栞菜にとってバレンタインは無縁だ。なにしろ恋愛に興味がないのだから。好きという感情はある。でもそれは愛情とは違うもので、ときめくようなものでもない。
健の頃は何人もの女性にチョコをもらったが、何も感じなかった。
新しい女友達もでき、恋バナの話も聞くようになったが、話を合わせても心の中ではどうでもいいと思っている。
女性になりたいという気持ちに気づいてから、憧れから欲望へと変わった。理想の女性になることが栞菜の喜びだった。
待ってて、やっと願いが叶う。健でいた頃には考えられなかった。夢にも見た振袖に袖を通すこと、栞菜になったことで夢が叶う。中学生の頃、隣のお姉さんが着ている煌びやかな振袖を見て憧れた。
でも男の私が着ることはできない。叶えることのできない夢を見る日々、辛かった。
振袖に袖を通した瞬間、気分が高揚しているのが自分でもわかる。
ああ、女になって本当によかったと思えた瞬間だった。
偽りの人生を歩むより、全てをさらけ出して生きる方が生きている実感がする。全てを失っても自分に正直でいたい。打ち明けることのできない、本当の自分の気持ちを伝えたい、聞いてほしい。栞菜が初めてカミングアウトしたのが健だった。
健は栞菜の目をまっすぐ見つめ、決して目を逸さなかった。健にも栞菜に気持ちが痛いほど分かる。(私も同類だから・・・)心の中でつぶやいた。
この場所で谷岡健の人生の終わりを迎える。温泉街の広場で、夜空に淡く光るランタンを見ながら、新しい人生の旅たちをランタンに願いを込めた。
隣にいた白石栞菜も同じように願っている。明後日にはタイに向かう。側から見ればカップルに見えているだろう。
明日、2年間共に過ごした同居生活も終わる。次に会うのは半年後、互いの姿に整形した後になる。
今までの人生に未練はない。女として生きると決めてから迷いはなかった。
夜空に浮かぶランタンが夜空へと消えてゆく。
「さようなら、健」心の中で別れを告げた。
栞菜が通ると誰もがみんな振り向く。モデルのような細身の体に大きくくっきりとした目。彼女の目を見ると、透き通った瞳に吸い込まそうになる。それがさらに人を惹きつける。
占いの館があるビルへ栞菜が入って行く。ビルの2階は占いの専門店が7店あり、栞菜はタロット占い専門の店をやっていた。栞菜のあの吸い込まれそうな瞳も、神秘性を持たせるエッセンスとなっていて、売れっ子の占い師だ。