糸花

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『耳を澄ますと』

視界に入った知らない手。

ノイズキャンセリングイヤホンを外して、相手の口に集中する。

「あー、悪い。音楽聴いてた? 今日課題の提出日なんだけど、出せる?」
「あっ……うん」

机から筆箱が落ちた。慌てぶりに男子は笑っていた。

「急ぎすぎ」

私の机で課題を整えたら、男子は教室を出た。

耳へ一気に流れ込んでくる、いろんな音。イヤホンをつけて、私だけの世界に浸る。

授業では必要と感じないからつけてない。それでも、担任に許可は取っている。

私から言ったりしなければ、周囲は、イヤホンで音楽を聴いているんだろうと思ってくれてるみたい。

視界にまた、手が入る。

「良いイヤホンしてるよな。音とかこだわってんの?」

課題の回収をしてた男子だ。髪も染めてて、なんか怖いな。そんなに男子が好みそうなデザインのイヤホンかな……?

「ほら、かっこよくね?」

そう言うと、比べるようにイヤホンを並べてくる。どちらも黒いし、光沢もあるし、同じじゃない?

「ていうか、いつも何聴いてんの?」
「……何も」
「何も?」
「うん。何も聴いてない。これ、ノイズキャンセリングイヤホンで、音に敏感な人が付けるやつなの」
「ふ〜ん」

思ったより早く相槌がきたけど、そのあとは沈黙で、チャイムが鳴る。

日直で残ることになった放課後、静か過ぎる教室。引き戸が開いた。

「やっぱな真面目っぽいから残ってた」

どんどん距離を縮められて、「ちょっとついて来てほしい。あ、鍵閉めと日誌持って行くの、俺にさせて」

髪も染めてて怖い人じゃないの? なんか、変なの。

体育館へ続く渡り廊下。真ん中のところで、座る。立ってるのも変かと思って、真似して座った。

「俺の好きな曲流すわ」

ほんの一瞬、イヤホンを片方借りることになるんじゃないかって考えた。

もう少し音を大きくしてくれたら、ちゃんと聴こえるんだけど。言ってもいいのかな。

「休憩時間の教室の音って、嫌い?」
「音が刺さるっていうのかな、痛いから」
「今いるここの音は?」
「ここは静かで、大丈夫……?」

好きな曲を流すといって、聴こえるのは、結構派手だな……叫び声も混じってない?

「全部の音を聴かなくてもいいんじゃね? 耳を澄ますっていうか。好きな音を拾いに行けば、いつもつけてるイヤホンも必要なくなるだろ」

これは励ましてくれてる? 別に誰かに嫌味を言われてるわけじゃないんだけどな。

「フフッ、んー……ありがとう?」
「笑うのかよ、俺、すっげぇ考えたのに」

5/5/2024, 7:49:30 AM