あゝ無情
くやしいな
何故他人は成功して
自分だけ失敗するのか
そんなの理由はたった一つで
自分の頑張りが足りなかっただけなのだ
ネットリテラシーはむずかしい
本当はYouTubeに掲載されてるMVにこの話をコメントしたかったのだけれど、していいのかわからなかったからここで書かせてほしい
藤井風さんの『罪の香り』を聞いているとき
私の頭にはどうしても『源氏物語』の一節、「藤壺の里下り」がよぎるのだ
藤壺の里下りとは、源氏物語の亡き母にそっくりな女藤壺が、体調を崩して里に降ったところへ、ずっと慕っていた光源氏が訪れるシーンだ。このシーンは源氏物語の中でも強い意味を持つシーンである。なぜなら、この後藤壺は光源氏の子を身籠るからだ。そのせいで、藤壺も光源氏も苛まれていく。
ここと『罪の香り』の歌詞がすごくマッチしているのだ
特に藤壺の心境とリンクしているように感じられる
まだ知らない君はぜひ読んで、聞いてみて欲しい
古文への勉強意欲が高まるかもしれない
ある大学を受験したときに
「人魚姫」が題材になった評論が問題になっていた。
アンデルセンの描く人魚姫とはなんだったのかを語る評論だった。
アンデルセンの『人魚姫』は、バッドエンドとして知られているが、本当は「人魚姫」本人にとってはハッピーエンドだったのだと、評論の筆者は語っていた。
人魚は死ぬと泡になって消える。
それすなわち、輪廻転生がないということ。
天国にもいけないということ
つまり、「彼女には魂がない」ということ。
人魚姫は、王子をナイフで刺し殺すことができなかったため
その身を海に投げ、魔女の契約の通り泡になる。
しかし、
彼女はその後「風の精霊」となって人々に幸福をもたらす
これが意味することは、彼女が転生したということ。
彼女は、人を愛しに愛した末に、
愛した人ではなく
もっと高尚な「魂」そのものを獲得したのだ
これを読んだとき、なんて美しい物語なのかと思った
たった一つの童話なのに終わることなく親しまれる物語
そこから考察されることが、わかることが
こんなにも美しいとは思わなかった。
かけがえのない出会い
人生の絶頂かと思えるほどの喜び
受験生活全ての破綻
嫉妬、絶望、自己嫌悪
かけがえのない唯一無二の弟の死
じゃあ来年はいいことから始まってくれるんだろうな???
変わらないものはない。
そんなの当たり前
だから、
人の価値観は変わることを念頭に置いておくべきだ
「この間はこう言ってたじゃん!」
と怒ることはお門違い
それを知っておくだけで
幾分か生きやすくなる