ななせ

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6/27/2024, 10:38:45 PM

顔を洗う。
靴を履いて外へ出る。
車に乗る。
渋滞の中をのろのろと進んでいく。
帰りたい

何のためになるのか分からない仕事をする。
無くとも良いグラフを作る。
ミスをする。
大勢の前で叱られる。
帰りたい

皆が俺を馬鹿にする。
嘲笑し、見下す。
ああ帰りたい
ここではないどこかへ
帰りたい

玄関のドアを開ける。
服を脱いで風呂に入る。
一息つく。
帰りたい

ここは家
帰るべき場所
ただ、いつもどこかへ帰りたい
戻りたい
暗くあたたかい羊水の中
おかあさんの
子宮のなか?


お題『ここではないどこか』

6/25/2024, 10:40:28 PM

その花は、とても堅固でぴしりと立っておりました。けれど、その強さは生来の物ではなく、とろけた中身を隠すようにして周りを固めているようなのでした。
また、見ているだけであれば美しく、清い小川のようでしたが、触れればたちまち目の前から消えてしまいます。そんな、ちぐはぐで気難しい、愛おしい花でした。
私の物にしたいと思いましたが、誰かの所有物にするには高潔で、我儘で、愚か過ぎました。私はそれを崩したいと考えていましたが、いつの間にか願望の中の花を見つめていたようでした。万華鏡を回して、本当では無い世界を楽しんでいるだけなのでした。
いつかその花に、「私と一緒に来てくれるか」と尋ねたことがあります。花の答えは沈黙でした。喜ばしくないことには、肯定の沈黙ではなかったことです。花に何かの縛りがあって、その場を離れられないのか、私が嫌なだけなのか。それはまったく分からないのですが、それ以上聞くことは許されませんでした。
花は、私の全てを奪いました。それも、意図的にです。私は怒りを通り越して呆れることしか出来ませんでした。けれど、そんな罪を犯したからにはもう、私と花とは共にいることはなりませんでした。
私は悲しみました。全てを奪われてもなお、私は花を愛していたからです。いえ、ここまでされたなら死なば諸共、という意志もあったのかも知れません。しかし、執着のようなそれは確かに愛でした。
もう一度、私は花に聞きました。「私と一緒に来てくれるか?」
花は答えました。
「あなたと私は二つで一つ、」その言葉を聞いて、私は嬉しくてなりませんでした。あの花が、ようやく私の愛を受け入れてくれたのです。しかし、花は続けました。
「けれど、共にいるのは毒を生むだけ。どちらかが欠けて一つになれる。」
ああ、それを聞いた時、私の身体は動きました。花の凛とした茎を持って、優しい砂土のベッドから引きずり下ろしました。
花はもう喋ることなく、ただ朝露を地面に幾滴か落とすばかりなのでした。


お題『繊細な花』

6/22/2024, 2:48:55 AM

「何色が好き?」
全部だよ、みんな好き
「つまんないのね、その中で1番好きなのを聞いてるのに」
おんなじくらいだよ。みんなおんなじに好きだよ
「全部おんなじに好きってことは、全部好きじゃないってことと一緒よ」
ごめん。よく分からないや
「嘘つき。本当は誰よりも分かってるくせに」
…そんなことないよ
「じゃあ、何色が好き?」
黄色と、あと、赤
「適当に言うのはだめよ」
適当なんかじゃないよ。君の色だから。


お題『好きな色』

6/21/2024, 3:48:57 AM





君がいたせいで
僕の人生めちゃくちゃだ
君の望みは叶ったかい?
今さら他の人とどうにかなろうなんて思わないでね
始めたのは君の方なんだから


お題『あなたがいたから』

6/19/2024, 10:40:35 PM

今年は予定よりも早く梅雨入りしたせいで、普段はしっかり者の彼女も、今日は傘を忘れてしまったようだ。
家も近いし、僕の傘に入りなよと誘った。彼女のプライドは高いから断られるかと思ったけど、意外にも返事は色良かった。

土砂降りではないけれど、雨足は中々に激しかった。そんな中を、僕と彼女は会話もなく歩いていた。
相合傘も、意識しなければそう色気のあるものでもない。そもそも相合傘をするような仲の人であれば、そう近くとも別段恥ずかしくはない。むしろ助け合いの精神が近いだろう。
雨の日は、彼女の声が聞き取りづらい。傘を持っているから尚のこと、距離も遠くなる。でも、二人で一つの傘を使えば、それも解消される。
二人とも少し濡れてしまうのが難点だけど、そこさえ目を瞑れば結構実用的だ。
そのことを彼女に熱弁し終えて、僕を見る目が冷めていることに気づいた。確かに、これじゃあ君と相合傘したいですと言っているみたいだ。別に恥ずかしがることではないと伝えたかったんだけど、空回りしてしまった。
彼女の次の言葉は何だろう。ちょっと嫌な予感がする。
明日には「あの人は長々と言い訳してまで私と相合傘がしたい」という話がクラスに知れ渡っているか、
「良いスピーチね、まだレポート終わってないんでしょ、それを提出すればいいんじゃないの?」と皮肉を言われて終わりか。出来れば後者の方がマシだけど…。
果たして答えは無言だった。
何も無いなら無いで、何だか気まずくなる。ちらと彼女の方を見ると、髪から少し覗く耳が赤くなっていた。そっぽを向いているせいで、それが余計に目立つ。
きっと、指摘すれば怒るだろうから言わないけれど。この瞬間だけは、相合傘もロマンチックなものになった。


お題『相合傘』

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