『もう一歩だけ、』
あなたはこの後に、何を綴りますか?
歩く?
進む?
頑張る?
近寄る?
ネタ出して!
あなたなら、どうしますか?
*****
巨大な映画のスクリーンくらいの大きな画面に、仮面の人物が映っている。体格からも声からも、性別はよくわからない。
恐らく変声器を通したであろう独特の声が、体育館位の大きさのホールに響きわたる。
「『もう一歩だけ、』あなたは、この後に何を綴りますか?」
だいたい50人位が集められたこのホールの中で、仮面の人物の声を聞いて、全体がざわつく。
いろんな年代の人たちがいる。しかし俺の見知った顔も、同じ学校の生徒はいなかった。
まさかこんな『デスゲーム』に参加させられるとは。
このデスゲームジャンルが大好きで、よく読み漁ってはいたけれど、まさか俺自身がこんな状況に置かれるとは、思ってもいなかった。
ただ、ある頼みごとをされて、指定時間のこの場所に来ただけなのに。
何なんだ? これからどうなるんだ?
隣にいる、学ランを着た奴が、不安そうに眉を寄せている。
彼も俺と、同じ理由でここに来ていた。
俺は彼に、これから起こるかもしれないことを話した。
仮面の人物の声は、容赦なく俺たちに迫る。
『あなたなら、どうしますか? 早い者勝ちです。早く言わなければ、選択肢は減っていきますよ?』
すると、紺のブレザーの男子が手を上げた。
『二歩、三歩と、好きな人を追いかける!』
すると彼は、ホールに入ってきた覆面の男たちに腕を捕まれた。
「やめろ! 離せ!」
ブレザーの男子は必死に抵抗したにもかかわらず、引きずられてスクリーンの裏にある扉から外に連れ出されていった。
次は、誰だ?
俺は中にいる人たちを改めて見回した。
疲れぎみのサラリーマンか?
それとも、きれいな化粧のOLのお姉さんか?
意外なところで、ツナギを着ている茶髪のの兄さんか?
すると、さらに意外なことに、少々地味でスレンダーな女性が手を上げて発言する。
『踏み出せば飛べるかな?』
え……っと……これは、うーん……
俺は複雑だった。まさかデスゲーム参加者から、このような言葉が出るなんて!
それでも女性は、覆面の男たちに引きずられて、スクリーンの裏へと連れ出されていった。
いつの間にか、他の人たちはすでに消え、俺と奴だけが残っていた。
最後に残った者に、与えられるものは何なのか?
解放か、それとも……。
握りしめた手の中に、じっとりと汗がにじんでくる。かたかたと、身体が震えていた。
何を言っても、どう反応しても、覆面の男たちに連れ去られていく。
では、何が正解なのか。
俺の顔から冷や汗が流れ出る。この選択、間違えてはいけないはずだ。
一方、隣にいた奴は、一般的なデスゲームの結末を聞いていたせいなのかわからないが、ずっと黙っていた。
長い時が過ぎた。仮面の人物はじっと俺たちをみているのがわかる。
ついに、奴の方がしびれを切らしたのか、言葉を発した。
『思いつかず、すみません!』
彼は俺に向かい、今までの奴とは違う、まるで上手いこと言ってやったぞ! そう思ったのか、ニヤッと笑った。
それでも、覆面の男達がやって来た。
「いやだ! 俺は間違ってない!」
覆面の男たちは、激しく抵抗し叫んでいる彼を引きずっていった。
そして、最後は俺一人になった。
ああ、俺は生き残ったんだな。ほっとしていると、覆面の男たちが現れ、俺を引きずっていく。
『足りないっていうのか!』
おい! 話が違うぞ!!
俺は仮面の人物に怒鳴り付けたが、反応はなく、ライトが落ちてホールは真っ暗になった。
真っ暗な中で、仮面の人物は呟いた。
『やった……彼らのお陰で、締め切りを無事乗り越えられる』
*****
「いや~助かった!! この言葉の続きが思い付かなくて、君たちにネタ出ししてもらったんだ」
覆面の男たちは、俺をある部屋の中に連れ込んだ。真っ暗な部屋に明かりがつく。、こうこうと蛍光灯の明かりが俺の目を刺した。
目を開けると、仮面の人物がいる。声は変声器をはずしているのか、はっきりとした声が聞こえた。とても喜んでいるようだった。
「こんなことに参加させてすみません! 何もないから安心してください!」
そう言われても俺には、これから起こることに不安はあった。でも、俺は最後まで生き残ったはず。無事に出ていけるはず。
すると、仮面の人物は俺の目の前で仮面をとった。俺は目を見開く。そこには、尊敬するデスゲーム系小説の作者がいたからだ。
震える声で俺はサインをねだり、彼は手帳を破ってサインをしてくれた。
ずっと大事にしよう。
俺はサインが折れないように手帳に挟むと、胸ポケットにしまう。
しかし、それは、それ。これは、これ。
俺はどうしても気になり、思わず質問した。
「……前に引きずられていった人たちは?」
「え、今までの人? 彼らは無事だよ。でもね。一番最後の君には、特別に教えてあげるよ。彼らはね、実は……」
俺はその言葉を聞いた瞬間、気絶した。
*****
倒れた男性をみて、仮面をはずしていた小説家は、頭をかいた。
「うーん。ちょっとやり過ぎたかな? でも、
みんなには申し訳ないけど、ネタがまとまって本当によかった!」
すると、覆面をはずした男の一人が心配そうに近づいていく。
「先生! こんなことしてないで、早く小説書いて下さい!」
「大丈夫! 彼らのお陰でネタができたよ! さあ、原稿に取りかかろうか!」
仮面の人物であった小説家は、そう言うと、部屋から出ていった。覆面をはずした男たちが後を追う。
「先生! 締め切りまで後3日ですよ!」
覆面をはずした男の一人が、仮面の人物に声をかけながら部屋を出ていった。
だが、この小説家のネタ元になった人たちはどうなったのか。
それを知るのは関係者たちだけだ……。
謝礼まで貰った参加者はその後、この出来事について語ったので、最終的にはちょっとした都市伝説になったという。
*****
あの先生と話す機会あり、謝礼を貰ってから3ヶ月後。
俺は、作者ご自身から郵送されてきた上製本『もう一歩だけ、』を受け取った。
実は、この間発売された新書版を本屋で買って、その日の晩に読破した。だが、どうもあの日の情景が頭をよぎってしまう。
あの日の話がモデルと分かってはいても、やっぱり面白かった。
しかし、読んだとはいえ、憧れの先生の本だ。俺はドキドキしながら上製本の表紙をを開く。
中表紙には、俺宛に先生自らのサインが書かれている。
サインには通し番号が入っていた。
50/50と。
え、最後の人って……そう言うこと?
でも、どうして先生は俺の住所を知っていたのか。
それを改めて考えると、背筋が寒くなったが、思い出した。
俺、ファンレター出してたわ。
しかし、何故、住所氏名で俺の姿が分かったのか。どうして俺が選ばれたのか。
それは、いくら考えても分からなかった。
8/26/2025, 5:54:04 AM