覚えていますか?
私と初めて出会った時のこと。
貴方は、川に落ちた私の手袋を、
服が濡れる事も厭わずに拾ってくれましたね。
あれは何年前だったでしょう。
もしかしたら、数ヶ月前のことだったのかしら。
貴方と過ごした時間は余りにも楽しかったから、
時間が本当に早く過ぎて行ったの。
初めて会った日から1年後、
貴方は私に手袋をプレゼントしてくれましたね。
あれはもう指が入らなくなってしまったけれど、
それほど長い間、この手袋にはお世話になりました。
これは私の棺にも、しっかり入れて貰わないとね。
この寂しさは、掻き消せないでしょう。
何年経っても。
写真も、手紙も、貴方が残した物たちも。
やろうと思えばいくらでも、
消す、燃やす、捨てる。
何だってできる。
でも、貴方が居た記憶だけは、
この孤独と寂しさだけは、
私が死んでも消えないんでしょうね。
お揃いで買ったマグカップ。
これ、暖かい飲み物が長持ちするんだっけ、
時間経つのを忘れて、もうとっくに冷たいの。
貴方がくれたこの指輪、通り抜けたら、
貴方のいる世界に行けるのかしら。
こんな今の私、
先に逝った貴方は、どう思うのかしらね。
私がこんなに寂しい思いをしてるのを、
面白がって見ているの?
まぁ…そんな事する人じゃないけれど。
それならそれで、私も楽なのにね…
知ってしまうと怖くて仕方がない。
この先、貴方を失う以上の不幸は、
そうそう起こらないと思うの。
でもね、貴方との日々はもう2度と戻らないの。
貴方も、今の私と同じ気持ちなら良いんだけど。
たまご粥食べたいな…
手を繋いで、繋ぎ返して、
私のよりも一回り二回り大きい、
その骨貼った暖かい手のひらを、
もし私が、
貴方が朝家を出る時に握った手を離さなければ、
もし私が、
貴方が二度寝しようと駄々を捏ねた手を離さなければ、
貴方はまだ私の手を握っていてくれたのかな。
私が寂しい時、ずっとそばにいるって、言ったじゃん。
こうやって手を握るよって、言ってくれたじゃん。
ねぇ、私幽霊ダメって言ったけど、
それは嘘だから、
幽霊で良いから、幽霊が良いから、
貴方であれば本当にそれで良いから、
ほんの少しだけ、この月が出て居る時だけ、
この涙が渇くまで、
側で手を繋いでいてよ…
終わらせないで欲しかった。
私が寝る時、必ず腕をお腹に回すのも、
私がご飯を作る時、うざったくなるくらい
味見させてって言って来るのも、
私が服を選ぶ時、本当に真剣に悩んでくれるのも、
全部、ぜんぶ、大好きだった。
「重たいからやめて」は、
「もっとくっついて欲しい」だった。
「どっか行って」は、
「何処にも行かないで」だった。
「そんなに悩まなくていいのに」は、
「私のために悩んでくれて嬉しい」だった。
貴方との生活が終わってしまってから、気がついた。
私の天邪鬼がこんなにも憎らしいなんて。
何気ない生活の会話ですら素直になれなかった私はバカだ
今はこんなに素直に言えるのに、叫べるのに、
返してくれる貴方が居ないから。
1人では広すぎるベッドで寝て、
貴方のために作らないご飯を作って、
服も自分でテキトーに決めて、
普通ではあるのに、私だけ違う世界に来たみたい。
貴方という存在が居ない世界に、
私はひとりぼっちで
迷い込んでしまったんだ。
貴方が死んだあの日から、
私の終わりの日々が始まってしまったんだ。