海月は泣いた。

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5/21/2024, 6:13:29 PM

透明


僕の心はずっとずっと空っぽだった。
何にもなくって、大切なものなど一つも入っていなくて、この先思い返したい煌めいた記憶など一つも無かった。そんな僕のことを人は怖い、と言う。おかしい、普通じゃない、変だ、恐ろしい、と。仕舞いには、人の子とは思えないだなんて酷いことを言われた。生まれてからずうっとそんな風に生きてきたのだから、今更哀しみだなんて感じないのだけど…そういうところが、怖いと言われてしまうかな。あー難しい。もう分かんないや。って、そう何度も考えてはすぐに思考を放棄した。だって幾ら考えても答えが出ないから。僕はただ、透明な日々の中で嫌に真っ青な広い空を見上げることしかやることがなくって、ずうっとそうして生きているんだ。
「泣きたいの?」
「え?」
「いや泣きそうな顔、していたからさあ」
彼と初めてであった時。初めて交わした言葉は、そんな疑問符から始まった。いつもみたいになんにも無い原っぱで寝そべって、青空に浮かぶ雲の切れ端をなぞっていた僕の顔をいきなり覗き込んで。初めてまして!なんて元気な声の後、そんな質問をした。泣きそう、って何なのだろうか。涙が出たことなんて一度も無い。
「…泣きそう、っていうの、分かんない」
「泣いたことないの?」
「うん」
「へえ!強いんだねえ」
彼は真っ直ぐ向日葵の咲いた瞳で笑う。強い、強いのだろうか。何にも感じないことは、強い事なのか。
「強くなんか、ないけど…」
「強いよ!」
呼吸するかのような自然さで唇を落っこちた弱音は、彼の強気な音で直ぐにかき消された。そんなに深刻に発した訳じゃなかった僕は、あまりに真剣な彼の眼差しに思わずたじろぐ。怒らせてしまったのだろうか、と少しだけ心臓が軋んだ。
「俺は泣き虫だって、すぐからかわれる」
「そうなの…?」
「そう。なんか直ぐに涙出てきちゃって、泣きたくもないのに泣けちゃうの」
「へえ、すごい、ね」
「すごい?」
「うん。すごいよ。僕は、泣きたくても泣けないから」
泣きたくても、なんて言ったけど、本当は泣きたいという感情すらも分からない。僕には正真正銘なんにもない。でも目の前の彼は、手に余るくらい色んなものを抱えている。
「なんか、似てるね」
「似てる…?正反対じゃないの…?」
「ううん。似た者同士だ」
彼の言葉は不思議だった。フワフワと心地良いのに言われてしまったこと全てに納得させられてしまうような強さがある。
「俺らはきっと、仲良しになれるよ!」
眩しい。太陽の光なんかよりずっと眩しい笑顔で彼は言った。そんなハズないと思うのに、その眩しさのせいでそんな気がしてくるような錯覚を覚えてしまう。なれるだろうか、人の子じゃないと罵られる僕と万人を引き寄せるみたいな明るさを持つ彼が仲良しに…。
「仲良し…」
「うん!というかもう、仲良しだ」
「そうなの…?」
「そうだよ。ほら」
僕の手を強引に取って、小指と小指を絡める。綺麗な声で元気よくゆーびきりげーんまん、と歌って小指を揺らしている。ゆびきった!でぱっと離れた小指が彼の温い体温でいつもよりほんのりと温かい。
「明日もここで、お話しようね」
「…ぅん」
「次は君のこと、もっと教えて欲しいんだ」
「わか、った」
「また、明日!」
夕暮れが近い。帰らなくちゃって走っていった彼の背は小さくなっていく。その背中をぼんやりと見て、胸の中でちりっと焦げる思いがあった。なんだろうこれ、行かないでなんて思ってしまう。昔、本で読んだ言葉を思い返す。そうだな、既視感があった。零時になって帰らなくちゃいけないシンデレラ。王子様の手を離していえへと走る。自分を呼ぶ王子様の声…。ああ、寂しい。そうか。これは、寂しさなんていうのか。
…彼はすごい。やっぱりすごい。感情なんてまるで無かった僕に、たったの太陽の傾き三十度で感情ひとつを生み出してしまったのだから。彼の背はもう見えない。それでも、彼が走った煌めいた道のりをなぞりたくなる衝動がちいさな胸に宿っていた。この衝動の名は何だろう。なんというのだろう。本を読めば、導き出せるのだろうか。それとも彼にまた会えば分かるだろうか。
また明日!
どんなに響きの良い言葉だろう。明日が待ち遠しいのは初めてだ。いつしか彼が僕の空っぽな心の中心になって、透明な心臓を色めくものに変えてくれたりするのだろうかと、僕はやけに逸る胸を抑えて帰路へと踵を返すのだった。

5/17/2024, 3:43:56 AM

愛があれば何でもできる?


