刹那
顔を洗うのが 気持ちよくって 春
生きる意味
「時々考えるんだけど」
彼が唐突に口を開いた。さっきまで何を考えているか分からない瞳で星空を眺めていたのに、嫌にハッキリとした口調でそういうものだから思わず驚いて隣に顔を向ける。
「僕と君が出会ったことは、間違いだったと思う」
「は?」
思わず低い声が出た。だが、それも仕方がないだろう俺らが世にいう恋人、という関係になってからもう随分時が経つ。それなりに関係を築き、俺たちらしく今まで上手くやってきただろうと言えるのにそれがどうしたものか。突然、出会いを間違いだなんて言われてしまった。
「なんだよ急に。間違いだとか言いやがって」
「だってさ、僕らって絶望的に相性が悪いでしょ」
「…否定は出来ない」
そう、否定は出来ない。俺らは今も昔も喧嘩ばかりだ。会話が盛り上がったりすることは滅多にないし、楽しいねと笑い転げたりもしない。会話をしている時間よりも何も言葉がない時間の方が長く、傍から見れば本当に付き合ってんのか?と言われてしまいそうだ。…というか、本当に言われたこともあるくらいだ。
「僕らは出会うべくして出会った、とかそんなんじゃないし」
「まあ、出会いは最悪だったな」
「でしょ?…ふ、は、思い出したら面白くなってきた」
「あん時はなんだコイツって思った」
「君に胸倉掴まれた」
「お前がムカつくこと言うからだろ」
「はは、まあ、あの時は若かった」
あの時だって、彼の柔らかい心に棘を刺した自覚はあった。今なら分かる。嫌よ嫌よも好きのうち、ってやつだったんだ。嫌悪だと思い込ませていた感情の名前が恋だなんて甘い響きを持つことを知った時には、絶句したものだ。
「…で、何だよ。間違いって」
その言葉に目を見開く。何気なく発した言葉だが、彼にとっては大きな不満らしい。恋人に自分との出会いを酷く言われ、唇を尖らす様は酷く愛らしい。
「だから、神様の手違いみたいなものだよねって」
「なんだそれ、もっと分かりやすく言えよ」
頭の良い彼の言葉は、不服だが俺には少し難しい。彼の小難しい言い様を、理解しようと何度も頭を捻ったが到底理解し難かったので最近では素直に問いただすことに専念している。
「こうなるはずじゃなかった二人が、こんなにも一緒に居るのは凄い奇跡だってこと」
「…あ?」
「何その反応」
「いや、お前俺と出会わなかったら良かったって言ってんじゃねえのかよ」
「別に、そんなこと言ってない」
何だよ。心配して損した。奇跡なんて美しい響きの言葉を間違いなんて言葉で誤魔化しただけだったのだ。相変わらず強がりの照れ隠しだな。
「つまり、お前は俺と出会えて良かったって言いたかったんだろ」
にっと悪い顔をして笑われた。嬉しそうな瞳に何だか恥ずかしくなって目を逸らす。
「…そうだよ。何か悪い?」
「悪くねえ」
満足気な表情だ。空を見つめる瞳がキラキラと輝く。空に映るのは星はそんなに多くないのに、彼の瞳には沢山の星を宿していた。
「いい気分だ」
その姿も笑顔も横顔も美しくて、何より愛しい。ああ、ほんとうにムカつく!
