔が可愛くて、何にでも一生懸命。
可愛くてしょうがないじゃん?
でも、ダメだった。
君が他の人といる時の方が
輝いてまで見えて、
都合よく君が僕と居られないようにしたい
と思いはじめた。
それと同時に他の子も、可愛く見えた。
好きだなと思う瞬間なんて
数え切れないほどあった。
でも、1つだけ君も含めて共通点がある。
友達がよかった。
これだけ、僕の嫌いな言葉を使ってでも
共通した点だった。
「ずっと」変わらないことだ。
それでも、僕は恋をしよう。
君の愛に応えられるように。
君が僕のことを嫌いになってくれるまで。
わざとトラウマを思い出させようとしたこと
ここで謝ります。
好きになってくれて、ありがとう。
トラウマを思い出させて、ごめんね。
いつも支えてくれてありがとう
沢山わがまま言ってごめんね
日頃口に出してなかなか言えない感謝と謝罪を
貴方のおかげで毎日がとても楽しい
これからも貴方を支えていきたい
本当にいつもありがとう
ほどけそうな結び目を
美しいカタチに整える
素直なキモチは贈り物
天から授かった感性は
大切にねチカラになる
心と言葉を一致させる
これから必要になるよ
正直にねどんなときも
陽光が強くなっている
ハートを満たして愛で
いっぱいにしていつも
大好きなあの人へ届け
『ありがとう、ごめんね』
「ちょ、なに、してるんですかっ。痴漢ーーこのひと、ちかんですっ」
車内に、女の子の声が響いた。朝の満員電車。僕の隣にいた子が、顔を真っ赤にさせて眉を吊り上げて。
ギクッと、僕の呪縛がそれで解ける。今まで、見えない力で雁字搦めにされたみたいに、身動きできないし息もできない状態だった。
「な、何をお前ばかなことを、」
背後にいたスーツのおじさんが、うろたえた。女の子は「あたし、み、見ました。あなたが、このーーこの人のお尻、ずっと触っていたの、」とそいつを睨みつける。「ですよね?」と僕をひたと見据える。
勢いに呑まれて、僕はこくこくと顎を引くしかない。でも、情けないことに声は出ない。喉の奥に舌が絡まって張り付いてしまったかのように。
同時にえええええという衝撃が車内に走る。爆心地は僕たち。
そっちかよーという、ずっこけと意外性と。ちらちらと好奇の視線がまとわりつく。
痴漢に遭っていたのが男の僕で、それを告発したのが女の子という構図にいたたまれなくなる。朝っぱらから満員電車に騒動を引き起こしたことが申し訳なくなってきて、胃がしくしくしてきた。
おじさんは、じりじりとドア口に移動しながら「何を、証拠もなしに、お前……訴えるぞ」とまくしたてていく。女の子は「待って。逃げないでください、ちゃんと謝って。この人に」とそいつに縋った。
そこで停車駅に着いて、ドアが開く。人を掻き分けて、おじさんがあたふたと降りていく。
「誰かつかまえて! お願い、逃がさないで」
後追いする女の子。乗客も何人か取り押さえようとするけれど、電車を降りてまでそいつを追っかけてつかまえようとする人はいない。
「あなたも!追っかけますよ、逃がしちゃだめ」
「あ?え?」
ぐいぐいっと袖を控えて、僕はホームに連れ出された。女の子は左右を見回して「あ、あっち! すいません!その人、スーツの人、ちかんですっ。捕まえてください!」と叫ぶ。
しかし虚しく、おじさんの姿は朝の通勤時のラッシュの構内に紛れてしまうのだったーー
「すいません。ごめんなさい」
「……何で謝るんです?」
「いやだって、僕のせいで、電車降りてるし、学校遅れるし……」
駅のホームでベンチに腰を下ろした女の子は、はあああと深い深い息を吐きだした。そして、
「あの、私が言うのもなんですけど。あなた、もっと怒ったほうがよくないですか? 被害者なんですよ?なんでそんなに弱腰なの」
いら立ったように僕を見る。う……。
「男の僕が、痴漢被害に遭ってるなんて、なんか恥ずかしくて。男なのに」
消え入りそうな声しか出ない。情けない。恥ずかしくて死んでしまいたい。
割と昔から、痴漢に狙われるタチだった。気弱な性格を見透かされてしまうのだろうか、それとも、痴漢を引き寄せる何かがあるのか。
慣れていた、とは言わないけれども。
「男とか女とか関係なくないですか。されて嫌なことされたら、すぐに自分で自分を守ってあげないとーーうやむやしにしたら、自分が、かわいそうです」
きっぱりと強い目で言う。僕はまっすぐに言える女の子が羨ましかった。
僕より小さい、彼女の手はよく見ると震えているのだった。膝の上で握られた、細い手。
「……ごめんね、ありがとう。僕のために」
勇気を振り絞ってくれたんだろう。こんなに小さいのに……。
「緊張、したけど。見過ごせなかったの」
やだった、と女の子は噛みしめるように言った。俯いたままで。
「あなたに、誰かがべたべた触るなんて……絶対やだ」
卑怯よ、許せない。そう言う女の子の耳たぶが、真っ赤に染まっていく。
「え……?」
この子、僕のこと、知ってる?
