優越感、劣等感
不幸だね、と 零し合う幸福 放課後の愚痴
幸せになりたい! 同じ願いの短冊
神様だけが知っている
二人は罪だ。
瞳に咲く山茶花が、枯れているのを
僕はただ見蕩れていた
浅い呼吸の真ん中で
夜に浮く月影の隙間で
貴方はそっと
祈るように口にしていた
それは思えば
貴方の口癖だったのだと
今になって知る
罪だ。と貴方があんまりに言うものだから
一緒に居てはお天道様に叱られる。と僕が泣くと
二人はふたりでいないとだめ、
二人でいなくちゃお月様に放られる。
と真っ赤な果実の頬で怒った
貴方の言うことは
いつも難しい
僕にとってはお月様よりお天道様の方がよっぽど
身を塵塵にしてしまいそうで
恐ろしく思っていたのだけど
貴方はお月様の方がよほど
好きだったみたいで
よく
お月様に手を伸ばしていたよね
お月様は全てお見通しさ。と
貴方は夜にキスをしてくれなかった
全てが平に照らされた
白昼の下でばっかり
僕をあやすから
僕はほんとうは
ちょっぴりうんざりしていたのだけど
貴方がワルツの瞳で
笑うから
お天道様のこと忘れてしまえたんだ
夜と昼は
月と太陽は
巡り合ってはいけないのだと。
知って
泣いて泣いて泣いて
海にかえりそうな僕を
ただただじっと
見つめるだけで
罪は償わなくては。
そう渇いた唇で息を吐いたそんな貴方を
僕は
初めてお月様のお腹のまんまえで
なぐさめの嘘さえつけないなんて。と
奥歯で
空想の金平糖を
苦く噛んだ
(お月様は、言葉を持たないんだ。ほら、お天道様はさお喋りでずっとずっと僕らに光のメロディを浴びせてくるだろう?でもさあ、お月様ばっかりは、何にも話してくれない。何にも聞かせてやくれないさ。お月様には口が無い。僕らに歌も、咎めもくださらない。…でもその代わりに、ずっと、ずーっと僕らを見てるんだよ。ただ、じっと。静かに。深海の静けさで。お月様にはどんな嘘も、過ちも、全部お見通しだ。だから、秘密も、嘘も、お月様の前だけはダメだ。分かった?うん。どうか、分かっておくれ。)
…嗚呼。
確かに、僕らは罪だね。
僕らはずうっとふたりじゃなきゃだめだね。
罪は、償うべきなんだね。
お月様の瞳に射抜かれて
見透かされて、
貴方の言葉が
全て
全部
やっと、分かったんだ。
透明
僕の心はずっとずっと空っぽだった。
何にもなくって、大切なものなど一つも入っていなくて、この先思い返したい煌めいた記憶など一つも無かった。そんな僕のことを人は怖い、と言う。おかしい、普通じゃない、変だ、恐ろしい、と。仕舞いには、人の子とは思えないだなんて酷いことを言われた。生まれてからずうっとそんな風に生きてきたのだから、今更哀しみだなんて感じないのだけど…そういうところが、怖いと言われてしまうかな。あー難しい。もう分かんないや。って、そう何度も考えてはすぐに思考を放棄した。だって幾ら考えても答えが出ないから。僕はただ、透明な日々の中で嫌に真っ青な広い空を見上げることしかやることがなくって、ずうっとそうして生きているんだ。
「泣きたいの?」
「え?」
「いや泣きそうな顔、していたからさあ」
彼と初めてであった時。初めて交わした言葉は、そんな疑問符から始まった。いつもみたいになんにも無い原っぱで寝そべって、青空に浮かぶ雲の切れ端をなぞっていた僕の顔をいきなり覗き込んで。初めてまして!なんて元気な声の後、そんな質問をした。泣きそう、って何なのだろうか。涙が出たことなんて一度も無い。
「…泣きそう、っていうの、分かんない」
「泣いたことないの?」
「うん」
「へえ!強いんだねえ」
彼は真っ直ぐ向日葵の咲いた瞳で笑う。強い、強いのだろうか。何にも感じないことは、強い事なのか。
「強くなんか、ないけど…」
「強いよ!」
呼吸するかのような自然さで唇を落っこちた弱音は、彼の強気な音で直ぐにかき消された。そんなに深刻に発した訳じゃなかった僕は、あまりに真剣な彼の眼差しに思わずたじろぐ。怒らせてしまったのだろうか、と少しだけ心臓が軋んだ。
「俺は泣き虫だって、すぐからかわれる」
「そうなの…?」
「そう。なんか直ぐに涙出てきちゃって、泣きたくもないのに泣けちゃうの」
「へえ、すごい、ね」
「すごい?」
「うん。すごいよ。僕は、泣きたくても泣けないから」
泣きたくても、なんて言ったけど、本当は泣きたいという感情すらも分からない。僕には正真正銘なんにもない。でも目の前の彼は、手に余るくらい色んなものを抱えている。
「なんか、似てるね」
「似てる…?正反対じゃないの…?」
「ううん。似た者同士だ」
彼の言葉は不思議だった。フワフワと心地良いのに言われてしまったこと全てに納得させられてしまうような強さがある。
「俺らはきっと、仲良しになれるよ!」
