「正直に吐いたらラクになるぞ」
俺の目の前にはカツ丼がある。向かいには兄貴が頼んだトンカツ定食がある。
兄貴はじっと俺を見つめる。俺の目の奥にある、深い思いを見抜こうとするかのように。もし、兄貴に俺の思いがバレたら、大変なことになる。
「いつまでも黙秘を続けるつもりか」
だが、兄貴は声を潜めながらもはっきりとした口調で、俺に目をそらすことを許さないという、強い意志を込めてくる。俺は目をそらし、テーブルの冷めかけたカツ丼を見つめた。もったいない。
――早く食べようぜ。冷めちまうじゃないか。
俺はそう言いかけたが、
「いつまでも、黙っていたらつらいだろう」
ここで兄貴は柔らかい笑みを見せた。俺はどきりとする。もう、ごまかしきれない。
「さあ、言うんだ。言わなければいつまでもこのままだぞ」
打って変わって、穏やかな口調に変わる。だが、俺は顔を上げないまま、黙っていた。
立場は不利だ。
結局、俺は兄貴には勝てないことは分かっていた。しかしそれでも俺は顔を上げて兄貴の視線を受け止める。
しばらく、無言の時間が続く。
俺は、最後まで隠し通すと決めていたのに、沈黙に耐えられず、ついに言ってしまった。
「兄貴の名前が書いてあるカップアイス食べたのは俺です本当にごめんなさい」
俺は、テーブルに額を擦り付ける勢いで謝り倒した。
もちろん、ここのお金を俺が払ったのは言うまでもない。
お題:正直
正直難しいですよね。
隣の家のあじさいの木が、今年も紫の花をつける頃になった。
ああ、もうこんな季節になったんだなぁ、早いな。
僕はため息を付いて、窓越しに雨が滴る無数のあじさいの花を眺めた。
あまり手入れされないその木は、僕の住んでいるアパートの二階の窓まで届いている。
わりと大きな葉っぱとあじさいの花に遮られて、日当たりの良いはずの南側の部屋は陰ってしまった。引っ越してくる前は大好きな花だったのに。以前はわざわざ見に行くほどだったのに。
おととしまでのスマホには、あちこちの名所のあじさいの花の画像が大量に入っている。いろんな色の手入れされたあじさいたちが、雨を受けながら遊歩道に沿って植えられている、お気に入りの画像たち。でも、もうしばらくは見返すことはないだろう。
あれから2年。
二階の窓の前で茂るあじさいの木と、この時期に咲く大量のあじさいの花を、雨とかたつむりと共に今年も梅雨を迎える。
お題:梅雨
あじさいは木だそうですよ
「おはようございます」
「おはようございます」
「もう梅雨に入ったそうですよ」
「はい」
「これからしばらくは雨が続くと、天気予報で言ってましたね」
「ええ」
今日は梅雨の合間の、雲ひとつない晴天である。
――全然話が続かない!
天気全然違うし!
違うんだ、もっとこう、話が続くように……!
明日こそは、上手く話そう!
翌日。
「おはようございます」
「おはようございます」
「今日は本当に暑いですね」
「ええ、そうですね」
「今日は一日、晴れのようですね」
「そうですね」
「今日は傘がいりませんね」
「はい。そうですね。今日はいらないと思いまして」
朝は晴れでも、帰る頃には土砂降りである。
――全然話が違うじゃないか!
天気もこんなはずじゃなかったし。
でも今日は、昨日より少しだけ長く話せたな。
明日はもう少し頑張ろう。
…
……
…………
十年後。
「おはよう」
「おはよう」
「今日も朝から暑いね」
「うん、そうだね」
「今日は梅雨半ばの、晴れみたいだよ」
「そうだね。でも夕方から降るっていってたよ」
「じゃあ傘がいるから持っていかなくちゃ」
「そうだね、ぬれたら風邪引くから」
「きみは持っていかないの?」
「いや。持っていくよ。天気予報外れたら嫌だし」
「……」
「……」
「今日は、一緒に家を出ようか」
「うん」
――あの頃と全然違う!
今日は天気予報もきちんと見たし。
今はあの時よりも、ずっと長く話せてる。
これからも、ずっといられるよう頑張ろう。
お題:天気の話なんてどうだっていいんだ。僕が話したいことは、
電車もめったに止まることもない、人がいない真新しい駅ビル。その中を、ひとり駆け抜ける。
人気のないそこで響く、私だけの靴音。
あちこち迷いながら、走って、走って。
エレベーター探して回って。
ようやく見つけたエレベーターの前で足踏みをする。
誰にも見つからないように。
早く、早く。
来るまでが待ち遠しくて、もどかしくて
何度も上るボタンを押す。
ようやくやってきたエレベーターに乗り込んで、屋上を目指す。
早く行かなきゃ
追いつかれる
急がなきゃ
早く
そうして私はビルの屋上の塀を乗り越えて
誰かに助けられた
お題:ただ、必死に走る私。何かから逃げるように。
死ネタです。
嫌いな方はスルーお願いします。
『君とは付き合えない。ごめんね』
幼馴染の君から私へ渡された最期の手紙には、たった一言こう書かれていた。
とても歪な字で、鉛筆を握るのがやっとの字で。
私は君の、一番にはなれなかった。
その晩、私は布団の中で泣き続けた。
そして訪れたあの日。
たくさんの黒い服の人に囲まれた私は、白い箱の中、花に包まれた君の顔を見た。とても穏やかな顔をしていた。その後のことは覚えていない。
気がついたら、私はいつの間にか自宅に戻っていた。黒いワンピースに黒いパンプス。
なぜ私はこんな格好をしているのか、分からなかった。
三日後、ようやく私は自分がなぜこの服を着ているのかがわかった。そして、君のいない空っぽの世界があることを認めなくてはいけなかった。
その日から、勤務先の上司や同僚が心配をしてくれていたらしいけど、私はただ、大丈夫。と言っていたらしい。
その時のことは、後で聞いて初めて知った。
あれから無我夢中になって仕事に打ち込んで、数ヶ月後。
君のお母さんから、私の手元に手紙がやってきた。
「あなた宛に息子が書いていた手紙を見つけました。中は開けていませんが、きっとあなたに読んで欲しかったのだと思います」
一筆箋に書かれ、涙の跡もある手紙を読みながら、私は同封されていた白い封筒を、震える手で開いた。何度も書き直したのか、ぼろぼろになった便せんに鉛筆で、まだきれいな字の頃に書かれていただろう手紙だった。
大好きな君へ
最期に手紙を書きたくなりました。
君の手を取ることができなかった僕を許してください。
僕はあと少しで君と、必ずお別れすることを知っているから。
そして、この手紙を読む頃には、僕はもうここにはいないでしょう。
僕を好きと言ってくれてありがとう。
それだけで、辛くて苦しい日々も穏やかな気持ちでを過ごすことができました。
君が訪ねてくれたときは、本当に嬉しかったです。
君の顔を見るだけで、僕は元気になれました。
本当は、君と一緒にいたかった。
出来れば、君と一緒に歳を重ねたかった。
いつも嬉しそうに笑っているあなたが大好きです。
だからどうか、僕がいなくても
わらっていてください。
だいすきです。
最後の方はやっと書き上げたような、君の最後の手紙を読んで、私は涙が止めることができなかった。
お題「ごめんね」