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4/26/2025, 11:39:08 AM

どんなに離れていても 2025.4.26

「元気? 疲れてない? 風邪とか引いてない?」
毎晩カメラ越しに会話する彼は優しい。
毎回、こうして私のことを心配してくれる。

「私は大丈夫! あなたこそ大丈夫?」

私は、やつれて顔色が悪い彼の顔を見るたびに、大丈夫かといつも心配してしまう。
倒れるのも時間の問題じゃないか、って……。

「うん。何とかね。最近どう?」

彼は自分のことは置いておいて、まず先に私のことを聞いてくれる。
私はいつもそれが嬉しくって、ついつい話してしまうんだ。

「ねえ、今日はどうだった?」

私の話が一段落して、彼にそう尋ねると、彼は会社への不満をこぼしながらも、それでも働きがいがあるってどこか嬉しそう。
たった一人の八丈島支店で、頑張ってる彼の話を聞くと、私も負けられないなって思う。たとえ、離島の支店の社員の中でぽつんと独りぼっちで、疎外感を覚えていても。
でもそれもあと少し。
彼に教えたら、きっと驚くと思う。

「ねえ、今度はいつ会おうか」

「そうね、今度の飛び石連休なんてどう? 今回は私があなたのところへ行くから」

「悪いよそんな! 君だって仕事があるだろ!?」

彼は慌ててそういうけど、私はもう退職することを心に決めていた。

「ううん、大丈夫。次の勤務先はまた探すから」

私がそう言うと、彼の顔は驚いていて、その後申し訳なさそうに歪む。

「えっ!? そんな! そこまでしなくても!!」

「いいの。前から決めてたことだし」

私は離島の支店では受け取ってもらえなかった退職届を握りしめ、八丈島の彼と会ってから、東京本社に向かうことにしている。

通話を切ってから、私はすぐに身支度をした。今からフェリーの夜行便に乗るために。飛行機のチケットはすでに取ってあるから、本島に着いたらあとははやい。

そして翌日。

「来てくれたんだ、ありがとう!」
日焼けをしていた彼は、空港に降り立った私の姿を見ると、駆け寄って抱きしめてくれた。彼の体温に身を任せる。
「ずっと、会いたかった!」
私は彼の胸に顔を埋め、気がついたら大声で泣いていた。

やっぱり、どんなに離れていても彼と一緒にいたいから。

4/25/2025, 11:02:25 AM

「こっちに恋」「愛にきて」2025.4.26

昨日のカップルの話です。
※作家の名前はフィクションです。

僕と彼女は、今日初上映の話題作『「こっちに恋」「愛にきて」〜あなたと私の距離越えて〜』を見に来ていた。

ベストセラーの映画化ということで、僕たちのように原作に心動かされた人たちなのか、原作についての話も聞こえる。若い女性のグループも多かった。カップルも多く、指を絡めて距離の近いカップルもいれば、手が触れそうになるだけで顔が赤くなったり挙動不審になるカップルもいる。そんな中にいる僕は、隣でとても楽しみにしているように見える彼女の明るい笑顔に、思わず嬉しくなってきた。
来てよかった。

原作は「こっちに恋」と「愛にきて」の2分冊。
新進気鋭の作家、エレノア.Mとパフューム.Yによる合作の恋愛小説だ。
遠距離恋愛のつらさ、寂しさ、それでも耐えうる強さを描き、最後は2人無事に結婚する、という原作である。

僕達は原作を読んでいた(そして彼女はカフェで大泣きしていた)から、映画化にはあまり期待はしてなかった。原作の良さを、打ち消すかもしれないと。
でも、動画でもニュースでも話題になっていたし、何より僕の好きな女優さんと、彼女の好きな俳優さんも出演するという。
2人で初日に見に行こう! と決めてからは、上映される日をカレンダーに書いたり、デートのたびに話題に出しては、とても楽しみにしていた。

そして僕達は長い間並んだあと、映画館の中に入った。
席は埋まっており、いかにたくさんの人が来ているかが分かる。
やがて周りは暗くなり、映画の予告編が流れる。
しばらく眺めていると、ようやく映画視聴時の注意動画が流れた。同時にざわついていた声も消える。
そして、ついに始まった……!

*****

「いや〜! 最高だったね!」
僕は彼女の手をぎゅっと握りながら、映画館を出た。
映画館近くのカフェに入り、彼女と映画の興奮を分かち合う。
「ほんとにね! 彼女が彼氏をパワハラ上司から助け出すために、自ら会社に乗り込んで彼氏をかっさらうなんて……!」
「あのセキュリティをかいくぐり、警備員を倒してからの、あの派手なアクション! やっぱり原作並に派手な演出で最高! それでいて泣けるシーンもあって……!」
僕が大きい身振り手振りで話すと、涙もろい彼女は、そのシーンを思い出したのか涙を拭い始めた。
こうなると長くなるので、僕は再びクライマックスの話に戻す。
「そしてそのまま式場に駆け込んで結婚式とかって胸熱だよね!」
「うん!」
 僕と彼女はそれから暫く映画の話をしていた。