改めてまじまじと彼女を見た。女の子はそこで顔を上げた。目が合う。
女の子は顔を紅潮させたまま、「痴漢、とか許しちゃだめです。だめですよ」と自分に言い聞かせるように繰り返した。
僕は、僕の代わりに怒ってくれる、許さないと言ってくれる彼女がまぶしかった。
「ありがとう……。あの、君の名前、訊いてもいいですか」
そんな言葉を、女の子に差し出したのは、それが生まれて初めてのことだった。
#ありがとう、ごめんね
別れの際には言うべきではない。
最後に放つその言葉は呪いとなってしまうから。
情と贖罪を伝えてしまえば相手は忽ちに遅効性の毒で苦しむことになる。
真に相手を想うのであれば、冷酷非情に佇むべきなのだ。
呆れられるように、憎まれるように、演じろ。
怒りへと昇華させれば相手は楽になれるのだから。
チンケで噛ませ犬な悪役に徹する。
決して口には出さず、心に留めておくのだ。
ありがとう。ごめん。地獄の様な舞台の主人公様。先にオールアップといこうじゃないか。
少しくらい、恨んでいても良いだろ。
お前の代わりに飲んだ毒が酷く苦いのだから。
ありがとう、ごめんね
まさにそんな気持ちです。
相変わらずどころか、昨晩は頭痛が酷く薬も効いた気配もないので、いっそ外を走り回りたくなる気分でした。
痛いし気持ち悪いし眠れないし、なら動けなくとも動きたくなるそんな気分。
皆さんもそんな気分になることありませんか?
いつの間にか眠れていつもの夜明け前。
ようやく痛みも引きトイレに行った後に、時間を見るついでに書いています。
数日サボりが続くと、闘病日記みたいですね笑
全然闘えてないヘタレなんですけど💦
おなかすいた
でも食べる勇気ないんです。
たぶん食べても、そのうちキラキラっとしてしまいそうでもったいない。
それなのに不思議と痩せないんですよねえ。
何かしらの悪意を感じます。
ああ、こういうときに限って、空気も読めず通知に出てくる食べ物屋さんアプリの数々。
どなたか一緒に、ココスの朝食バイキング行きません?
これ10年くらい言い続けてるのに、未だに誰も寄ってきてくれず。
気づけば値上げしてましたよね。
ファミレスでのんびりご飯食べながら談笑する。
なんて至福な光景なんだろう。
仕事で行って打ち合わせとかしているだけでも楽しいのだから、プライベートで誰かと過ごせたらさぞ。
もう友達じゃなくていいから、知り合いでもいいから知り合いたい。
いずれ茶飲み友達になってくれるかもしれません。
ああいけません!
そんな欲深いこと考えて活動してるから、誰も近寄ってきてくれないんですよね。
そういうのは、見た目も中身も人並みに良くなってから言え!
誰かに怒られる前に気づけてよかったです。
読んでくれてありがとう、ごめんねこんな駄文で。
謝るくらいなら書くんじゃねぇ!
