『どうすればいいの?』
こんな気持ち、抱えるのは初めてだった。
どうしたらいいか、答えが出るはずもなくて。
私は何回目かも分からない言葉を、ほとんど音にならない声で呟く。
「どうすればいいの……?」
『脳裏』
脳裏によぎる、あの人の姿。
あの人の声。
……忘れない。
『あなたとわたし』
あなたとわたし、ふたりでひとりだったらよかったのにね。
それだったら、あなたのかんがえること、なんでもわかったわ。
いまだって……。
『眠りにつく前に』
今日、あったことを話そうか。
家を出た時、お隣さんと一緒のタイミングでね。
ぺこって、お互いに会釈したんだ。
予想してなかったから、ちょっとドキッとしたな。
それから、駅のホームで生徒手帳を落とした子がいて。
拾って渡してあげたんだけど、凄く萎縮してたんだよね。
私、怖そうに見えたのかな。
……そんなことないって? あはは、ありがとう。
会社では……いつも通り。
見慣れた顔ぶりで、仕事が忙しくて、ちょっと嫌なこともあって……。
でも、同僚とお昼を食べた時は楽しかったな。
帰りはね、会社の前の花壇に綺麗な花が咲いてることに気付いたの。
前から視界には入ってたはずなんだけど、なんか、綺麗だって気付かなかったんだよね。
君から連絡をもらって、君のことを考えていたからかな。
ほら、昔のこと。
学生の時にさ、野花を摘んで、花束をくれたじゃない?
……恥ずかしいから忘れてくれって?
嫌だよ、私の大切な思い出だもの。
あの時のこと思い出したからかな。
色も鮮明で、胸を逸らすように花弁を張って、風に揺られている花がさ、凄く綺麗に見えたんだ。
私も、君にあんな風に見られたいなって思ったの。
……うん、ありがとう。
ふふっ……なんだか照れくさいね。
ね、今日は抱きついて寝ていい?
……まだまだ話したいこと、沢山あるんだ。
君の胸、あったかいから途中で寝ちゃうかもだけど……。
……うん、君の話も聞きたい。
いっぱい話そうね。
『行かないで』
君の服を掴む手は、君を引き止める力にはならないの?
私の頬を流れる涙は、君を引き止める力にはならないの?
私の口からこぼれる、震えた「行かないで」の言葉は、君を引き止める力にはならないの?
「ごめんね。僕は行くよ」
この手から、君がすり抜けていく。
鉄の箱が、君を連れ去っていく。
「あぁぁぁぁぁ!」
崩れ落ちた体が冷たい地面に受け止められる。
大粒の涙が、途切れることのない涙が頬を伝っていく。
君が離れてしまった今でも、私には……。
“行かないで”と叫ぶことしかできない。