眩しい。太陽の光なんかよりずっと眩しい笑顔で彼は言った。そんなハズないと思うのに、その眩しさのせいでそんな気がしてくるような錯覚を覚えてしまう。なれるだろうか、人の子じゃないと罵られる僕と万人を引き寄せるみたいな明るさを持つ彼が仲良しに…。
「仲良し…」
「うん!というかもう、仲良しだ」
「そうなの…?」
「そうだよ。ほら」
僕の手を強引に取って、小指と小指を絡める。綺麗な声で元気よくゆーびきりげーんまん、と歌って小指を揺らしている。ゆびきった!でぱっと離れた小指が彼の温い体温でいつもよりほんのりと温かい。
「明日もここで、お話しようね」
「…ぅん」
「次は君のこと、もっと教えて欲しいんだ」
「わか、った」
「また、明日!」
夕暮れが近い。帰らなくちゃって走っていった彼の背は小さくなっていく。その背中をぼんやりと見て、胸の中でちりっと焦げる思いがあった。なんだろうこれ、行かないでなんて思ってしまう。昔、本で読んだ言葉を思い返す。そうだな、既視感があった。零時になって帰らなくちゃいけないシンデレラ。王子様の手を離していえへと走る。自分を呼ぶ王子様の声…。ああ、寂しい。そうか。これは、寂しさなんていうのか。
…彼はすごい。やっぱりすごい。感情なんてまるで無かった僕に、たったの太陽の傾き三十度で感情ひとつを生み出してしまったのだから。彼の背はもう見えない。それでも、彼が走った煌めいた道のりをなぞりたくなる衝動がちいさな胸に宿っていた。この衝動の名は何だろう。なんというのだろう。本を読めば、導き出せるのだろうか。それとも彼にまた会えば分かるだろうか。
また明日!
どんなに響きの良い言葉だろう。明日が待ち遠しいのは初めてだ。いつしか彼が僕の空っぽな心の中心になって、透明な心臓を色めくものに変えてくれたりするのだろうかと、僕はやけに逸る胸を抑えて帰路へと踵を返すのだった。
愛があれば何でもできる?
(ちょっと怖いかもです。狂ってます。ゾッとする感じが嫌いな方は注意)
貴方と出会った春が、あまりに眩しくて。その美しさに魅了されてからというもの、僕の日々はこれ以上に無いほど美しく清廉に爽やかに色めき始めたのだ。
校内の目立たない草臥れたベンチに、貴方は一人横たわっていた。あまりにぐでんと沈んでいるかの様に見えたので、心配して思わず肩を叩いた僕を貴方はぼんやりと見て、それから眼を擦り掠れた声で欠伸をした。その姿に僕はこの人は昼寝をしていただけなんだ!と漸く気づいて、自分が宛らヒーローにでもなるかように、救世主にでもなるかのようにキリッとした顔で声をかけてしまったことを酷く後悔した。あろうことか、貴重な深い眠りを妨げてしまった…!と頭を抱える。そんな僕の挙動不審な動きを静かに見つめる視線が痛くって、恐る恐る目を合わせると貴方はふんわり笑って天使みたいな優しい眼差しで言葉を口にする。
「優しいね」
って。
その瞳が初夏の海みたいにキラキラと煌めいていて、その瞬間僕は恋に落ちたんだよ。
それからの日々はずっと夢心地で、生温い映画でも観ているかのような感覚で時が流れていった。恋が叶うジンクス!なんてものを信じて、後夜祭でいきなり手を取り大きな声で「好きです!」なんて叫んだ僕のことを、貴方はまたあの時と同じ瞳で笑って「同じだよ」って耳際で囁いた。真っ赤になった頬を余裕そうな顔で撫でられて、僕はもっと格好良く素敵な大人にならなくちゃと決心したわけだけど。それはまだ、到底夢のまた夢のみたい。
いつしかね、僕が貴方はいつも大人みたいだから僕は早く大人になって貴方の手を引きたいなあと言った時貴方は見たことないくらいに真っ黒な瞳をさせた。
「大人になんて、ならなくていい」と。
そう、低い声で強く言われて訳も分からず泣いてしまった僕に貴方は酷く焦って、ごめんごめんとひたすら謝っていた。貴方が謝ることなんて一つもないと言い切って強く抱き締めたかったのに、鉛のように身体が重くて糸で縫われたみたいに上唇と下唇がくっついていて僕はなんにもしてあげられなかった。
…ねえ。今までのこと、覚えてた?僕は貴方のこと全部覚えてるんだよ。その全部が大好きなんだよ。分かる?分かってくれる?ねえ。
「分からないよ」
「なんで、なんでなんで、分かってくれないの」
そんなに怒った顔をして…。やめてよ、怖いよ。僕は貴方の笑った顔が好きなんだ。
「…私のために死んでくれるの?」
「うん死ねるよ。貴方が死ねって言うなら」
「じゃあ、今ここで___死んで」
とんっと胸を押された。ふわりと身体が浮いて、一瞬空を飛べる魔法を使えるようになったんじゃないかと思ったんだけど、そんなこと無いみたいだなあ。身体が真っ直ぐ、物凄いスピードで落ちてゆく。
僕を見下ろす顔が逆光でよく見えないんだ。ねえ、もっと見せてくれよ。僕がここでプロポーズなんてしたら貴方はまたバカだねえって優しく笑ってくれるだろうか。どうかな?あは。あはは、ねえ、笑って。笑って!
一生のお願いだよ!笑って!
刹那
顔を洗うのが 気持ちよくって 春