そう思ったか思わないかは置いておいて、買い置きの煎餅どこいったかを探してみようかなと。
追記
投稿し終えてさぁ布団へと思った瞬間、左上にハートマークが。
この時間に読んでくれてわざわざ押してくれた人がいるなんて。
静寂の室内に人の温もりを感じた気がします。
どなたか知りませんが、ありがとうございます。
ごめんなさい挨拶しかお礼ができなくて。
この時間に起きている人だし、お近くだったらココスの朝食バイキングお誘いしてお礼できるのに。
我ながらなんと欲深い。
お礼と言いつつ漁夫の利を狙うとは。
でも人生何があるか分かりませんよね。
あの時のハートマークさん!?
みたいな展開どこかであるかもしれません。
長生きせねば。
いつかハートマークさんにお会いするかもしれない未来を信じて。
未来はなくとも、夢にくらい出てきてくれませんかね?
ご検討よろしくお願いいたします。
そんなことで許せたらどれほどだったか、私はどこでくじかれたのか。
あなたの笑顔を思い出した。今では酷く憎く、世界でいちばん嫌いなものだ。あなたが今ものんきに笑っていることはこの世界の恥ずべき部分で、私はもう、何ひとつ思い出せない。あなたの笑顔が好きだった日は、もう、私の中から完全になくなってしまったよ。
傷付いた顔をするなら容赦はしない。私はあなたが嫌いだ。きっともう絶対に許せない人だ。
なぜ許せないのか、たまに思い出せなくなる。
そして考える。
あなたが笑った日の私の事、
・ありがとう、ごめんね
【ありがとう、ごめんね】
(リゼ〇のシ〇ウスを思い浮かべた人正直に手をあげなさい)
「ありがとう、ごめんね。」
言葉が作った余白にひゅるりと風が吹き抜けていく。真正面の顔はとても苦しそうだった。
きっと私も、椿と寒椿のように似た表情をしているだろう。
「ありがとう」「ごめんね」
その言葉だけを最後に残して、彼女は星になった。
彼女は、勉強ができて可愛くて真面目で努力家で、いつも笑顔で…。
まるで、物語の主人公のような人だった。
みんなが憧れるような人で、多分、彼女のことを嫌いな人はいないと思う。だからこそ、彼女の心の叫びをみんな知ろうとしない。いや、気づいていても知らないフリをする。
きっと、心の中ではみんな気づいていたはず。
彼女が無理していたこと。我慢していたこと。
ある日の放課後、誰もいない教室で泣いている彼女を見た。きっと今までもこうして一人で抱えて、泣いていたんだと思う。
みんなの前では笑顔でも、心は限界だったんだと思う。
それは突然だった。
冬、雪の降った日、屋上で授業をサボっていたら、屋上のドアが開いた。最初は先生だと思って隠れていたが、ちょっと覗いて見たら、先生ではなく彼女だった。だけど、そこにはいつもの彼女の笑顔はなく、何かから開放されたような、そんな顔をしていた。一歩ずつ一歩ずつ歩く度に、泣きそうな、でも嬉しそうな、そんな雰囲気を出しながら歩いていた。
その様子を隠れながら見ていた。あと一歩踏み出したら…。そう思ったら、いてもたってもいられずに彼女の元へ走っていった。腕を掴んだ途端、驚いたような顔をしてこっちを見た彼女。だけど、すぐに目線を元に戻して、
「ありがとう」そして「ごめんね」
そう言って一歩を踏み出した。
絶対に行かせない、そう思って腕を最後まで掴んでいたけど、ついに限界を迎えた。
彼女は星になった。
いつも誰かを支えていた彼女は、誰にも支えてもらうことが出来ずに…。
大人になった時、彼女がいた事を覚えている人は、どのくらいいるのだろう。
この世界は、不公平だ。そう思ったらなんだか、涙が出てきて止まらなかった。
彼女が居なくなったのは、冬の寒い日だったはずなのに、時間は止まることなく、あの日から10年もたった。彼女のように、一人で抱える人が少なくなるように、今はカウンセラーとして働いている。
カウンセリング室の扉が開いた。そこには、彼女そっくりの笑顔をした少女がいた。外では笑顔でも、心の中はきっと笑顔ではないのだろう。この少女をしっかりと支える。それが今できること。彼女のように星にならないために。
