ななせ

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3/13/2024, 12:04:09 PM

貴方と初めて会ったのは、まだ年端もいかない頃でした。その時の貴方は親の後ろに隠れて、こちらを伺っていましたね。本当を言うと、貴方の第一印象は良いものではなかったんです。それどころか、何もしないでモジモジする嫌いなタイプだとさえ思っていました。子供の勘なんて、アテになりませんね。
でも、私が手を差し出した時の安心したような顔が、とても綺麗で。子供に綺麗、なんておかしいかも知れませんけど、あの時の私の感情は、言い表すならやっぱり綺麗が妥当だと思うんです。


貴方は成長する度に美しさを増して、十五歳の頃にはビスクドールと並んでも遜色ないような美少女に育ちました。その頃の私は、貴方の隣りにいるのが辛かった。もともと、私は自分の容姿に自信がなかったので、自分の隣りに絶世の美女が存在する事に耐えられなかったのでしょう。わたしは貴方を避ける事が多かったように思います。
二十歳にもなるともうそんな事は無くなりましたけれど、あの頃に感じた劣等感は一生拭えないものです。



貴方は素晴らしい人ですから、他人の目に付くのは仕様がないんです。貴方はどんどん輝いて煌めいて眩しくなって…大勢の目に触れる事になりました。
本音を言えば、少し寂しかったんです。でも、これで良かったのだとも思います。私だけの神様でいてくれなんて贅沢を言える立場ではありませんし、貴方は矢張り、人に崇められてこそ更に美しさを増す。
ああ、でも、一つだけ願いごとがあるんです。お願いです。
貴方には、ずっと笑っていて欲しいんです。貴方の涙を見るのは辛い。どんな時も、貴方が笑顔でいられる事。私はただ、一心にそれを願っています。
そして、差し出がましいですけれど、どうか、それを見届ける事をお許しください。貴方の隣りに居ることを、許してください。


お題『ずっと隣りで』

3/12/2024, 12:01:27 PM

ねえ
あたしのこと、好き?
あたしはあなたが好きよ
だからね、死んで欲しいの
冗談だと思う?
あたしが冗談なんか嫌いなの、知ってるでしょう
そう、本気よ。あたし

あたししか見ないで欲しいなんて理由じゃないわ
そんな陳腐なものじゃないの
ほんとはあたしね、あなたがあたしのことを好きかなんてどうでも良いの
だって、あなたがあたしを嫌いでも、あたしがあなたを好きなのは変わらないわ
ええ、だからあなたが他の女を好きになってもあたし何も云わなかったでしょう?
それもひとえにあなたを愛しているからよ
あなたの気持ちはどうだって良いの
重要なのはあたしがあなたを愛しているかよ

あなたを愛したままでいたいから殺すと思ってるの?
そんな訳がないじゃない
あたしがあなたを嫌いになることなんてないわ
あなたの存在が好きなんだもの

あたしね、好きな人の色んな事が知りたいの
どんな事をすれば喜ぶのかも、どうして悲しんでいるのかも、暇な時の癖も何もかも全部知りたいの
この3年間で、あなた色んなことがあったわね
色んな顔も見たわね
でもね、一つだけ見てない顔があるの
知らない事があるの
あなたが、死ぬときの顔
ねえ、あたし知りたいわ
お願いよ


お題『もっと知りたい』

3/11/2024, 12:14:55 PM

「アンタなんて産まなきゃ良かった」

それが、お母さんの口癖です。わたしはお母さんが大好きだけど、この口癖はあまり好きではありません。
お母さんは、とても優しい人です。わたしが駄目な子だから、社会に出ても恥ずかしくないように躾けてくれます。何より、こんなわたしを今日まで育ててくれています。
だから、わたしが家事をするのも、バイトをして家にお金を入れるのも当然のことなのです。
みんなは、「それはおかしい」と言うけれど、わたしはおかしいなんて思いません。そんなことが言えるのは、みんなにはお父さんもお母さんもいるからです。
わたしにはお父さんがいません。わたしのせいで死にました。なので、わたしの家ではお父さんの話をめったにしません。お父さんの名前を出すと、お母さんは泣いてしまうのです。お母さんはわたしをよく殴るので痛いのには慣れました。でも、泣かれるとどうしていいのか分からなくなって、わたしも泣きたくなります。
でも、悪いのはわたしです。だから、わたしが泣くのはおかしいことなのです。

