昔はおっそろしいことしてた。雪食べたり。子供って平気で汚いもん食うんだな。子供に限らずだけど。
雪食おうとしてる子供見るとオエエってなる。でも具体的に雪の何が汚いのかは分からないまま。雪は汚いってイメージを持ったまま大人になった感じ。
もしかして雪が汚いのって私の偏見で、実はきれいなのかもしれない。
雲の中を通ってくるからうんぬんかんぬん教えられたけど、そんな大昔に聞いた言葉なんか遥か彼方だし。
食ってみようかな。雪。あ、でももう降らないんだ。北の方に行けば食えるかな。
早く帰ってきて。急がず。ゆっくりと。でも早くね。なるべく。
寂しくなる。寂しい。いつもこの時間は。もうすぐあなたが帰ってくる時間は。だからこそ寂しいんだろうな。
寂しい。寂しい。こたつが熱いのに消せない優柔不断すぎる性格が寂しい。熱くなれない自分が寂しい。痛み止めに依存して濫用する自分が寂しくて虚しい。虚しいのはなんで。ねえなんで。
明日から生理だ、多分。お腹っていうかなんか腰が痛いから。無駄に流す血も虚しい。体重が三十キロ切ってたときには生理来なかった。でもまた……………つまる。
考えが煮詰まったときって、お風呂場の流れるところに髪の毛が溜まって、流れなくなるのと似てる。黒い髪ね。
雨が止んできた。鍵が開く音がする。誰かしら?
いつだろうねえ。いつだ。いつ芽吹くのか。もういい大人なのにまだ芽吹かない。
そもそも芽吹くってなんだ。花から芽が出る以外にあるのか。人から芽が出るもんか。人から芽が出たらグロホラーだわ。比喩だとしても怖すぎる。
よく考えたら比喩のほうが何万倍も恐ろしかった。子供部屋の悪夢。待っても待っても来ない芽吹きのときを待つこと。
芽といえばつくしがすきだった。でもあれ下処理がすごいめんどい。近くの野っぱらから摘み放題だったからタダ。でもあれすっごい怖いことしてた。どこに散歩中の犬のションベンかけられてたか分からないんだから。
この前久々にもらって食べたら、えぐくておいしくなかった。ああいうのってむしろ子供のときは苦手で、大人になるにつれ好きになっていくんじゃないの。私逆行してる?逆行ていうか退化?
最近はなんでもおいしくない。おいしくないってのは言いすぎだけど、何を食べても楽しくない。でも出すもん出すために食べてるって感じ。好きなものはやわらかいパン。噛む力も退化してんのか。
半年に一度、大学時代の女友達数人で集まる。
ホームパーティとも呼べないが、それを気取ったものを開くのが恒例だった。
小規模だし、テレビで見るような豪華なものに比べれば劣る。でも懐かしい顔に久々に会えると思うと、それなりに心躍った。
人数分の取り皿を並べている最中、黒髪の彼女の手が目についた。
手の甲に、赤色が沈殿して淀み固まったような痕を見つけた。
「前から気になってたんだけど、手に……痣? あるよね。なんなの?」
大学在籍中には手のことを尋ねても、のらりくらりと交わされた。だからそのことについてはタブーなのかと思い、しばらく触れなかった。もういい加減時効だろう。
私が興味津々なのを知った彼女は、諦め半分、そしてなぜか愛おしむように手の甲を撫でながら、あっさりと答えた。
「ああ、これ。元カレに熱々のヤカン押し付けられてできた火傷」
和やかに進んでいた下準備の空気がぴたりと止まる。
恋人にヤカンで手を焼かれたという彼女の視線の先には、ちょうどキーキー悲鳴を上げ始めたヤカンがあった。
アメリカからの留学生は、その大きな青い瞳をキラキラと輝かせて言った。
「日本のkawaii文化について教えてください!」
「え? なに? カワイイ? え?」
混乱する私をよそに、留学生の彼女は得意げに説き始める。
「ハラジュクファッションkawaiiです。日本のキモノもkawaiiです。kawaiiは世界共通です」
常に流行を先取りしている海外の女の子にかかれば、日本の伝統的な着物も『kawaii』のローマ字に変換されるのか……。
一方、私は中学高校といわゆるオタク女子というやつ。だから先進的なその子のいう『かわいい』が理解できなかった。
そんな私が、迷いに迷って絞り出した言葉は――。
「えっとねえ……『BL』って知ってる?」