身近な人にこそ きちんと伝えたい
ありがとう と ごめん
時には 自分にも声をかけてみる
色々とごめんね
いつもありがとう
明日からもどうか懲りずにお付き合いください
149:ありがとう、ごめんね
「ありがとう、ごめんね」
20年過ごしてここに骨を埋めると言っていたが
仕事の関係でこの街を去らなければならなくなった。
ここで生まれ、街の人にも恵まれ
友達とも楽しんだこの街。
そんな周りにも
「ここで一生暮らすんだ」と、言っていたのだが
周りも「約束だぞ!」とか「いなくなるなよ」等
沢山愛してくれた。
"約束"したけど其の約束は果たせなくなって
しまった。
最後の日になり
電車のホームに友人が集まってくれた
みんな私のために泣いてくれた。
発車の時間になり、最後は笑えてないかもだが
笑って別れた。
発車し、皆んなの姿が見えなくなった瞬間に
涙が溢れてきた、
周りの客にも聞こえないような涙声で
冒頭の言葉を述べたんだ。
『ありがとう、ごめんね』
減りの早いごめんねの回数券
あなたと会う度に空気を吹き込むお財布
減りの遅いありがとうの回数券
郵便受けにたまってるあなたの口癖
ここじゃないどこかへ行く為の降車ボタン
めいっぱい息を吸い込む
貝殻に靴を揃えてみる
私は海に攫われたかったのだ。
『将来の夢』
小学生の妹が見せてきた作文用紙には、そんなテーマがひと言書かれていた。
なんでも、秋の授業参観日に発表するため、この夏休みの間に書かなければならないらしい。
あんまりわからない、と妹は困っている。
何かいい案はないかと問われるも、こればかりは本人のポキャブラリーから引き出さなければ意味がないだろうと、私も困る。
じゃあ聞き方を変えるね、と妹は言った。この子、私より十も下だというのに、時おりこうやって大人な一面を覗かせるので、鳥肌が立つ。
「お姉ちゃんは将来の夢、なんだった?」
十年前。
臨月の母は病院に行ったきり、家に帰ってこなくなり、私は事情を理解しながらも、決して受け入れられずにいた。
当然といえば、当然。小学四年生なんて、そんなものだろう。自分の都合のいいことしか、頭にいれたくないのだ。
情けないことに、大人にもそういう種族がいることを、十年後の私は悟ってしまうのだけれど。
それはさておき。あからさまに口を聞かなくなった娘の私相手に、父はずいぶんと困った顔をしていた。
いつも私が自分から話しにいくのは母のみで、父に対しては不慣れな面も大きかった。仕事の忙しさから、休日でもほぼ一日中寝ており、家では滅多に顔を合わせず、どこかに遊びに連れて行ってもらった経験も皆無に等しかったと思う。
そんなことだから、正直顔を合わせたとて、何を話せばいいのかわからなかった。ので、私は無口を決めこんだというわけだ。
ふたり寂しく、夕食の席。父が慣れない手で頑張って作ってくれたご飯。今となっては感謝しかないが、当時の幼い私にとっては微妙な味をしていた。
父は一生懸命、私に話しかけてくれていたと思う。思う、というのも、どうも右から左でほとんど聞いてなかったから覚えていない。なんて薄情な娘だこと。
聞いていないので当然、返事はうん、とかううん、とかもうあまりにも適当で。キャッチボールをはなからする気がなかった。父が全力投球するのに対し、それが体に当たろうが何だろうが、絶対にバットを振ったりしない。
あれ、キャッチボールというよりそれは野球では。
さておいて。氷のような食事を済ませるなり、早急に自室に戻る私。金魚色のランドセルの中から宿題を取り出し――しまう。
私は優等生ではないので、宿題は気が向いたときしかやらなかったし、プリント類はほとんどファイルにいれっぱなしだった。
だからまあ、すっかり忘れていた。授業参観日のお知らせを、父に渡すことを。
