『梅雨は異世界ゲートが開きやすい時期だ』
掲示板にあったスレを信じた男は、ハイテンションで水たまりの中に飛び込んだ。
しかし。
パシャッ
まぬけな音が小さく響くだけで何も起こらない。
スニーカーが水に浸かっただけで異世界転移は起こらない。
それでも男は諦めない。
水たまりを見つけるたびに、両足ジャンプでかすかな希望に身を投じるのだった。
それから数日後、水たまり男と呼ばれる都市伝説が巷を少し騒がせたらしい。
おわり
〜梅雨〜
ただ、必死に走る私。何かから逃げるように。
なんで逃げてるんだっけ?
思い返せば、発端は些細な喧嘩だった。
あんな言葉、本音じゃないのに。
無意識に込み上げていた言葉は、気づけば口から漏れていて。
止まることを知らない言の刃は、姉の心を深く刺していた。
それに気づいたのは、姉を傷つけてから公園に着くまでのわずか数分。家を飛び出してなければ、今すぐ謝れてたのに。
これじゃあ、帰りたくても帰りずらいなぁ。
とりあえず公園の綺麗目なベンチを選んで腰を下ろした。
「どうしよ」
思わず吐いた一言は、案外どうでもよさそうで。大して気にしてないような気がしてきて。なんか自己嫌悪。
「はぁ……」
さらにため息。
あんまり重たくないな。
もっと、重ためのため息じゃないと今すぐ家帰って姉に謝罪ルートで確定じゃん。早いよ。気まずいよ。
まだ、センチメンタルに浸ってたい。
だから私は、深く深呼吸したあとにもう一度特大のため息をこぼした。
「すぅ………………はぁ~~~~~~」
「すごいため息」
「はぁ!?」
すっとんきょうな声を上げてしまった。はずかし。
誰だか知られないが、とんでもないため息現場を目撃されてしまった。はずかし。
「すいません、大きな声出しちゃって」
私は逃げるように顔を背けた。
しかし、そいつは何故かまだ横にいる。というか私の横に座ってきた。
「こんな夜の公園でため息ついて。そっちもいろいろあったんだねぇ」
そいつの声には聞き覚えがあった。
ああ、そうか。
思い出したぞ。
彼の顔を見て確信する。
「出たな夜の帝王! お前の噂は知っている! か、顔がいいからってところかまわず手ぇだして。つ、ついに私にも手を出しに来たのか!? そ、そう簡単に私の貞操を破れると思うなよっ!」
私は全力で捲し立てながら、手刀受けの構えを取る。
「……はぁ。そんなんじゃないよ。てか、誰がそんなこといってたのか知らないけど。嘘だからね」
彼の顔は確かに不名誉な二つ名に憤りを感じてるように見えた。けして、あれよあれよと手をだしてきたことに誇りを持ってるやつの顔ではなかった。
なるほど、彼には申し訳ないことを言ってしまったな。
「あの、すいませんでした。私、いきなり失礼なことばかり言ってしまって」
「ん、誤解が解けてよかったよ。まあ、君もなんかあったんだよね。こっちもごめんね、いきなり話しかけて。偶然見つけて、二年になってから同じクラスなのにまだ話してないなーって思ってさ」
だから話しかけてきたのか。そういえば彼はクラスメイトだったなぁ。
まだ4月上旬なのに、まだ話してないという理由で私に声をかけてきた。
私のことが好きなのだろうか?
