ななせ

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7/4/2024, 10:39:06 PM

あの夏のあの夕べ
寝ているあなたの頬を撫で
そっと頬を触れ合わせたことも


あの午後の図書館の中
あなたの返した本を真っ先に手に取って
腕の中で抱きしめたことも


あの春の綺麗な空の下
友達に話しかけるふりをして
あなたを横目で見ていたことも


あの校舎のあの廊下
震えないように気をつけて
ようやく出した声のかすれも


あの冬の冷たい雨の日
降りしきる水の中で
こっそり呟いた2文字も

誰も知らない
私も知らない
みんな忘れた
みんな知らない

知っているのはただおひとり
そのおひとりも、話してくれはしないのだ


お題『神様だけが知っている』

7/1/2024, 10:39:27 PM

窓越しに見えるのは、
向かいの座席で寝ているおじさん。

窓越しに見えるのは、
有名でもない小さな山。

窓越しに見えるのは、
派手なネオンのエスニックバー。

窓越しに見えるのは、
二、三軒ばかりのマンション。

窓越しに見えるのは、
2匹のメス猫の戯れ。

窓越しに見えるのは、
疲れた顔のおばさん。

窓越しに見えるのは、
夢か現か透明の景色。


お題『窓越しに見えるのは』

7/1/2024, 7:30:14 AM

僕たちは赤い糸で結ばれてるんだよ。
違うよ、白い糸だよ
何それ?だってほら、こんなに真っ赤なんだから。
ううん。白いよ
君が見てるのは違うものじゃないの?
ううん。君と同じものを見てるよ
じゃあ、赤くないとおかしいよ。
おかしくないよ。だって、白い糸が赤く染まってるだけだもん
何の赤なの?
君の血液よ
どうして染まるの?
私たちに結ばれてるのはただの糸だもん。運命の糸なんかじゃないもん

少女は少年に背を向けると、小指に結ばれた糸を解いて駆けて行った。
少年は倒れたまま動かず、日は暮れる。


お題『赤い糸』

6/27/2024, 10:38:45 PM

顔を洗う。
靴を履いて外へ出る。
車に乗る。
渋滞の中をのろのろと進んでいく。
帰りたい

何のためになるのか分からない仕事をする。
無くとも良いグラフを作る。
ミスをする。
大勢の前で叱られる。
帰りたい

皆が俺を馬鹿にする。
嘲笑し、見下す。
ああ帰りたい
ここではないどこかへ
帰りたい

玄関のドアを開ける。
服を脱いで風呂に入る。
一息つく。
帰りたい

ここは家
帰るべき場所
ただ、いつもどこかへ帰りたい
戻りたい
暗くあたたかい羊水の中
おかあさんの
子宮のなか?


お題『ここではないどこか』

6/25/2024, 10:40:28 PM

その花は、とても堅固でぴしりと立っておりました。けれど、その強さは生来の物ではなく、とろけた中身を隠すようにして周りを固めているようなのでした。
また、見ているだけであれば美しく、清い小川のようでしたが、触れればたちまち目の前から消えてしまいます。そんな、ちぐはぐで気難しい、愛おしい花でした。
私の物にしたいと思いましたが、誰かの所有物にするには高潔で、我儘で、愚か過ぎました。私はそれを崩したいと考えていましたが、いつの間にか願望の中の花を見つめていたようでした。万華鏡を回して、本当では無い世界を楽しんでいるだけなのでした。
いつかその花に、「私と一緒に来てくれるか」と尋ねたことがあります。花の答えは沈黙でした。喜ばしくないことには、肯定の沈黙ではなかったことです。花に何かの縛りがあって、その場を離れられないのか、私が嫌なだけなのか。それはまったく分からないのですが、それ以上聞くことは許されませんでした。
花は、私の全てを奪いました。それも、意図的にです。私は怒りを通り越して呆れることしか出来ませんでした。けれど、そんな罪を犯したからにはもう、私と花とは共にいることはなりませんでした。
私は悲しみました。全てを奪われてもなお、私は花を愛していたからです。いえ、ここまでされたなら死なば諸共、という意志もあったのかも知れません。しかし、執着のようなそれは確かに愛でした。
もう一度、私は花に聞きました。「私と一緒に来てくれるか?」
花は答えました。
「あなたと私は二つで一つ、」その言葉を聞いて、私は嬉しくてなりませんでした。あの花が、ようやく私の愛を受け入れてくれたのです。しかし、花は続けました。
「けれど、共にいるのは毒を生むだけ。どちらかが欠けて一つになれる。」
ああ、それを聞いた時、私の身体は動きました。花の凛とした茎を持って、優しい砂土のベッドから引きずり下ろしました。
花はもう喋ることなく、ただ朝露を地面に幾滴か落とすばかりなのでした。


お題『繊細な花』

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