当日。クラスメイトの家族が教室に来ているのを見て、ようやく思い出したほどには忘れていた。渡さなかったのは自分だというのに、あろうことか私は参観に父が来ないことを恨めしく思っていた。
「では、作文をひとりひとり、読んでいきましょう」
さすがというか、家族の目にも怯む様子を見せない、熟練教師のおばあちゃん担任。実に普段どおりの声色で、ゆったりと授業を始める。
挙手制で、各々が事前に済ませておいた作文課題を読み上げていく。発表を終え、拍手が響くと彼らは決まって、後ろを振り返る。そして家族からのグッドサインを受け取ると、満足気に席に着くのだ。
私は手元の用紙に目を落として、ため息を吐いた。
『将来の夢』
用紙には、印字されたそのひと言だけが顔を見せている。文字枠の中に、鉛筆の粉は刻まれていない。
どうか、時間切れか何かで当たりませんように。
そんな私の願いも虚しく、おばあちゃん先生は容赦なく私の名前を穏やかに呼んだ。
驚いて辺りを見渡せば、なぜか誰も手を挙げていない。そして当てられた私へと全視線を向けている。
次に目に入ったのは、黒板に吊るされた日直当番表。マーカーペンで綴られているのは、紛れもなく己の名。
すべてを理解して、一気に血の気が引く。大勢の鋭い視線をなるべく視界にいれないように、がたりと重々しく立ち上がった。
しん、と静寂に覆われる。なぜか突っ立ったまま口を開かない私に、児童も保護者も皆怪訝そうな空気を漂わせた。
どうしました、と先生も心配そうに問う。何か、何かを言わなくては。焦れば焦るほど、真っ白な用紙が心臓を握りつぶしてくるようだった。
気持ち悪い。胃の中のものすべて出てきそうだ。
「……保健室、行ってきます」
小さくそれだけ吐き捨てて、私は誰の顔も見ないようにうつむいたまま、教室を飛び出した。
これだから、自分が嫌いなのだ。
正直に言えばいい。書けませんでした、だから発表できません。そう、ありのまま打ち明ければいい。
それが、できない。したくない。
面倒くささと、変に高いプライドが、私の臆病心を掻き立ててしまう。
廊下の角を曲がり、保健室へは行かないまま、途中で立ち止まって壁によっかかる。
右手に持って出てしまった用紙を、横目で睨んだ。
こんなもの、もう必要ない。見たくない。
臆病心が最高潮に達すると、私はすべての事象から逃避するかのごとく、それをビリビリと破り捨てた。
「アカネ?」
聞きなじみのある低い声に、心臓が跳ねる。
ボロボロの紙が、私の手に貼りついた。
よれたスーツ、寝ぐせのままの髪、私とよく似た日本顔の父が、すぐそばに立っている。
どうして、なんでいるの。
その問いは出てこない。まともに顔を見ることもできずに、拗ねた幼児のように顔を逸らす。
「びっくりしたよ、急に教室を出ていってしまうから。体調が悪いのか? ならお父さんと一緒に保健室に……」
「ほっといてよ」
父の声が、ぴたりと止んだ。
私の心臓も止まる。今、自分が何を言ったのか理解できない。
勝手に、飛び出てきてしまった言葉。こうなればもう、歯止めが効かないことを察してしまった。
「なんだっていいでしょ、どっか行ってよ」
顔を見れないまま。冷たそうな廊下を見続けながら、私は一心不乱に言葉を当てる。
「てか、なんでいんの? お知らせ渡さなかったじゃん、わかんない? 来んなって言ってんの! それくらい察してよ」
違う、違う違う。
そんなこと思ってない、考えてない、私の本音じゃない。
でももう、止まらない。
「いまさら父親面してさ、何がしたいわけ。ご飯はまずいし、部屋は汚いし、洗濯ものはぐちゃぐちゃだし、話はつまんないし、臭いし、だらしないし! あんたなんか認めない、父親じゃない! 大っ嫌い! お母さんを返してよ!」
ぱん、と痛々しい破裂音が廊下に響いた。
それが、自分の頬から発せられたものだということに、気づくまで時間がかかった。じんわりと痛みを帯びていく。
視線を上げた先には、くしゃりと歪んだ父の顔。
とたんに心臓がギュッと掴まれたように苦しくなって、視界がぼやけて見えなくなった。
