『初恋の日』
無口な子と付き合うことになってしまった。
ここだけの話、クラスのやつと遊んでて、その罰ゲーム。ノリで告って来いよってやつ。
成功してしまったら、真剣に付き合うよ。クラスのやつにもはっきり言う。
展開的には、フラれるほうがよかったけど。
好きです、付き合ってくださいと言ったあとは、頷いたんだ。OKってこと? そう聞いたら、また頷いた。
付き合えてしまったから、一緒に帰る? 一応聞いた。相手の教室前まで行って、出てくるのを待つ。
なかなか出て来ないから、驚かさないように近づいた。
手帳、スケジュール帳か。かわいい字が見えた。初恋の日なんていう可愛すぎる日があった。
付き合ったらいろんな記念日があると思う。それについて俺は、めんどうだと思ってた。たくさんあると覚えられないし。
つーか、初恋ってことはさ、俺がはじめての彼氏という……?
俺に気づいたきみは、スケジュール帳を隠す。
「み、みた……?」
「かわいい記念日。なにする?」
「で、デート?」
「よし、行こうか」
絶対、幸せにする。
『耳を澄ますと』
視界に入った知らない手。
ノイズキャンセリングイヤホンを外して、相手の口に集中する。
「あー、悪い。音楽聴いてた? 今日課題の提出日なんだけど、出せる?」
「あっ……うん」
机から筆箱が落ちた。慌てぶりに男子は笑っていた。
「急ぎすぎ」
私の机で課題を整えたら、男子は教室を出た。
耳へ一気に流れ込んでくる、いろんな音。イヤホンをつけて、私だけの世界に浸る。
授業では必要と感じないからつけてない。それでも、担任に許可は取っている。
私から言ったりしなければ、周囲は、イヤホンで音楽を聴いているんだろうと思ってくれてるみたい。
視界にまた、手が入る。
「良いイヤホンしてるよな。音とかこだわってんの?」
課題の回収をしてた男子だ。髪も染めてて、なんか怖いな。そんなに男子が好みそうなデザインのイヤホンかな……?
「ほら、かっこよくね?」
そう言うと、比べるようにイヤホンを並べてくる。どちらも黒いし、光沢もあるし、同じじゃない?
「ていうか、いつも何聴いてんの?」
「……何も」
「何も?」
「うん。何も聴いてない。これ、ノイズキャンセリングイヤホンで、音に敏感な人が付けるやつなの」
「ふ〜ん」
思ったより早く相槌がきたけど、そのあとは沈黙で、チャイムが鳴る。
日直で残ることになった放課後、静か過ぎる教室。引き戸が開いた。
「やっぱな真面目っぽいから残ってた」
どんどん距離を縮められて、「ちょっとついて来てほしい。あ、鍵閉めと日誌持って行くの、俺にさせて」
髪も染めてて怖い人じゃないの? なんか、変なの。
体育館へ続く渡り廊下。真ん中のところで、座る。立ってるのも変かと思って、真似して座った。
「俺の好きな曲流すわ」
ほんの一瞬、イヤホンを片方借りることになるんじゃないかって考えた。
もう少し音を大きくしてくれたら、ちゃんと聴こえるんだけど。言ってもいいのかな。
「休憩時間の教室の音って、嫌い?」
「音が刺さるっていうのかな、痛いから」
「今いるここの音は?」
「ここは静かで、大丈夫……?」
好きな曲を流すといって、聴こえるのは、結構派手だな……叫び声も混じってない?
「全部の音を聴かなくてもいいんじゃね? 耳を澄ますっていうか。好きな音を拾いに行けば、いつもつけてるイヤホンも必要なくなるだろ」
これは励ましてくれてる? 別に誰かに嫌味を言われてるわけじゃないんだけどな。
「フフッ、んー……ありがとう?」
「笑うのかよ、俺、すっげぇ考えたのに」
『善悪』
彼は言う、「何も知らず聞いただけじゃ、酷いこと考えてるって思うんだろ? 誰しも否定するだろうな。けどその考えにどれだけ共感できるか、うまくいけば踏み止まれるんだよ……」
同じ顔の彼は言う、「みんな良いところあるし、無くなってしまったら、その人じゃなくなってしまうんじゃない? 良いねって言ったほうが気分いいし、笑顔を向けられて嫌な思いになる人なんていないでしょ」
私の人生で初めて出会った双子の男性は、見事に考え方、価値観が違う二人だった。
昔テレビで見たか……育った環境が大きく違えば、双子であっても違う考え方になってしまうのだと。
白黒はっきりとも言える考え方になってしまっているのに、どうして一緒に居ようと思ったんだろう。
喧嘩、まではいかなくても、揉め事は毎日のように出てきそう。いろいろ言って、丁度いい考えに出来たら素敵ね。
『桜散る』
仕事と家の中間地点に、桜は咲いていた。
家庭菜園がちょこっとあって、誰かが管理している。
桜が綺麗ですね、とお邪魔する方法もあったかもしれないけど、いつでも遠めからスマホ撮影をした。気づいたら五年目らしい。何年前の今日は、ってスマホが記録してた。
寒い日が続き、暖かい日が続く。
たぶん、去年より咲くのが早い。
今年もまた、同じところから。
雨が降る日、風が強い日、今年は見れる日数、少ないかもな。
散ったあとの、地面が桜色になるのも、よかったりするけど。
腰に気を遣って立ち上がる女性。会釈をされたから、自分も頭を下げた。
「何かご用かしら」
「あ、いや……さ、桜っ……綺麗ですね」
「あらぁ、ありがとう。もっと近くにいらっしゃいな」
場の流れに流され、桜の真下、もっと早く言えればよかった。結構散ってる。
「今年は天気が荒れる日が多かったからね~」
「ここの道、割りと近所で、遠くからいつも楽しませてもらってたんです」
五年分を、女性に見せた。
「来年もいらっしゃいな。いつでも近くで撮ったらいいから」
畑作業のせい? 年齢のせい? シワのある、小柄な手だけど、力強かった。
『星空の下で』
窓の向こう、暗闇から聴こえるドォンという音。
「あれっ? ねぇ! 花火じゃない!?」
そう言ってきみはベランダへと走る。
ほとんどは建物に隠れてしまい、大きい花火だけが少し見えるだけだった。
「あーぁ、知ってたら計画立てて出掛けたのにね。今からでも開催されるところないかな」
そう言ってきみはハッシュタグやら、ネットを巧みに使い調べる。
花火が終わった空は、静かだ。
「見上げて、どうした?」
「星空って、こういう時にしか見ない気がしたから」
「こういう時?」
「外に出れば自然と見上げてる空だけどさ、星空は夜にならないと見れないじゃない? 花火があるとか、流れ星がよく見えるとか、理由がないと」
「なるほどね。確かにそうだわ」
田舎のほうが星がよく見えるらしいが、計画して見に行くのもいいかもな。