(ちょっと怖いかもです。狂ってます。ゾッとする感じが嫌いな方は注意)


貴方と出会った春が、あまりに眩しくて。その美しさに魅了されてからというもの、僕の日々はこれ以上に無いほど美しく清廉に爽やかに色めき始めたのだ。
校内の目立たない草臥れたベンチに、貴方は一人横たわっていた。あまりにぐでんと沈んでいるかの様に見えたので、心配して思わず肩を叩いた僕を貴方はぼんやりと見て、それから眼を擦り掠れた声で欠伸をした。その姿に僕はこの人は昼寝をしていただけなんだ!と漸く気づいて、自分が宛らヒーローにでもなるかように、救世主にでもなるかのようにキリッとした顔で声をかけてしまったことを酷く後悔した。あろうことか、貴重な深い眠りを妨げてしまった…!と頭を抱える。そんな僕の挙動不審な動きを静かに見つめる視線が痛くって、恐る恐る目を合わせると貴方はふんわり笑って天使みたいな優しい眼差しで言葉を口にする。
「優しいね」
って。
その瞳が初夏の海みたいにキラキラと煌めいていて、その瞬間僕は恋に落ちたんだよ。

それからの日々はずっと夢心地で、生温い映画でも観ているかのような感覚で時が流れていった。恋が叶うジンクス!なんてものを信じて、後夜祭でいきなり手を取り大きな声で「好きです!」なんて叫んだ僕のことを、貴方はまたあの時と同じ瞳で笑って「同じだよ」って耳際で囁いた。真っ赤になった頬を余裕そうな顔で撫でられて、僕はもっと格好良く素敵な大人にならなくちゃと決心したわけだけど。それはまだ、到底夢のまた夢のみたい。

いつしかね、僕が貴方はいつも大人みたいだから僕は早く大人になって貴方の手を引きたいなあと言った時貴方は見たことないくらいに真っ黒な瞳をさせた。
「大人になんて、ならなくていい」と。
そう、低い声で強く言われて訳も分からず泣いてしまった僕に貴方は酷く焦って、ごめんごめんとひたすら謝っていた。貴方が謝ることなんて一つもないと言い切って強く抱き締めたかったのに、鉛のように身体が重くて糸で縫われたみたいに上唇と下唇がくっついていて僕はなんにもしてあげられなかった。










…ねえ。今までのこと、覚えてた?僕は貴方のこと全部覚えてるんだよ。その全部が大好きなんだよ。分かる?分かってくれる?ねえ。

「分からないよ」
「なんで、なんでなんで、分かってくれないの」
そんなに怒った顔をして…。やめてよ、怖いよ。僕は貴方の笑った顔が好きなんだ。
「…私のために死んでくれるの?」
「うん死ねるよ。貴方が死ねって言うなら」


「じゃあ、今ここで___死んで」
とんっと胸を押された。ふわりと身体が浮いて、一瞬空を飛べる魔法を使えるようになったんじゃないかと思ったんだけど、そんなこと無いみたいだなあ。身体が真っ直ぐ、物凄いスピードで落ちてゆく。
僕を見下ろす顔が逆光でよく見えないんだ。ねえ、もっと見せてくれよ。僕がここでプロポーズなんてしたら貴方はまたバカだねえって優しく笑ってくれるだろうか。どうかな?あは。あはは、ねえ、笑って。笑って!

一生のお願いだよ!笑って!