まるで赤ちゃんみたいに、みっともなく、情けなく私は大声を上げた。嫌い、嫌い、大っ嫌い。それしか言えないロボットみたいに、ボロボロな心を削るみたいに、罵りまくって激しく泣いた。
こんなに涙を零したのは、いつぶりかさえわからなかった。ずっと、ずっと溜めこんできたものが、全部溢れ出してくるのを感じる。
父は何もしなかった。声をかけることも、頭を撫でることも、抱きしめることもせず、ただ泣きじゃくる私をずっと見ていた。
そのときの私は、そんな父をより一層憎らしく思った気がする。
「お姉ちゃん?」
壊れた? と怪訝そうに見上げてくる妹に、へらりと笑ってみせる。
ちょっと昔を懐かしんでた、と言えば、おばあちゃんみたいと毒舌を吐かれる。失敬な、こちとらまだ二十歳のピッチピチハリツヤお肌だぞ。
あれ、そういえば何聞かれてたんだっけ。
「だから、将来の夢何だったのって」
呆れ混じりにもう一度問われ、改めて振り返る。
正直なところ、なりたかったものなんて覚えていないけれど。まあ、記憶から考えるなら、きっとあのときの私には未来を夢見る余裕なんてなかったのだろう。
お腹の妹に母親を取られたような、好きでもない父親に嫌われたような、そんな孤独を勝手に感じて、今この世界にひとり取り残されたような気がしていた。
だから、前に進む気が起きなかった。のでは、なかろうか。
「強いて言うなら、何かあるでしょ」
素直に事実を伝えると、妹は心底不満そうにそう吐いた。この子、なかなかしぶとい。意地でも私から何かを引き出したい様子だ。
こう全力でこられては、私も意地を見せるしかない。
強いて言うなら、強いて言うなら……必死にない頭脳を巡らせる。
結局、あのあと私は。
将来の夢を破り捨てた私は、どうしたのだったか。
母は豪快に笑った。
まさか私がいない間に、そんなことになっていたとは。大きく貼られた白いガーゼを目に、楽しそうにそんなことを言う。
痛かったかと問われたので、強がって首を横に振れば、ものすごく感心された。
「すごいね。私もお父さんに叩かれたことあったけど、めちゃくちゃ痛かった覚えあるよ」
「え! あの人、お母さんも叩いたの?」
「昔の話ね。大喧嘩したとき、思いっきり。まあ、百倍くらいに返り討ちにしてやったけど」
またもや、豪快に笑う母に私は若干引いた。
入院中の母は、想像していたよりも元気で。お腹が大きいことに変わりはなくて、それがなぜか私の心をすっと軽くしてくれたように思う。
久々に、色々な話をして。楽しい時間はあっという間に過ぎて、空は茜色に染まった。
父が私を迎えに来たので、げんなりとしながら母に別れを告げる。
立ち去ろうとした私の未熟な腕を、母がつついた。
「お父さんね、ちょっと後悔してたよ」
振り返った私の耳に、そんなことを囁いて、母はぎゅっと両目をつむった。
たぶん、ウィンクをしたつもりなのだろうけど。残念ながら、梅干しを食べたような顔になっている。
それが何だかおかしくて、私は小さく吹き出した。
不思議そうな父に着いて、私たちは家路を辿る。
母と話したおかげで冷静になった私の心は、罪悪感と緊張感で押しつぶされそうになっていた。隣を歩く父の顔を、より一層見れない。
しかし、やはり謎に高いプライドが邪魔をして、なかなか自分からは謝罪の言葉が出てこなかった。
「ごめんな」
だから、頭上からそんな言葉が降ってきたとき、あんまりびっくりしすぎて顔を上げたことを覚えている。直後、慌てて下を向いたけれど。
今にして思えば、何か言いたげな私を察して、うながしてくれたのかもしれない。
「寂しい思いさせてて、すまなかった。お父さん、お母さんの代わりにはなれなかったな」
ズ、と濁った音が鼓膜を刺す。それは、鼻をすする音に似ていた。
穏やかで、優しい声。先日の、鬼のような形相とは正反対の、いつもの父。それが、引き絞られた心をふっと緩めるものだから、私は溢れだすものをまた堪えることができなかった。
