『高く高く』
高く高く飛び上がって
空の真ん中で両手を広げる
自由が体を包み込んで
私は新鮮な空気を吸い込んだ
高く高く
飛び上がる夢を見ていた
私はまだ地面に立っている
こんなところじゃ終われないと
胸の奥が疼いているから
高い高い場所を
目指しに行こう
『子供のように』
子供のように笑う君が好きだった。
無垢な君なら、僕を受け入れてくれるだろうという打算で付き合った。
けれど、今の君はどうだろう。
目を伏せて、唇を閉じたまま緩く口角を上げる姿は、まるで大人のようだった。
初めて見る年齢相応の笑顔だった。
あぁ、何を知ってしまったんだろう。
僕が本当は、悪い人間だと気付いてしまったのか。
君は、“騙してたんだね”とは言わなかった。
静かに、「別れよう」とだけ、口にする。
それは一重に、君の優しさだった。
涙がこぼれる。
こんな僕でも、浅ましい打算で君と付き合った僕でも。
いつの間にか、子供のように声を上げて泣いてしまうほど、君を愛していたみたいだ。
『放課後』
ちりん、ちりりん、と風鈴が鳴る。
おばあちゃんの駄菓子屋に遊びに来て、代わりに店番をすることになってから十数分。
あまりにも人が来ないから、カウンターの上の扇風機に向かって「あ〜」と声を出してみた。
耳に届くのは波打った声。
「ぷっ……」
「!?」
抑え込もうとしたように、くぐもった吹き出し声が聞こえて、バッと店先を見る。
そこにいたのは、半袖のYシャツに、黒のスラックスを着た、スポーツ刈りの男子。
「い、いつからそこに……っ?」
「……コホン、えっと、あんた、店の人? いつものばあちゃんは?」
「え、あ、おばあちゃんは今ちょっと出掛けてて……私が店番してるの」
「ふぅん、あのばあちゃんの孫とか?」
「そう」
スポーツ刈りの男子は店の中に入ってきて、駄菓子を物色する。
そのうち、すももを持ってレジに来た。
「えっと……」
おばあちゃんに教えてもらった通りに、バーコードを読み込んでレジに表示された代金を見ると、「あ〜」と波打った声が聞こえる。
「! ちょっと……」
「久しぶりにやったわ、これ」
楽しそうに、無邪気に笑う顔にドキッとしてしまったのは、絶対に秘密。
「それ、うちの制服じゃないな。あんたどこの学校?」
「西高……」
「へー、結構近いじゃん。西高ってバスケ強いだろ? 今度練習試合するから勝ちたいんだよな」
「えっ、あなたバスケ部なの?」
こんな偶然、あるんだ。
部活に入ることが必須で、何となくで選んだバスケ部のマネージャー……。
眉根を下げながら、眉尻をくいっと上げて笑う顔を見ると、この人が勝てるといいなと、敵なのに思ってしまう。
ちりん、と風鈴が鳴る音を聞きながら、私はすももの代金を読み上げて、お金を受け取る為に手を出した。
「今度練習試合に行った時、あんたがいないか探してみようかな」
「……すぐ見つかるよ、きっと」
「なんの自信だ、それ?」
ぷはっと笑う彼と再開する時、驚いた顔が見れるのかなと思うと、今喋る気にはならなかった。
――これは、後に恋人となる彼と私の、出会いの瞬間。
『カーテン』
シャッと、カーテンを閉める。
遮った光は、どちらのもの?
チラッと、カーテンの隙間を覗き見る。
眩しい光に目を逸らす。
光の届かない暗い場所で、私は三角座り。
カーテンで閉ざした心の奥に、ひきこもっている。
シャッと、カーテンを閉める。
遮った光は、どちらのもの?
ピカッと、眩く照らされた場所でくるくる踊る。
そんな自分を、もう一人が毛布でぐるぐる巻きにする。
怯えに覆われた明るい場所で、私は三角座り。
カーテンで閉ざした心の奥に、ひきこもっている。
『涙の理由』
ぽつ、ぽつと雨が降る。
頭に雫が当たる感触がする。
けれど、下を向いて地面のアスファルトを見ても、黒いシミはできていない。
不思議な雨。
そう思って、膝に座ったまま、後ろのお母さんを見上げる。
「ねぇ、お母さ……」
ぽつ、と頬に雫が落ちる。
お母さんの目から溢れて、頬を伝い、顎を滑り落ちて離れた雫が、僕の頬に。
「……どうして泣いてるの?」
「お父さん、いつになったら帰ってくるのかしらね。……体が冷えちゃうから、もう家の中に入りましょうか」
壊れそうな感じで笑ったお母さんの目尻から、また雫が流れ落ちる。
ぽつ、と頬に当たったそれは、僕の顎を伝って服に小さなシミを作った。
僕は毎日、お母さんとのんびり外を眺める時間が好きなのに。