ふたり
あなたはわたしのために
花びんに生けられた
赤いばらの花の油絵を描いている。
わたしはあなたの後ろに立って
りんごを持ってきた
あなたとわたし
ふたりで食べたいと。
あなたは絵に集中していて
わたしにまだ気づかない。
『あっ!』
突然のあなたの叫び声。
あの一瞬で
あなたとわたし、ふたりの世界は
崩れてしまった。
*****
わたしはぼうぜんと
腰かけたままのあなたを見た。
隈を浮かべていたあなたの
くちびるはふるえていた。
鮮やかな赤が
紅が
あなたの周りに、床に飛び散っていた。
『ねえ、だいじょうぶ?』
あなたは身をかたかたとふるわせて
立ち上がり一歩ふみだすと
へちょり。
赤が 紅が 床をそめた。
あなたは 床のあかに
びくりとおおきく身を震わせると
わたしに向かって涙を流し
『ごめんね』と繰り返しながら
床に散らばった絵の具を
拾いはじめた。
先ほど踏んだ
絵の具のチューブで
あなたの手は紅く染まる。
しかも
赤いばらの花の
絵の具のついたパレットが床にはりつき
ふたりで使うアトリエは
あかい絵の具で染まってしまった
あなたに何もけがもなくて
はりつめた糸が切れたわたしは
からだから力が抜け
床の上にくずおれる。
お気に入りの白いワンピースに
床に染まる赤を 紅を
身にまとってしまった
このやるせなさは
どこへむけたらいいのだろう。
持ってきたりんごが二つ
紅く染まって
床の上をころがった。
ああ 食べられなくなってしまった
床に転がったままのわたしは
絵の具に染まったりんごをながめていた。
素足のままで
(体調不良のためお休みします)
『もう一歩だけ、』
あなたはこの後に、何を綴りますか?
歩く?
進む?
頑張る?
近寄る?
ネタ出して!
あなたなら、どうしますか?
*****
巨大な映画のスクリーンくらいの大きな画面に、仮面の人物が映っている。体格からも声からも、性別はよくわからない。
恐らく変声器を通したであろう独特の声が、体育館位の大きさのホールに響きわたる。
「『もう一歩だけ、』あなたは、この後に何を綴りますか?」
だいたい50人位が集められたこのホールの中で、仮面の人物の声を聞いて、全体がざわつく。
いろんな年代の人たちがいる。しかし俺の見知った顔も、同じ学校の生徒はいなかった。
まさかこんな『デスゲーム』に参加させられるとは。
このデスゲームジャンルが大好きで、よく読み漁ってはいたけれど、まさか俺自身がこんな状況に置かれるとは、思ってもいなかった。
ただ、ある頼みごとをされて、指定時間のこの場所に来ただけなのに。
何なんだ? これからどうなるんだ?
隣にいる、学ランを着た奴が、不安そうに眉を寄せている。
彼も俺と、同じ理由でここに来ていた。
俺は彼に、これから起こるかもしれないことを話した。
仮面の人物の声は、容赦なく俺たちに迫る。
『あなたなら、どうしますか? 早い者勝ちです。早く言わなければ、選択肢は減っていきますよ?』
すると、紺のブレザーの男子が手を上げた。
『二歩、三歩と、好きな人を追いかける!』
すると彼は、ホールに入ってきた覆面の男たちに腕を捕まれた。
「やめろ! 離せ!」
ブレザーの男子は必死に抵抗したにもかかわらず、引きずられてスクリーンの裏にある扉から外に連れ出されていった。
次は、誰だ?
俺は中にいる人たちを改めて見回した。
疲れぎみのサラリーマンか?
それとも、きれいな化粧のOLのお姉さんか?
意外なところで、ツナギを着ている茶髪のの兄さんか?
すると、さらに意外なことに、少々地味でスレンダーな女性が手を上げて発言する。
『踏み出せば飛べるかな?』
え……っと……これは、うーん……
俺は複雑だった。まさかデスゲーム参加者から、このような言葉が出るなんて!
それでも女性は、覆面の男たちに引きずられて、スクリーンの裏へと連れ出されていった。
いつの間にか、他の人たちはすでに消え、俺と奴だけが残っていた。
最後に残った者に、与えられるものは何なのか?
解放か、それとも……。
握りしめた手の中に、じっとりと汗がにじんでくる。かたかたと、身体が震えていた。
何を言っても、どう反応しても、覆面の男たちに連れ去られていく。
では、何が正解なのか。
俺の顔から冷や汗が流れ出る。この選択、間違えてはいけないはずだ。
一方、隣にいた奴は、一般的なデスゲームの結末を聞いていたせいなのかわからないが、ずっと黙っていた。
長い時が過ぎた。仮面の人物はじっと俺たちをみているのがわかる。
ついに、奴の方がしびれを切らしたのか、言葉を発した。
『思いつかず、すみません!』
彼は俺に向かい、今までの奴とは違う、まるで上手いこと言ってやったぞ! そう思ったのか、ニヤッと笑った。
それでも、覆面の男達がやって来た。
「いやだ! 俺は間違ってない!」
覆面の男たちは、激しく抵抗し叫んでいる彼を引きずっていった。
そして、最後は俺一人になった。
ああ、俺は生き残ったんだな。ほっとしていると、覆面の男たちが現れ、俺を引きずっていく。
『足りないっていうのか!』
おい! 話が違うぞ!!