後日その映画はミリオンを叩き出し、海外にも展開していったという。

4/24/2025, 11:04:24 AM

巡り逢い 2025.4.24

「ぐすっ……ずずっ……ひくっ」

日当たりの良いカフェの一席で、彼女はすすり泣き続けている。

「ねえ……もう、泣かないで」

僕は彼女の方に手を伸ばし、彼女の肩を叩く。
それでも彼女は俯いたまま、僕の方を少しも見ない。

騒がしかったカフェも、彼女がすすり泣き続けているから、他のお客さんががこちらに注目している。
まるで、僕が泣かせたかのように。

違うんだ! 僕のせいじゃないんだ!!
……でも、僕のせいと言えば、そうかも知れない。

そもそも、幼なじみの僕と彼女は、僕の強力なアタックでどうにか付き合うところまで持ち込めたんだ。
初めてのデートはどこにするかで悩んで、
このカフェのパフェがおいしいと聞いたからここにした。
わざわざ車で1時間かかるこの海辺のカフェに来たんだけど……。

こんなはずではなかった。
彼女はフルーツたっぷりのパフェが美味しいって笑顔を見せていたし、そんな笑顔を見て、僕も笑っていたんだ。
それなのに………。

彼女の鼻声が、僕の向かいから聞こえてくる。
彼女は僕と一緒にいるのに、僕のことなど一切見ないで。
それから僕は何度も彼女の肩を叩き、声をかけ、手を伸ばしても、彼女に拒まれた。
それから30分。彼女はこのテーブルですすり泣き続けた。

「いい加減にしないと置いて帰るよ!」

僕は思わず大声をあげてしまった。カフェの客の咎めるような視線の数々が僕を貫く。

もういい! 帰る!
僕がガタリと席を立った瞬間、彼女のすすり泣きが止まった。
思わず彼女の方を見ると、彼女は顔を上げて僕を見つめる。まだ、涙は流していたが、それでも輝くばかりの笑顔を浮かべていた。
その顔に僕はとまどった。
僕の方からは何も言ってないし、何もしてないのに。

「良かった………すごく良かったぁ………!」

感極まった彼女の声が聞こえた。
ようやく、本を閉じた向かいの彼女は、あふれる涙をハンカチでぬぐう。

 君の好みだからって、この本を彼女に勧めた。
読んでみるねと、本を開いた彼女が、ここまで本の世界に入られてしまうとは……。

「本当に素敵な本に巡り逢えて良かった……ありがとう」
彼女は僕に微笑みかけると、僕の手を握った。

彼女に本を渡したらこうなるのは分かってたのに。
こんなところで本を渡したのは僕のミスだったよ。
それでも嫌いになれない僕は、やっぱり彼女の笑顔も泣き顔も素敵だと思ってしまった。

4/23/2025, 10:42:22 AM

どこへ行こう 2025.4.23

羽を折られ
檻の中に閉じ込められ
足枷と手枷を嵌められ
言葉も出せぬよう口を塞がれ

北の塔からどこへも行けなくなった私は
どこへ行こう

上を見上げれば
高いところに天窓一つ

差し込む日差しが
ただ一つの希望を示す

ああそうだ
あそこへ行こう

羽を折られても
檻の中に閉じ込められても
足枷と手枷をはめられても
言葉を発せないよう口を塞がれても

私の心は外へと行ける
この場所から心だけはどこかへ行こう

見えない外の世界を描き
天窓に目を向けてまぶたを閉じる

すると不思議なことに
羽は力を取り戻し
檻は壊れ
足枷と手枷は解かれ
塞がれた口からは言葉が紡がれた

全てから解かれた私は
北の塔からどこでも行ける

私は羽根を動かすと天窓から飛び立ち
二度とそこを振り返るはことなかった

4/20/2025, 1:49:06 PM

星明かり 2025.4.20


「うん……?」

俺がドアを開けると、暗いリビングの中で、弟がドアに背を向けて立っていた。
月のない夜だった。
リビングの開かれたカーテンからは、星の明かりがだけが差し込んでいる。

闇の中でも、立ちつくす弟の白いTシャツが浮いて、胸がどきりと音を立てた。

「兄さん……」

その背中が寂しそうで、俺は思わず声をかけた。
弟はその声に振り向くと、俺の目をひたと見つめた。
その目はいつになく憂いを帯びており、まるで何かを言いたそうに見えた。
しばらく時が過ぎ、ようやく弟は口を開いた。

「ごめん……俺……兄さんの期待に応えられない」

弟は目を伏せる。その手に持つスマホに指を滑らせたのか、光が弟の顔を照らす。その表情に俺はなぜか胸が騒ぐ。

「……」 

俺は弟の悲しみに満ちた瞳の先に吸い寄せられる。
弟の手は力なく垂れ、持っていたスマホが、今は床を照らしていた。
俺は、そっと手を伸ばした。

「電気のリモコンの電池、見つけられなかったのならそう言えよ」

俺は弟が床に落としてしまったリモコンを拾った。
無事に部屋は明るくなった部屋の中で、俺は弟に、模様替えの際に変えた、電池をしまってあるところを教えた。

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