4/29/2024, 1:58:17 AM

刹那

顔を洗うのが 気持ちよくって 春

4/28/2024, 8:26:43 AM

生きる意味


「時々考えるんだけど」
彼が唐突に口を開いた。さっきまで何を考えているか分からない瞳で星空を眺めていたのに、嫌にハッキリとした口調でそういうものだから思わず驚いて隣に顔を向ける。
「僕と君が出会ったことは、間違いだったと思う」
「は?」
思わず低い声が出た。だが、それも仕方がないだろう俺らが世にいう恋人、という関係になってからもう随分時が経つ。それなりに関係を築き、俺たちらしく今まで上手くやってきただろうと言えるのにそれがどうしたものか。突然、出会いを間違いだなんて言われてしまった。
「なんだよ急に。間違いだとか言いやがって」
「だってさ、僕らって絶望的に相性が悪いでしょ」
「…否定は出来ない」
そう、否定は出来ない。俺らは今も昔も喧嘩ばかりだ。会話が盛り上がったりすることは滅多にないし、楽しいねと笑い転げたりもしない。会話をしている時間よりも何も言葉がない時間の方が長く、傍から見れば本当に付き合ってんのか?と言われてしまいそうだ。…というか、本当に言われたこともあるくらいだ。
「僕らは出会うべくして出会った、とかそんなんじゃないし」
「まあ、出会いは最悪だったな」
「でしょ?…ふ、は、思い出したら面白くなってきた」
「あん時はなんだコイツって思った」
「君に胸倉掴まれた」
「お前がムカつくこと言うからだろ」
「はは、まあ、あの時は若かった」
あの時だって、彼の柔らかい心に棘を刺した自覚はあった。今なら分かる。嫌よ嫌よも好きのうち、ってやつだったんだ。嫌悪だと思い込ませていた感情の名前が恋だなんて甘い響きを持つことを知った時には、絶句したものだ。
「…で、何だよ。間違いって」
その言葉に目を見開く。何気なく発した言葉だが、彼にとっては大きな不満らしい。恋人に自分との出会いを酷く言われ、唇を尖らす様は酷く愛らしい。
「だから、神様の手違いみたいなものだよねって」
「なんだそれ、もっと分かりやすく言えよ」
頭の良い彼の言葉は、不服だが俺には少し難しい。彼の小難しい言い様を、理解しようと何度も頭を捻ったが到底理解し難かったので最近では素直に問いただすことに専念している。
「こうなるはずじゃなかった二人が、こんなにも一緒に居るのは凄い奇跡だってこと」
「…あ?」
「何その反応」
「いや、お前俺と出会わなかったら良かったって言ってんじゃねえのかよ」
「別に、そんなこと言ってない」
何だよ。心配して損した。奇跡なんて美しい響きの言葉を間違いなんて言葉で誤魔化しただけだったのだ。相変わらず強がりの照れ隠しだな。
「つまり、お前は俺と出会えて良かったって言いたかったんだろ」
にっと悪い顔をして笑われた。嬉しそうな瞳に何だか恥ずかしくなって目を逸らす。
「…そうだよ。何か悪い?」
「悪くねえ」
満足気な表情だ。空を見つめる瞳がキラキラと輝く。空に映るのは星はそんなに多くないのに、彼の瞳には沢山の星を宿していた。
「いい気分だ」
その姿も笑顔も横顔も美しくて、何より愛しい。ああ、ほんとうにムカつく!

3/21/2024, 11:39:05 AM

二人ぼっち


世界に取り残されて、貴方と正真正銘の二人ぼっちになってしまいたい。火星に行く人々を見送って、滅亡寸前の地球で貴方とキスを交わしたい。何にも無くなって平たくなった地球でいっちばん背の高い桜の木を探したり、真っ暗な球体にLEDを縫い付けてとびっきりのイルミネーションを見せたりもしようか。
そして、最後の日には二人だけで水平線を独占する。僕らは幸せいっぱいの瞳を煌めかせながら笑うだろう。間違いなく銀河一の幸せ者だって今までで一番綺麗な景色に向かって叫ぶんだ。太陽が迫ってきたって僕らは手を繋いでいよう。僕らだけはずっと、指先を絡めて離さないでいよう。僕らは地球最後の人類で最高の恋人だったって教科書に載るかもしれないから、生き様は美しくなくちゃダメだよ。二つの名前は隣に並ぶんだからね。僕らの愛を、素敵だねっていつかの誰かが囁いてくれるだろう。あのね、僕は生まれ変わってもまた貴方に出会うんだって確信しているよ。だってピッタリくっつけ合った心臓の鼓動がこんなにも心地が良いから。僕は生まれ変わっても、また星が一つ終わる頃がいいなあ。貴方と寿命いっぱいを楽しむのもいいんだろうけど、貴方を残してはいけないし貴方を見送るのも嫌だから。貴方の笑顔を焼き付けて手を繋ぎながら終われるならこれ以上の幸せは無いんだ。

ああ、もうすぐかな。太陽の光が眩しいね。最後になるけど言いたいことはある?どうしたのその顔。不貞腐れてる?…ああ、そうだった。最後じゃなかったね、来世で会うんだから。

じゃあ、また。愛しているよ。

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