ごめんなさい。酷いこと言って、ごめんなさい。
そう言ったつもりだけれど、たぶんほとんど伝わっていなかったと思う。それでも、父は頷いて、その大きな手でようやく頭を撫でてくれた。
それが温かくて、嬉しくて、私はやっぱり赤ちゃんみたいに声を上げて、泣きじゃくった。
精一杯のごめんなさいは、私色の空に溶けていった。
「なんだ、そんな昔のこと覚えてないぞ~」
ビールの泡ヒゲをつけながら、相変わらずだらしない格好の父がへらりと笑う。
私も今日まで忘れてたからね、と言えば、そりゃ当然かと笑いあった。あの日、あの頃の刺々しさが嘘のように、私と父は一緒にお酒を飲む仲だ。
ぬか漬けをポリポリとつまみながら、父はふと思い出したように口を開く。
「そういえば、なんかお菓子作ってくれたことなかったか? なんだっけ……テ、テトリスみたいな」
「ティラミスね。なんだ、覚えてんじゃん。ちょうどその頃だよ、仲直りの印にって私が作ったやつ」
そうか、そうかと父は嬉しそうに頬を染めた。あれは人生一おいしかったな、なんて言うものだから、私まで顔が熱くなる。
ティラミスと言ったって、本当に不格好なものだった。材料だけが器に入れられた粗末なもので、あの綺麗な層など欠片もできていなかったけれど、確かに父は本当に喜んでくれたように思う。
あとから知った。父は、甘いものが得意ではなかったらしい。
「私の頑固さって、なんかお父さんからな気がする」
「おっ、ようやく気づいたか~」
ばっちり遺伝子継いでるな、と冗談めかして笑う。
私も笑った。でも、全部はきっと受け継げなかったんだ。半分の中に、運悪く頑固さが入っていただけ。
「ちょっと、お酒くさいんですけど」
不機嫌そうに眉をひそめながら、妹がリビングに降りてきた。お前も一緒に飲むか、なんて父のダル絡みに、舌打ちしそうな勢いでため息を吐く。
「ねぇ、お姉ちゃん。結局質問の答えなんなのさ」
麦茶を飲みながら、妹は私に矛先を変えた。
「ふふ、わかったよ。私の将来の夢」
「お、なんだなんだ。面白そうな話だな」
「お父さんには聞いてないから黙ってて」
妹の牙に、酔っ払いは小さく萎む。
その様子におかしくて笑いながら、私は改めて妹に向き直った。
「私の、将来の夢はね……」
『そう、喜んでくれたの』
よかったね、とウィンクの音が受話器の向こうから聞こえてきそうな、祝福の言葉を贈られる。
「まあ、ほら。喜ばないほうが変じゃん……」
私の照れ隠しは、笑いで一蹴されてしまった。
父も寝静まった夜のリビングで、固定電話に張りつく私。病院の公衆電話から、楽しそうに笑う母。
きっと、つかの間のひとりじめだ。幼心に何となく、私は悟っていた。妹が産まれれば、きっと私はまたやさぐれてしまうんだろう。
だから今のうちに。母の愛を、全部覚えてやるんだと。夜のハイに任せて、私は電話越しに他愛もない話をした。
しばらく喋って、ふと思い立って、私は父がちゃんと寝ていることを確認する。
「あのね、お母さん」
『うん?』
「私ね、将来の夢できたよ」
少し驚いたような声がしたあとに、聞かせてよ、と期待が向けられた。
あのとき、発表できなかった、私の夢。
今ならもう、迷いなく言える。
――な、なんだって? テトリス?
――……うん、おいしい。おいしいよ、アカネ。すごいな、こんなものまで作れるようになったんだな。
――ありがとう。
「ありがとう、と……ごめんなさいが、言える大人になりたい」
ありがとう、ごめんね。その最後の言葉が忘れられなくて、どうしようもなく立ち尽くしてる。
『藍より青し』
二人の歩いた 轍は消えて 青く染まった家路が見える 距離を測る定規もなくて 消えたものを取り戻す力もないよ 心の身長に差がついた 小さな頃 背比べをして どんぐりを拾った 二人はそうだ どんぐりを拾った
「ありがとう」に辿り着くその前に
何度も出会った「ごめんね」って言葉は
同じくらい臆病で でも好きなんだ
戻れるから たまに 離したりもするけど