言い出せなかった「」
「あぁ、僕は優しいからね」
「あいつとは違う」
「一緒にしないでくれないかな」
それを見下ろして僕は笑う。
拘束具でがんじがらめのそれは、ただ震えていた。
「なにか言おうとしているね」
「でも君には何も言わせないよ」
「必要も無いからね」
…大丈夫。
あいつが生きていないことくらい、知っているさ。
口の端を無理やりつり上げる。
「さぁ、始めようか。」
震えるだけのそれに手を伸ばす。
知っている。
分かりきっている。
それでも知りたかった。
…あいつは喜びそうだな。
――あぁ、とても嬉しいよ。
「気持ち悪いんだよ、お前」
あいつが笑った気がして、僕は顔が少し引きつった。
僕の手は、あいつが好きな音を奏で始めた。
それは醜く削がれていく。
あいつは僕がこうなるのを知っていただろうか。
心の中な風景は
高層ビルの屋上に立つ。
出入り禁止のこの場所は風が強く、足を踏み外せばものの数秒で血の染みになるだろう。
でもここが好きなんだ。
ここから眺めるこの街は、俺の生きる意味で死にたい理由だ。
息を吐く。
俺がここから落ちることはあるだろうか。
その時を考えると高揚感で苦しい。
顔が恍惚に歪んだ。
俺はこの場所が好きだ。
君と飛び立つ
えっ。この下に?
ーーうん。大丈夫。私飛べるから。
いや、分かってるけど。え?
ーーだから、早く落ちろ!
俺は彼女に落とされた。
彼女は俺を追うように飛び降りた。
重力に惹き付けられるように、地上が遠ざかる。
彼女はその重力を自然と扱うように、自由に動いた。
彼女の背には翼。
彼女は俺を捕まえると、風に乗るかのようにそのまま上へと飛び立った。
きっと忘れない
手を繋いだ。
君は、力を込めると嫌がった。
君から繋いできたのに。
俺は力を込め続ける。
少しずつ、少しずつ強く。
「ねぇ、止めてよ。痛いの」
「大丈夫だってこれくらい」
「ほんとに止めて。ねえ、聞いてる?」
俺は力を込めた。
何かが崩れるような感触。
君は何かを叫んでる。
俺はそれを聞かずに、少しだけ笑った。
力の抜けた君の手。
君の指を優しく撫でる。
君の顔からは涙が溢れて、怯えた目で俺を見た。
俺は君の指先を逆に曲げた。
なんでって?
その目がどう変わるか見たかったんだ。
苦痛に歪んだ顔。
何を考えてるんだろうな。
俺の事嫌いになった?
そんな訳ないか。
「私、何か気に触ることでもした?」
「こんなことする人じゃなかった」
「俺の事知らなかっただけだろ」
なんだか楽しくなってきた。
手以外も俺にくれないかな。
「俺のこと好きなんでしょ?」
「俺はお前のこと嫌いだよ」
優しそうな微笑みも、恥ずかしがって俯く仕草も、
俺の隣を歩く時の揺れる髪も、触れてくる体温も。
気持ちが悪かった。
「知らなかった?」
俺は震える君を優しく抱きしめた。
君の心臓はドクドクと激しく鳴り続け、体温も異様に熱かった。
これが今から冷えていくんだ。
あぁ、堪らない。
今まで我慢したんだ。
楽しませてくれよ。
俺は抱きしめる腕に力を込めた。
遠くの空へ
世界は自分の周りだけでできている。
少し離れた先は既に存在していない。
今この瞬間にも、私以外の人は存在せず、認識だけで成り立つ世界。
情報が多すぎるんだ。
自分の知りたいことだけを知っていればいい。
遠くのことなんて曖昧でも何も困らない。
全てを知るなんて無理だし、近くだけでも正確に把握などできない。
全てはなんとなく、曖昧に、だいたいそういうもの程度で回っている。
上を向く。
同じ情報がずっと続いているだけだ。
これなら疲れない。
ただひたすらに、一つだけ。
考えないのは楽だった。