二人ぼっち
世界に取り残されて、貴方と正真正銘の二人ぼっちになってしまいたい。火星に行く人々を見送って、滅亡寸前の地球で貴方とキスを交わしたい。何にも無くなって平たくなった地球でいっちばん背の高い桜の木を探したり、真っ暗な球体にLEDを縫い付けてとびっきりのイルミネーションを見せたりもしようか。
そして、最後の日には二人だけで水平線を独占する。僕らは幸せいっぱいの瞳を煌めかせながら笑うだろう。間違いなく銀河一の幸せ者だって今までで一番綺麗な景色に向かって叫ぶんだ。太陽が迫ってきたって僕らは手を繋いでいよう。僕らだけはずっと、指先を絡めて離さないでいよう。僕らは地球最後の人類で最高の恋人だったって教科書に載るかもしれないから、生き様は美しくなくちゃダメだよ。二つの名前は隣に並ぶんだからね。僕らの愛を、素敵だねっていつかの誰かが囁いてくれるだろう。あのね、僕は生まれ変わってもまた貴方に出会うんだって確信しているよ。だってピッタリくっつけ合った心臓の鼓動がこんなにも心地が良いから。僕は生まれ変わっても、また星が一つ終わる頃がいいなあ。貴方と寿命いっぱいを楽しむのもいいんだろうけど、貴方を残してはいけないし貴方を見送るのも嫌だから。貴方の笑顔を焼き付けて手を繋ぎながら終われるならこれ以上の幸せは無いんだ。
ああ、もうすぐかな。太陽の光が眩しいね。最後になるけど言いたいことはある?どうしたのその顔。不貞腐れてる?…ああ、そうだった。最後じゃなかったね、来世で会うんだから。
じゃあ、また。愛しているよ。
こんな夢を見た
ふわふわの雲の上
あなたとわたし、ふたりだけのピンクの世界
流れ星がずうっと流れているから
わたしはずうっとこの時間が続きますように
って願っていたんだけれど
流れ星って、じつは願いを叶えてくれないみたい
もうすぐあなたのそばを離れなくちゃいけないんだ
そうわたしがいうと、あなたは泣いて
いかないでいかないでってぽろぽろしてた。
わたしもいやだよって、泣いたら
落っこちた涙がこんぺいとうになった
あなたはそれを食べて、また泣いた
あなたの涙はこんぺいとうにならないのね
わたしがそう言うと
嬉しそうに笑った
わたしは、ずっとここにいるからねって、嬉しそう
いいなあ
と私の声はぺろぺろキャンディになった
とどかない、わたしのこえは、ここでもとどかないのね
そうしてまた泣いた
涙はこんどは、宝石になった
ばいばいって手を振るのに
あなたはこっちを見ないのね
ばいばいまたね
そう叫んだら
あなたはこっちを見た
あなたのかみのけが白から青になっていたのは、
どうしてだろう
もう来ちゃダメよ、って声が聞こえた
なんで。なんで。なんで。
わたしはまだ、
暗転。
目が覚める。
幸せとは
予定がない午後。窓から射す昼下がりの白い光。電気を付けなくても明るい昼間の部屋。猫と一緒にする昼寝。家の窓から見る小さな花火の音。冬の朝の匂い。病み上がりのスーパーカップ。車窓から見える海。計画性のない旅行の予定。部活帰りの夜道。貴方の楽しそうな顔。貴方を愛す声。貴方が愛されている世界。貴方が見せてくれる景色。貴方が見ている世界を、ほんのちょっと見せてくれること。
…ああ、やっぱりだめだ。気づいたら僕はいつも貴方のことばかりになってしまう。どんなに日常の眩しさを切り取ったって、貴方を想う切なく苦しい程の愛には負けてしまう。僕の幸せは、貴方の幸せだよ。何だか在り来りな言葉だけど、それだけが全てで、それ以外にぴったりと当てはまる言葉を僕は知らない。世界は貴方を思ったより愛してるってこと知らないでしょう。貴方はいつも不幸そうにしてる。柔い肌に優しい睫毛の影を落として、すらりと華奢な肩を小さく丸めて、自信なさげに歩幅を狭め窮屈そうに歩き、綺麗な鈴のような声を泣きそうに揺らす。世界はこんなにも貴方を包む光たちで溢れているのに、貴方はそれが見えていない。そんな弱くて脆い貴方が笑えたらこれ以上ないって確信してるんだ。だから、僕は今日も貴方への愛を叫ぶんだよ。聞こえなくたって届かなくってそれでいい。いつか貴方が気まぐれに見た満天の空のたった一つの星でいいんだよ。太陽みたいに貴方を照らすことができなくても、月みたいに貴方が見る唯一じゃなくてもいいんだよ。ほんの少し、ほんの少しだけ貴方の感情のきっかけになればいいんだ。星だって、一個じゃ気づけないかもしれないけど、たくさん集まれば壮大な景色となるから。だからね。つまり、何が言いたいかというと。貴方が何より大好きだって、話!