いやいや落ち着け。例えそうだとしても私には考えないといけないことがあってだな。
「大丈夫?」
「あっあはぁー。大丈夫でっせ。いや、ええ、まあ。姉と喧嘩しまして」
うわ。たどたどしいうえに変な語尾使ってしまった。彼が気にしてないことを願おう。
「そっかぁ~。きょうだい喧嘩かー。じゃあ、俺も似たようなもんかなぁ」
「あ、あなたもそうなんだ……」
しばらくの間を置いて、彼が口を開いた。
「あのさ、走らない? あそこの桜まで」
「え」
急に何を言い出すのか、彼は前方にある桜の木を指していう。
私が返答にまごついていると、
「よーい、ドン!」という合図を放って彼は走り出していた。
「え、ちょっと!」
私も彼に続いて走り出す。
先に桜の木についていた彼は、肩で息をする私と違ってまだまだ余裕を感じる。
何か運動でもしてるんだろうな。
「いい笑顔だねぇ。やっぱり走ると気持ち入れ替わるね」
まあ、たしかに走ると心が気持ちがリフレッシュする。
でも、私には彼の顔は見れないから。
「街灯も無しにこんな暗闇で他人の顔わかるわけないじゃん」なんて言ってしまう。
「推測だよ。なんとくそう思ったんだ」と答える彼の口調はおだやかで優しい。きっと笑ってるんだろうな。
そして私も笑ってる。
それから私は彼に別れを告げて、家まで走っていた。
ただ、必死に走る私。姉と仲直りするために。
笑顔を添えて。
〜ただ、必死に走る私。何かから逃げるように。〜
わたしの彼氏はいつも半袖だった。
イケメンで、優しくて、勉強も運動もできて……毎日半袖。冬でも半袖。
なんで?
その一点において激しく疑問を抱えていたわたしは、彼に尋ねることにした。
「どうしていつも半袖なの?」
すると彼は、
「うーん。まあ、強いて言えば、お前の愛が熱いから」
それは冗談をいう顔ではなく、マジだった。
「うっわ」
最悪である。とんでもないリアクションが口から漏れてしまった。
聞かれてないことを祈りつつ、彼を見やる。
彼はなんかすごく誤魔化すようにひどく変な顔をしていた。
やっぱりマジだったのか……。
凄いなわたしの愛!!
わたしが彼を愛しているかぎり、彼はわたしの愛を感じながら半袖を着続けるわけだ。
こんな簡単な相思相愛の確認方法があったのか。
わたしは、今度こそ確かな気持ちを言葉にする。
「もっと熱いやつ、半袖さえ着れないほどの愛を送ってやるよ」
「ふふっ、俺も負けてらんないな」
こうして、半袖男とノースリーブ女のカップルが誕生したとさ。めでたし。めでたし。
〜半袖〜
一週間。時間換算すると24×7=168時間にも及ぶ気がおかしくなるような長い大雨だった。
いつまでも降り止まない雨を僕はひどく憔悴しきった顔で眺めている。
これじゃあ彼女に会いに行けない。
ずっとそのことで悶々とした日々を過ごしていた。
雨が降ったくらいで彼女に会いに行けなくなるなんて、その彼女は人魚かなんかか、とか言われてしまいそうだが、実際そうだった。
僕の彼女は人魚だ。
それも相当かわいい方の。自慢でしかないが僕の彼女は世界最高の美少女だ。誰にだってガチで胸を張って言えるくらい、かわいいんだ。
そんな彼女は人魚で、人間とはかけ離れた生命体。だから体の機能なんて全然違う。
例えば、人魚は雨に弱かったりする。
いつもは防波堤に二人で座ってだべったりしてるけど、雨が降ったらそれはできない。
僕が海を潜り続けるわけにもいかないし、雨の日は会わないようにしている。
それでも最近は毎日のように会っていたから、急に7日連続で会えなくなるとかなり寂しい。
このまま雨が降り続けて、彼女と再会することなく時が過ぎていくと考えるだけで頭痛がする。
僕はベランダに出て、町を濡らす雨をぼーっと眺めてみる。
徒歩数分で着く海がやけに遠く感じた。
ピンポーン
呼び鈴の音で意識が海から引き剥がされた。
こんな大雨が降る中、誰だろうか?