俺は仮面の人物に怒鳴り付けたが、反応はなく、ライトが落ちてホールは真っ暗になった。
真っ暗な中で、仮面の人物は呟いた。
『やった……彼らのお陰で、締め切りを無事乗り越えられる』
*****
「いや~助かった!! この言葉の続きが思い付かなくて、君たちにネタ出ししてもらったんだ」
覆面の男たちは、俺をある部屋の中に連れ込んだ。真っ暗な部屋に明かりがつく。、こうこうと蛍光灯の明かりが俺の目を刺した。
目を開けると、仮面の人物がいる。声は変声器をはずしているのか、はっきりとした声が聞こえた。とても喜んでいるようだった。
「こんなことに参加させてすみません! 何もないから安心してください!」
そう言われても俺には、これから起こることに不安はあった。でも、俺は最後まで生き残ったはず。無事に出ていけるはず。
すると、仮面の人物は俺の目の前で仮面をとった。俺は目を見開く。そこには、尊敬するデスゲーム系小説の作者がいたからだ。
震える声で俺はサインをねだり、彼は手帳を破ってサインをしてくれた。
ずっと大事にしよう。
俺はサインが折れないように手帳に挟むと、胸ポケットにしまう。
しかし、それは、それ。これは、これ。
俺はどうしても気になり、思わず質問した。
「……前に引きずられていった人たちは?」
「え、今までの人? 彼らは無事だよ。でもね。一番最後の君には、特別に教えてあげるよ。彼らはね、実は……」
俺はその言葉を聞いた瞬間、気絶した。
*****
倒れた男性をみて、仮面をはずしていた小説家は、頭をかいた。
「うーん。ちょっとやり過ぎたかな? でも、
みんなには申し訳ないけど、ネタがまとまって本当によかった!」
すると、覆面をはずした男の一人が心配そうに近づいていく。
「先生! こんなことしてないで、早く小説書いて下さい!」
「大丈夫! 彼らのお陰でネタができたよ! さあ、原稿に取りかかろうか!」
仮面の人物であった小説家は、そう言うと、部屋から出ていった。覆面をはずした男たちが後を追う。
「先生! 締め切りまで後3日ですよ!」
覆面をはずした男の一人が、仮面の人物に声をかけながら部屋を出ていった。
だが、この小説家のネタ元になった人たちはどうなったのか。
それを知るのは関係者たちだけだ……。
謝礼まで貰った参加者はその後、この出来事について語ったので、最終的にはちょっとした都市伝説になったという。
*****
あの先生と話す機会あり、謝礼を貰ってから3ヶ月後。
俺は、作者ご自身から郵送されてきた上製本『もう一歩だけ、』を受け取った。
実は、この間発売された新書版を本屋で買って、その日の晩に読破した。だが、どうもあの日の情景が頭をよぎってしまう。
あの日の話がモデルと分かってはいても、やっぱり面白かった。
しかし、読んだとはいえ、憧れの先生の本だ。俺はドキドキしながら上製本の表紙をを開く。
中表紙には、俺宛に先生自らのサインが書かれている。
サインには通し番号が入っていた。
50/50と。
え、最後の人って……そう言うこと?
でも、どうして先生は俺の住所を知っていたのか。
それを改めて考えると、背筋が寒くなったが、思い出した。
俺、ファンレター出してたわ。
しかし、何故、住所氏名で俺の姿が分かったのか。どうして俺が選ばれたのか。
それは、いくら考えても分からなかった。
Midnight Blue
(一旦書きましたが間違って削除しました。今回はなしです)
足音
このところ、全然寝付けない。
子供の足音が上から聞こえる。
そういえば、最近2階に引っ越してきた家族には、まだ小学生の男の子がいたからな。
とにかく!
うるさい!
寝かせてくれ!
俺は叫びたかったが、夜中なので、俺の方が近所迷惑になってしまう。
何が困ると言って、夜中に限って元気に走り回るのだ。
文句も言いたかったが、昼間になると足音がピタリと止まる。
あまりにもうるさいから、管理会社から大家さんに相談してもらった。
しかし、いつまでたっても全く状況は変わらない
相変わらず走り回る足音はうるさいし、親が注意する様子もない。
怒鳴り込みたくても、そんなことを一住人が出きるはずもない。そもそもそんなことは出来なかった。
もう我慢ならん!
耐えきれなくなった俺は、敷金を余分に払ってでも引っ越すことにした。
あまりにもうるさくて寝られないから、心身ともにやられてしまった。
今は睡眠導入剤のお世話になっている。
しかし、ここに住む限りずっと続いていくだろう。
この足音の騒々しさには耐えられなかった。
こうして俺は、すぐに荷物をまとめて、夜逃げのように引っ越した。
一人暮らしだと、こういう時に楽だな。
あーあ。
最上階で、見晴らし良くて気に入ってたんだけど。