お母さんは、時々どこかへ行きます。たくさん字が書かれた手紙を置いて、どこかへ行きます。その字は下手くそで読めないのですが、きっと、わたしを心配する文が書かれているのでしょう。帰ってくると、お母さんはわたしをぶった後に抱きしめてくれます。きつく抱きしめてくれます。ぶたれた所が痛むけど、その時間、わたしは世界一幸福な子でした。

ある日、わたしはお母さんと久しぶりに遊びました。お母さんがお料理を教えてくれると言うので、台所に立つと、お母さんはわたしに包丁を向けました。お母さんは悪ふざけが好きなので、よくそういうことをするのです。
わたしは笑って、お母さんを突き飛ばしました。軽い力です、だって、遊びなんだから。本当です。けれど、お母さんはぐらりと倒れてしまいました。お母さんのお腹には、包丁が立っています。
「お母さん、大丈夫?」
お母さんは目を細めて、わたしを見ました。お母さんは何か言っていたけれど、それは聞こえませんでした。

お母さんは、お花に囲まれて目を閉じました。そして、ホコリよりも小さな灰と、両手に収まるほどの小さな小さな白い塊になりました。

わたしが悪い子だから、あの平穏は壊れてしまったのです。わたしが良い子だったら、お母さんも、ちっちゃな壺にならなかったのです。
わたしが壊したんです。
わたしは駄目な子です。
そんな悪い子のわたしを叱ってくれるお母さんも、もういません。

お題『平穏な日常』

3/10/2024, 1:14:30 PM

「平和って、何なんでしょうね」

隣で呟いた新人兵を一瞥する。戦争でついにおかしくなっちまったか?

「さあな、フランスの国旗でも見たのか?」
「残念ながら愛国心なんて持ち合わせてませんよ。…平和なんて、こんなことしてまで守るものなのかなって」
新人兵は俯いていて、その表情は見えない。

「知らないな。まあ、ここに来てんのは国からの命令なんだ、逃げようなんて考えるんじゃねえぞ」
「そんなこと、考えてません。
「ただ、彼女を故郷に置いて来てるんです」
俺は深く溜息を吐いた。馬鹿馬鹿しくって仕様がない。最近の若者って奴はみんなこうなのか?
「あーあーそうかよ。言っとくがな、戦場でそんなこと言わない方が良いぞ。そりゃ死亡フラグってやつだ」

俺の言葉に、新人兵は少し腹を立てたようだった。
「はあ、まあそうですけど。
「でも、こんな一面砂色の所じゃそれくらいしか華がないですよ」
「仕方ねえよ。ま、これが終わったら酒でも飲もう」
「先輩こそ、それ死亡フラグです」

微笑んだ新人兵の体が後方へと倒れた。鋭い銃声音が鳴る。ああ、音が遅れて聞こえたんだ、一瞬頭に浮かんだことも消えてしまった。
咄嗟に体を伏せ、銃を構える。敵は既に遠ざかっていた。

新人兵はまだ意識があった。だが、出血量が多く、その意識さえ朦朧としている。素人目に見ても助からないことが分かった。

「だから言ったじゃねえか、死亡フラグだって。
「まあ、それは俺もだったが」

俺がぽつりと漏らすと、新人兵は破顔した。

「平和の意味が、分かったんですよ。だから、俺が撃たれたんです。
死亡フラグなんか、関係ありませんね」

新人兵は瞳を閉じた。昼寝をするかのように、心地よく天国へと誘われていった。
お前は考えなしだ。そんなことを言い残して、ただ一人生き残った俺にどうしろって言うんだ。

「なあ、何なんだよ。平和って。教えろよ。なあ」

どれだけ揺さぶっても、新人兵は起きなかった。



お題『愛と平和』

3/9/2024, 11:20:30 AM


どんなに大切な出来事も、いつかは忘れてしまう。
私は、過ぎ去った日々の冷たさも温もりも全て忘れて、「あの頃は良かった」なんて事を言う。その時あった様々の事も覚えていないのに。
けれど、思い出す時もある。長い間放っておかれた記憶の埃を払って、おはようのキスをして、懐かしいと抱きしめる。そんな時はきっと来る。

初めて来る場所なのに、懐かしいと思う事がある。それはもしかすると、前世の忘れてしまった記憶なのではないだろうか。
数十年、もしくは数百年の時を超えても、思い出す時は必ず来るのだろう。


お題『過ぎ去った日々』

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