今日は宅急便をよこしたり、友達と遊ぶ約束をした覚えはない。
疑問を抱えたまま玄関扉を開けた。
「きちゃった!」
そこには僕の彼女がいた。そう、人魚がいた。
上半身は人間、下半身は魚。
さらさらの銀色がかった髪は人間の膝くらいの位置まで伸びていて、肌は雪のように白い。
細い眉、薄い唇。すべてのパーツが綺麗に整った顔立ち。それでいて幼さの残る童顔。
彼女は、特徴的な大きな目を瞬かせて呟く。
「無反応?」
「あ、あーひさし、ぶり」
「うん! ひさしぶり!」
元気のいい溌剌とした声。その声に7日ぶりの快晴がやってきたような気分にさせられる。
心の、芯の底から晴れやかになった。
ただ、しかし。
気になることがひとつ。
「あ、足どうしたの?」
彼女の下の方に目をやってきく。
すると、彼女は「ふふ」と笑って。
「わたし、人間になれたんだ!」
満面の笑みで、そう言ってきた。
いつまでも降り止まない、雨なんて。
もうどうでもよかった。
〜いつまでも降り止まない、雨〜
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ここまでお読み頂きありがとうございます。
以下、お暇な方のみお読みください。
ひさしぶり? はじめて?
できるだけ普通の作品を作ってみました。
いつもは頭のおかしい作品ばかり作っているので、読者の皆様には本当に感謝しています。
どうでしょうか?
と、言ってもコメント欄はないので、あなたの心のうちに感じたことを留めて頂けるだけで大丈夫です。
まあ、特に起伏のないストーリーではあったと思うので、今度は起承転結を意識できればなんて思います。実行するかはわかりませんが。
もう次の投稿に切り替わりそうになってきたので今回はこの辺で。
では、また。
ペペロンチーノのカロリーが高い?
気にするな。それは私へのご褒美だから。
気にするな。それは彼との聖遺物だから。
「君をペペロンチーノ教団会員番号276に任命する」
「あっ、ありがとうございます!」
私は教祖に全力で頭を上下させて感謝を示した。
草な……教祖は甘いスマイルを私に向ける。やっぱりカッコいい。
ペペロンチーノ教の研修期間約1ヶ月を終えて私の不安はもう消し飛んでいた。
「ぺぺぺペペロンチーノ!」
「ぺぺぺペペロンチーノ!」
教祖に続いて私もコールする。こうしてペペロンチーノを前に両手を合わせて最大の感謝を伝えるのだ。これはペペロンチーノ教団の慣習のようなもので、儀式的な意味もある。
「とても張りのある声だ。いい! 昨日より成長したな」
「ぺぺぺペペロンチーノ!」
「ハハっ嬉しいか。よかったよかった!」
ふと、周りを見ると客や店員が私たちを訝しげにチラチラとみてくるのに気づく。
そういえば、ファミレスの中だった。
活動に集中していると周りが見えなくなる。
そう。
目の前の彼しか見れなくなる。
本当はペペロンチーノなんかどうでもいい。
彼に近づきたくて彼の運営する教団に入ったんだ。
思い返せば、ペペロンチーノへの不安を彼への好意で上書きして現実に目を背けた。
だったら、私は食べるべきなのか?
このペペロンチーノを。うんうん、今さらだよ。考えるだけ無駄なこと。どうせペペロンチーノを断とうとしたって、彼の悪魔の囁きによって、私はペペロンチーノに再び誘われるんだ。
だからしょうがない。
「まだ不安なの?」
「へ?」
彼の言葉に意表を突かれた。
「カロリー気にしてるなら無理に食べなくたっていいんだよ。ペペロンチーノ教団も無理に」
「無理してない!」
私は咄嗟に口を噤む。
気づいたときには店員がこちらに声をかけていた。
「他のお客様がご迷惑されますからお静かにお願いします」
私は「すいません」とだけ言って目の前のペペロンチーノを平らげる。
口の中がぺぺぺペペロンチーノ。
「無理してない」
今度は、しっかりと意志を示すように、ゆっくりとはっきりと口に出す。
「……」
彼は黙ったまま、その綺麗な頬に冷や汗を垂らしていた。
ペペロンチーノ歴5年
「「「ぺぺペッペ! ぺぺペッペ! ぺぺペッペ! ペペロンチ〜〜〜〜〜〜〜〜ノ!!!!!」」」
民衆の謳う国歌に祝福されながら、私と彼は手を繋いで前へ進んでいく。
もう不安なんていらない。
この国の主食はペペロンチーノになったんだから。
〜あの頃の不安だった私へ〜